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リトラと夜の幻想曲  作者: 本居 素直
第一章 湖上の花園
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物語の外の彼女たち


「はぁ? おしまい、じゃないわよ。何なのよ、これ」


 夕陽差し込む喫茶店の窓際席、三人いる女性のうち、着物姿で黒髪の女性が不機嫌そうに呟いた。その手には、可愛らしい装丁の絵本が握られている。


「何って、私たちを描いた絵本だよ? あっ、駄目だよ、そんなふうに乱暴に扱っちゃあ……」


 そう言って、菫色の髪をした小柄な女性、プリムラが、テーブルに投げ出された絵本を手に取ると、その表紙を愛おしそうに眺めた。そこには三人の妖精と、木菟(みみずく)を肩に乗せた天使の男の子が描かれている。妖精は手を取り合って輪を作り、天使の男の子はそれを見て微笑んでいる。


 プリムラが再び絵本を捲り始めたのを見て、黒髪の女性は酷く不服そうな声を上げた。


「あのね、それが絵本だなんて事は分かってるわよ。私が言っているのは内容よ、内容。何よそれ、まるで私が彼のことを待っているみたいに描かれているじゃない。明らかに悪意のある創作だし、ひどい解釈違いよ」


「そんなに内容が不満なら作者に直接言ったら? あっ、美味しい。フィナンシェだったっけ。これなら幾らでも食べられそう。ほら、フリージアも食べたら? 苛々してる時は甘い物が良いらしいから」


 などと言いながら、頭に羽飾りを付けた女性、フェザーは、我関せずといった様子で焼き菓子を次々と頬張っていく。これなら燃料の不安は無さそうだ。一方のフリージアは此処に味方がいないと分かると、ふんと鼻を鳴らして席を立ち、カウンターで出来立ての焼き菓子を並べている作者に詰め寄った。


「サルカラ、本人の許可なく随分と好き勝手に書いてくれたわね。書き直しを要求するわ」


「いやあ、そう言われてもなぁ……店に来る子供にも人気だし、実はもう結構な数を刷ってあるんだよ。それにほら、事実に基づいた創作なんだし多少は、な?」


 悪びれる様子もなくそう言ってのけた作者に、フリージアは非常に苛立った様子で舌打ちをした。苛立っているのは表情と態度だけではないようで、彼女の黒髪は獲物を求めてざわざわと波打っている。


「誰のお陰でこんな立派な店を持てたと思っているの? 貴方の人生を豊かにしてあげたのはどこの誰かしら?」


「いやいや、あの時の財宝は、別にお前の腹の中にあったわけじゃないだろう。待て、勘違いをするなよ? あの夜の出会いには感謝してるんだ。本当に幸運だったと今でも思ってる。そうじゃなければ、店を持つなんて絶対に叶わなかったからな」


「そこまで分かっているなら、私やあの二人を賛美する内容にしなさいよ。幸運の女神に頭を垂れて、どうにか願いを叶えてもらった悪党の話とか」


「あのなあ、そんな内容の絵本は誰も読まんだろうよ。と言うか、何が不満なんだ。お前もあの二人も、絵本の中とそこまで変わらんだろうに」


 その言葉に、フリージアの黒髪が激しく波打った。


「待ってくれ。フリージア、暴力に訴えるのは止そうじゃないか。頼むから落ち着いてくれ、もう以前のお前じゃないんだ、そうだろ?」


「……これ以上ないくらいに落ち着いているわ。安心して頂戴、今の私に人間を引き千切るほどの力はないはずよ、多分ね」


 フリージアがそう言うと、黒髪は落ち着きを取り戻した。それを見て、サルカラはほっと息を吐く。もし客がいれば、店内は大変な騒ぎになっていたに違いない。今日は貸し切りにしていて良かったと、サルカラは心底ほっとしていた。また、この二人は以前よりも気安い関係になっているようで、フリージアにも言うほど危うい雰囲気はない。おそらく冗談のつもりだったのだろう。おそらくは。


「はぁ……あのねえ、貴方は事実に基づいているって言ったけれど、あれのどこが事実だって言うの?」


 もう何度読み返しているか分からないプリムラを指差して、フリージアはその作者に返答を求めた。


「そうは言うが、リトラを待ってるのは事実だろう?」


「くっ、まあいいわ。でも脚色しすぎなのよ。大体、向こうが私を求めるならまだしも、何で私が心待ちにしなければならないの? あの絵本の中では一年に一回って話になっているけれど、実際にはあれから一度も顔を見せないまま何年が経ったと思ってるわけ? あの馬鹿、いつまでも子供みたいに遊び回って……プリムラもフェザーも、今日という日をどれだけ待っていたか分かっているのかしら? 生きているかどうかも分からないまま持たせ続けるなんて何様のつもりよ」


 恨み言は止まる気配がない。


「あ、あのな、フリージア、リトラが遅いからってそう苛々するな。あいつは約束を破るような奴じゃない、それはお前にも分かるだろう。待ちきれない気持ちは分かるが、少し落ち着け」


「待ってない」


「流石に無理があるだろ。リトラから便りが届いたって報せたら、こうして店に飛んで来たんだから」


「……飛んできたのは、私じゃなくてフェザーよ」


 それ以外に言い返す言葉は無いようで、フリージアはそれっきり黙ってしまった。そんな彼女の背後では、フェザーとプリムラが談笑している。見れば、テーブルに置かれていたはずの大量の焼き菓子はすっかり消えていた。


 サルカラは追加の焼き菓子を大皿に乗せると、扉を見つめたまま動かないフリージアに持って行くようにと手渡した。


「ほら、フェザーが腹をすかせて待ってるぞ。お前も少し食べろ。いつまでも青白い顔してるとリトラに心配されるぞ?」


「うるさいわね、分かったわよ」


 吐き捨てるように言うが、その声に力はない。フリージアは兎の描かれた大皿を持って、渋々と言った様子で二人の下へと戻って行った。サルカラは、その寂しげな背中を少し意外そうな表情で眺めていた。


(あんなふうに騒ぐのはプリムラの方かと思っていたんだがなあ。いや、考えてみれば、そうおかしなことでもないのか。何せ自分の名付け親だ、特別なんて言葉じゃ足りないくらい大きな存在なんだろう。でも、そうか、フリージアもプリムラも、人間的に成長したってわけだ……フェザーの方は相変わらずだが)


 席に戻ったフリージアは、焼き菓子を食べながら二人と談笑している。サルカラにはもう見慣れた光景だったが、〈蜂鳥の騎士の伝説〉と、あの夜の出来事を知っている身としては、彼女の変化には感慨深いものがあった。


(伝説も時が経てば変わるか。一体どんなふうに語り継がれるやら……)


 本を抱き抱えて満面の笑みを浮かべるプリムラ、それを愛おしそうに見つめる二人、和やかな雰囲気のまま時間だけが過ぎて行く。もう夕暮れ、直に日は沈み、やがて夜が訪れるだろう。


(……リトラ、あいつは何をしてやがるんだ。このままだと楽しいお茶会が地獄になっちまうぞ)


 三人の会話も尽き、店内を重苦しい空気が満たそうとしていた。明らかに気落ちしている様子のフリージアを、フェザーとプリムラが何とか励ましているが、彼女は「ごめんなさい、大丈夫よ」と弱々しく笑ってみせるだけだった。その時だった。扉を叩く音がして、全員が一斉に扉を見た。皆は一瞬気のせいかとも思ったが、確かに取っ手は回っている。彼女達には、やけにゆっくりと扉が開くように感じた。


 そうして現れたのは、肩に木菟を乗せた、天使の男の子だった。


「遅いぞ」


 安堵した様子で店主が笑う。そして一人は駆け寄り、一人は飛び付き、一人は呆然と立ち尽くしている。天使の男の子は、飛びついて来た菫色の花を持ち上げて椅子に乗せると、自身の名付けた花の名を呼んで手を振った。


 フリージアはその青い瞳を潤ませながら、伝説級の微笑みを湛えて彼に駆け寄った。そして、せめて今夜だけはどこにも飛んで行かないように、天使の男の子を思い切り抱き締めたのだった。


 もうすっかり日は落ちて、待ち望んだ夜は遂に訪れる。今夜はあの日の夜とは違った意味で、賑やかで長い夜になることだろう。





 湖上の花園 完


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