【改】01-023. überschneiden=戦乙女+姫騎士 ~ティナその1~
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20260316 改稿
二一五六年三月一八日 木曜日 午後一六時二〇分
今の時期、ローゼンハイムでは日没が一八時半頃であり、日差しはまだまだ明るい。
とは言え、屋内大スタジアムで試合が行われているため、日の陰りは無関係であると誇示するかのように照明が昼の最中を思わせ、室温も快適に保たれている。
ある意味、外部と隔絶した別世界である。
その別世界では今大会最後の試合、Duel決勝戦が開始されるのを観客のみならず、騎士達さえ、今か今かと待ちわびている。
騎士の戦い。
現実では在り得なかった戦いを過去と未来が融合したことで生まれた競技。
別世界で執り行うには相応しいだろう。
それは祭祀にて捧げる戦いであるかのように。
――ティナが自分でも確信していた通り、ヘリヤとティナは順当に勝利して決勝戦にて剣を交える運びとなった。
「はぁ~。やっぱり戦わないといけないですよね。ランキングポイント的には、もう充分稼げたのですが」
そのティナは。試合開始目前だと言うのに未だグチグチと呟いている。
「むむむ。床をモグラが穴だらけにするとか、動物園から脱走したアルパカが闖入してくるとか、試合中止イベントが起こらないでしょうか」
言うに事欠いて、全く酷い内容だ。
「アズ先生に「飽きさせません」なんて言わなければよかったですね。結局、手札をまた切るハメになりました」
自ら蒔いた種を狩り取り拒否したい姫騎士さんである。
「口は禍の元を自身で体験することになるとは思いませんでした。アズ先生に上手く乗せられた感が半端ないです」
現在、決勝戦用の特設試合コート脇にある登録エリアで試合の準備をしている最中なのだ。ほんの数分後には試合が始まると言うのに、ティナは非常に後ろ向きの思考をこれでもかと展開中である。
現世界一位の騎士と決勝を戦うシチュエーションである。
剣戟物語の主人公であれば、きっと盛り上がっていることだろう。
だが、この物語の主人公は、自分イコール「姫騎士」と浸透しているならば、別に戦わなくても良いかな?などと言い出すのである。
然し、戦いの場に立てば手を抜くことはない。使うと決めた技の範囲で最善を尽くす。
何だかんだと言いつつも、根付いているのだ。彼女も騎士であることが。
何時でも戦う準備は出来ている。
「さて、始めますか」
そう呟いて祝詞を紡ぐ。
「(Erweitern Sie Ihren psychische.)」
――精神を拡張します
「(kein Problem?)」
――宜しいですか?
「(Ja. alles klar!)」
――問題ない
競技者の準備が終わったことを告げる、AR表示と、競技コントローラに添えつけられたLEDランプが点灯する。
解説者の選手紹介が始まった。
『さあ! いよいよ春季学内大会最後の試合、決勝戦の開始です! まずは東側選手! 次々と強豪を打ち破り、遂に王者への挑戦権をもぎ取りました! 数多の姫騎士の中で彼女こそが最強の姫騎士と言えるでしょう! 二つ名【姫騎士】、騎士科二年エスターライヒ共和国国籍、フロレンティーナ・フォン・ブラウンシュヴァイク=カレンベルク!』
さすがに決勝戦ともなると、観客席の盛り上がりは騒音と言える程に喧しい。
だがティナは、その音すら耳に入っていないかの如く、何時も以上に平静で丁寧なお辞儀とロイヤルお手振りを添えるファンサービスで観客に応える。
その裏で、祝詞は続く。
「(Die Kraft des Sonne, entsperren.)」
――陽の力、開錠
「(Des psychischen Status.)」
――精神状態
「(Initialisierung.)」
――初期化
『そしてそして! 西側選手は皆さまご存知のこの人! 学園在籍最後の試合を勝利で飾ることが出来るのか! 現世界最強の騎士! 二つ名【壊滅の戦乙女】、騎士科六年ノーヴィゲン王国国籍、ヘリヤ・ロズブローク!』
「(Schweigen, Konzentration.)」
――静寂、集中
「(Aggregation, Eindringen.)」
――集約、浸透
ヘリヤは何時もと変わりなく片手を観客に向け軽く上げる。観客席からの歓声も殊更に盛り上がる。観客達にとっても、ヘリヤが学生として戦う見納めの試合だからだ。
感慨深いものがあるのだろう。
ヘリヤは少し目を瞑り、そして笑顔で観客に応えた。
ティナは直ぐ側で、なんだか青春っぽい一幕が上がっているが相変わらず蚊帳の外で気にもせず、コツコツと自身を高める祝詞を綴り続ける。
「(Sonne Macht, Befreiung.)」
――陽の力、解放
「(Stagnation.)」
――停滞
「停滞」の一言で祝詞を止める。
これで事前準備は終わった。
開始線で向かい合ったヘリヤは満面の笑顔である。夏休みが始まった子供みたいに言葉を紡ぐ。
「いやー、ようやくティナと戦えるな。待ち遠しかったよ、ホントに」
「あら? 冬季学内大会では戦ったじゃありませんか」
シレッとティナは応えたが、次に口を開いたヘリヤの言葉に驚きを隠せなかった。
「だって、あの時おまえ、あたしと戦う準備してなかっただろ? 最後に何かしそうだったけど抑えてたよな?」
昨年一〇月の冬季学内大会。ティナは初戦でいきなりヘリヤと当たり、ヘリヤ戦を想定した準備をしていなかったためストレート負けをしたのだ。
その時には、まだ隠している技を公にする予定はなかったが、一瞬、使おうかと逡巡したのを見抜かれていたようだ。
「はぁ~、あの時から目を付けられていたのですね。私としてはヘリヤとは当たりたくなかったのですが」
ほとほと迷惑ですと隠さない姫騎士さん。
「そりゃ無理だ。おまえ、あんな技術出して来たんだ。アレは、あたしと当たるまで負ける筈はないからな」
ティナが三位入賞したエスターライヒ全国大会の試合は、勿論ヘリヤも見ている。ランキングポイント的に三位へ食い込むため、今まで隠してきた技術を少しだけ表へ出したのだ。それを見て、実しやかに噂されていたティナの持つ実力が予想通りだったからこそ出た台詞だ。
更には先週の学内大会予選ベストエイト戦で見せたエイルを圧倒した戦いで確信が裏付けされた。
尤もティナとしては、全国大会の話は可能な限り避けたいところ。準決勝でチマチマと王道派騎士スタイルを使い、双方フルカウントまで達したが、やらかして勝ちを逃した恥じ入る内容が思い出されるので。
「(なんですか! その謎の信頼は! 熱血少年漫画の世界ですか! それは乙女に不要です!)」
「そこまで高く評価していただき、ありがとうございます。ヘリヤが学園生最後の公式試合で戦う相手が私であったことは光栄です」
本音と建前の乖離が酷い。
「また白々しいこと言うなぁ。その鎧、魅せてくれるんだろ?」
本日のティナは、オレンジ色に輝くKampf Panzerung装備だ。
激しい動きとなるため、髪はシニヨンに編み込み、後頭部へお団子で纏めている。
更に武器デバイスと副武器デバイスの両方とも鞘を持ち込まず手に携えて。
この姿だけで何かあると言っているのが丸判りだ。
「卒業するあなたへの餞別に、かつて経験したことのない戦いを味わって戴きます。期待して良いですよ?」
騎士として嫋やかな笑顔で紡いだティナ。
「そりゃ素晴らしい! なんかドキドキしてきた! 今日は良い日だなぁ」
ヘリヤは、新しいオモチャを買って貰う子供のようにウキウキと弾んだ言葉を返した。その笑顔は期待に満ち溢れている。
一拍の間から口上が終わったと察した審判が合図を掛ける。
『双方、抜剣』
抜剣の合図で、ティナの武器デバイスから刀身が生成された。主武器デバイスは何時もの白い騎士剣であるが、副武器デバイスが公式試合で初めて見せるものであった。
柄自体が握り部分も手の形に合わせて強固に固定出来る造りになっており、親指、中指を引っ掛ける専用の張り出しがある。刀身は三〇糎程ある片刃のサクス。
しかし、一言で表せば異様。刀剣の類としては異常なほど分厚く、峰部分で一糎は超えている。刀のように断面は五角形であり、両側面の頂点(刀で言う鎬部分)は鋭角。この部分の厚さは二糎近くある。
更に、刃から二、三糎の距離で平行になるように鍔から長さ一五糎程ある鋭利な尖端を持つ串が生えている。串の構造は一辺一糎の四角柱で、刀身と平行になるよう、面が向けられている。そして、刀身と串に渡りマーブル状の波紋が浮いている。
ティナの騎士剣とは謂れが異なる刀剣と思われるが、オリジナルは坩堝鋼を使用したであろうことが伺える。
問題は、このサクスが不自然極まりない造りとなっていることだろう。物を斬るためには串が邪魔をする。刺突を主にするならば、刃は返って邪魔である。用途の想像が難しい武器である。
観戦していた騎士達も、ティナの副武器デバイスに目を見張る。
戦う者にとっては、一目で異様だと判る武器だからだ。
勿論、ヘリヤも同じである。だが、彼女は逆に期待する。用途が判らない武器を携えて来たと言うことは、全く未知の技を見せて貰えるだろうから。
『双方、構え』
ヘリヤは、剣先は真っすぐ上へ向け、胸の高さで柄を持つ型、Vom Tagの構え。
脚元は右脚が前、左脚を身体の重心から少し後ろ側に、爪先は外側に開く逆配置としている。歩法での蹈み込みを前提とせず、その場で身体の構造による斬り下ろしが出来るような位置取りだ。詰まるところ、待ちの姿勢である。
ティナは。
準備を終わらせていた祝詞を紡ぐ。
「(Wiederaufnahme.)」
――再開
祝詞による暗示。
一気にアドレナリンが分泌される。
思考が加速し、時間が引き延ばされる。
世界の音が薄れていく。
その逆に自分とヘリヤは世界から隔絶され、存在を研ぎ澄ましていく。
母から継いだ、Wald Menschen、森の民の武術。
――FinsternisElysium MassakerKünste――
名をフィンスターニスエリシゥム鏖殺術と言う。
その奥義の一つである、Sonne Machtを励起状態に移行する。
この奥義はキーワードで超集中状態を基底状態と励起状態にオンオフして運用する。オンの状態では思考加速と身体能力を通常の二、三割増強し、身体連動を最適化することで、能力の底上げをする。
更に、ほんの一瞬ではあるが、もう一つの奥義であるSchatten Machtを借用と言う形で用いることで、劣化版の身体能力リミッター解除が可能となる。
ここで、ティナはまたしても公式で初公開となる新たな構えを取る。
両足は肩幅程に前後で開き、軽く膝に余裕を持たせる。何方かの脚が必ず前に出て、小刻みにトントンとステップを踏みながら位置によって脚の前後を入れ替える。エイル戦で見せたボクサーに似た歩法を彷彿させるが、瞬間的にステップの位置を可変しながら相手との距離を微調整する攻撃的な運足だ。
そして、剣の持ち方も初めて見せる構えだ。右腕は腰の高さで、拳の位置は臍から左寄りに置き、剣先は左脚より外に向いている。左腕は右胸の高さに置き、サクスの切先は騎士剣と同じ方向に。丁度、左右の剣が斜めに一直線となっている。
『用意、――始め!』
審判の開始合図と共にティナは飛び出す。
短い歩幅で脚の回転数を上げて進む、マラソンで言うところのピッチ走法のようだ。細かく脚を動かすことで、体の制御がし易くなり、攻撃や防御へ即座に対応を可能とする。
自分から見てヘリヤの左側へ回り込むように歩を進める。通常なら一歩、今の短い歩法でも二、三歩も近づけば接敵する距離をキープする。
相手も当然、此方の回り込む動きに追従してくる。ヘリヤからすれば右回りの移動だ。
そう、ヘリヤから見て右外側を取るように移動しているのだ。右外側は右腕の構造上、剣を振るう場合は払う程度しか出来ない。
つまり、攻撃、もしくは反撃の動作を制限させる基本の一つである。
ティナは移動を瞬間的に右へ振ってから、すぐ左側へ切り替え急接近する。
ヘリヤの反応速度は非常に優秀だ。だから右の移動へ即座に反応してくれた。その結果、切り返した左移動への追従が僅かに遅れる。
その一瞬を使い距離を詰める。左右の急移動で身体を振るために剣先の動きは左上から左下に下げ振った状態で。
想定通り、ヘリヤは右腕の外側へ剣で薙いだ。左へ追従が遅れたことで体勢は整っていない故の対処法だ。剣に添えた左手を離し右腕のみで振るうことで可動範囲を拡大する。ティナの剣が振りを移動に使ったことで下がっているのを見逃さず、接近するティナのがら空きになった胴を正確に薙ぐ軌跡を取る。
然し、ティナがそうするように誘導したのだ。攻撃が来ることさえ判っていれば、如何様にも対処出来る。
「(ちょっ!? 来るのが判ってるのに速すぎです!)」
その迎撃速度はティナの予想を遥かに上回った。危うく対処自体が間に合わない際どいタイミング。
だが予定通り、左肩付近で構えていたサクスをヘリヤの剣が描く軌跡に合わせ、刃と串の間に剣を挟むように受ける。そして、梃子の原理で手首を回し、剣を加締めて固定した。これで直ぐには剣を引き抜けない。
その一連の動作と並行して、左下に振られていた剣でヘリヤの胴を狙い、斜め右上に斬り上げた。
――ポーンと一つポイントを奪った機械音が響く。
その音が鳴る中、ティナとヘリヤは同時に飛び退き距離を空けた。
ティナは冷汗が止まらない。ヘリヤの高い技量を逆手に取る罠は、一応シナリオ通りには進んだ。
しかし、想定外のことが起こった。
超集中状態の時間が間延びした最中にあって尚、ヘリヤは通常と変わりない神速の薙ぎを放った。
更に、此方から胴を狙った薙ぎは、離していた左手を剣に添え直すことで、左前腕で受けて防がれた。
結果、二ポイント取れるはずが、一ポイントに抑えられた。
「(やはり、ヘリヤは超集中状態にいつでもなれるようです。その上で身体能力のリミッター解除が自由自在なんて反則じゃないですか!)」
午前中、京姫とヘリヤの試合を見たティナは、ぐぬぬと唸っていた。京姫の自然に溶け込んだ攻撃も然る事乍ら、初動が判らない攻撃を当たる瞬間で迎撃するヘリヤ。
あの攻防で、ヘリヤが超集中状態を励起する方法を持っていると当たりを付けていた。
「(しかも、胴の薙ぎを左腕で防がれました! 強引に柄も被せて剣を振り抜かせないなんて戦闘センスが本職並じゃないですか!)」
当たりは付けていたが、実際に相対すると非常に厄介この上なかった。本当なら、胴を斬り上げた後に、ヘリヤの固定した右腕を斬り下ろして一本まで獲る予定だったのだ。それを左腕と柄で止められた。ここから攻撃へ移るには一度、剣を引くしかない。左腕を捨てて防御すると共に、仕切り直しをさせられたのだ。
「(ヘリヤに全力をだされると、奥義を使った優位性がほぼなくなると思った方が良いですね。むしろ、使ってようやく五分に持ってけるかってとこですか)」
ポイントは奪えたが、内容では押されている。
だが、早い段階で得ることの出来た情報があった。サクスで固定した感触から、ヘリヤの剣は強度が如何程か凡そ掴むことが出来た。
――手札を切る一瞬だけ、Schatten Machtを借用すれば行ける。
その判断が出来たことは収穫だったとティナは思う。
「(いやー、ティナにまんまとやられた。まさか剣の振り下ろしが罠だったなんて、普通判らんぞ)」
ヘリヤはニヤニヤと笑みが止まらない。ご機嫌になる相手とは、戦いの最中最中であるにも関わらず笑顔になって仕舞う。
学園生最後の学内大会。彼女が望む、素晴らしい武術を見せてくれる対戦者と数多く戦えた。
そして、ティナは自分の予想を遥かに上回っており、最後の戦いを締め括るに相応しい相手だった。
自分の反応速度を利用して遅延させ、剣の振りまで使った高速移動の切り替えし。そしてクニーヴを使った防御。しかも、その全てが罠で、振り下ろした剣の斬り上げが本命だった。
「(ホントに経験したことがない戦いだ。魅せてくれるねぇ)」
エイル戦で見せた、全く未知の武術。それを遺憾なく発揮してくれている。
此方がどう動くかすら計算された緻密な罠。剣を絡め捕って封じられるのも初めてだ。
「(さて、今度はこちらから行かせてもらう。どう捌くかな?)」
ヘリヤは、剣先を後方に流して担いだ型、Zornhutの構えを取る。
ダメージペナルティにより、左腕は動作が緩慢になっている筈だが、全く問題としていない。彼女は、いざとなれば右腕一本で両腕と変わらない威力を出せる。彼女はそういった騎士である。
対するティナは、最初と変わらず腕を交差するような、サクスと剣が斜めに一直線となる構えを取っている。
次の瞬間、ヘリヤは瞬きより速く間合いを詰めた。花花戦、京姫戦でも見せたヘリヤ式縮地だ。
その勢いと遠心力が加味され、剣が弧を描く。ティナの左肩口を狙った高速のはたき切りで強襲した。
キャリン、と甲高い音が鳴り響く。
「(なんですか⁉ 今の剣速は! 受けに余裕がないじゃないですか!)」
左肩口に到達する直前、ティナは下に剣、上にサクスとなるよう交差させ、ヘリヤの剣を挟み込んだ。刃に対して垂直に挟んでいるため、ヘリヤからビンデンも出来ない。また、攻撃の導線が繋がらない位置であり、突きへの変化も不可能である。相手は剣を引くしかないのだが、追撃を考慮すれば真っすぐ後ろに引くしか選択肢がない。
「(おいおい、剣を挟み込むなん技なんて初めてだぞ? それも逃げ一択しかないじゃないか)」
ヘリヤは瞬時に後退を選択した。最初の一交差と同様、あの独特のクニーヴで剣を固定しようとする感触が伝わったからだ。瞬歩の逆回しで高速に身体ごと剣を引き抜く。
その動きにティナは追従する。奥義による身体能力の底上げがヘリヤの速度へ追い付かせた。そのまま接近するティナは、剣でヘリヤの右脚へ斬り下ろしを、サクスは剣を追いかけ絡め捕る動きで、同時攻撃に出た。
「(凄いな。剣とクニーヴが別々の生き物みたいだ。双剣使いと全く動きが違うな)」
ヘリヤは右脚を引き、剣の軌道から逃す。掴みかかるクニーヴは瞬間的に剣を加速し、下から右外側へ弾く。そして、そのままクニーヴを持つ左腕を切先で斬り付ける挙動へ変わる。
が、ティナの剣が跳ね上がりヘリヤの左腕を斬り上げてくる。ダメージペナルティが終わっていない柄側の左腕は動きが緩慢なため、鍔元の右腕で強引に剣を戻し、ティナの剣を打ち据えて止める。その瞬間、自由になったクニーヴが右腕へ向かって斬り下ろして来た。
更に右脚を引き、姿勢を左半身とすることでクニーヴの軌道を避ける。
今度は、打ち据えたティナの剣が巻き越え(剣を接触したまま相手の剣の上にクルリと移動する技)をし、ヘリヤへ正対するように蹈み込みながら、胴へ斬り上げる軌道を描いた。
――ブーと、合わせて一本となった通知音の後に、ヴィーと、一本取得を知らせる通知音が鳴り響いた。
『双方一本、第一試合終了。待機線へ』
場内は割れんばかりの歓声に満ちている。観客と解説者が非常に騒がしい。ヘリヤが午前中に続き、公式試合で再び一本獲られたのだ。それも、五分の戦いどころかヘリヤが押され、終始翻弄されながら最後は相討ちになると言う展開。観客の反応が一入過熱する原因となっている。
「(Stagnation.)」
――停滞
審判の言葉を聞いて、ティナはSonne Machtを基底状態へ移行する。
一分にも満たない攻防ではあったが、精神疲労と身体疲労は大きく蓄積している。本来はここぞと言う場面でのみ励起状態にする奥義であり、通常はオフ――基底状態――で待機させる運用なのだ。ここまで長い時間連続して使うことは想定されていない。
「(二刀の攻撃が悉く余裕で防がれました! 予定通りだったとはいえ、普段通り対応されてます! 最後のあれだけ予測不可能な動きをされました! チートです!)」
東側選手待機エリアへ歩いていくティナ。その様子がインフォメーションスクリーンに映し出されているが、嫋やかな笑みは変わらず。その裏腹で内心猛っているのは何時ものことであるが。
「(なんであそこから心臓部位が放てるんです⁉ ヘリヤの剣は絶対フリーにしてはダメです! 戦術をチェス盤ごと引っ繰り返してきます!)」
ブツクサ荒れていた姫騎士さんは、選手待機エリアに着くや否や休息用ベンチへ座る。そしてネタなのか判断し難い台詞をポロポロと。選手待機エリアの音声は拾われないのが救いか。
「とりあえず呼吸の安定化が先です! ひっひっふー、ひっひっふー、吸って~吐いて~、吸う吐く、吸う吐く」
――第一試合を決めるためティナが放った胴への斬り上げ。ヘリヤの心臓部位を斬り裂く軌跡を取っていた。まず避けられない。そうなるように、連続で右脚を退かせて回避をしようにも一手間に合わない体勢へ導いたのだ。
それをヘリヤは奥脚である左脚の膝を抜き、上半身を一つに固定したまま後ろへ倒れたのだ。倒れることでヘリヤの剣はティナの剣を下から追いかける形になり、そのまま搗ち上げて、高く吹き抜けさせる。
その瞬間、後ろへ転ぶしかないと見えた姿勢から上半身が跳ね上がり、正確にティナの心臓部位へ神速の突きを放った。
ティナは跳ね上げられた剣をすぐさまヘリヤの肩口へ高速に斬り落とし、一本の判定が出る例〇.二秒の猶予中に駆け込みでポイントを奪えた。お陰でなんとか相討ちとなったのだ。
「しかし、あれだけ身体を逸らしながら剣を振って、姿勢を戻してくるなんて、ヘリヤも重心可変ができるんでしょうか」
ティナはヘリヤが背筋の張力と股関節を使ったと見立てているが、後ろに倒れながら剣を搗ち上げる威力まで出し、且つ元の姿勢に戻って全力の刺突が出せるなど余程イレギュラーなケースで身体操作法を鍛錬しないと出来ようがない。ぶっちゃけると、とんでも動作である。
然し、技法は違えどティナが良く知るそれは同じ結果を生み出せる。
それは、Wald Menschenでも限られた才能がなければ扱えない高位歩法。
似て非なる物ではあるが、一つでも同じ結果の出せる能力があるヘリヤの脅威度が上がった瞬間でもあった。
西側選手待機エリア。
ヘリヤは、まるで夢を見ているような表情をしている。いや、夢の世界に生きる住人であるならば当然なのかもしれない。
先ほどの夢を何度も繰り返し思い浮かべている。
「こっちの攻撃と防御も全部計算して出させてたんだろうな、まるで良いように転がされたよ。やっぱりティナは一味違うなぁ。あたしが押されるどころか一方的に嵌められるなんて初めてじゃないか?」
思い返せば、ヘリヤの動きはティナに全て誘導されていたことが判る。迎撃や防御、身体の姿勢までも。それでもティナの計算外となる二手を打てた。左腕での防御と、崩した姿勢からの反撃。これで一矢報いたことは大きい。
だとしても、ティナは揺るがなかった。
一つ食い破っても、冷静に次の手を用いて来た。最後に裏をかいて刺突を決めたが、それでも判定猶予内に反撃して相討ち持ってきた。あの位置からは間に合わない筈の斬り落とし。剣ごと腕を肩の後ろまで弾かれてる最中に、斬り落としへ繋げるには一度身体の連動を整える必要がある。あの状況で猶予時間〇.二秒内に立て直して反撃まで繋ぐことは、斬り落としを得意とするエイルや埒外の能力を持つヘリヤであっても不可能だ。
やはり、あの姫騎士には見えない他の何かがある。
フム、とヘリヤは納得したように一声漏らす。
ティナを相手にすることは、戦局を支配されることの同義であると捉えた。ならばよかろう。支配しようが乗ってやろう。その代わり食い破らせて貰う、と。ただ一つの懸念点は、ティナがまだ見せていない謎の能力がどのタイミングで顔を覗かせるかだ。
一頻り思索、と言うより確認を終えたヘリヤは、再び先の攻防を省みる。
「剣とクニーヴがまるで別々の人間が操っているようだった。あのクニーヴ、透花が使った串と用途は似てるな。ただ、使い方が全く違うのは厄介だな」
花花がマグダレナとの試合で使った筆架叉で、パレーレどころかレイピアを固定したことが思い出される。
「さすがに剣を完全固定させるつもりはないけど、一瞬でも剣を封じられたらティナに獲られるな。こっちもクニーヴを用意してくか」
次の第二試合は、ヘリヤも久々にナイフを持ち込むと決めた。刃渡り四〇糎はあり、短刀や剣鉈とさして変わらない大型のもので、ヘリヤが使うのであれば、それは単なる副武器デバイスとも呼べぬ決定力を持つ武器となる。
あの姫騎士は、それ程の脅威だとヘリヤは歓びに満ちる。
二刀が別の意思を持って自在に舞う姿など、ヘリヤは一人しか見たことがない。
彼女が幼き日に憧れた騎士。全盛期の母と唯一、対等な勝負を繰り広げた騎士。
まるで彼女がティナに乗り移ってるかのようだ。
「ああ、ホントに恵まれてるなぁ。新しい世代たちが高みを登って、素晴らしい武術を魅せてくれる」
ヘリヤは最上級生として、初心者や新入生達の鍛錬を見てやることも多い。基本しか出来ないと謳う彼女は、基本技能を中心に身体の動かし方などの基礎作りに限って言えば大変優秀な指導者だ。
その指導は判り易く、参加者は基礎と言う土台が確り造られることから、学園生のみならず講師や学園からの評価は高い。
「学内大会最後なのが悔しいなぁ。まだまだ強くなる連中は一杯いる。その連中が高く練られていくところを直ぐ側でもっと見ていたかったなぁ」
ヘリヤが鍛錬を見てやった者の中でも特にこれからが楽しみな騎士が沢山いる。
「だけど。去り行く者が我儘を言えないな」
その一言は、近い将来に未来を拓く新しい世代に後ろ髪を引かれた言葉。
「それに。ティナはまだ魅せてくれるはずだ」
そして、この今に切り替える。これから戦うティナが必ず何か仕掛けてくると口角を上げながら呟いた。何せ彼女は餞別をくれると言いうのだ。かつてない経験を。既にその言は果たされてはいるが、彼女が口にするくらいならば、その程度で在る筈がない。
そう思うと、楽しみで気分の高揚が抑えきれないヘリヤであった。
――再び東側選手待機エリア。
姫騎士さんが真剣な顔をして、あれこれとお悩みになっております。
「ぐぬぬ。やはり今日も姫騎士らしくない技の数々です。一般にも姫騎士Kampf Panzerungバージョンを浸透させないと」
全くの私事で唸る姫騎士さん。
「いつもの鎧と、新しい鎧の差別化を今後どうするかが問題ですね」
アバターが増えることで、単なる着せ替えだけではインパクトが弱い!と、方向性を検討中だ。
「ともかく、次でやる技もアバター案件として弩級ですから使う技能で差別を計るべきか……。うーん、悩みどころです」
ティナの思考が明後日に飛ぶことは多々あるが、まだ試合中ですよ。
アバター更新については試合が終わってからにして下さい。
überschneidenは「交差」の意で使っています




