5th day.-4/プラスチックスマイル - 惨劇 - /TRAGEDY
<惨劇/TRAGEDY>
「アルス!! 大丈夫!?」
「マスター? と、ダンナっすか。 えぇ、何とか大丈夫ッス。でも油断してこの様ッス」
蒔絵と接触していたアルスを探して旧校舎へ向かった。ジューダスがアルスの魔力を辿ると旧校舎裏だとわかったからだ。今は使われていない旧校舎裏にいたアルスは宗次郎の変身が解け、獣の姿へとなっていた。全身には無数の傷が付き、霜焼けになったように赤くなり、体温は低い。
「そんなこと言って、全身傷だらけじゃない。変身も解けて、全然大丈夫に見えないわよ」
「氷結魔術ッスかね。ちょうどマスターの下の方にいたのに、急に後ろからヤラれて、ここまで退避したところで磔状態でした。今はだいぶ落ち着いてきましたよ。なかなか強力でした。でもマスター、あれは―――」
「いい・・・・・・。言わないでいい。わかってるから、―――言わないでいい」
「・・・・・・申し訳ないッス」
暫く沈黙する。その間アルスの様子を見ているとだんだんと赤み消えていき、治療魔術により徐々に傷が癒えだした。
「だいぶ持ち直りました」
宗次郎の姿に戻ったアルスはまだキツそうにしている。私が彼女と会っている間に蒔絵と会っていたのだ。事は知っている。だけど、それだけに私は辛い。巻き込みたくなかったのに、もう誰も心配させたくなかったのに・・・・・・。
「しっかりしろ、アオイ。ここで落ち込んでもどうしようもないぞ」
ジューダスが力強く私の肩を掴んだ。その眼は諦めておらず、闘志に燃えている。
「姐さんのこと、助けるんでしょ?」
アルスの眼にも力が入る。
「もちろん・・・・・・」
「なら話は早い。さっきはルーンにやつの魔眼が反応してすぐに飛び出したが、そろそろジーンもこちらにつくはずだ。合流次第二手に別れて捜索しよう」
あのルーンはそういう仕掛けだったのか。
「それよりダンナ、先程気になったことが。この建物、なかなか魔力が濃いっす」
「・・・・・・確かに。ここいら周辺の魔力の一部が流れ込んできているな。アルスの怪我の回復が早かったのもこれのおかげか」
「早かった? そうなの?」
「ああ。本来アルスには治療魔術は使えない。無論、オレからもだ。それはこいつが精霊族故だが、マスター以外からの魔力提供は基本的に使えない。だが、環境から自身が吸収すれば話は別だ」
「本来ならあの怪我なら数時間は回復にかかる計算っす。それがものの数分で完治しやした。ダンナ、ここならマスターの腕も治せるのでは?」
アルスは私の折れた左腕を指差した。宗次郎に折られた腕をずっと吊るしているが、骨折すらも治せるというのか。
「やってみよう。アオイが昨日みたいに魔力酔いするかもしれないが、そこは我慢してくれ」
ジューダスが旧校舎の壁を指でなぞると、青白い光が浮かび上がった。先程屋上で見たルーン文字のようなものが現れた。
「アオイはここに立っていてくれ。・・・・・・これと・・・・・・アルスはアオイの四方に"退化"と"昇華"の印を描いてくれ」
「ホイさ」
「―――『ケン』―――『ギューフ』―――『イス』―――『ベオーク』―――『ウィルド』―――」
ジューダスはアルスが描いた模様の上にそれぞれ"ひらがなのく"、"X"、"1"、"B"に似た模様を重ねた。それぞれがルーン文字のようで、そのルーン文字を中心にアルスが描いた円を複雑に模様へと青白い光が広がっていく。
「よし、これでいいだろう。土地の魔力も十分だ」
私を円の中心にし、その周囲には青白い光が赤く変化する。その光は次第に私の折れた左腕の高さまで浮かび上がると、左腕が熱くなっていくのを感じた。
「ねぇ。これ、ちょっと熱いんだけど・・・・・・」
「温度の変化を感じたのなら問題ない」
しばらくすると光が消え、腕の熱も感じなくなっていた。
「熱さがなくなったなら腕は治ってるはずだ」
そう言われ、半信半疑で左腕の包帯と支木を外した。今思えばなんでここ数日この支木で骨折を支えていたのだろう。
「あれ。本当に治ってる・・・・・・」
腕を伸ばしても、回してみても痛みはまったくなかった。
「魔力酔いもなさそうで良かった。家の魔力ではアオイの腕は治らなかったが、ここはすごいな。なぜこのような土地が野ざらしになっているのか疑問だが」
「―――あ。ここにいましたか」
建物の影からジーンが現れた。
「ジューダスの魔力をたどってきましたが、こんなところにいましたか。探しましたよ」
「ようやく来たか。ちょうどアオイの腕を治したところだ。ここからは二手に別れよう」
「ん? 状況が見えませんが、何かありましたか?」
考えてみればジーンはこの状況がわかっていない。ジーンからしてみれば、ジューダスが突然家を飛び出した状態で後を追ったに過ぎない。事の顛末を説明しよう。
「―――なるほど。なら早急に捜索しましょう」
「戦力としてはオレとジーンは別れたほうがいいだろう。アルスならアオイとの経路があるからすぐに場所を察知できる」
「ならオイラとジーン、マスターとダンナの二手っすね、了解っす」
「わかったわ。急ぎましょう」
アルスとジーンは旧校舎裏から正門へ向けて駆け出した。私とジューダスは裏門から学校を後にした。
時刻は13時を過ぎた頃。幸いにも午後の授業がすでに始まっているからか、誰にも遭遇することなく外に出れた。日没までの数時間、手がかりのない捜索が始まる。
* * *
「―――ふふん。まだ抵抗するんだ。なかなかな力だね」
暗の路地裏。昼過ぎも関わらず、その空間だけは夜のような暗さが広がっている。そして白む息が濃く吐き出されるほど寒い。世界の裏側で唯々笑う悪魔は一人の少女を見ていた。息を乱して苦しむ彼女は全身を走る縛りに抵抗し続けている。時折取り戻す意識も、魔眼の効力で一瞬にして彼女の全てを削ぎ獲ろうする。
「その能力は実に望ましいものがあるよ。さぁ、その力をもっとボクに見せておくれ」
「ぐっ――――――あぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁーーーーー!!」
「あははっはははははははははははは―――!!」
陽から陰へと世界が進む。遺された時間は少なく、路地裏の事実を知るものは少ない。その悲劇への階段を、惨劇のブタイウラへと向う者。その者にとって、悠久なほどの恐怖と衝撃は想像を絶し、手を抜くことを知らず牙を剥く。
―――さぁ、詠え。惨劇の始まりを。前奏曲は終わり、円舞曲は響く。一人、月下で踊り、月明かりが照らし出し、その照明は哀愁の理。
さぁ、唯々踊り狂え。悲劇が喜劇が惨劇が、踊り狂う狂詩曲は終わらない。円舞曲を飲み込み、唯々踊り狂う。
鎮魂歌は聴けず、夜想曲も始まることはない。前奏曲の終わりは狂詩曲の始まり。狂詩曲の始まりは終わりのない月下の夜。
我が魂はユラユラと震え、乱れ踊り、狂い踊る。天に昇る鮮血の髑髏は唯々笑う。望む姿は魂の根源。その真意を飲み込んで鮮血に濡れる。
その惨劇を―――あたしのその贖いは、その呪われた血肉に消える。
* * *
蒔絵の捜索を始めて二時間が経った。蒔絵の住居や近くの人通りの少ない高架下などを見て回ったが、残留魔力もなく、手がかりもなかった。心当たりがあるのは残りは蒔絵に教えてもらった旧公園跡地しかなく、手がかりを求めて走った。
///
「おっと。って弟くんじゃねぇか」
ジーンと共に宗次郎の姿で捜索を続けるアルスが曲がり角を曲がると、葵と蒔絵の友人である佐蔵綾と遭遇した。
「どうしたんだこんなところで、サボりか?」
「いえ、ねぇちゃんを探していて。待ち合わせ場所に向かおうと思っていたもので。先輩、汗だくですけどどうかしたんですか?」
街中での遭遇だが、アルスは宗次郎として対応する。佐蔵綾は肌寒い季節なのに額に大粒な汗を含ませた姿をしてた。見るからに、しばらく走っていたような様子であった。
「ああ。俺は蒔絵を探してんだよ。様子が変だったからさ」
「変であったとはどういうことでしょうか?」
ジーンがとっさに口を挟んだ。彼の言動では、あの状態の彼女と遭遇していると感じたからだ。
「お。見慣れないガイジンさんだな。弟くんの知り合いか?」
「夏喜の知人です。家でしばらく面倒見ることになって。それより、部長を探してるってどうしたんですか?」
あの状態の彼女と遭遇しているとなると、何かを知っているか、ロキによって何かを施されている可能性があると踏んだアルスは状況を確認したかった。何もないにしても、捜索する手がかりになりえる。
「昼休みにな、一瞬だけ見かけたんだ。あいつ、今日は休みだと思ったのに変だなって思ってよ。だけど遠目だったから声かけれなかったんだ。連絡も付かないし、うちにもいないみたいで、それで探してんだよ」
昼休み頃に遭遇していたとなると、ロキとの邂逅の前にあたる。アルスが蒔絵に襲撃される直前である。
「弟くん、葵を探してるついでに蒔絵を見かけたら俺に連絡してくれねぇか。葵なら連絡先知ってるからよ」
「わかりました。見かけたら先輩が心配していたって言っておきますね」
「いや、それはいいわ。あいつの憎ったらしい顔が想像つく。じゃあよろしく頼むな」
佐蔵は早足で去っていった。去り際に気付かれぬよう佐蔵の服に印を結ぶ。
「・・・・・・アルス、あのような事を言っていいのですか? あの方はアオイの友人でしょう、巻き込むわけには・・・・・・」
「何言ってんスか。あぁでも言わないとまた話がオカしくなっちまう。知らせるのは終わったあとでいい。あの様子だと、ロキ自体には絡まれてなさそうだし、手がかりもなさそうっすね」
佐蔵の姿が完全に見えなくなったところで印を発動させた。本人は気付かないが、裾の先で小さな魔力が動き出した。
「よし。あの印がある限りあの人は安心っす。仮に先にたどり着いても暗示で近寄れない」
「な、なるほど。あの一瞬でそこまだしましたか。まさか、貴方がこんなに賢いとは思いませんでした」
「・・・・・・それ、失礼ッスよ。それよりそろそろ行くッス。マスターたちは隣街方向に行くはずだから、オイラたちは商店街の方へ行くッスよ」
捜索を始めておよそ三時間。手がかりがない中、捜索範囲を広げる。タイムリミットまでおよそ二時間弱。ロキの残留魔力にたどり着けば、解決の緒になると疾走する。
///
蒔絵との関連のある最後の場所。旧倖田村公園跡地。到着したときには陽は傾き始め、西日が強くなってきていた。
「はぁ、はぁ。ここにもいない・・・・・・」
捜索を始めて三時間が過ぎていた。冬の空は夕へと進み出し、日没が刻一刻と迫ってきていることに焦りを感じる。
「―――アオイ、こっちだ」
ジューダスをそれだけを口にし、真っ直ぐと歩き出す。向った先は蒔絵から教わった場所。そう、夕日の沈む街の全景を覗く広場。その入り口まで歩いていき、立ち止まった。
「どうしたの?」
「見つけたぞ、―――手がかりだ」
そう言い、静かに指差した。しかしその先には何もなく、ただ地面が茜色に染まっているだけ。
「なにもないじゃない」
「残留魔力を感じる。おそらくここに彼女に繋がる何かがあるぞ」
ジューダスが辺りを見渡す。すると、視界の隅から風にのって何かが流れてきたのに気付いた。
「・・・・・・紙?」
ハサミで切り取られたような紙が数枚飛んできた。その形は人の形のようにも見え、大小の大きさがあり、一枚だけ半円の形をしていた。ジューダスがこちらに振り向いた瞬間、
「―――蒔、絵・・・・・・?」
面前に現れた朧気なヴィジョン。西日に、朱に染まりだした場所に現れた私の望みの答え。
「……蒔絵、なの?」
朱に溶ける蒔絵はただ沈黙をしている。その目は虚ろながら愁いの中にその意識を残し、真意を投げかける。
「ねぇ、蒔絵。返事・・・・・・、返事してよ!!」
御前のヴィジョンはただ静かに首を横に振った。
「残留魔力の基はこれだったのか」
ジューダスがそう呟く。何かに感づいたように私の方へ向き直った。
「アオイ、これはおそらく彼女が残した残留思念だ。これが動いているということがまだロキへ抵抗している証拠だ。これが残っているなら、まだ堕ちてはいない」
「・・・・・・それなら、まだ」
「そう、助かる可能性はまだある。完全に落ちる前に見つけ出せば、あるいは―――」
「どうすればいいの!?」
「その答えは彼女が知っているだろう」
静かに示された指はヴィジョンを指した。そのヴィジョンは蒔絵の抵抗の示しを見せている。
「アオイ、彼女に触れるんだ。そうすれば、その意志を知る事ができるはずだ」
「・・・・・・わかったわ」
静かにヴィジョンの腕を握る。その実態は不干渉のエーテルでありながら、人としての暖かさを見せる。
「!!」
蒔絵が見たであろう出来事が、私の脳内で駆け巡る。昨日の夜に体験したような強い吐き気と共に、記憶の中に割り込んできたそれは、蒔絵が体験したであろう惨劇であった。
街中でロキに魅入られ、後を追ったことで暴漢たちに捕まれ、薬のようなものを使われ、意識が朦朧としたところであの魔眼と眼が合った。他人の記憶の中ですら、あの魔眼の恐怖が私の中で這いずり回る。吐き気に抗っているうちに額に大きな汗が浮かび上がる。
「どうした!? おい、アオイ!!」
「・・・・・・ちょっと待って。少し、吐きそう」
残された蒔絵の意志を、そのすべてをヴィジョンが駆け巡る。ズキズキと脳を刺すような痛みが残る。情報が一瞬にして私の意識の中に直接流れ込んできた。
「おい、アオイ」
「・・・・・・うん、今は大丈夫。だいぶよくなったわ」
「それで、なにかわかったのか?」
「・・・・・・蒔絵の記憶が流れてきた。たぶん、臆郷の方だと思う。大通りから少し離れた、暗い路地裏・・・・・・」
「そうか。やはり手がかりだった。それがわかればすぐだ。近くまで行けばヤツの魔力を追えるはずだ。そうすればすぐに見つかる。行くぞ、アオイ」
「えっ、あっ、わかったわ」
一瞬、振り返って蒔絵のヴィジョンを見る。哀愁の西日に溶け、ただ一度だけ寂しく、されど優しく笑いかけた。
「・・・・・・絶対、助けるから。待っててね、蒔絵」
そういい残し、黄昏の高台に踵を返す。先に動いているジューダスに追いつくために走った。
寂しさの象徴が哀愁に漂う。街の全貌の裏の現実は孤独に立ち尽くす。その静寂は本来の形を崩さず、期待を裏切り西日に浸る。ジューダスと葵が旧公園跡地から立ち去ったのを見送る形で蒔絵のヴィジョンが消え、風に流されてきた紙に戻ると、青い火へと変わり消滅した。
///
―――隣街の大通り。そこから少し外れた道へとたどり着く。多くの人が流れ、疲れの詰まる背中が進む。日は落ち、濃厚な雲に真円の月が透ける。黒い空に唯々朱い光が辺りを照らしだす。
「ここ、か・・・・・・」
大通りから更に離れたところで小さな路地を見つけた。その先は薄暗く、人影の無さが際立っていた。
「こんなところに、あの人がいるの?」
「・・・・・・いるな。あのヘドロのような黒い魔力はヤツしかない」
ジューダスの瞳には殺意が燃え、その纏った気はすでに敵意へと変わっている。
路地を先に進んでいくと、さらに暗い道が合わられた。ビルとビルに挟まれた小さな道だった。
「ここからヤツの瘴気が漂ってくる。ここから先はヤツの結界になってるな」
「結界って、それって罠じゃないの?」
「あまり強固な結界ではない。この瘴気はただの人払いだ。オレたち以外の部外者の立ち入りを拒む暗示結界になってる。招かざる客はいない。オレたち以外にここに入るものはいない」
「それって、あの人なりの気遣い?」
「そんな気品のあるヤツには見えんが、その方が面倒が減って助かるのは確かだ。ロキの魔力しか感じない以上まだ大丈夫なはずだ。急ぐぞ、アオイ」
「わかった」
路地裏に入る。黒く、湿気の溜まった細い路地は不快な空気が漂っている。これがあの人の瘴気、結界なのか。私でさえこんなに気を害するんだ、普通の人なら一瞬で後にするだろう。
路地裏を抜けると、そこは一面を氷と雪で塗りつぶされた世界だった。街の一角はまさに別世界へと変貌している。バスケットコート大の空間は黒い外とは違い、白銀に満ちていた。
「・・・・・・なに、ここ。寒い」
「―――気をつけろ、いるぞ」
ジューダスの殺意に満ちた瞳は確実に敵を捕らえている。空間の奥は白く靄がかかっていた。
「!?」
「ちっ―――!!」
白い靄の中から突然私に向って何かが放たれた。刹那、私を庇って前に出たジューダスが手にした槍で捌いた。
「ふふん。いい反応じゃないか」
白い靄の中から黒いフードを被った少女が現れた。
―――ロキ=スレイプニール。私の前から宗次郎を奪った人。私から日常を奪った人。そのいつもの顔は少女の容姿からとは思えないほどの負の感情で満ちている。
「見つけたぞロキ=スレイプニール。約束だ、アオイの友人は返してもらうぞ」
「約束? ああ。あの娘のことか。ふふん。返してもらうかどうかは、本人に聞くといいよ」
刹那―――
「―――『アンスールオス』―――!」
ジューダスの詠唱とともに白い靄の奥から更に氷の弾丸が放たれた。ジューダスがとっさに展開させた魔法障壁により難を逃れたが、ジューダスの表情に焦りが見えた。
「ふふん。やるねぇ、ジューダス。今の彼女はやる気満々だよ」
シャリ、シャリと霜を踏む足音が木霊する。
「そんな・・・・・・」
ロキの後ろから現れたのは、純白の刀を携えたかつての友人だった。
「残念ながらタイムオーバーだよ。この娘の性質的に日没まで耐えれると思っていたけど、心が折れたようだよ」
悪魔がニタリと笑う。その傍らで刀を構える蒔絵の姿に、絶望が襲いかかる。
_go to "terrible".




