『大魔法人の復活』
頭上に浮かぶ本から降り注いでいた漆黒の闇。
その全てが俺の中へ入り込んでしまった。
役目を終えたように停滞していた本は落下し、魔法陣の強烈な輝きも落ち着きを取り戻す。
同じタイミングで身体を蝕む激痛も治まった。
しかし――。
「……きょ、う、じゅ………」
胸の奥底で違和感がうごめき、虚脱感が一気に襲う。
俺は自然と床に膝が落ち、そのまま突っ伏してしまった。
「隼人くん!? レドルーツ!! もう充分でしょ!! 私の身体を動けるようにしてよ!!」
段々と目が霞んで音もぼやけてきた。
俺、死んじゃうのかな……。
「いいだろう、異例の事態が起こった。我も近くで確認しよう」
感覚が無くなっていく。身体が麻痺したように動かないや。
「隼人くん!! しっかりしなさい!!」
教授達かな、俺の名前を呼んで近付いて来るのは……。
もう、ほとんど何も見えなくて、声もほとんど聞こえない。
でも、誰かが俺を仰向けにしてくれたみたいだ。
後頭部に柔らかい物が当たってる。
これは……膝枕かな?
教授の膝枕だったらいいなぁ……。
なんか、視界がぼやけてて誰が俺を揺さ振ってるのかもわからないけど、きっと教授なんだと思う。
だって、嗅覚がほとんど機能してなくても、かすかに薫るこの匂いは何故かホッとさせる安心を与えてくれたから。
「きょ、う、じゅ……ず、っと、一緒、が、よかった……で、す……」
「隼人くん! ずっと一緒だから、ずっと一緒にいるから、気をしっかり持って! 私と一緒に……日本へ、帰りましょう」
温かいしずくが顔に当たった。ぼんやりとだけど分かる。教授が俺のために泣いてくれてるんだ。
また、好きな人を泣かせちゃったのか。
「……きょ……う……じゅ……ご、めん……な……さ、い」
教授、ごめんなさい。もっと沢山教授と話したかったですし、教授から沢山学びたかったです。
……でも、もう、意識が、保て、ないや――――――。
「そんな、うそ……。隼人くん? うそでしょ? はやとくん、目を開けなさい! はやとくん、はやとくーーーーーん!!」
「ああ、なんと言う事だ。私のせいだ。私が脅しに屈して……彼を呼び寄せたせいで」
「そんな……天草くんが。博士、博士だけのせいではありません。私だって……私だって」
「大人しく受け入れていればいい物を……失敗か。せっかくの逸材であったが、残念だ。器からジャラークを回収し、新たなる器を捜すか」
「レドルーツ!! 許さない……。隼人くんを返してよ!!」
「案ずるな、冴木亜美よ。大魔法人は無理だが、お前達三人も世界の平和のため魔法人の器となりえる可能性を持つ。今すぐにでも他の魔法人を受け入れ、魔女、魔人となるか?」
――――ドクン、と、身体の奥底で何かが脈打つ…………。
意識を手放したはずの俺に暗闇の中で何者かが呼びかけている。
あれは、何だ……?
目を凝らすと暗闇の中で人型の光が見えた。
ぼんやりとだった暗闇に浮かぶ者の姿が段々と鮮明になってくる。
鮮明に見えるようになると暗闇に浮かんでいた者が近付いて来ている事に気づいた。
そしてその近付く存在をしっかりと認識すると、俺は思わず鼻の下が勝手に伸びてしまう。
何故なら歩み寄る存在というのが、綺麗な顔立ちをしたセクシーな女神様だったからだ。
紫の髪をなびかせ、露出度の高い黒いチューブトップとスリットの入った黒く長いスカートを履いている。
チューブトップからはみ出して揺れている谷間も素敵だが、近付くたびにスリットの入ったロングスカートから見え隠れする生足が無駄に俺を刺激するのだ。
『おいおい、お主。いや、ハヤトと言ったな? ワシを呼ぶ儀式の途中で告白とは中々やるな。だが、無茶をしたせいで余分に生命力を持っていかれたようだぞ』
女神様!? と言うか『ワシ』って、女神様のイメージが……。
『いや、ワシは女神ではないぞ』
え!? じゃあ……どちら様で?
『ほれ、流れでなんと無く分かるであろう?』
そう言われましても、うーん。
『ほれほれ、悩むことではないだろう?』
って、まさか!? ジャラークって魔法!?
……なわけないか、そもそもあれは魔法だし。 でも、レドルーツはしゃべってたから人なのか?
いや、だとしても日本語をしゃべれるのが不自然だ。
レドルーツはアザミを通して話してたから気にもしなかったけど、あんな見た事もない文字の刻まれた魔法陣から召喚されたのに、こんなにスラスラ日本語で話しかけて来るわけがないからな。
きっとこれは死に際に見てる幻に違いない!
『いや、そんなに否定せんでもよかろうに……。よいか、ワシの名はジャラークで間違いない。人間界では魔法と呼ばれる存在だが魔法界では魔法人として存在している。それに精神体であるワシら魔法人には言語の壁はない。ようは人種が違い言葉が違えども、神に祈りが届くのと同じ原理なのだ』
な、なんか幻にしては説得力のある説明だな。特に最後の部分とか有り得そうだし。
そう言えば、日本の恐山にいるイタコって呼ばれる人達が外国の幽霊を呼び寄せてるのをテレビで見たことがあるけど、言葉が違うのにどうやって会話を成立させてるのか不思議だったんだよな。精神体だと思ってることがそのまま伝わったりするのかな?
まあいいや、それよりも、幻じゃないなら教えて下さい。
『なんじゃ?』
俺って死んだのでしょうか?
さっきの話だと俺の生命力がだいぶ持ってかれたみたいですし……。
『かっかっか! 危なかったぞ? まあ一瞬死んだがワシの力で引き戻してやったわ、感謝せい!』
あ、やっぱり死んでたんだ……。
となると、さっきの『お前の先祖の天草四郎だ』と名乗ってたご先祖様も幻じゃなかったのかな?
フラフラと綺麗な川を渡ろうとしてたら『お前はまだ来るな。かえれかえれ』って槍でつっつきながら追い返えしてきたから変な夢かと思ってたよ。
だって、鎧みたいの着て八巻してたし、じぃちゃんにも似てなかったしさ。
ん? って事は、本物の天草四郎だったのかな……?
『さて、久しぶりに人間界に呼び出された訳だが……まだ終末の時でもないようだな。しかも、お主が抵抗した事とお主の魂を無理矢理に引き戻したせいで、ワシの力はかなり制限されてしまったようだ』
え!? あの、なんだかすみません。
『まあいい。本来ならば召喚される時ではなかったからな。しかし……』
しかし?
『ああ、お主の記憶を読んだのだが、レドルーツめ。あ奴、神の名を語り人間界を奪い取るつもりのようだな。法界……ああ、魔法界の事だが、法界でも何やら怪しい動きがあったようだしな』
えっと、色々と聞きたい事はありますけども、レドルーツは神の使者ではないんですね?
『うむ、元々レドルーツは野心の強い大魔法。それ故、神の封印を受けていた者だ。どうやって複重封印を解いたかわからぬが、ワシを操るつもりでいたのがその証拠だ。神の使者であれば、ワシをわざわざ操る必要もあるまい』
そうなんですか?
まあ、あんな人間を操ろうとする奴が使者でも困るけど……。
でもジャラークさんも封印されてたんでしょ?
こうやって封印解かれて来たわけですし。
『うむ、そこが解せぬところよ……。ワシの場合、封印とは言っても人間界への召喚が特別なだけで法界では普通に暮らせておった。しかし、奴の場合は――法界で更に封印されていた者なのだ」
な、なるほど……。しかも禁忌だって言うから普通に生活してるようなイメージじゃなかったよ。
「かっかっかっ、まあな、よく言われるぞ。そしてだ。操る必要がないと言ったのはな……。ワシの存在理由、神からの使命が原因なのだ』
な、なんだか凄そうですね……。
『そりゃ凄いぞ。なんと言ってもワシの使命とは――地球その物の殲滅! 故にこそ、使命をまっとうするためにお主の魂を引き戻した訳なのだ! まあ、結局は使命を果たす時ではなかったのだがな……。殲滅させる使命を持つワシを操る意味はあるまい』
せ、殲滅って!? 地球を乗っ取るよりも危険じゃないですか!?
『まあ、そう慌てるな。本来ならばと言ったであろう。ワシが力を奮う時は、今ではなく、まだまだ先の時代。地球の命が尽きる頃。または、神からの勅命があった時だけだ』
そっか、よかった……。教授とお付き合い出来なくなるのかと思ったよ。地球が無くなったら、なにも出来なくなっちゃうもんね。
それにしても、ジャラークさんがいい人そうで本当によかった。
禁忌の魔法だって言ってたし凶悪なイメージだったけど、こんな綺麗な人で優しそうなお姉様なんだもん。
『むぅ……人と呼んでくれるか、ハヤトよ。しかも、綺麗でよい人とは、かっかっかっ、久しい響きよ、気に入ったぞ! どちらにしても捨て置けぬ現状。レドルーツに制裁をする!!』
協力してくれるんですか!?
あ、でも、どうやって……。
レドルーツは洗脳する力があるし、ジャラークさんは俺のせいで力が制限されてるんでしょ?
『ジャークで構わん。法界での愛称だ。それと心配はいらぬ。制限されたとは言え、破壊の権化。禁忌の大魔法ぞ? ただの大魔法に遅れはとらぬ』
そ、そうですよね! 俺に出来る事があれば何だってやります!
『うむ、今はワシの魔力で奴にお主が生きている事を感知されずにいるが……。ハヤトよ。しばし、身体を借りるがよいな?』
はい、もちろん。ジャークさん、よろしくお願いします!
レドルーツを倒して、教授から告白の返事をもらうんだ!
『かっかっか! 世界の命運を一人の女のため、しかも告白の返事のためと抜かすか! 面白い。まあ、奴を野放しにすれば人間界どころか、ワシの住む法界さえも危ぶむからな。全力で叩き潰してみせよう!! ゆくぞ―――――――――っっ!!』




