彼の物語
シリュウスは平民で宮殿の下働きをしていた母と王の間に生まれた。
男児であるが為に認知され後宮に放り込まれたシリュウス達に対する風当たりは当然強いもので、シリュウスと同じく後宮で生活している歳が近い5人の姉達は母親に命令されシリュウスをこれでもかと虐め抜いた。
が、元々平民の血が混じる我が子を厳しく躾けていた母親はそんなシリュウスに優しくするどころか一層辛く厳しく当たった。
拠り所を無くしてしまったシリュウスは自分を押し込める事でそんな後宮での生活にジッと耐え続け、男児が後宮を出る13の歳の頃には女性を厭い、喋らず、笑わず、今の土台がすっかり出来上がっていたという。
その後、15で成人となるまで宮殿で学び、成人後は他の王子と同じく軍役に就いたが、平民の血が流れているという理由から配属先は最も危険な国境警備隊の騎兵部隊であった。
だがシリュウスにとっては母親の監視下にいるより戦地の荒くれ者達といる方が余程心安らいだ。そして王子らしからぬ扱いなど気にせず戦いと鍛錬に日々明け暮れたのだった。
幾度も隣国と小競り合いを繰り返し、やがて頭角を現したシリュウスは数年で騎兵大隊長にのし上がる。
しかしそこまででシリュウスの平穏は急に幕を閉じる事となる。
最初に落馬で4番上の王子が亡くなった。それから立て続けに流行病で2番目、3番目の王子が亡くなり、最後に王位継承する筈の1番目の王子が視察先で暗殺されてしまった。
そして最後の極め付けに王が急逝。
あれよと言う間に望んでもいない王位を手に入れ、宮殿へと帰還したシリュウスを待ち受けていたのは王の重責とすでに蒔かれていた戦の火種。そして母親により勝手に作られた自分の後宮だった。
王として忙殺されそうな日々を理由にシリュウスが後宮を無視していると母親は毎晩のように女を差し向けるようになった。
王太后となったシリュウスの母親は後宮に寄り付か無いシリュウスに焦れていたのだ。
ある晩、シリュウスが寝台の毛布を剥いだ時だ。
そこに自分の年齢の半分も満たないような少女がいた。
毎度手をつけない自分に母はあらゆる趣旨趣向、容姿様々な女性を用意してきたが、ついにはネタが尽きこんな少女にまで及んでしまったのかとシリュウスは愕然と小さな裸体を見下ろした。
「お、王様、どうかご慈悲を」
拙く、可愛らしい声がその小さな口から漏れ出た瞬間シリュウスは崩壊した。
発疹が全身に現れた後、ばたりと倒れ高熱に数日苛まれた。
これを境にシリュウスはとうとう女という生き物を受付ぬ体となった。
数日後宮殿からは女性が殆ど姿を消した。
そしてシリュウスの母親はその事実を聞いた衝撃で体調を崩し、療養の為、王都から離れた離宮に暮らし始めた。
王になり1年が過ぎた頃、シリュウスは窶れ切っていた。
どう足掻いても避けられない隣国との戦に貴族の内乱の予兆。
そしてどんなに嫌でもこの病に打ち勝ち、世継ぎを作ら無くてはならないプレッシャー。
王など辞めたい。何度もそう思ったが、降嫁した姉には女児しかおらず、前王の兄弟はすでに継承権が無い。
孤島に立つ1本の木の如く孤独で頼るべきものなど無かった。
そんなある日、シリュウスは夜も明けきらぬうちから久しぶりに遠乗りに出かけた。
どうしても1人になって外の空気が吸いたくなったからだ。
王都を遠く見下ろす丘までやってきて朝日に照らされたその風景をぼんやりと草の上で眺めた。
その時、ふいに強い風が巻き起こり空を仰いだ。すると信じ難い事に頭上から人が落ちてきたのだ。
殆ど条件反射でそれを抱きとめ、その温もりから人間が生きているとわかり安堵した。
よくよく見ればそれが女であったが不思議と発作は起きなかった。
そして初めて抱く女の柔らかさに驚いた。
物心ついてから母にすら抱かれた事の無いシリュウスには初めての感触であった。
女が何者であるかシリュウスにはわからなかったが見るからにアルシア人では無く、持ち物はこの世界では到底作る技術の無い摩訶不思議な物ばかりだった。
その時シリュウスは漠然と女がこの世以外から来たのかもしれないと思った。
シリュウスはこの何故か全く嫌悪感の無い不思議な女がどうしても手離せなかった。
だから腕の中で満足そうに眠っている女を後宮に入れるよう命じたのだ。
病が治ったのかとも思われ、試しに女を呼び寄せたが他の女性に対しては相変わらず拒否反応を起こした。
、
それから間もなく女に会う暇も無く隣国と戦となった。
そして戦争が終結した途端息つく暇もなく内乱が起こる。
それが終わる頃には女を後宮に入れてから1年が過ぎてしまっていた。
その後も戦後、内乱の処理などに追われ多忙を極め、行かなくてはと思いながらまた1年が過ぎた。
だが、漸く落ち着き後宮にいざ行こうとしてシリュウスは女の名も知らず、特徴すら何と無くしか覚えていない事に愕然となる。
同行人に異国風だと伝えたが3度程間違えられてしまい発疹が出て偉い目にあった。
その為、4度目からは兜を被り完全防備で後宮へと赴いた。
途中から何となく訝しんではいたが、同行人は有力貴族達から買収されていてわざとその娘達の所へ案内していただけであった。
だったら1人で探しに行けば良いと王の通路と呼ばれる秘密の裏通路を使い後宮へ来てみた。
そこでシリュウスは1人庭で頼りなげに膝を抱えた女に出会ったのだ。
女の名はミナといった。
話しを聞くうち、それがあの丘で出会った女である事に気づいた。
不思議な事にやはり全く嫌悪感は無く、寧ろ腕の中にミナを抱いた時の何とも言えない気持ちを思い出し、シリュウスは心が騒いだ。
しかし、そんなシリュウスとは裏腹にミナはシリュウスを酷く憎んでいた。
今更ながらにミナを放っておいた事をシリュウスは後悔した。
眠りから覚めないまま、なんの説明も無しに後宮に入れられ、どんなに心細かっただろうか。
そうやって外部から放り込まれた人間がどんな扱いをされるかをよく知っていたのに、1番辛い仕打ちを自ら行ってしまった事にシリュウスはこの時初めて気づいた。
同時に何故こうまでして自分の手の中にとどめたかったのかも気づいた。
ミナが自分の腕の中に落ちてきた瞬間から、惹かれていたのだ。
シリュウスは漸くミナにだけ発作が起きない訳と初めて芽生えた淡い感情を知った。
自分の気持ちを知り、ミナの怒りを知ったシリュウスは王である事を隠しミナの不満を受け止め続けた。
ミナの怒りは深く、自分の罪を詰られる度に胸が軋んだが、シリュウスは我慢した。
そうしているうちに例の病は悪化してしまった。
自分を追い込めば追い込む程に酷くなる病であるらしいと気づく。
そしてミナは自らの意思で後宮を去っていった。
当然、シリュウスは止めなかった。
止める権利など無いし、何よりミナには幸せになってもらいたかったのだ。
しかし、居なくなった途端、シリュウスはどうしようもなく孤独となった。
辛辣な言葉しかかけてはくれなかったが、やはりミナを諦める事が出来なかったのだ。
一目会うだけでもと、そんな思いで会いに行けばミナはシリュウスが誰であるか気づかなかった。声でわかるだろうと思っていたが全く気づく事なくそればかりか生き生きと楽しそうに話し、シリュウスの手に口づけを落とした。
今更、自分が鉄兜の男だとも、ましてや王であるとも名乗れなくなってしまい、シリュウスは時折虚しさを感じながらも通うのを止めれなくなっていった。
女の扱いどころか人と深く関わる事自体初めてで戸惑いや自分の不甲斐なさを恥じながらも、じわじわと深みに嵌ってしまったのだ。
ーー以上がシリュウスの口から語られたシリュウスの物語であった。