笑い方
「ちょっと、黙ってないでなんか言ってよ」
千里に頭を小突かれて、やっと僕は声を出すことができた。
「僕と付き合うって・・・なんで・・・」
「奏から告白して来たんじゃない。それとも、あの告白は冗談だったの?」
千里が優しい微笑みを浮かべながら僕に言う。もちろん冗談なんかで千里に告白した訳ではない。
「僕が千里のことを好きなのは、嘘なんかじゃない。でも、千里にも好きな人がいるんでしょ?」
確かに千里はそう言っていたはずだ。しかも、僕ともし付き合っても、きっと僕を殺してしまうことになると言っていた。あれは僕と付き合っても、すぐ別れてしまうだろうという意味ではなかったのか?
「あー、それはまぁ、そうなんだけど。でも、あの後よく考えてみたら、奏と付き合った方が楽しそうだし。奏となら、私もうまくやっていけると思えるし・・・それに好きな人って言ったって、告白してもオーケーしてもらえるか分かんないから・・・」
千里は笑いながら話している。でも、この笑い方は・・・
「千里、ごめん。本当に・・・」
この笑い方は、無理をしているときの笑い方だ。幼馴染の僕にははっきりと分かる。今の千里は、心の底から笑えていない。その原因は、僕にある。
「なんで謝るの?もしかして、私、振られた?」
そうやって戯ける彼女は、やっぱり笑ってなんかいない。
「そうじゃない。僕はもう大丈夫だよ。千里に振られたのがショックだったのは確かだ。だから自殺するなんてでまかせを言っちゃったんだ。本当にごめん。千里にこんな事をさせて、本当に・・・」
僕は泣いてしまっていた。本当に不甲斐ない。自分が情けなくて仕方ない。
「やっぱり、私、変だった?」
困ったように笑う千里に、僕は涙を懸命に押し戻しながら頷く。
「そっかー。やっぱりダメだったか。奏には分かっちゃうよね」
当たり前だ。だって、ずっと千里のことが好きだったんだから。
「でもね。私がやっぱり奏と付き合おうと思ったのは、奏が付き合ってくれなきゃ自殺するなんて言ったからじゃないんだよ」
千里も少し涙目になりなっている。
「私も、奏を悲しませたくなかった。私ができることなら、なんでもしてあげたいって思ったからだよ」
おさまっていた涙がまた一気に流れ出した。
「奏は、私にとって大切な存在だからね」
流れる涙を抑えられないまま、僕は千里の手を握って、声を絞り出した。
「それは僕も同じだよ。千里も僕にとって大切な存在だ。君のためならなんでもしてあげたいって思ってる。だから、僕は君の恋を応援する。千里にはいつも、心の底から笑って欲しいから」
千里の目からも涙が流れていた。そして、僕が掴んだ手を握り返してくれた。
「そっか。じゃあ、私、頑張るね」
そう言って笑った千里の笑顔は、今まで見てきたどの笑顔よりも本物だったと僕は思う。