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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第3章 EVE

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29/102

7th day.-4/目覚めの朝、決意の朝 - 絆す想い -/CONNECT


<絆す想い/CONNECT>


 白く彩られた、人工的建築物として人際目を引く建物に到着した。臆郷市共同大学病院。さほどの大きさのない倖田町と臆郷市の両の患者の、その倍を診る事のできると云われる大病院。全四棟からなるこの病院は様々な病気や怪我を治療できるほどの名医が揃っている。聞いた話、夏喜も以前ここに暫くの間勤めていたらしい。

「すいません、友達のお見舞いできたんですけど・・・・・・」

「はい。患者さんのお名前は?」

「佐蔵綾です。二、三日前から入院しているます」

「佐蔵さんは・・・・・・はい。面会許可出ています。三番棟の1012号室ですね」

 三番棟ってことはやっぱり、重体なんだ。棟によって状態が分けられており、三番棟は基本的に重体患者が多いと聞く。

「ありがとうございます」

 一番棟、受付や内科があるフロアから出る。

「アオイ、この建物は詳しいのですか?」

「どうしてそう思うの?」

「いや、なぜか慣れた足取りなので・・・・・・」

「んー、まぁこの地域に住む人なら皆こうだと思うよ。今の時代、生きているなら病院は何度も利用するものだしね」

「へえ。現代では治療技術が驚くほど進歩しているのですね」

「そうね。保険体制も充実しているし、この国は特にそれがわかりやすいかも。ホント、人間ってすごいよね」

「いえ、それはこの国が平和だからでしょう。兵器以外の技術が進歩するのは安泰な証拠です。戦場では命は絶つ為だけにあります。延命を望む事はありえない。もし望むのならば誰かの命を奪うしかないのですから」

「・・・・・・ジーン、その話はまた後でね。殺すとか殺されるとか、ここでは話が重過ぎるから」

「ええ、そのようです。ワタシも少し反省しています」

 三番棟の一階フロアに着いた。佐蔵の入院している部屋は十階にあるため、階段で行くには骨が折れる。エレベーターを使おう。

「アオイ、ドアの前に立ち止まってどうしました?」

 不思議そうな眼でジーンが見ていた。この様子だと、エレベーターを知らないようだ。

「上の階まで歩くのは大変だからね。こういうときは文明機器を使います」

 チーンと音がする。タイミングよく到着したエレベーターの扉が開く。

「これに乗ってそのまま10階まで行くよ。さあ、乗って」

「へぇ。巻上機(クレーン)のようなものですか。建材用のものは私の時代にも有りましたが、人の移動目的なのは初めてです。ワタシ、なぜかワクワクしています」


「・・・・・・アオイ、気分が悪いです」

「仕方ないよ。エレベーター、初めてなんでしょ?」

「先ほどの箱をそう呼ぶのですか? なぜ空間が移動するのです。そう思うだけで頭が痛い・・・・・・」

 あらら、やっぱり彼女のことを考えたら階段を使ったほうがよかったのかもしれないな。ジーンは一応昔の人だ。現代の文明機器に馴染むには日が浅すぎたか。

「ごめんね。帰りは階段で行こうか」

「ううっ、不覚です・・・・・・」

「ジーン、大丈夫? 少し座ろうか?」

「いえ、大丈夫です。ただ、少しお水を・・・・・・」

「わかった。じゃあ、ちょっと待ってて。えっと、水は・・・あっ、あった。うげっ、高過ぎ・・・・・・」

 販売機で水を買おうと思ったが、500mLペットボトル一本で三百円って・・・・・・さすがに高すぎだと思う。

「―――それではサクラさん、また後ほど採血に来ますね」

「サクラ?」

 廊下の奥で、看護師が病室から出てきた。いくつかの器具を載せた台車を押して別の部屋へと向かっていく。

「アオイ? どうかしました?」

「あっ、ジーン。はい、お水」

「ありがとうございます。ところで、何かありましたか?」

 ジーンが心配そうに見つめている。

「ううん。佐蔵君の病室見つけただけ。ちょうど何かをやっていたみたいだから、すこし待ってたの」

「そうですか。なら奥で待機しておきますか?」

「大丈夫だよ、看護師ももう別の部屋に行ったみたいだから。ジーンこそ、気分は大丈夫?」

「はい、だいぶ落ち着いてきました。ただ、暫くあの箱はゴメンですね」

「ははっ、それじゃあ帰りは階段で行こうっか」

「ええ、そうしてくれると助かります」

「うん。それじゃ、ジーンも良くなったことだし、佐蔵君のところに行こうか」


「―――はい、どうぞ」

 病室の外からドアをノックすると、佐蔵の声がした。

「おはよう、佐蔵君」

 病室に入ると、佐蔵はベッドから半身を起していた。

「ああ、葵か。おはよう。ってなんだその恰好。葵の私服姿、初めて見たぜ」

「あ、これはその、・・・・・・制服で来るわけにはいかないかなって」

 ホントはこんな服装じゃなかったんだけど、こちらの諸事情でいろいろとあって・・・・・・。

「確かにな。でもま、眼福だなぁ。こんな服着るんだ、葵。似合ってるぜ」

「ありがとっ。褒められるなら着てみる価値はあったよ。佐蔵君はもう大丈夫なの?」

「ああ、まだ全身は痛いけどな。どうにかなったみたいだ。すぐにでも退院できるっていうからビビったぜ。なんせ回復が早いってさ」

「そっか、よかった。はい、お見舞いのお花。菓子折りの方がよかった?」

「いいンや、これで十分だよ。来てくれるだけでうれしいしさ。悪ィな、わざわざ来てもらって」

「だって、心配だったから・・・・・・」

 あれだけの惨劇だ。私にとって、佐蔵自身が生きている事が驚きで、それだけに喜びも大きい。

「あ、この前のガイジンさん。やっぱり言った通りなんだ」

「あれ? 二人とも面識あったの?」

「ええ、あの日、アルスと・・・・・・あっ!!」

 しまった。佐蔵はアルスのことを何も知らない。

「―――心配するな。もう知ってるよ」

「えっ?」

「朝さ、弟君来てたんだ。まぁ、その時に弟君じゃないって知ったンだけどな。やっぱり、葵も、()()()()()だったんだな」

「一緒?」

「葵も、蒔絵と同じ様に、―――()()使()()なんだろ?」

「なっ・・・なんで・・・・・・?」

「うん、蒔絵に比べたら、まだまだ新米って様子だな」

「・・・・・・なぜあなたは、そんなことがわかるのです?」

「ガイジンさん、あんたもそっち側の人なんだろ。なんかそんな感じがするよ」

「なっ!?」

「・・・・・・やっぱりな」

 鋭い。確かにジーンの容姿は日本人とは違う。だが、彼はそれを"人"と違うという。

「葵。オレはさ、昔っから魔法使いについて知ってるぜ。魔法使いってのは人間扱いされてねぇんだってな」

「―――」

「そんな顔するなよ。別にオレはお前のこと差別とかしたりしねぇからさ。オレはさ、ガキの頃から見たことがあるんだよ、魔法ってヤツをさ」

「どういうこと?」

「言ったろ、お前と蒔絵は一緒だって。オレはさ、お前が蒔絵と出会う前からあいつとは一緒にいたんだ。蒔絵が魔法使いって事は、前から知っていた」

「蒔絵が、魔法使い・・・・・・?」

「あら、もしかして知らなかったのか? 知らなかったのに、あんなことしてたの?」

 うすうすは感じていた。あの純白の刀や触れたものを凍らせる靄、そして蒔絵自身を押しつぶした氷の塊を、彼女は自分の意志で操っていた。ならそれは、彼女が魔法使いの類であることを証明することになる。

「彼女が魔法使いという事はどういうことでしょう?」

 ジーンはあの場にいなかった。彼女が到着したときにはロキの姿はなく、私も気を失ってしまった後だったという。なら、その場に蒔絵の姿もない。

「言葉のまんまさ。あいつはさ、母親の家系がそういった一族だったらしい。だから、あいつは魔法使いとしての資質が在ったんだろうな」

「なら、彼女は生まれながら魔法使いだった、と?」

「そうらしいな。あいつの母親が秘密にしていたようだから、あいつがそれに気付いたのは後になってからさ。

 蒔絵はさ、今は兄貴と二人しかいないけど、昔は仲のいい家族がいたらしい。毎日が幸せで、父親も優しくて、家族の鏡のような家庭だったんだと。―――でもさ、人生って残酷だよな。そんな家族も、一瞬にして崩壊するんだ」

「どういうこと?」

「・・・・・・あいつの母親が魔法に関わる家系だったらしいが、あいつの父親は真逆で、異端の一切を許さない家系だったんだ。お互いがお互いに秘密にし続けたことが不幸の始まりと言ってもいい。その秘密も露見して、父親が母親を殺したんだ。魔法使いって事がバレてさ」

「殺―――した?」

「あの父親がしようとしたことは人として歪んでいたとしても、自分の思った正義とすれば、もしかすれば間違いではなかったのかもしれない。だって、疑問にも思わないでそう育ったんだ。人間てのは自分と違うことが一番怖いだろ? 普通の人間とは違う奥さんが怖くなったんだろう。いつか殺されるかもしれないと、ずっとそんな脅迫概念に襲われていたのかもしれない。そんな時にさ、親父さんはついにブッ壊れた。あいつの家庭が崩壊したんだよ」

 私の知らなかった蒔絵の経緯は、あまりにも辛いものだ。あの子は、一度だってそんな事実を私に打ち明けたことがない。彼女にとって、堪え難い過去の一部を忘れたかったのかも知れない。

「十年ぐらい前かな。ちょうど、兄貴が学校に行って、蒔絵が病気で寝込んだ時だったそうだ。あいつら兄妹にも、魔法使いとしての資質があることに気付いた親父さんは二人に邪魔されないその時に、奥さんをその手で刺し殺した。それをたまたま蒔絵に目撃された。その時に親父さんが何を思ったのかは知らないが、あの人は蒔絵にも手をかける前に、―――――――()()()()()()()()()()

「そんな・・・・・・」

「壊れた人間てのが一番怖いものだ。我を忘れて、兄貴が帰ってくるまで何度も何度も、蒔絵が苦しんでるのに、娘が痛がっているのに、何度も何度も、狂った獣みたいに―――」

 佐蔵の顔には明らかな怒りが浮かんでいた。幸せだった家族が、脆くも崩れたその地獄絵図を脳裏に思い浮かべながら、怒りの炎が轟々と浮かんでくる。

「まだ年端かもない子供を、しかも自分の娘をだぜ。そんなことができる父親がいることがオレには許せなかったよ。もしオレがその時のあいつの父親を見たら、オレが殺していたかもしれねぇ。

 蒔絵の兄貴が家に帰るとそこに目にしたのは無残にも息絶えた母親と、狂った父親と、苦しさに喘ぐ蒔絵だけだった。頭に血が上った兄貴はその場で父親を殺したそうだ。それは一方的で、心臓が止まっても、何度も何度も、妹が受けた苦しみのように、何度も何度も(ことごと)く残酷に殺したそうだ」

 声を荒々しくあげ、シーツを強く握りしめていた。

「佐蔵君、落ち着いて。冷静になって」

 その手にはうっすらと血が滲み、それだけの怒りが、佐蔵の中から吹き上がってきている。

「ああっ、・・・・・・ゴメン。兄貴はその後すぐに蒔絵を連れて町を出た。卒業間近にもかかわらず中退して、母方の親戚を廻り、最終的に倖田に引っ越してきた。いろいろ匿ってもらって、父親を殺した事も、押し込み強盗って事で片が付いたらしい。でも、その時にはすでに蒔絵も壊れていたんだ」

「蒔絵が―――壊れてた?」

 あの蒔絵が? 今の佐蔵君の話も飲み込めていないのに。あんなに明るかった蒔絵が、信じられない。

「初めてあいつと会ったのは引っ越してきてすぐだったよ。たまたま家が近いしな、いろいろ面倒見てくれって頼まれてさ。その時は人形みたいに表情も変えないで、感情がないマネキンみたいなヤツだった。なに言っても反応なんてしなくてさ。楽しいとか楽しくないとか、面白いとかつまらないとか、どんなことしても無反応だった。でもさ、一週間に一度、蒔絵が父親に襲われた曜日の時間になると突然呟いて泣くんだ。『ごめんなさい、ごめんなさい。もうやめて、許して』ってな。その時のオレには何のことだかさっぱりだったけど、あの時の顔は忘れられない。あいつがあんなに苦しそうに、泣き崩れるような顔はあれ以外知らない。あいつが笑った顔を見るより、あの時の顔の方がよっぽど印象深すぎてな、あいつをみるといつも思ったよ。なんで守れなかったんだって、なんであんなことになったんだってな。いつも思ってた。それでも、オレにはあいつの過去を消す事なんてできない。それなら、これからのあいつを守っていこうって、そう思ったんだ」

 苦しんでいた蒔絵を知らない私にとって、その事実はあまりにも衝撃だ。私には蒔絵の苦しみも痛みもわからなかった。あの子が私にくれた優しさにどれほど救われていても、私が彼女にしてあげれたことは果たしてあっただろうか。

「葵、蒔絵から教えられただろ? 昔の公園跡の風景」

「・・・・・・うん」

「あそこさ、オレがあいつに教えたんだ。オレがガキの頃はいつもそこで遊んでいてな、あの公園が廃止になった時は今までで一番泣いたよ。それでも、あの風景だけは昔から変わってないんだ。だから、オレはあそこが好きで、あそこなら蒔絵も受け入れてくれると思ったんだ。

 結果は思ったとおり、あいつに教えたその日から、人が変わったように人間らしさを取り戻していった。それでも、年に何度かあのトラウマが甦るみたいでな、ずっと苦しんでいた。中学になった頃だったかな。その頃だよ、オレが魔法の事とあいつの過去を知ったのは。オレにだけは知って欲しいって言われたよ。そして自分を信じて欲しいってさ。心底驚いたけど、それが蒔絵なんだってンなら受け入れたさ。ただそのことを外に出さないで、自分に負けないように頑張れってな」


「・・・・・・葵、蒔絵はどうしてる?」

「へっ・・・・・・?」

 少しの沈黙の後に佐蔵が尋ねた。その言葉に固唾を呑んだ。まさか佐蔵は、蒔絵が死んだ事―――まだわかってない―――?

「――――――彼女なら、すでにいません」

 唐突に、ジーンが口を開いた。

「ちょっと、ジーン!!」

「リョウ、と云いましたか。彼女はあなたが知っているとおり魔法使いで、ワタシは見極めの通り、人間ではない。残念な事ですが、彼女はワタシたちの倒すべき者の手に堕ち、すでにこの世にはいません」

「ジーン!!」

「・・・・・・いいんだ、葵。薄々だけど、気付いていたよ。あんなスケールなら、ケンカには見えんだろ」

「佐蔵君・・・・・・」

「葵、別にお前が悪いわけではない。あんだけ禍々しく、お前を殺す気だった蒔絵だ。お前が生きていれば、あいつが無事じゃない事ぐらい予想はつくさ」

「リョウ。あなたはアオイを恨んでいるのですか?」

「まさか。どちらかと言えば、オレが恨んでいるのは蒔絵の方さ。自分の親友にさえ手を出そうなんて、心が弱いにも程がありすぎる。いくら心が壊れているからって、許されねぇよ。―――それでも、あいつを忘れるなんてオレにはできねぇことも、確かだな」

 佐蔵の目にはうっすらと涙が溜まっていた。流さないように必死に耐え、感づかれないように耐えているようでも、彼の哀しみはしっかりと伝わっている。

「葵。お前はどうするんだ?」

「どうする、って・・・・・・?」

「お前はあいつの事を、許すことができるのか?」

「蒔絵を―――許す・・・・・・」

 そんなこと―――

「―――私の方こそ許してもらえるかわからないもの。私が蒔絵のこと許せないなんてない。蒔絵は私の所為で死んだの。それなのに、私が蒔絵を許さないなんて・・・・・・」

「アオイ・・・」

「葵。やっぱりお前は優しいヤツなんだな・・・・・・。ほら、拭けよ」

 佐蔵は自分のベッドの傍にあるタオルを取り、私に差し出した。

「涙、拭けよ」

 気付けば、佐蔵よりも先に、私のほうが涙を流していた。

「・・・・・・ありがとう」

「あいつはさ、きっと救われているよ。友達に恵まれているのがあいつのいいところだ」

 窓の外を見て、黄昏に臆郷の街並を見下ろす。ここからでは、遠すぎて件の場所は見えないけど、すべての事実を知っている私たちだけでも、彼女の冥福を祈るしかない。

「葵も、まだすることがあるんだろ? こんなところでチンタラしていていいのかよ。早く戻って、あのカッコいい兄さんの傍にいたほうが良い」

「佐蔵君、ジューダスのこと知ってるの?」

「チラって見えただけだ。どんな人かは知らねぇけど、そこの姉さんと同じようにお前を守ってくれるんだろ? なら一緒にいた方が安全だ。オレの方は大丈夫だから、帰っても良いよ」

「・・・・・・佐蔵君」

「しっかりしろよ、倉山葵。弟君、捕まってるんだって? しっかり助けてやれよ」

「・・・・・・うん、ありがとう」

「おう。達者でな。退院できるようになったら連絡するさ。その時には改めて姉弟で見舞いにでも来てくれよ」

「うん、わかった」

「ありがとうございます、リョウ。あなたのおかげで、アオイにも明るさが戻りました」

「みたいだな。力になれたんなら、よかった」

「えっ?」

「行きましょう、アオイ。彼の言うとおり、そろそろ家に戻る頃合かと」

「あっ、ちょっと待って!!」

 ジーンは私の腕を引き、早々に病室を後にした。帰り間際―――

「がんばれよ、葵。負けんなよ」

 そう、勇気付けられた。



_go to "detour".


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