5th day.-3/プラスチックスマイル - 親友 -/BFF
<親友/BFF>
「アハハはっ―――――――あはははははははははっ!!」
「・・・・・・そっ、そんな―――蒔絵?! 蒔絵!!」
「あははっ、聞こえないよ。この子の意識はすでにボクの支配下にある。昨日偶々この子を見つけてね、輪姦される前にボクが助けたんだ。結構筋が通っている子だからこっちに付けたんだ」
蒔絵の眼は虚ろに、ただ静かに笑っている。それは明らかに脆く、造られた笑顔だ。
「・・・・・・ふん、まだ抵抗してるんだね。なかなか強い子だ。極東の力にしては異質だよ。ソビエト辺りの血でもあるのかな」
「あなた、蒔絵をどうする気よ!?」
「どうするもこうするも、見たまんまさ。この子はボクの隷属になった。だからボクのモノだ」
「ふざけないで!! 蒔絵は関係ないでしょ。何でこんなことするのよ!?」
「やっと人間らしいリアクションになってきたね。何でかって聞かれたら、キミやジューダスが困った顔を見たいからって応えるよ。これはボクの遊びでありながらナツキの娘であるキミへの復讐なんだよ。ボクから生涯を奪ったナツキをボクは許さない。向けようのない怒りをキミに向けているだけさ」
「っ―――、ふざけないで―――!!」
魔眼でしばられた身体を無理やり動かす。すぐ手が届く距離にいるのに、蒔絵までの距離が恐ろしく遠い。
「キミが怒るのは勝手だけどさ、無理に動かない方がいいよ。結局、痛い目にあうのはキミなんだから」
「痛っ―――蒔絵を・・・・・・返して!!」
動かない身体を無理やりに動かす。全身の筋肉の硬直は痛みとして広がっていく。血流を、四肢へと意識を通し、縛られた肉体の自由を抗う。
「・・・・・・凄いね、キミ。ボクの魔眼にこんなに抵抗できるなんて。でもやめたほうがいいよ。無理したら、―――ホントに死ぬよ」
「ぐっ―――死んででも、・・・・・・蒔絵をあなたちなんかに、渡したりしない!! 蒔――絵は、返して・・・・・・もらう!!」
こちらの意識系統から脱線した四肢への神経回路を無理やりに繋ぐ。全身に重石を付けて、重力が倍ぐらいになったような圧力に全力で抵抗する。外れた意識回路を歪にも繋げて、脆い身体をやっとの思いで動かす。その一歩を踏み出すだけで息が上がり、全身からは脂汗が吹き出ていた。
「ふふん。この状況で身体を動かすか。なかなかどうして、これはいい素材になりそう―――」
言葉を紡ぐロキが突如後退する。刹那、怒りの表情を浮かべた騎士が上空から割り込んできた。不意打ちの一刀を回避したロキの首を取らんと返しの刃が奔り、
「なにっ!?」
ジューダスの驚きの声が溢れる。ロキへの一振りを防いだのは、他ならぬ蒔絵であった。握られていたのは鍔のない剣先から柄頭まで真っ白に染められた日本刀のようなものであった。ジューダスの刃を受けきり、再びロキとともに距離を取る。
「驚いたな、ジューダス。眠り姫たちが気を遣ってキミには知らせなかったと思っていたけど、いつの間にか出し抜かれていたとは」
「アオイたちは何も知らせていない。お前のことだ、この建物まるごと人質にとっていたのだろう。昨日のうちにルーンを仕掛けていて正解だったよ」
ジューダスが指差す方を視線を送ると、屋上へ通じる階段の壁に青白く光るルーン文字が刻まれていた。
「だが、貴様、やってくれたな。またもやアオイの日常へと土足で入り込んだな」
ジューダスの瞳に怒りが灯る。蒔絵の様子に気付いたようだが、それよりも、あのジューダスの一太刀を蒔絵がロキを庇うように受け止めたことが衝撃的だった。
「見込み通りの娘だよ。まさかジューダスの返しに反応するなんてね。緊急事態ならココで捨て駒にすることまで考えていたけど、ふふん、こいつは使えるぞ」
そう言うと、ロキがパチンと指を鳴らす周囲に白い霧が現れ始めた。その霧はロキと蒔絵を中心にして渦巻いていく。
「待てっ!」
ジューダスは瞬時に理解したが、一瞬、踏み込むのが遅れた。ここに来て予想打にしない“抵抗”を感じた。
「この娘を救いたければ探しにおいで。日没までは待ってあげるさ」
そう言い残し、ロキと蒔絵は霧に溶けるように姿を消した。そのタイミングで魔眼の効力が切れたのか、束縛されていた身体がようやく動くようになった。
「痛っ・・・・・・」
無理に動かした代償か、全身の筋肉に溜まっていた血液が急激に流れ出した。それは痛みとなって全身を駆け巡る。
「間に合わなかった・・・・・・。すまない、アオイ」
気付けば、ジューダスが傍まで近寄って身体を支えてくれた。その身体はかなり冷え込んでいるのがわかる。
「奴らが消える前に止めようとしたが、あの霧に触れていた足が凍りついていた。氷結魔術の一種だろう」
辺りを見渡すと、蒔絵たちの位置を中心にして床やフェンスが凍りついていた。そのせいで、ジューダスが動くことを妨げていたようだ。
「でも、来てくれた。あなたが来てくれてよかった……」
全身の疲労感に圧されて座り込んだ。額には脂汗が浮かび、吐き気すら覚える。だが、蒔絵のあの顔を見たショックに比べたら、ここでへこたれてはいけない。
白い霧の中に消える間際、蒔絵は最後に作られた冷たい笑顔を見せた。その表情は心配しないでというように、蒔絵のメッセージのように見えた。
―――心配しないわけ、ないじゃない。あなただけは巻き込むつもりはなかったのに、そんなあなたを見捨てるわけないじゃない。
「ロキの傍にいたのは、やはりお前の友人か?」
「ええ、蒔絵よ。私の数少ない友達。だけどどうして・・・・・・」
彼女がロキの手駒にされていた。そのショックよりも、一つの疑問が浮かぶ。
「ねぇジューダス。蒔絵が握っていたのって・・・・・・」
「あれは氷結魔術によって精製されたものだろう。あの時、ロキには魔術の反応はなかった。あの霧もそうだ。あれは、ロキのものじゃない」
ロキのものではない。それはすなわち―――
「蒔絵が生み出したもの?」
「魔術的にはそう考えるのが自然だ。だが、それでは彼女は元々魔術師だったということを証明してしまう。一瞬であったが、それだけの練度があったことはわかる」
蒔絵が魔術師だった? そんな様子は一度たりとも感じたことがなかった。だけど、魔術師の素質があったが故にロキに目をつけられた可能性がある。
「許せない―――蒔絵を巻き込むだなんて、絶対に許せない……」
怒りがこみ上げてくる。日没までの時間がない。急いで探さなくては。
「アオイ、―――お前は、覚悟を決められるか?」
「え―――?」
冷たい言葉が投げつけられる。言葉を認識することはできたが、『覚悟』―――それを理解することを私は瞬時に拒否した。
「あのときの反応を見て、お前でも理解したはずだ。あれは、明らかに庇っていたが故の行動だ。ならば、あちら側の戦力の一つとして認識する必要がある」
「でも、日没までは待つって」
「ロキの言葉のどこが信用に値する。仮に日没までの猶予があったとしても、覚悟がなければ、お前はきっと後悔することになる」
「なら、なおさら急いで探さなきゃ。それに蒔絵は―――」
「友達だから殺されはしない、そう甘い話でもあるまい」
私の言葉を真意を持って塞ぐ。
―――そうだ。ジューダスの言う通り、宗次朗も蒔絵も、あの二人が関わっているのなら、そんな甘えたことを言ってはいけない。宗次郎だってそうだった。彼らの意思はともかく、あのときの宗次郎は私を殺す気がなかったわけではない。もしあの時私が本を持っていなければ、私のお腹には大穴が開いていたかもしれない。ただ私は、自分の感情で、自分に甘えているだけだ。蒔絵まで宗次朗と、あの二人と同じと考えたくないだけだ。そう考えると私自身が壊れてしまうと思ったから、思いたくなかっただけだ。
わかってる―――、わかっているつもりだ。ただ、蒔絵が蒔絵でいられるうちに、もう一度会っておきたいだけだ。そうすれば、助けられる可能性があるのなら、私が救われると思ったから。だから―――これ以上は聞きたくない。認めたくない。
「すでに手遅れになっているのなら、まだ人間である間に人間として―――殺すしかない」
全身の血の気が引くその言葉に、ツーっと頬が濡れた。
「―――・・・・・・や」
「覚悟を決めるとはそういうことだ。お前もわかってるはずだ? あの様子だと、そのままにしておけば、確実に人を殺すぞ。奴らの事だ、決して止めるなどしない。それが起る事は確実だ。親友が手を汚してしまってもいのか?」
「・・・・・・いや。私には・・・・・・できない。これ以上、失うなんて、いやだ」
言葉に力が入らない。私が蒔絵を殺すなんてできない。蒔絵を失うなんてありえない。
「自分に甘えるな! お前は友である前に自分ですべきことがあるはずだ。それなりの覚悟が必要だ。アオイにその覚悟が無いなら前には出るな。最悪の事態になれば、―――オレが殺る。その覚悟だけはしろ」
冷たく、男の声が頭上から落とされた。その選択を予想できるのを否定していた。その選択肢だけは選びたくない。だって、蒔絵は私を救ってくれた人だからだ。
「・・・・・・助かる方法は、助ける方法はそれしかないの?」
「そうだ。アルスの話もあったが、ヤツの魔眼は神性が高すぎる。仮にもアルスは神族の精霊だ。それに魔眼をかけきれる以上、人の身で抵抗する事は叶わない。もしロキの言葉の真意が『手中に収めるまでには日没までかかる』ということなら、魔術師故の抵抗力がわずかに高いに過ぎない」
心の糸が・・・・・・その契りは残酷にも血判する。友が友でなくなるのなら、―――せめて人としての繋がりを残したかった。
「・・・・・・わかった。私が止める」
「―――覚悟、決めたか?」
その言葉にまた気持ちが揺らぐ。『決めたか』、そう問われると断言できない。だけど、私がしなければ。私がしないといけないのなら、するしかないのだ。
「・・・・・・まだ、完全じゃないけど。蒔絵を救えるのなら、私がする」
生きて反せない可能性が残る。感情が欠如していると思っていたけど、私は普通の人だったみたいだ。友の確実なる変貌とその先で胸が詰まった。
だけど、その哀しみを乗り越えなければ、蒔絵を人として救えない、そう思った。
「どうだかな。今のお前は最後の最後でトチると思うが」
「・・・・・・そうかもしれない。でもね、私は自分の気持ちにだけには嘘なんてもの、つきたくないの。宗次郎が変わってしまったのも蒔絵が変わってしまったのも、結局のところ私が関係している。ロキから聞かされた私の過去ってのも正直どうだかわからないし、もう今更知ろうとも思わない。どうせ、ろくなことじゃないってわかった気がしたから」
私の過去がどうだろうと関係がない。過去を受け入れたところで現実が変わるわけでもない。なら、私に必要なのはやはり未来だ。そのために、凄惨な現実に打ち勝たなければいけない。
「・・・・・・でも、もし私が原因なら、私がどうにかしないといけない気がする。その気持ちだけには嘘をつきたくない」
そう言って立ち上がる。気付けば先程までの気分の悪さも、魔眼の影響による疲労感も抜けていた。それ以上に、蒔絵を救わなければいけないという使命故に自らを奮い立たせる。
「まだ時間があるのなら私は蒔絵を救いたい。ジューダス、私に力を貸して」
「間に合わなかったとしても、行くか?」
「行くわ。だって、―――蒔絵は私の親友だもの」
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