楽園のこどもたち
悪党は夜に集う。
彼らは日の光と人目を避けて暗がりに潜み、身を寄せ合って知恵を絞り、大小様々な悪事を企てる。そのはずなのだが、どうやら此処の悪党は違うらしい。
「てめえ、騙しやがったな!」
「俺はただ聞いたことを話しただけだ。それをお前が勝手に早とちりして盗みに入った。大方、一人で儲けようとしたんだろ? きっとその罰が当たったんだよ!」
「んだと、この野郎っ!」
立派な髭を生やした大の大人の男が子供のように言い争い、今や殴り合いにまで発展している。辺りの大人たちも囃し立てるばかりで、喧嘩を止める者など誰一人としていない。
ここは真っ当な人生を歩む人々の足下、灯りに照らされた街の地下。本来は明かりの届かぬその場所に、悪人の集う場所がある。ここは明るく、それなりに暖かく、とても煙たく、決して美味しくはない酒と食べ物があり、大人と子供、男と女の区別もなく、ありとあらゆる種類の悪人が詰め込まれた楽園のような場所だ。彼らにとっては。
「何でもかんでも人のせいにすんな! そういうところが前から気に入らなかったんだよ!」
「口先だけの奴には言われたくねえな!」
胸ぐらを掴み合って罵り合う二人、いよいよ殴り合いの始まるかと思われたその時、一人の青年が群衆から押し出され、輪の中にいる二人にまともにぶつかった。
「邪魔だ!」青年は二人に怒鳴られた挙げ句、胸をどんと突き飛ばされて膝をついた。彼はすぐに立ち上がり、自分をこの輪の中に押し出した連中を睨むと、群衆をかき分けて抜け出した。
「ったく、危ないなあ……」
なんとか喧嘩騒ぎを抜け出した青年はほっと息を吐く。そして、未だ背後で怒声の響き渡る中、どこか上機嫌な様子でカウンターの席に腰を下ろした。そこには、この地下酒場の店主であろう、頭髪を綺麗に剃り上げた褐色の大男が、グラスを磨きながら、大して興味もなさそうに喧嘩騒ぎを見ている。
「はじめまして、ここは賑やかなところだね」
彼は仏頂面の店主に臆することもなく、気さくに話しかけた。その表情は人懐こく、人と話すのも好きなようだった。
「さっきの見てた? まるで子供の喧嘩だよ。それにあの二人、あんなに怒ってたらなにを盗まれても気が付かないんじゃないかな……」
「おい、よせ。お喋りが過ぎると絡まれるぞ。あの通り、ここの連中は気が短い。子どもだろうと容赦はされないぞ」
「だって、本当のことだから。ほら」
その手には小さな硬貨袋が二つ握られている。それを見た店主は慌てて取り上げると、青年の羽織っているくたびれたコートの中に突っ込んだ。
「しまっとけバカ!」
「あっははは! ごめんごめん!」
青年は悪びれる様子もなく笑っている。大人を相手にしてやったのが痛快なのか、大人が顔を真っ赤にして殴り合っているのが滑稽なのか、それとも酒に酔っているのか、青年は尚も楽しそうに笑っている。
「まったく、年の割にずいぶんと手癖の悪い奴だな」
「まあ、そうじゃなかったらこんな所には来ないよ」
「だろうな。年の割には腕が良いと言うべきかもしれん。その細腕でよくやるもんだ」
良くやったとでも言うように、店主はその大きな手で彼の肩をぽんと叩いた。此処は悪党の巣、盗られたやつが間抜けなのだ。
「財布がねえぞ! てめぇ!」
「ふざけんな! 俺じゃねえよ!」
今になって気が付いた二人が喧嘩を再開したようだが、店主は犯人を突き出すつもりなどなかった。そんなことよりも、目の前の若き有望な悪党に興味が湧いた。
「ほら飲め。初めてなんだろ? 今日は奢ってやる」
「いやいや、お金は払うよ。懐は暖かいからね」
他人の財布だからか、かなり気前が良い。彼は酒一杯には多過ぎる硬貨を差し出し、店主もそれを喜んで受け取った。
「お前、若いのに随分と長いことやってるみたいだな。あの二人が間抜けだとしても、ここの連中から盗みを働くのは中々できることじゃない」
「両親は優秀だったらしいから、血筋なのかもしれないね。最初の誕生日に会ったきりだから、顔も分からないけど」
「そうか……しかし、子供がこんな世界で生きなきゃならんとはな。嫌な世の中になったもんだ」
「そんなことはないさ。俺はこの世界が好きだし、かなり楽しんでる。知りたいことも欲しい物もたくさんあるんだ」
彼はグラスの酒を飲み干し、口元をぐいっと拭う。まだ少年の域を抜けきらない歳であろうが、その姿は妙に様になっている。
「……くぅっ。うん、あれだね。すべてを忘れて酔っ払いたい人間には最高のお酒だね、これは」
「最高の酒か、そう思うなら遠慮しないでもっと飲め」
「いいよ、俺には忘れたい過去なんてないから」
「口の減らない奴だな……」
「はははっ、うん、今まで言われなかったことがないよ」
その笑顔にはどこにも影の差すところがない。純粋すぎる。店主はそう思った。彼にとって、そのような笑顔は上の世界、太陽の下にいる子供でしか見たことがなかった。
店主は益々、目の前の名も知らぬ青年に興味が湧いた。こんなにも濁りのない瞳をした奴が、何故、このような陽の当たらない世界に来たのだろうか。




