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ゼロの楽園  作者: 櫻森 わん
第二記.花緑小都市~レギュート街~
13/20

『ながい時間の狭間』

 朝を迎え、出発当日になった。

 朝食の時間になっても飽きてこないぐっすり寝過ぎたゼロを、シリアスが起こしにきて連行した。半端眠気に負けつつ、もぞりもぞりと口に運ぶ。時々、シリウスが世話を焼かすので、ガラテアが「お母さんかな?」と呟いた。


「そういえばレオや。公国までどこのルートで行くつもりじゃ」

「えぇと……隣のガーナ帝国に。周辺を知りたいので」

「残念ながらユーグリッド国じゃよ、今はね」

「よそに占領でもされたのか?」


 まだ至って平穏で、周辺の国々からしても特段の事情もなかったと記憶している。


「婚姻で合併したんじゃよ。先王と兄たちを亡骸にして、ユーグリッド庶民出身の娘を娶った結果じゃ」


 これまた驚愕した。若い王は国外の血を王族に入れるのを嫌う方のはずだ。身分を気にする潔癖な性分なら尚更だ。


「ダスチア王が?」

「それは先王の名前じゃな」

「え?」

「現在は亡王殿下の一子、ハルニア王が統治しておるんじゃよ」


 思わず取ってにかけた手を停止する。無言でシリウスに目を向けると、即座に顔を逸らされた。動転してるうちに、フローラが重々しく口を開いた。


「さすがわしの弟は逸材なだけあるのぅ。小王国が滅んでから八十年は経っとるんじゃよ」


 紅い双膀を見開いて固まる。術が解かれたのを実感した代わりに、奇妙な違和感と“ズレ”が纏わりついた。ーーこういうことなのか。


「シリウス、なにかの冗談だよね? お祖父さまとデ……」


 言いかけて口を噤む。祖父が若いころ、『時空の魔術師』として名を馳せたことは知ってる。当人の口から直接聞かなくても教えてくれた人がいた。シリウスは心痛な表情で見向きもしてくれない。

 あの頃、屋敷外に外出できたのは祖父と聖獣だけだ。

 シリウスは命令をこなすことを喜びとしていたから、結界やゼロにかかった術は知らないのも当然だ。祖父の施した時間の魔術に気づいていながら、あえて沈黙を続けたのはゼロのためでもあった。


「そう……、今はどのくらい時が経ってるの?」」

「空天八十三年じゃ。数千年続いた神翼暦はもうないからの」


 世界の暦はアーク小王国から発信される。何故かは誰も知らない。

 至上の楽園と呼ばれていた小さな王国。人ではない者の力が世界を通じて動作してるのは確かだ。

 空天は小王国が滅んだ証拠。その呼び名もまた、いつの間にか人々の中に浸透しており、誰が言い出したのかも不明だった。

 長すぎる。屋敷にいたあの頃は、少なくともニ十年ぐらいだと感じていた。


「公国に到着したいのなら近道のルートがある。ガラテア、あとで教えなさい」

「お、おぉ、わかった」

「そんなに時間を無駄にしたのか、僕は」


 八十年はゼロにとっては長すぎる。シリウスを責める気にもならない。世の中は世代交代に突入している頃だ。手掛かりを探すにも人手がなく、当時を知る人々も殆どが消えているだろう。

 最も王国は国民諸々、水底に沈没したけれど。


 


 オペラのような歌声が耳から離れずに反響していく。ひっそりと隠れるように孤立した屋敷は、外壁を蔦が絡みついた古びている。中は生活感に溢れ、綺麗に磨かれていた。長い廊下や壁はなにもなく、ただ広さが人をちっぽけな存在だと強調しているようだ。千切れんばかりの輝かしい過去の栄光も、権力も、ここではすべてが無にかえる。

 屋敷中を不思議な歌声が遠くまで澄み渡っていく。人気のない廊下の壁にもたれかかるようにして、ナイトブルーが入り混じった黒髪の青年は窓を眺めていた。

 ーー立ちすくんだあの娘の、心臓を貫いて殺そうかと思った。

愛し合う最中に腕の中で絶命させた方が幸せだと、何度巡らせただろう。無慈悲に開かれた扉に動揺を浮かべた真摯な紅い瞳が忘れられない。

 甘い夢幻から呼び起こし、残酷な運命に引き寄せるくらいなら――。


「ディアス、こんなところにいたんですか」


 声の近さに驚いて振り返ると、数歩後ろを青年が書物を片手に立っていた。珍しく藍色の縁の眼鏡をかけている彼を見ると、頭がいかれたのかと片眉を吊り上げた。無駄に豪華なジャンデリアの灯光に映える金髪、暗い闇を堕とした紅い瞳。背はディアスより数センチ高い。

 年の離れたアリスとゼロの従兄だと知った時、内心衝撃を受けたものだ。


「お前かよ、アレクトラ」

「つれないねぇ、ディアス。なに寂しくここにいるんだ、レオでも思い出してたー?」

「…………」

「ちょっとなにか一言あってもいいでしょ〜。オレはお姫様アリスがお呼びだから通りかかっただけだから安心して」


 アレクトラは指をあごにのせ、女性的なポーズを取る。


「その気持ち悪ぃ仕草はよせ」

「本当つれないねぇ。レオったら、どこに惚れたのかわからない」

「少なくとも、あんたよりはマジだったってことだろ」


 素っ気なく反論したディアスに、アレクトラは軽く舌打ちをする。面白くなさそうに顔を歪めた後、なにか思いついたのか表情が変わった。


「あ、そうそう。――“プリシラ”が動いたよ」


 銀甲冑に取り入られた、黄薔薇の意味は“嫉妬”を冠する。

 草原で数千にものぼる騎馬隊が左右に並列し、白馬に跨がる女戦士が先頭を闊歩していく。その様子を生い茂る木の葉に紛れた樹上で、黒いフードを被った人は密かに見下ろしていた。



 フードがついた燻した土色のマントを羽織り、大きいボタンを留める。膝まで長く、風よけにもいいらしい。冷える朝にはよく暖まる。


「また会おう!」

「会えたらな。色々とありがとう、フローラ」

「向こうに着いたら鳥で連絡しておいで」

「もちろんするわ」


 ゼロとシリウスは手を振り返すこともなく、森の中へ消えていった。見送っていた一行がそれぞれ朝のルーティンに取り掛かる。


「いっちまったね。俺、お昼に女の子と落ち合う予定でさ」

「本業のほうかの。刺されないように気をつけておくれ」

「不吉だなぁ」


 入ろうと踵を切り返した刹那、不意に鳥の鳴き声が聴こえてエレナが森の方面へ振り向いた。フローラの裾を引っ張る。


「……オババ様、あの鳥っていましたっけ?」

「ん、どれどれ。なんじゃ、雨鳥じゃな」


 青のかかった水色をした美しい小鳥が数羽、枝に留まっている。嘴は黄色く、時折愛らしい声を奏でた。


「それにしては雨雲が見当たらないな。傘持つのめんどくさいんスよね」

「濡れていけばいいのでは?」

「水も滴る男ってやつかー、いいねってエレナの案は風邪引くっス!」


 横で騒ぐ二人組をよそに、フローラははてと小首を傾げる。それもそのはず、空一面雲一つない快晴のように見える。天気予報でも快晴と出ていたからだ。


「万が一のためじゃ。今すぐ洗濯干してこい、ガラテア」

「俺っち、まだ寝巻き!」

「ファイトです、ガラテア」

「エレナ、手伝ってー!」

「ダメじゃ。お皿洗いが控えてあるからの、さっさといきんしゃい」


 ガラテアを尻に叩き、屋敷へ入る。

 さっきの雨鳥の群れで一羽だけがずっと直視していたーー紅い目で。


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