11th day.-2/皇の娘 - 問答 -/Q&A
吹く風は強く、冷たい空気が空へと駆け抜ける。屋上の広いフロアの先で、長い髪を靡かせた件の少女は待っていた。
「―――お久しぶりですね、先輩」
いつものように笑い、さも自然に彼女は話しかけた。
「知らせはちゃんと届いたようですね」
「渚さん。あなたは―――」
「ところで先輩、宗次郎君はどこへ?」
「宗次郎なら、下で―――」
「私は宗次郎君の事を聞いています。使い魔ではありません」
「!?」
『なんで、・・・・・・オイラのことを?』
「あなたも聞いているのでしょ、使い魔? 見くびってもらっては困ります。私はこれでもこの地の霊脈を監視する頭首です。異端の存在ぐらいすぐに気づきます」
「そこまで言うなら・・・・・・、あなたは、全部知っていたのね?」
「ええ。先輩のことも、宗次郎君のことも。あちら側の魔術師についても、全部知ってましてよ。ちなみに、先輩は心配していらしたようですけど、私はあの日の屋上のこももちろん覚えています」
あの日の屋上のこととは―――新守渚の姿をしたロキと対峙したとき、彼女が乱入してきたことで事なきを得たことだった。
『暗示が、弾かれていたのか?』
「あの日は私は私で大変でした。ロキがしでかしたものを排除しなければいけない務めがありますので。あの後に先輩の処置をすることもできなかった。もっとも、処置する必要はなかったようですが」
「処置って、・・・・・・」
「あのときまでは先輩に接触されないように気を張っていましたが、すでに手遅れだったので諦めました。だから私は私の務めを果たした。あの日から、街中で処置をするために走り回っていましたから。その中で、栗崎蒔絵があちらの手に落ちたことを知りましたが」
「あなた、それも知っていて・・・・・・」
「別に私が彼女を止める義理もありませんし、理由もない。私が介入したところで、事態が収束しまして?」
「・・・・・・蒔絵は、救えたかもしれないのに」
「手は貸しましたよ。あの日、先輩が栗崎蒔絵にたどり着いたきっかけを掴んだのは何だったか覚えていますか?」
たどり着いたきっかけ。それは―――公園跡地で出会った蒔絵の残留思念。
「確か、紙みたいなのが風に飛ばされてきて、蒔絵のヴィジョンが現れて・・・・・・あの時の紙って」
「そうです。道筋は立ててあげました。私としても先輩がどこを探すかは知りませんから、あそこなら来るだろうと思って」
「そんな。直接助けてくれれば」
「それこそ無い話です。私は西洋魔術に身を置く栗崎蒔絵が嫌いでしたから。異端の者に手を貸すほど、私はお人よしではない。私はあなただから手を貸した。ですが、ただ魔術行使ができないだけで、あなたの身は洋式だ。これ以上の譲歩はない。ただ、佐蔵さんは不幸でした。あの時私と出会わなければ、使い魔が使った暗示であの場にたどり着くことはなかったのに。そこだけは私の落ち度です。ですが、単刀直入に申し上げます。我々東方院神笠一族は魔法協会・ヴァチカン両者から申請されたこの地への百人結界の行使許可を『拒否』します」
「・・・・・・そんな」
「先輩、私はここ十日ばかりの出来事にはできるかぎり目を瞑ってきました。先輩の家で起こった二度の戦闘。臆郷での栗崎蒔絵との戦闘。そして、臆郷郊外で起こった私有地域での戦闘。これらの戦闘で起こった霊脈への被害は甚大なものです。一般社会への影響も考慮し、私はできる限り外部に漏れることを防いできた。これまでの戦いは先輩にとって重要なことでしたので公言はしない。しかし、百人結界を敷くことは了承できません。彼らがこの地に留まることは拒否しない。しかしこれ以上この地の霊脈に『異端の結界』を混合させるわけにはいかない。いかなる理由があろうと、それだけはできない。
先輩、あなたはなにもわかっていない。魔術のことも世界のことも、全て凡百の民と同じです。世界は空想ではない。この世界が存在する以上、真意には裏表が存在する。歪みは、必ず存在するんです。あなたがしようとしているのはその歪みを広げているにすぎない。宗次郎君のためでしょうが、歪を黙認することは私にはできない」
「それじゃあ、宗次郎は見殺しにしろというの? あちらの組織を見逃せと?」
「・・・・・・質問に質問で返します。それなら、なぜ先輩は戦うのです?」
「宗次郎のためよ。それ以外に無い」
「なぜ、あなたが戦う必要があるのですか?」
「宗次郎が私の"家族"だからよ。家庭の事情を他人だけに任すわけにはいかないから」
「それが自らを傷付けている、その自覚はないんですね」
「そんなこと、・・・・・・知っている」
「いいえ、先輩はわかっていない。先輩の戦いに巻き込まれ、栗崎蒔絵は死に、佐蔵さんは重傷を負った。戦う以上、誰かの命が犠牲になっていることに気づいていない」
「知っている! だから、これ以上なにも失うわけにはいかない!」
「戦っている以上なにも失わないはずがありません! 犠牲は必ず存在します!! あなたのために命を賭しているヒトがいる。あなたの戦いのために死んだヒトがいる。知っているのなら、なぜ続けるのですか? なぜあなたの行動自体が矛盾していることに気づかない。
―――先輩。私はあなたのことが嫌いじゃない。だからこのことからは手を引いてください」
「それはできない。それに、私は自分のことを間違っているとは思わない。私は自分の覚悟を、みんなの覚悟を踏みにじることはできない」
「どうしても、やめないというのですか?」
「ええ。あなたの協力がなくても、私は止まらないわ」
「そう、・・・・・・なら―――」
空気が蠢く。彼女の周囲に急速に魔力が集中しているのがわかる。
「聖堂騎士から聞きましたよね。私は魔術に近い能力が使えると」
「ええ。魔法使いと同等の存在だって」
「それなら、話は早いです」
ポケットから取り出されたのは一枚の紙だった。昨日ジューダスに見せられた和紙のように、奇怪な模様が書き込まれている。
『―――マスター!? この魔力は・・・・・・』
「―――『黙りなさい』―――」
「?! アルス? どうしたの!?」
アルスからの念話の声が突然消えた。アルスの魔力は感じることは出来るのに、思考の中に砂嵐のような妨害がある。
「・・・・・・なにをしたの?」
「コソコソ話はやめてください。私は先輩と話をしに来てるのですから。
一つ、いいことを教えましょう。昨日先輩の家に送ったのは『式神』といい、使い魔と同じ概念の魔術構造をしています。これは陰陽術といい、古来よりこの国に伝わる呪術です。そして私は陰陽術と一緒に、ある能力を持っています。私の発する『言葉』が現実の事象に干渉する力です。古来よりその能力は『言霊』と呼ばれています。先ほどの先輩と使い魔の会話もこれにより遮断させてもらいました」
「・・・・・・」
「さて、本題に入りましょうか、先輩。言霊とは元来、『絶対遵守の命令発言権』を有する呪いです。できればこれは使いたくはありませんでした。他人の意志を無理やり曲げるのは正義には成りえない。しかし、私が先輩に『戦いへの参加をやめろ』と言えば、あなたはそれに逆らうことは出来ない。先輩には魔力に対する耐性がないこともわかっています。一般人に近いあなたでは、言霊に対抗する手立てはない。―――それでも、戦いを続けますか?」
彼女の言葉に嘘はない。あの紙を取り出してからの彼女の言葉には、普段以上に強力な指向性を感じる。他人の意見を捻じ曲げる卑屈な力と本人が自覚している。傍若無人なその能力で縛られれば、私は宗次郎を救うことができなくなるということはすぐに理解できた。
「・・・・・・それでも、私は自分の覚悟に嘘はつかない」
「その言葉、後悔しますよ」
「構わない。自分に嘘をつくほうが傷つくから」
「そうですか、残念ですね。――――――」
「―――冗談ですよ、先輩。言ったでしょ、私があなた方に手を貸す義務も理由もないって。なら、先輩を戦いから遠ざける必要もないじゃないですか。そんなに気構えなくても大丈夫です。私の言葉を聞いて、戦うか迷うぐらいなら『言霊』を使うつもりでしたが、それも必要ないようですね」
「え、それじゃあ」
「はい、私は止めません。先輩の覚悟を踏みにじるなんて、私にはできない。それに、私は一つ先輩に謝らなければいけない。私は栗崎蒔絵を見殺しにした。私自身は嫌いでしたけど、彼女は先輩にとって大切な友人でしたから。それだけは謝ります。百人結界の申請も立場上許可を出すわけにはいきませんが、時がくれば、手を貸すことは約束します。これが私の謝罪の気持ちです。
―――先輩。宗次郎君、戻ってきますよね」
「ええ、きっと。・・・・・・いえ、必ず取り戻す」
「それを聞いて安心しました。洋風魔術は嫌いですが、先輩のことは応援しています。がんばってください」
そう言うと、手に持っていた和紙が紫色の煙を上げて燃え出した。先ほどまでのきつい表情も、普段より強い言葉の指向性も抜け、いつもの新守渚に戻った。
『―――マスター! マスター? あれ、通じてる?』
「これで使い魔との会話もできるようになっているはずです。それと、一つ、先輩たちに情報をあげます。良いか悪いかはそちらの判断ですけど」
「なに?」
「現在、この地に魔術行使可能な人物は私を除き七人確認されています。ちなみに宗次郎君に化けた使い魔と金髪の剣士は含まれていません」
「アルスとジーンを除いて七人・・・・・・」
私がわかる中で魔法が使える人物は―――ジューダス、アレイスター=クロウリー、栗崎菊、斉藤アギト、そしてたぶん三基。
じゃあ、残りは―――
「誰だろう・・・・・・?」
『七人・・・・・・もしかして・・・・・・』
「アルス、心当たりがあるの?」
『ダンナとアレイスター=クロウリー、キク、アギト、三基は確実でしょう』
「それは私も思った。でも、残りの人って?」
『一人は坊ちゃんでしょう。あの魔灯剣は魔法の一つですし』
「じゃああと一人は?」
『おそらくは、―――あちら側の刺客?』
「霊脈によってその存在が感知されたのは二日前です。そして夜になると臆郷の郊外で魔力の捕捉が出来なくなる」
「臆郷って言ったら、もしかして・・・・・・」
『ダンナが言っていた、彼らの結界のことっすか?』
「そうです。これがどういうことかお分かりですか?」
「そんな・・・・・・。やっぱり新しい刺客ってこと?」
「さぁ、それはそちらの判断です。参考程度に言っておきますが、あちらの幻想騎士より禍々しいモノを感じました。相当な能力者だということは言っておきましょう」
―――お昼休みが終わり、午後の授業開始を告げるチャイムが鳴った。
「―――チャイムがなりましたね。それでは先輩、私はこれで」
「あっ、ちょっと・・・・・・」
「何か?」
「ありがとう。教えてくれて」
「これも謝罪の一つとして受け取ってくれると幸いです。それでは」
新守渚は軽く会釈をして、屋上から出て行った。
_go to "the gun is weighter than the sword".




