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ゼロの楽園  作者: 櫻森 わん
第二記.花緑小都市~レギュート街~
12/20

『真実は時空のなか』

 シリアスが情報を読み込めない顔をする中、フローラが突拍子な事を切り出した。


「レオ、今すぐ裸体になりなされ。あんた、エウクレイウスによほど過保護にされてきたんじゃな」

「は? 裸に?」

あれのかけた術が記憶を封じている。〝時空の魔術師〟なだけあるがのぅ」

「めんどくさいな」

「ぶっ⁉︎」


 椅子から立ち上がり、素早く脱いだ服をシリアスに投げつけた。シャワー浴びといてよかった。衣類が目に入ったのか、両目が若干赤くなっている。


「痛いです、ゼロ」

「ごめん、手が滑った」


 陶器のように白い裸体を老婆の前に差し出す。

 皺の深い手が視界を覆う。


「目を瞑りなされ。力を抜いて、手さえも握ってはいけないよ」


 波音のように濁った声が初めから呪文となって、ゼロの耳に入る。聴きたくないようなその声は逆に気味の悪い心地よさを感じさせた。

 ーー瞬時。

 ーー脳裏をいくつかの鮮明な扉が開かれては束の間の情報が流れていく。

 紋章が二つに飾られた扉。隣にいる子供が何かを叫んで必死に取っ手をこじ開けようとしている。その次の画面では、どこかの馬車の中だ。寝転がった子供の頭を優しく撫でている。


「ゼロ!」

「あれ……?」


 記憶にないはずの情景に思考を奪われていた。

 いつのまにかシリウスが隣にいて、身体を支えている。深憂に絶えない表情をさせてしまったようだ。怠さが身体を重くし、疲れが出てしまった。


「大丈夫…ではないな。勘弁して」

「馬鹿みたいに魔力を秘めてるからじゃ。かけた分の力が大きいほど、副作用も比例する。今日はもう寝なされ」

「そうさせてもらうわ。シリウス、おんぶ」


 承諾してもらい、シリアスが服を着させてくれると、一際大きな背中を向けてくれた。腕を首にかけ、体重を預ける。


「色々と覚えのない記憶も出てくるじゃろ。混乱するだろうが少しずつ思い出せばいい」

「……僕が覚えていたら困る記憶だから?」

「それは知らんな」

「今日はもう寝ましょう。明日から大変なんですから」

「そうだね。おやすみなさい」

「おやすみ」


 階段を登り、入室するとベッドまで運んでもらう。シリウスがゼロにかける毛布を取り出した。


「おやすみなさい、お嬢様」

「うん、おやすみ」


 柔らかい毛布をかけられ、気持ちよさに中へ潜り込む。室内が暗闇に覆われたとき、静かにドアの開閉する音が耳へ届いた。寝るまで一緒にいてくれるもんだから、本当に心配性だ。疲れが溜まっていたせいか、ゼロは数秒もしないうちに眠りに堕ちた。

 ゼロを部屋に残し、シリウスはエレナに呼び止められ、再び老婆の自室へ行った。


「すまんの、うっかり忘れておったわ。これが日焼け防止の薬」


 フローラが薄桃色をした錠剤の入ったビンを卓上に置いた。

軽く一瞥した限り、五十粒はあるだろうか。


「そしてこれが瞳の色を変えれる魔術を書いた紙じゃ。常時かけておけば、そう簡単には落ちないじゃろうから安心するがよい」

「ありがとうございます」


 礼を述べ、ほんの少しだけ頭を下げる。


「材料はこの紙の下に書いてある。大きい薬局に行けば、二日ほどで製作されるはずじゃ」


 その紙を受け取り、一通り見て小さく唸る。

ゼロには絶対に、言わない方がいい材料が幾つか混合されてる。

 老婆はにやり、と愉快そうに笑った。


「これだけ手間がかかる処方薬じゃ。当然だろう」


 この、トカゲの尻尾やら兎の毛やら怪しい材料はともかく、なんだか分からない液体の混合ってなんなんだ。ゼロが知ったら、きっと薬を投げ捨てるに違いない。


「ははは……」


 やや小さくひきつらせてお茶を口にする。

 老婆が頬杖をついてふぅ、とため息をもらす。


「予想していた通りとはいえ、あの娘があんなに美しく成長しとったとはの。せめて平凡であればのう……」

「何かまずいことがあるのですか?」

「なによりアリスがいるじゃろう。今は当主はおろか後継者は決まっておらん、激烈化するのは確実じゃ」


 一息置き、フローラは覚束ない様子で話を続ける。


「だが、何があっても目を離しちゃいけないよ。あの娘は正統な血筋だけあって、恐らく一番強いだろう。じゃが……」


 シリウスは無意識に唾を飲み込む。


「自分から離れようとしたら注意じゃ。周囲が気づかぬままに一人背負うだろうからの」

「……!」


 悲しいくらいに思い当たる節があった。

 万が一の事態に、呼ぶ声に応えてくれる者を側に置いていた、ゼロ。あの森での行方眩ましも、シリウスが来てくれると絶対の自信で奥深くで待機していた。

  ――だが。主が亡くなった晩、本来の姿である一角獣に目を向けずに駆け出した。通常の彼女なら無理矢理命令を下し、連行、という荒い手段を駆使したはずである。


「ディアスが裏切った時、確かに一人で行きました」

「じゃろうな。あの子は自分で片付けようとするじゃろうて。アリスは周りを使う方なんじゃよ。分が悪すぎる」

「わかりました、留意します」

「あとお主に聞きたいことがある」


 なんだろうと思い、いつの間にか俯いた顔を上げた。


「エウクレイウスの末娘、アウローラのことじゃ」


 しゃがれた声以外には、時計の針の音が刻むように部屋中響く。


「彼女を知っておるじゃろ」

「はい、別宅で静養のためにいると聞いてて。大抵は私が世話しておりました。まだ成獣になっていない時でした」


 軽く頷くと、フローラは机上に指を組んだ。


「アウローラがなぜ亡くなったか、知っているかね?」

「いえ。私が向かった時には既に……」


 今もありありと記憶に息吹いて浮かぶ死に顔。

 いつものように、部屋を訪れた扉の前でいつものように応答がなかった。今は寝てるのだろうかと配慮しつつ、音を立てないようにドアノブを回した。

 視界に映ったのは、最期まで外の世界を見ることの叶わなかった小鳥――変わり果てた少女の姿だった。

 穏やかな陽光の中、ベッドから起き上がろうとしたのか、ややうつぶせに倒れていた。口には乾いた血がつき、信じたくなくて、悲鳴を聞きつけたディアスが引き離すまで、何度も永遠に覚めるはずのない亡骸の名を呼んだ。肺を病んでいた彼女だったから苦しんだはずなのに、どうしてか死に顔は穏やかだった。


「長兄が手をかけた――といったらどうする?」

「なっ……!?」


 ありえないこともない。

 アウローラがいた別宅は、手元に置かれていたゼロと違って隔離され、庭を経過すれば誰でも自由に出入りできた。大半がエウクレイウスに雇われた業者だった。


「婚姻もなしにイヴからジェミニと代えるのは、よほどの事がない限りないんじゃよ」


 それも無意識に変わる。すんなりと受け入れるからには、血に潜在する神の力が動いてる証拠らしい。


「エディンの直系、イヴ家がなぜ女系優先かはあの娘を見ればわかるじゃろう」

「女性が強いからですか?」

「それもあるが、基本に王家はアダム、エディン家はイヴのイメージが定着してるためじゃ」


 原罪を唆された者と唆した者の子孫同士でありながら、表裏一体の王家。

 実質上、アダムなる男系が覇権を握り、イヴなる女系が裏で支えることでバランスが取れていた。


「エウクレイウスは間の当主で正式ではない……、亡くなった前々当主アンジェリナにアリスとレオがいたからの」


 エウクレイウス達が若き世代の頃はまだ、わずかながら三世代が存命し、孫を抱く光景も珍しくなかった。


「長くなったね、すまぬのぅ。シリアスもゆっくり寝るがよい」

「ありがとうございます。おやすみなさい」

「はい、おやすみ」


 孫に挨拶するようににこやかに別れると、フローラはやれやれとため息をついて椅子に座り込んだ。これからあの娘には苦難の試練が次々と降りかかるだろう。

 どうか命を捨てることだけはしないようーー願うしかできない。


「あの娘が生きているだけでも十分奇跡じゃな…」


 棚にかけた写真へ呟いた声は小さかった。写真の中の弟一家はいつまでも暖かい雰囲気のまま、色褪せていた。

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