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傷物少女と幻想騎士の聖釘物語 - レクイエム・イヴ  作者: まきえ
第2章 眠り姫

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18/102

5th day.-2/プラスチックスマイル - 魔神眼 -/KHAMSA

<魔神眼/KHAMSA>


 教室に入っても、嫌な違和感は抜けなかった。私にでもわかる。あのヌメリとした気配は、姿を消しても、その存在感は未だ学校全てに漂っている。

『―――昼休みに屋上に来なよ』

 なぜ? なぜ昼休みに? 前に現れたときもそうだが、私に話ってのは何だ?

 目的が全然掴めない。もしかしたら、目的なんて無いのかもしれない。

「あー、頭痛くなってきた」

 普段はあまり深く考えないのに、彼女たちのおかげで最近やたら頭を回転させている。知恵熱でも出たのだろうか。

「おはよう。って、珍しいな。葵が難しい顔してるぜ」

「あっ、佐蔵君。おはよう。今日は早いのね」

「早い? そうでもないんじゃないか。そろそろホームルーム始まるし」

「いや、遅刻しないで来てるから」

「んー、そういやそうか。今日は少し暖かいからかなぁ」

 一年の頃から佐蔵は冬になると朝学校に来ない癖がある。低血圧なのか朝は弱いようだ。

「今日はたまたま朝の調子良かったからさ、天気もいいし遅刻するのは先生に悪いだろ」

「いや、毎日ちゃんと来ようよ。よく休んでいる私が言うのもなんだけど」

「葵は成績いいからいいじゃん。朝ももっとゆっくりしてから学校来ればいいのに」

「私の場合はこれが習慣になってるから。宗次郎だって部活で早いしさ、私もついでに起きちゃうのよ」

「ふーん、お前ン家二人しかいないのに偉いな。俺ン家なんかぐうたら親父しかいねぇからつまんねぇんだよな。姉貴は大学であまり家にいねぇし、朝飯も作ってくれる奴いないから起きるの面倒でさ。ま、葵に愚痴っても仕方ないか」

「そういうこと。蒔ちゃんにでもお願いしたら? 料理は私より上手だし、お願いしたらしてくれるんじゃない?」

「アイツが他人の為に料理するかね。アイツも葵と同様に家に誰もいないからさ、自分の分だけで大変だと思うぜ」

「え? 蒔ちゃんってお兄さんいるんじゃないの?」

「菊さんはずっと遠くで働いてるよ。ガキの頃のに何度か見ただけで、ここ何年かは見かけないな」

 そうだったのか。確か蒔絵のお兄さんは年が離れていたはずだ。どおりで蒔絵の家に行っても会った事ないはずだ。出稼ぎだったのか。

「そういや蒔絵は? まだ来てないのか?」

「あれ? そういえば今日はまだ見てないな。珍しい、遅刻だけはしない子だったのに」

「ま、寝坊でもしたんだろうさ。後で連絡入れとくか」

 ホームルームを告げる鐘の音が学校中に響き渡る。チャイムと同時に担任が教室に入ってきた。

「おっ、時間か。それじゃ後でな」

「うん」

「ホームルーム始めるぞー。・・・・・・あれ、栗崎は遅刻か、珍しいな。それ以外は――――――」

 結局、ホームルームが終わっても蒔絵は来なかった。本当に寝坊でもしたのだろうか。今まで遅刻欠席はしない子だったのに。皆勤賞、勿体ないなぁ。


* * *


 ―――昼休み。ロキによるヌメリとした違和感は昼休みになるまで終始纏わり続けた。

『―――マスター、行くんすか?』

 もちろん。もしここで私が行かなければ、このプレッシャーが現実に化けてしまう。彼女はきっと手加減などしない。こちらが従わざる得ない状況を作り出されてしまったのがミスだ。彼女の存在を認知してしまった以上、話だけで終わるのなら、こちらとしてはありがたい。

『それでもマスター、相手はあのロキ=スレイプニールです。約束を守るとは……』

 それは問題ないだろう。もし彼女らの目的が私の命なら、私たちはすでに前回で終わっている。

『でも―――』

 心配しないで。気持ちはしっかり持っている。彼女もこちらに手を出す気は無いはずだ。私は彼女に言葉で負けるつもりは無い。貴方は待っていて。

 もし彼女が私に手を出すのなら、すぐにでもジューダスたちに報せて。彼ならすぐに来てくれるし、それまで一方的に殺される気は更々無いから。

『・・・・・・わかりました。でも、もしヤツの様子がおかしいのならすぐにその場を離れていてください。それと・・・・・・』

 絶対に“眼”は見ない、でしょ。彼女の恐怖の根源はあの“魔眼”だ。少なくとも、眼さえ合わさなければ対等に話はできるはず。こっちだって何度もやられっ放しで済ますつもりは無い。全てが全て、彼女の思惑通りになるなんて大間違いなんだから。


 屋上に着く。先日より風は強く、雲は重い。屋上の隅、フェンスのそばに彼女は立っていた。

「―――ふふん。ちゃんと来たね、えらいじゃないか」

 ―――ロキ=スレイプニール。新守渚の姿をした悪魔の左眼は閉じられている。黒髪は風に翻し、不吉な微笑は健在だ。

「悪趣味ね。また新守さんの姿で現れるなんて。・・・・・・それで、要件は何かしら?」

「つれないなぁ。昼休みも始まったばかりだ。時間はたくさんあるのにそんなに邪険にならなくてもよくない?」

「・・・・・・私たち、お友達だったかしら。正直、こうして会っているってのも悍ましい程よ」

「そういやそうだね。でもいいじゃないか、こういう関係ってのも斬新でさ」

「率直な感想だけど、全く持ってゴメンだわ。私はアナタのその笑顔が嫌い」

「ずいぶんと言ってくれるね。一応これは仮初の顔なんだけどな」

「えぇ、もちろん新守さんの事じゃないわ。ロキ=スレイプニールって人そのものが嫌いなの。彼女の顔で笑わないで」

「ふふん。辛辣だね。まぁ、そう思われるのも当然かな。キミたちからすればボクは憎むべき怨敵、それを好むのはまず無いか」

 その軽いノリは新守渚の姿から異常な違和感を漂わす。元の少女の姿ならその違和感もないけど、人の身体を使われている以上どうすることもできない。もっとも、私にはどの姿でも抵抗する事は叶わない。ただその気に圧されないようにする事が私の精一杯な抵抗なのだ。

「先ずキミには謝っておこうかな。本当ならこの前で話は終わらすつもりだったんだけどさ、この前の使い魔、あれのおかげで調子狂っちゃって。ゴメンね」

「謝ってもらっても仕方ないわ。その話ってのはまだ話してもらえなさそうね」

「ふふん。もう少し無駄話に付き合ってもらいたいけどね、キミは機嫌悪そうだしさ」

「おかげさまで。ここで機嫌良かったら私ってどうなのよって感じじゃない。それに、新守さんになにをしたの?」

「彼女には“何もしていない”よ。彼女は今でも元気にしているよ。ふふん。おちょくるにはいい性格をしているしね」

「何もしていないと言うなら、彼女は無事なのね」

「ああ。それだけは保証しよう。今頃ボクを探して街中で血眼さ。それに、邪魔ではあるけど今日は彼女は()()()()()関係がない。キミの使い魔の殺気が学校中に漂ってるからね、殴り込まれても困るから話は早めに終わらそうかな」

 新守渚に対する返答に違和感は覚えたが、無事というのならそこは信じよう。

「早々にお願いするわ。こちらもヒマじゃないから」

「おっと、お昼まだだったかい。長引かせたら悪いね」

 ・・・・・・胃が痛い。話があるのならさっさと終わらせてほしい。彼女は先ほどから笑って見せているけど、こっちは笑顔の裏にある殺気で胃に穴が開きそうだ。

「眠り姫。キミは『八墓村(ヤツハカムラ)』って話、知っているかい?」

「・・・・・・いいえ。名前だけは聞いた事あるけど、わからないわ」

 八墓村。私が生まれるずっと昔からある話。ホラーな話ってことだけは認識がある。

「あれ〜、キミって日本人だよね? ダメじゃないか、日本人なら知ってなきゃ。ジャパニーズホラーの傑作だよ?」

「知らないわよそんなこと。それに、私はホラーが苦手なの」

「そっかー、知らないなら残念。・・・・・・じゃあさ、キミは“()()”って信じるかい?」

「呪い?」

「そっ、呪い。悪魔だとか幽霊だとかでもいいよ」

「悪魔なら最近信じ始めたわよ。ちょっと前からちょくちょく私の前に現れるから」

「ふふん。それってボクの事だ」

 ニタリと笑う黒髪の擬態。皮肉のつもりであって誰も褒めてはいない。

「・・・・・・話を戻してくれないかしら」

「怖い怖い、キミが怒ると使い魔が来ちゃうじゃないか。

 じゃあちょっと違った質問。眠り姫、キミは“呪い”ってどういうものだと思う?」

 “呪い”って、他人の恨んだりして、その災いが実際に起こったりすることだろうか。一つでも奪うと永久に現世に彷徨うコインだとか、食べたら問答無用で眠りについてしまうリンゴだとか、そんなものか。

「ふふん。当たらずも遠からずってトコ。まぁいい線いってはいるかな。いいかい、物事が働くって事はね、即ち“誰かがそれを望む”からなんだよ。世界ってのは願望から具象化されるって言っても過言ではない。“呪い”ってのはね、その具象化された願望の原型なんだよ。つまりは働くための燃料なんだ」

「燃料?」

「そっ、物事が動くのにこれが一番効率がいいんだよ。“呪い”は願望で、それによって具象化されるものは“災い”。世界にとっての負の感情、つまり“否定”するって感情だ。これはこの世界、何処を見渡しても満ちている。枯れる事はないんだよ。この世界に人っていう生き物がいる限りね」

「・・・・・・何が言いたいかわからないんだけど」

「具象化された災いは必ずといっていいほど人に還元されるんだ。物事には捌け口って肥溜めが必要だからね、他人を呪うってのは一番簡単な行為なんだよ。

 『八墓村』ってのはいい喩えだ。あの話はよくできている。村の頭首がある事が引き金となって村を徘徊して村民を虐殺したって話なんだけど、これは何百年も昔の落ち武者の呪いって語り継がれている。語り継がれるというのはオリジナルとなった人の願望なんだ。このケースでは落ち武者がキッカケで、願望は殺戮。空想は現実へと還元される」

 原罪、ということだろうか。罪は罪、その罪は必然的にモノに返る。この場合、モノに当たるのは人。人の犯した罪は人の元へ返る。

「そういうことだ。それじゃあ本題。―――今回の出来事をキミはどう思う?」

「どう思うって、あなたたちが原因でこうなったんじゃない! あなたたちの目的の所為で!」

「わかってないなぁ。今回のもボクたちの意志ではないんだよ。今回の場合も、八墓村と同じでキッカケとなるものがあるんだよ」

「キッカケ?」

「そう。キッカケは十二年前、その時にある()が盗まれた。それは死者を復活させる事ができるとまで謂わしめた古代魔具(アーティファクト)でね、キミのよく知っている人が奪ったんだ」

「私の?」

「ふふん。―――キミの義母、ナツキだよ」

「へっ―――?」

「ナツキはね、神秘の結晶を奪ったんだ。あれはボクが生涯かけて探し求めて、結局見つけきれなかったものの一つでね、たくさんの人がそれを探すことで生涯を終えた。そしてある機関がそれを見つけた。だけど、それをナツキが奪った。そしてもう一つ、これは十年前だったかな。一つの生命を奪った。それが()()だ」

 そんなはずはない。宗次郎は私の実の親が養子として引取ったって話じゃないか。その後に私たち二人を夏喜が引取ったって。

「その話は間違ってないと思うよ。ただキミの両親は事故で亡くなったって話だけど、()()()()()()()()

「・・・・・・どういう意味よ?」

「ふふん。キミの本当の両親が亡くなっていることはナツキを調べているうちにわかったけどさ、その両親が死亡した原因は事故って事になっている。結構大きくニュースで取り上げられたみたいだね。自動車同士が数十台絡んでの玉突き事故ってさ、キミの両親と双子のお兄さん、彼らは唯一の死亡者だった」

「それは知っている。でも、それが違うってのは何なのよ?」

「簡潔に言って、キミの両親は―――()()()()ってことさ」

「・・・・・・なんですって?」

「ふふん。犯人が誰かなんて知らないけど、十中八九ボクたち“組織”の誰かだろうね。キミの両親は何らかの形でナツキから坊やを預かり、事件に巻き込まれたってとこだ」

「―――そんなの、信じられない」

「ホントさ。ボクは当事者じゃないから詳しくないけど、キミの家族は殺されたんだ。その事実、ナツキは償いでキミたちを引取った」

「・・・・・・そう。―――それで?」

「あれ? 意外と冷たいね。血を分け合った家族が殺されてるってのに。偽りの事実から開放されたってのにさ、もっと驚いても呪われないよ」

「残念だけど、私に凡百の反応を期待しても無駄よ。私の記憶と心は壊れてるの」

「んー、よくわからないけど変な子だね。前から思ってたけど、坊やみたいにもう少し人間らしい反応してくれてもいいのに」

「その期待には応えられそうにないわ。言ったでしょ、壊れてるって。その事故の所為でね、頭のどっかのネジが外れてるのよ。だから人間らしい感情が少し欠けてるの」

「へー。ずいぶんとブッ飛んだ性格だ」

「・・・・・・おかげ様でね。基本的に物事には冷めてるの。でもそのおかげでこんな大事にもそれなりに入り込めてるのかも」

「ふふん。それか。どうもキミには違和感があったんだけど、その性格が原因なのかもしれないな。キミのその順応性には脱帽するよ。こんなフィクションみたいな話、誰だって信じるわけないからさ」

 人のことを試すかのようにクツクツと笑う悪魔。彼女にとって、私の答えが正解だったのかはわからない。両親と双子の兄が殺されたという真実は、記憶のない私にとって“亡くなった”という事実を覆す材料としては不十分だ。だって、彼らはもう戻ってこない。結果はなにも変わらないのだから。

「―――そうそう。キミにはプレゼントがあるんだった」

「プレゼント?」

「ふふん。みんな大好き、サプライズだよ。昨日いい()()()をしてね、キミにも見せてあげようと思ってさ。今はキミの使い魔の所にいるはずだよ」

 アルスのところにいる? どういう意味だ?

「・・・・・・キミに見せる前に、――――――少し動かないでもらおうか」

「な!? ぐっ―――!!」

 しまった、油断した。突然開かれた眼は蒼く、邪まな魔眼はその牙を向く。

「少しキミにも落ち着いて観てもらいたいからね、失礼だけど少し力を遣わしてもらうよ」

「・・・・・・痛っ。こんな事まで、しないといけない、ものなのかしら・・・・・・? それで・・・・・・そのプレゼントって何よ?」

「ふふん。ちょうど到着したみたいだね。それじゃあ見せようかな。おいで―――」

「なっ!?」

 そこに現れたのは精気の抜けた顔をした、私のよく知る友人だった。



_go to "bff".

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