【改】01-021. ヘリヤ、その向こう側 ~透花~
----------------------------------------
20251202 改稿
当初、尺の長さで割愛した苗刀の技法を描画に加えて全体を見直しています。
一回戦試合コート二面第三戦。午前中最後の試合組み合わせだ。
試合コート脇の登録エリアで準備している選手に会場は沸く。
それもその筈、これから戦うのは世界ランキング一位の騎士。
ヘリヤ・ロズブロークその人であるからだ。
鼻歌交じりで準備を進めるヘリヤを尻目に、花花はホームグラウンドである学園で初めてアウェー感を覚えていた。
「(嗯嗯。みな、どうやってヘリヤが勝つか期待してるヨ。でも負けるつもりで戦うはイナいヨ。観客もワタシが沸かせるヨ!)」
フンスと鼻息荒く両の拳を肩付近で握りしめ、意気揚々の花花。その右手には武器デバイス――長剣の柄を象った――の柄頭に嵌まった金の鵐目が光る。
『皆様お待ちかね競技者紹介です。東側選手は皆様ご存じ現世界最強! 二つ名【壊滅の戦乙女】、騎士科六年ノーヴィゲン王国国籍、ヘリヤ・ロズブローク!』
ヘリヤは観客へ軽く手を上げ簡単に挨拶する。その威風堂々とした佇まいは、現役時代の【永世女王】を彷彿させる。
母譲りであるダークブロンドの髪は耳が出る位のショートボブに切り上げ、頭の形が良く判る程短い。エイルと同じデザインのアクセサリ型簡易VRデバイスだが、カラーリングが異なる。金の蔦を絡めた額冠の両サイドが濡れ羽色の羽で象られている。
色白の肌に切れ長の目、深い緑の瞳。一七〇糎を少し超えた身長と、エイルよりは一回り小さいが円錐型の形良い胸、手足が長く腰から下半身は鍛え上げられて少しムッチリと肉が付いている。
鎧、と言うより、全身の装飾は漆黒であり、母や妹の白銀装備とは正反対だ。これは、騎士として母の技を継げなかった彼女なりのけじめだろうか。
鎧は胴鎧から腕鎧、脚鎧まで細かく分割したパーツを組み合わせた形式を取っており、全身をくまなく使えるよう、可動範囲が極めて大きい。鎧の各所には金細工や金縁、エメラルド色のクリスタルが埋め込まれている。
鎧下も黒のワンピースで、スカートの裾から三糎程に金糸のラインが織り込まれているのはエイルと同じだが、丈が股上二糎となっている。
彼女のワンピースは三年ほど前に誂えたものだが、身長が伸びたため丈は短くなってしまった。新しく仕立て直しをしないのも「まだ着られるから別にいいか」と大雑把な彼女ならではの理由だ。
スカートの裾からは緑色をしたアンダーが顔を覗かせている。鎧の装飾であるクリスタルに色を合わせているようだ。
『西側選手はトリッキーな動作で相手を翻弄する武闘家! 二つ名【舞椿】、騎士科二年フォルクスレプブリック ヒーナ国籍、陳・透花!』
何時ものように、挙げた両手を振りながらピョンピョンと跳ね回る花花。跳ねる度に丈が短い旗袍から覗く紐のティーバックは赤色をチョイスしている。
髪型は両側頭部に三つ編みのお団子を作り、金の鳥を象られた髪止めで纏めている。これが今回の簡易VRデバイスだ。髪留めに付いた四つの小さな短冊がチャリチャリと音を出しながら揺れている。
審判に促され、試合コート中央の開始線で相対する二人。
ヘリヤはニコニコと楽しそうに口を開く。
「いやー、早い段階で当たれてよかった。透花と遣るのは楽しみだったんだ」
「ワタシも楽しみヨ。ヘリヤに目のモノ見せるするから覚悟するヨ!」
「あははは、いいね! そう来なくちゃ! 是非とも見せてくれ!」
「……本気で楽しそうヨ。売り言葉不発っぽいネ」
終始、ご機嫌なヘリヤ。毒気を抜かれて困惑気味な花花。
『双方、抜剣』
対照的な二人をよそに審判から合図が掛かった。
ヘリヤは剣を一気に引き抜く。ショォンと反響した鈍い音が辺りに響く。銘はグラム。マーブルの波紋が入った緋色に輝くヴァイキング型片手剣ではあるが騎士剣として扱えるよう大型に造られている。柄は二〇糎程あり、剣身は一〇〇糎を超える両刃。剣幅は鍔元五糎、剣先側四糎で、剣先から一五糎かけて緩やかな三角を形どる。
鍔側の剣身は厚く、刻みのルーンが彫られており、その文字を挟むように三〇糎程の樋(溝)が切ってある。重さも一.五瓩あり、騎士剣と大差ない。寧ろ、騎士剣を片手で扱っていると言った方が良いまである。
花花は、またしても鞘自体を持ち込んでいない。自然体の左手で剣先を斜め下になるように武器デバイスの柄を持っており、「抜剣」の合図と共に刀身が生成された。
今回の武器デバイスは苗刀である。日本の大太刀から研究された刀で、刀身は一一〇糎、柄も二五糎と此方も騎士剣と然して変わりなく。
しかし、剣身は苗と名が付くほど細身で、重量も一瓩強と軽い。
花花は何時も通り、左手で背中側へ剣先を上に真っすぐ持ち、両足を肩幅に開く準備の型、預備式の開立持剣の姿勢を取る。
『双方、構え』
審判の声と同時に花花は、何時もと同様、陳式太極剣三六式の第一段で剣を構えるまでの型を披露。預備式の状態から、起式、攔門剣、仙人指路、叶底藏花、朝陽剣。
そして苗刀用に変形させた青龍出水の構えを取るまで套路(型稽古)のようにゆっくりと行った。
そこには苗刀の型を一切入れず。ヘリヤなら、型から動きを対処するだろうから。
「おお! すごい、すごい!」
ヘリヤは花花の型を近くで見ることが出来、純粋に喜んでいる。一頻りパチパチパチと拍手喝采した後、構えに移る。
左脚を前に、右脚を身体の重心から少し後ろ側で爪先を外側に開くように配置する。剣先は真っすぐ上へ向け、胸の高さで柄を持つ型、Vom Tagの構えを取る。
日本の剣術に当て嵌めるならば、甲冑剣術の八相である。
『用意、――始め!』
合図と共に審判員の右手が振り下ろされた。
開始から三〇秒は経過しただろうか。花花は様子見どころか、攻める目途が付かないでいる。左右に振りながら移動するが、ヘリヤは円の動きで追従するも、脚の動きすら最小限に最適化されている。どの位置からも身体を最大限に可動させる状態を保持する異常な安定感がある。
ヘリヤはドイツ式武術の基本に忠実な動きしかしていない。
どんな武術でも、身体の可動範囲を超える動きは出来ない。故に動きを切り替える中で本来なら付け入る瞬間があり、それを如何に抑えるかも本人の技量に係る。然しヘリヤは、それすら埋めて仕舞う程に身体操作を練り上げており、宛ら閂の掛かった門であった。
仮に飛び込んで先手を奪おうにも、ヘリヤは全身が満遍なく力の入った自然体であり、此方の切先を届かせる前に対処されて仕舞うだろう。それ程までの高い練度だと少し見ただけでも解らされて仕舞った。
迂闊に剣を合わせれば、そこで終わる。最初の一手がこれ程までに重要な戦いは師父の散打以来だ。
「(これは参ったヨ。攻める標が見つかるしないネ。ナニしても返されるして逆に獲られるヨあれは)」
試合会場である屋内大スタジアムでは、外部の温度湿度から調整して最適に過ごせるようエアーコンディショニングされている。実際戦っている選手の試合コート上も、快適に試合が出来るよう調整されている。
ところが今、花花は背中がぐしょりと濡れ、服が透けるのではないかと言う程に汗をかいている。まだ剣を一合すら合わせていないにも関わらず、既に追い詰められているからである。
「(冷汗、止まらないヨ)」
花花は、太極剣の動きを全てフェイントにする予定でいた。
そして初見である苗刀の技で虚を突きながら決めていく作戦を考えていた。
「(作戦変更ヨ。中途半端な切替えは負けるネ。苗刀の技一本で行くしかないヨ)」
もう一度ヘリヤを良く見る。最初から変わらずの自然体である。だが、あの立ち居からは、まるで氣功の達人が練ったかの如く、内勁が身体の隅々まで絶えず巡っていた。それだけではない。身体の内に収まり切れない膨大な気配が外にまで溢れかえっていた。
「(ヘリヤはタブン内勁しらないヨ。あの練気、天然で練り込む出来てるの信じられないヨ)」
ヘリヤに動きはない。まず間違いなく、花花の技が見たいがため受け身となっているのだろう。その証拠にプレゼントを開ける子供のように期待と喜びが混ざったワクワクとした顔をしている。
花花は正面から仕掛けることを選択する。もし、ヘリヤが待ちから様子見にでも討って出てこようものなら、対策の間もなく一瞬で狩られるだろう。ヘリヤから溢れ出る気配だけでそのビジョンが見えて仕舞うのだ。待ちの姿勢でいてくれる今が最初のチャンスなのだと。
まずは縦方向にクルリと苗刀を回し、初動の撹乱から肩の高さで片手突きを入れる。
案の定、ヘリヤの挙動は花花が予測した通りだった。
苗刀の刺突をギリギリに惹き付け、自身の左外側へ八相の構えから剣で打ち据える。
このまま迎撃から反撃に転じられると、直ぐに獲られるだろう。
ならば、ここで花花は刀術の本領発揮をする他ない。
それは意図せず、花花の枷となっていた競技用武術から外れたものであった。
(以降、苗刀は刀と呼称する)
上から押さえられたビンデンから刀を巻かれようとした瞬間、両の手首を使い縦方向にクルリと回し刀身を逃す。そのまま左へ蹈み込みながら、今度は刀を横回しへ変化させ、ヘリヤの伸びた右腕に斬り掛かる。
ヘリヤは右脚を半歩引き、正面となった刀の回転へ剣根を刺し込む。受け停めた刀身に剣身を滑らせながら刀を上方向へ逸らせて花花との距離を詰めていく。
しかし、花花は刀が上へ逸らされるに合わせ、身体の左外側ギリギリで上方向へ後ろ回りの縦回転を掛ける。ヘリヤが正面を向いたことで前脚となった右脚を下から斬り上げる軌道へ切り替えたのだ。
花花の身体に隠れた刀が不意に下から現れ、それが脚を狙っているとくれば、ヘリヤも逃げ一択に絞られた。右脚を引き、左半身にまでなって刀を空振らせる。胴ごと引かなければ上半身へ斬り込める軌道を取られたからだ。
そこへ花花の一撃が飛来する。刀を下からの回転時、コッソリ後脚へ置いた右脚を前へスライドさせつつ柄尻の左手を離していた。その体勢から左脚を奥脚へスイッチし、ヘリヤの左半身側に対し、右半身となるよう瞬時に姿勢を変えた。その挙動と同時に、刀の刀身が空振って最頂点に到達したところでクルリと切先が数字の八を描く。
切先が右手のみで斬り降ろしに変わった時には、奥脚の左脚も半円を描きながらスライドが済んでおり、刀に対して身体の正対が完了次第、纏絲を練り込むのに使われた。
理合いが正しく働く状態の斬り下ろしは、完全にヘリヤの虚を突いた。
そうである筈だった。
花花から見て、身体を斜めに晒すヘリヤの位置から迎撃が出たところで、肩の真横に出された剣は身体の連動が中途半端となり、力が乗りきらずに弱い状態だ。幾らヘリアであろうとも、体重を乗せ纏絲で威力を底上げした一撃を押し返すのは難しいだろう。この一瞬を造るため、変幻自在な回転攻撃が基本であると連撃して見せたのだ。構えの際にゆっくり動いたのも、討ち合いでは速度と言う札を出して、印象を上書きさせるフェイクでもあった。
「(まさかヨ!)」
ヘリヤの迎撃は剣を身体の真横に向け、花花の刀へぶつけたものだ。
だが、その身体操作が予想外だったのだ。
剣を横へ伸ばし背中の肩甲骨と一直線にし、構造を強化。同時に花花の正面へ浮かしながら動かしていた右脚は剣が刀と搗ち合った時に体重を乗せる役割を果たす。ここで武器同士が威力を均衡させた。
が、それは瞬きの時間だけ。
直後、ヘリヤは脚を接地。そして奥脚となった右脚の踵が爪先を相手側へ少し角度が付くように捻り上げ、足先から発生した上方と螺旋の力を腰の捻りまで付与して増幅し、肩甲骨を通して剣へ加算する運用全てを一瞬で組み上げた。
花花が押し通せる筈の力を超えた威力を以って刀を弾き飛ばした。
これには花花も急遽、両脚で纏絲を練った瞬歩を使い、ヘリヤの射程圏より大幅に退るしかなかった。ヘリヤが捻った奥脚の位置から、まだ半歩は身体を前に進められる余力があったからだ。刀を弾かれた花花も余りの威力に上半身が崩されたことで、その位置では攻防すら出来なかったのも理由だ。
「(ちょっと待つヨ! 纏絲使われるしたヨ! 構造は詠春拳? 振藩功夫? 脚の使い方は截拳道近いカ。近代欧米武術っぽいヨ。顔コッチ向けたは横攻撃の勁通す基本、独自で身に着けたっぽいヨ。貴重な手だたのに練り直しネ)」
花花もフェイクからの本命攻撃が、まさか真横からの防御で上を征かれて潰されるとは予想外だった。貴重な一手が儚くも消え去る。
だが、この攻撃自体もフェイク。苗刀を中国単剣の応用で仕掛けた。
何時もと差異は、武器の長さだけだと言うように。
そして、今しがた受けたヘリヤの能力を加味し、意識付けた刀法を軸に用意した手札を組み立てる。
花花が驚かされたヘリヤの技。実は教本にも載っている基本の一つだ。ドイツ式武術よりイギリス式武術の方で使用頻度が高い片手突きである。ヘリヤが基本技術で最適な身体を使う方法を練り続けた結果が、身体操作に反映されて恐るべき一撃となったものだ。
「(いやいや、凄く手強いな。高速の回転で縦横間断なく斬り続ける技法がまさか全部囮だったなんて。まんまと剣を振れない位置取りにされたのは参った。そこから正攻法な一撃だもんな。危なく連撃の対応しそうになったし。しかも速度や体重を乗せただけじゃ、あの威力は出ないぞ? それに体勢が崩れた状態で、あんな尋常じゃない退避速度なんか出して来たからな。全力でも追い付ける自信がないなんて初めてだ。おもしろいなぁ、本当に)」
ヘリヤは花花との攻防を純粋に楽しんでいた。経験したことのない技術に対して冷静に高揚していると言う、相反する精神が同居している状態である。
「(久々に冷汗をかかされたよ。初めて遣って判ったのは、透花の底が全く見えないってことだな。外から試合を見てた時と実際体験した脅威度が異常なくらい違う。最低でも全力の私と同レベルかな。いや、あの感じだと身体の使い方は私より遥かに巧いな。このまま全力を出し続けないとあっと言う間に獲られそうだ。アレでまだ競技が苦手ってとんでもないよな。いいね、追い詰められるギリギリなこの感じは久しぶりだ)」
ヘリヤは花花を最初から警戒していた。ヘリヤですら二本を奪うのが中々に難しく、何度も時間一杯まで戦わされることが多いマグダレナ。そんな彼女と三試合一杯を使い切って勝ち進んで来たのが花花だ。
まだ一分にも満たない攻防であったが、マグダレナとは別の、寧ろ異質な強さを持っていた。まだトータルではヘリヤが上回っているが、個々を見れば先を往かれている箇所も多い。一瞬で覆されることも十分にあると察した。
彼女は自分が目指して脚を踏み入れた高みに最初から居たのだ。最早、同格。或いは自分を超えているかも知れない相手なのだと確信した。
「(さてさてヨ~。ここからタダの回転じゃなくなるヨ~)」
花花は退った距離のまま、右手首だけで刀をクルクルと回す。主に中国単剣を手首の内外で回す腕花の応用だ。違いは腕も使い、身体の右外を回せば次は左外と器用にも両サイドに行ったり来たりと刀を縦回転させ続けていることか。ヘリヤを中心に、右へ左と歩法で移動はしているが、距離自体は詰めていない。
一見すればパフォーマンスだが、正にその通りだった。
刀の動きへ注意を向けている裏では、左右の脚が纏絲を練り込み、臍下丹田で逆回転の二重螺旋に纏める。その相反する力を全身へ巡らせて内勁を一段階強化した。爪先から指先まで、そしてその先にある刀にも纏絲を届かせる。
花花が切った次の手札は、纏絲を再現した対ヘリヤ用に、刀へ纏絲と化勁を秘伝の身体操作で練り上げて乗せたものだ。
「(なんだ? 今、透花に仕掛けると不味い気がするぞ)」
ヘリヤは花花の腕花を見ながら、その動作の目的を分析していた。あの左右に縦回転する刀身は回転時に身体の半身を覆うように防御している呈を成しているが、実際は器用なだけで脅威はない。だのに、蹈み込んではならないと本能がストップを掛け、間合いを詰めることもなくただ正対するに留まる。
ツーと、ヘリヤの頬を汗が伝う。
「(何時の間に汗が……。これは冷汗か⁉)」
それを気付いた時には、花花から気配が漏れるなどとは生温い、大瀑布が周辺まで渦巻いていた。
「(おいおい。本当か、これは。こんな気配の量、母さんくらいしか知らないぞ)」
言葉とは裏腹にヘリヤの顔は引き攣りながらも笑顔で溢れる。これ程までの相手と戦える喜びで。
纏絲を練り込んで準備を終えた花花は、腕花を止めていた。そして右半身となり、両手は高く上げ、刀を右肩から斜め後方へ刀身を流している。ドイツ式武術で騎士剣にあるZornhutの構えに似ている。
これは苗刀十三式にある第四式、迎推刺の型を変形したものだ。
「(哦、ヘリヤ喜ばすしたヨ……。コッチの内勁、膨らむするやり過ぎたネ)」
それも仕方なし。ならば期待に応えようではないかと、花花は歩法も止めた。徐に柄尻を持つ左手を離してヘリヤに向け、掌を上に向け手招きをした。
討ちに来いとの意思表示だ。
花花の行動に、目を瞬かせたヘリヤは喜色満面の笑みを浮かべた。
「(おもしろい! あたしに露骨な誘いを掛けて来るなんて初めてだ! 当然、受けて立つさ!)」
ヘリヤは花花の誘いに乗る。態々、攻撃をしてみろと誘ってきたのだ。どんな返しがあるのか、どうやって打ち崩そうとしてくるのか。それはヘリヤが求める未知なる武術への渇望に他ならない。
花花の構えを見るに、Zornhutの型と同じ強撃を持つだろう。
だが、相手の暴威とも言える気配は脅威だ。
先の一合、花花の斬り下ろしは予想を遥かに上回る威力があった。今の大瀑布が威力に乗るとすれば、確実に全力――潜在能力の開放――を出さなければ斬り結ぶことすら難しいと肌で感じる。
その瞬間、ヘリヤの気配が花花に負けじ劣らず大瀑布となって空気を震わせた。
てくてくと。
ヘリヤは無造作に花花へ歩み寄る。
剣を両手で持ち、右肩から左後方へ剣身が流れるZornhutの構えた姿勢で。
お互いの射程に入るまで始まることはない。
これは真っ向からの勝負だからだ。
その歩みは四歩と半分。花花は一瞬で随分と退避したのだとヘリヤも感心する。
そして、互いをぶつけ合う一瞬が始まった。
ヘリヤは右脚を前に蹈み込む。花花は左脚を前に蹈み込む。双方共、遠心力も使うかのように武器を奮う。
ヘリヤは相手の上腕から胴を斬り抜くように斜めの角度を持つ剣筋。
花花は。身体全体も沈み込ませる右袈裟斬りで、ヘリヤよりも角度を付けて。
二人の剣筋が異なることから、先にヘリヤの剣が花花に届く筈であった。
ところが、花花はヘリヤの剣こそを狙っていたのだ。剣が身体へ触れる前に、花花はヘリヤの剣へ刀をぶつけた。
――パンッと、武器同士の搗ち合いでは聞いたことのない音が響いた。
驚いたのはヘリヤだ。剣速を上回れたからではない。経験したことのない技術で体重と埒外の威力が乗った剣を腕ごと外側へ弾かれたからだ。
その一瞬で、花花は斬り終わりに身体が膝を突くほど沈み込み、下段から突き上げる刺突を繰り出した。第四式迎推刺は、深い斬り下ろしで相手の武器を弾き、刺突の連撃に繋げる上下と突撃を併せ持つ連撃だ。近接の応用であったため、突きは一つだが、退る相手には突きの連撃を浴びせる。
花花は、ヘリヤの斬撃を受ければ苗刀の細い刀身は斬り飛ばされると判っていた。
だから纏絲を使った。左脚の蹈み込みは、刀を振る姿勢に移行すると同時に、震脚を踏んで纏絲の威力を増大させた。それを刀まで伝えて、強力な螺旋を描かせ刀身をヘリヤの剣へぶつけた。
刀自体は化勁で威力を相殺しつつ反時計回り――ヘリヤからは時計回り――の螺旋を加えたたからこそ、剣の威力を分散し、尚且つ進行方向の逆側へ弾いたのだ。これが金属同士でぶつかったとは思えない奇妙な音を生み出した正体だ。
ポーンと花花がヘリヤの胴を貫いた通知音が鳴る。
そして――。
ヴィーと一本取得の通知音。
今度は花花が驚かされた。
花花は、自分の心臓部位から伸びている黄昏色の剣に目を奪われる。確かに弾き飛ばしたヘリヤの剣だ。あの姿勢では反撃まで一拍は掛かる計算だった。
なのに、何故。
剣がここにある。
花花は、ヘリヤの本質を見誤っていたことに苦虫を噛む。
ヘリヤが気紛れに参加したluttesを屋台の売り子をしながらも見ていた。
披露された神速の三連撃は人の限界を超える技であったからこそ、ヘリヤが潜在能力を引き出せる法を持っていると確信した。故に秘伝の身体操作まで持ち出し対抗した。
幾らヘリヤが限界を超えた力を使おうとも、姿勢を崩した状態から即座に立て直すことは不可能だ。どうしても一手遅れる筈であり、その間に花花は射程外へ緊急退避して反撃を遣り過ごす予定であった。それを可能にする瞬歩のために、纏絲の特殊螺旋は使い切らずに残していたのだ。
だと言うのに、此方が刺突を繰り出したと同時に、ヘリヤは立て直しから神速の刺突までを決めて見せた。
その結果から導き出される答えは、ヘリヤが超集中状態で知覚を加速して対応したのだろう、と。あの一瞬で、超集中状態へ入り込む術を持ち、剰え間延びした時間の中でも遅速なく普段と同じように――詰まり加速して――動ける身体能力がなければ叶わないことをしてのけた。
『ヘリヤ選手、一本。第一試合終了。双方、待機線へ』
花花には、審判の声が他人事のように聞こえる。
観客席の興奮している声が聞こえる。
まだ下級生組の花花が個人戦現世界最強のヘリヤからポイントを奪ったからだ。
ヘリヤは今から二年半程前に、漸く心技体が完成のレベルに到達した。そこからは誰も一本を獲ることが出来ず、ポイントを奪うことすら困難と言う孤高の領域を歩み始めた。
現在、ヘリヤからポイントを奪える者は、学園生でも世界選手権へ出場するような数人だけだ。指折り数える中には実妹のエイルもいる。
その同列に花花が並んだのだ。騒ぎが大きくなるのも無理はない。
更に、今大会は初めてヘリヤが予選を含めて最初から本気を出した。その結果、歴戦の勇士すら一ポイントも奪えずに叩きのめされた背景が後押しをした。
その騒ぎは確かに花花が湧かせたものだが、彼女は口を尖らせお冠である。
外野から聞こえる声は、彼女に対しての賛美や将来性を期待する言葉なぞ多いが、そこには前提が付けられているのだ。
「(嗯嗯、確かに盛り上げたヨ。だけど評価の観点違うヨ。なんでヘリヤを基準に話をするヨ! ウレシクないネ! ワタシの技ちゃんと見てヨ!)」
誰も口にはしないが、絶対強者の消化試合であると大方が予想するのは仕方がない。だが、まさか期待外の選手が一矢報いて良くやったと、褒められたようなものだ。賛辞は受け取っても、そこに至った思惑は受け入れがたい。
花花は、自分が積み重ね、研鑽して磨いた技はとても美しいものであると証明するために戦いの場へ赴いているのだ。その点を除いた評価など欲しくはない。
それは正しく騎士が成りたい自分を体現する本質に則っていると言える。
対戦者の高い評価と比較されること自体、彼女には無意味だ。
花花が求めるものは本来、勝敗なぞ関係ない。ただ勝ち残れば、それだけ長く自分の技を見て、武術が持つ美しさを知って貰える機会が増えるから上を目指すのだ。それに弱い者が謳っても説得力が付いてこないからだ。
少しご機嫌斜めな表情で、花花は足取り重く選手待機エリアに引き下がっていった。
――西側選手待機エリア。
花花は持参したお茶で一息吐く。
今日は本場福建省の安渓烏龍茶で黒鉄観音が手に入ったので、喜び勇んで淹れて来た。数日前ローゼンハイムに赴き、専門店へ発注していた食材を受け取りした内の一つだ。
保温水筒から注いだ温茶は、カラメルのような香ばしさが鼻腔を刺激する。
「うーん。ヘリヤどうやて攻略するか悩むヨ~」
公開しても問題ないレベルの秘伝を使ったが、それでも足りなかった。今の秘伝をもう一、二段階引き上げることは可能だが、ヘリヤの手札を見れば片手落ちになる。さすがにこれ以上の秘術を公開するのは憚れる。
同じ手は使えない相手だ。だから手札の組み合わせで悩まされる。
「震脚は気付かれるナイくても、出すタイミング斬り合い始またらナイヨ、きっと。うーん上下の立体で組むがイイか距離を不安定させるイイかヨ。いっそリズム崩す歩法ですり抜けするして不整合狙うカ」
学園に入学して初めて競技に触れた花花は、Chevalerie競技歴は浅い。
そもそも、実戦形式の散打や立ち合いは数えきれない程の経験を持つ。だが、こと競技と名の付くものは今まで地元の競技者達とすら接点がなかった。
故に型で嵌められる競技は本来であれば水と油の関係だ。それでも世界のトップ層と戦えて仕舞える地力が逆に束縛を強めた。息苦しい中、全く異なる技法で制定された競技套路を二年足掻いて、漸く形にはなって来た。
然し今回は制定された套路の枠を外れていることに本人は気付いていない。
それを気付く余裕がない程に、ヘリヤは強大な相手なのだ。
「棍使えないは泣けるヨ。アレ一番得意兵器なのにヨ」
花花の得意な棍は残念ながら全体を物理使用するためホログラム化が出来ないのだ。
一言嘆くような小言を呟き、インターバルの終わりを迎えたのであった。
『これより第二試合を開始します。双方、待機線へ』
競技機器が並ぶ登録エリア側に面する試合コートの待機線。花花とヘリアが距離を置いて横並びに立つ。
「(やぱり、あのトンデモ氣功はずっと続くしないネ。必要なると一瞬で練るの恐怖しかないヨ)」
この場で花花が確認したのは、ヘリヤがあの大瀑布と呼べる気配の奔流を常時維持するのかだった。さすがに、常時発動ではないと判ったが、逆に末恐ろしい。状況に合わせ瞬間で発動出来る自在性があると言うことだ。それでも戦術を組み立てるに、得難い重要な情報だった。
『双方、開始線へ』
審判員の合図で開始線を挟んで向かい合う二人。
楽し気にヘリヤは語り掛けて来る。
「いやあ、楽しいねえ。中国武術の神髄、確かに見せて貰ったよ。あの流れるような連撃は一種の芸術だな」
「そりゃヨカタヨ。ワタシも技を練て来た甲斐あるネ。でも、まだまだ神髄遠いヨ? コレからが魅せ場ヨ」
「アレでまだまだなのか。いいね、もっと深く見せてくれ。あたしも透花とならそれが出来るからさ」
「じゃあヒトが使えるする力だけで、どこまで出来るするか教えるヨ」
花花が最後に出した言葉の意味は。
人間が力の限界を超えなくとも事足りるのだと。
それは人が練磨すれば届く姿である、と。
『双方、抜剣』
二度目の抜剣。
ヘリヤの力が顕現する黄昏色。
花花の技量を以って光輝く白銀。
二人の象徴が空に映える。
『双方、構え』
構えの合図が審判員から放たれた。二度目は花花も套路はせずに構えを取る。形としては苗刀十三式の第十二式正劈刀だ。日本の剣術で言えば正眼である。
ヘリヤは左半身となり、右肩の高さに剣を引き付けるSchlüsselで構える。
突きの型だが、様々な技へ繋げることが出来る姿勢である。
技を全方位から変幻自在に繰り出せる花花に対応するための構えだ。ヘリヤが花花の警戒を更に上げて来た証拠である。
『用意、――始め!』
審判員の上げられた右手が開始の声と共に降ろされる。そのタイミングで二人は、形は違えど同じ動き出しをした。
花花は三才歩と反三才歩、蟷螂拳の猿猴歩法や八卦掌の走圏――扣歩擺歩退歩の連動――など、一度でも学んだことがある全ての歩法をランダムに換えながら距離の攪乱とタイミングを掴ませない歩法で時計回りの円を描く。
そして、ヘリヤは。
「(こりゃ、動いて正解だった。止まってたら獲られてたな)」
同じく時計回りの中世歩法で積極的に牽制を掛けた。常に花花と対峙する形に持っていき、花花が仕掛ける移動の欺瞞には慎重を以って互いの距離が一定となるよう調整する。
何時ものヘリヤならば、王者のように威風堂々と何者でも受けて立つ姿かの如く、自ら歩法で崩しに行くことなど数える程しかない。これはヘリヤが花花を危険視した結果だ。それが正しかったと内心で零して仕舞う程に。
「(ちっ、厄介ヨ。冷静に歩法合わせるして来たヨ。ヘリヤは歩法も巧いネ)」
内心で舌打ちする花花。入学してから初めて見たヘリヤの動的な歩法は、どれだけ基礎を積み上げたか想像が付かない精度で舌を巻く。
だが、それでも。自分は挑戦者なのだと。
「(まいったネ。……そんじゃいくカ)」
幾ら待てども閉ざされた門は開かない。ならば、攻め入って無理やり抉じ開けようではないか。
一定の距離で進行方向と相手を交互に向かうような歩法は、二人が円舞曲を舞う姿になぞる。
花花は――。反三才歩の回り込む歩法でヘリヤに正面を向いた瞬間、仕掛けた。
ダダン、と二歩の力強い蹈み込みは、二間離れた長距離を一気に埋める。移動しながら軽く刀を振り上げ、ヘリヤの右肩――本来は頭を狙う――へ、ヒュッと斬り下ろす。
ここに来て苗刀の技である第十式挂刀式を変形して繰り出した。
本来、苗刀は長柄武器との戦闘を考慮しており、刀の届かない距離も射程圏なのだ。
故に移動と位置取りが頻繁に変化する。
花花の技法が変わったことに目を見張るもヘリヤは慌てることなく、右脚を蹈み込んで刀を身体の右外へ弾く。連撃が来ると見做したから、花花の利き手から遠くへ刀を追いやり、姿勢が崩れるように仕向けた。
ところが、花花は刀が流される動きこそ技の一部として、腕と手首で左からの横斬撃へ繋げた。苗刀十三式、第六式拦腰刀の応用である。
斬り下ろしを弾き飛ばされる前提で胴の横薙ぎへ繋げて来た花花の妙技に、ヘリヤも剣を縦に刺し込み防御せざるを得なかった。ここからビンデンを仕掛けるにも姿勢が悪い。反撃に移ることも防ぐ巧みな繋ぎにヘリヤは感心する。
だが、ヘリヤは此処から立て直すだけの力と技を持つ。剣を縦の向きから水平へ戻すように巻き技を仕掛ける。
――仕掛ける筈であった。
「(動く前に避けられたな。完全に読まれた)」
やられたな、とヘリヤは内心で呟く。まさか反撃へ移る前に、花花が一瞬で射程外へ退って仕舞うとは予想もしていなかった。
「(あぶなーヨ。ヘリヤが意思漏らさなかたら一つ獲られてたネ)」
花花は、ラッキーだったと噛みしめる。瞬間的な駆け引きの応酬による思考の負荷でヘリヤが反撃の意思を零してして仕舞ったのだろう。先の先を読むことが出来、緊急退避したのだ。距離を詰めた豪快な蹈み込みには震脚による纏絲の増幅を含めていた。それは三撃目の攻撃に使う予定で纏絲を残していたが、即座に瞬歩で使用して難を逃れた。
「(ヘリヤ相手するは、ずっと余力残すしないとダメネ)」
一気に力を放出すれば一瞬だけ身体は硬直する。その一瞬があればヘリヤは姿勢が不利な状況からでも反撃して来ると判った。ならば、常に一手分の力を残す運用が必須だと、花花は戦術を組み直す。
秘伝の身体操作で底上げした威力は、ヘリヤに合わせて瞬間だけ引き出すよう調整し、消費した纏絲を都度練り上げて置く。
此方の攻撃時も同様に瞬間だけ威力を引き出すが、それはランダムに行う。ヘリヤなら問題なく対応してくるであろうが、在るものを使わないケースを織り込むことで、意識が僅かにでも緩む瞬間が何処かで一つでも出るのを待つ。そこにターゲットを絞り込む。
「(んじゃ、も一回ヨ~)」
花花は相手に直線を刻む猿猴歩法でヘリヤと距離を詰める。今回は一足飛びの強襲ではないため、花花に合わせてヘリヤも中世歩法で間合いを詰めて来る。
互いの間合いに届くより先んじて花花が仕掛ける。刃を上に向け、刀身の鍔元から二〇糎辺りに左手を添え、右半身を正対するように刀身を垂直から袈裟斬りに一瞬で軌跡を描かせる。刀の速度に、ヘリヤは一瞬留まり、刀身が振り抜けるのを見送ってから次の蹈み込みを始めようとした。
ところが、左後方まで振り切った花花の刀は、速度が変わらぬまま右肩どころか頭部の位置よりも後方へ斬り上げられると共に左手は柄に持ち替えられ、蹈み込みながらヘリヤの左胴へ斬り込む。
これは、第九式闷刀式の防御から崩して斬撃へ入る流れを利用して、防御の斬り下ろし自体をヘリヤに反応させる罠へ使っている。胴への攻撃自体が警戒されないように立ち回ったのだ。
ヘリヤは予想外の流れで胴へ斬り込んで来た刀へ、左脚を引いて正対し、下から剣で搗ち上げる。花花が最後に放った斬撃は、威力に速度まで乗せたものと判断し、姿勢も合わせないと押し切られると踏んだからだ。
然し、刀を搗ち上げられる最中で花花は、その勢いを後方へ逃した。そして、水平に刀を滑らせ時計回りに歩法で一回転しながら上段へ遷移。ヘリヤの右側面に取り付けた時には剣で弾く挙動を終えた右腕へ斬り下ろしを掛けた。第五式抹刀式の回転攻撃を受けに転じた応用だ。本来は相手を回り込みながら移動する歩法だが、その場で一回りして技の最後である縦斬りへ繋げた。
「(うおっ、こう繋げるのか!)」
姿勢まで整えて花花の刀を迎撃したヘリヤであったが、迎撃までもが攻撃の流れに取り込まれていとは予想だにしなかった。
だが、そこはヘリヤだ。一筋縄では獲られない。
狙われた右手を剣から離し、腕を引きながら左半身――詰まり花花に正対――となり、すかさず左腕一本で花花の空振った刀の斬り終わりが胴を捉えているところを上から剣の討ち下ろしで下段まで抑え込む。
その状態となった花花は、またしても一瞬でヘリヤの射程圏から遠く逃れていた。
「(危ない危ない。避けただけなら刺突を貰ってたな)」
まさか横薙ぎの次に刺突が控えてたなんて久しぶりに冷や冷やしたと、思わず笑みを零すヘリヤ。花花の技は、それだけ予想を超えた未知の連撃であった。
その流れは美しく。相手の攻撃さえ、自らの攻撃へと変えて仕舞う。
だからヘリヤは笑うのだ。
ヘリヤ・ロズブローク。
Duel競技に取り憑かれた一人である。
彼女は幼い頃より、騎士達の繰り広げる様々な武術を見るのが大好きだった。
研鑽された美しい技の数々を特等席で見て感じたかった。
だから騎士になった。たとえ向いていないと言われようが、只管に積み重ねる。
強くなれば、それだけ沢山の武術と戦うことが出来る。目の前で素晴らしい技を見ることが出来る。それが彼女を騎士として成す全てである。
「(第二試合は全くいいとこなしだな。完全にペースを持ってかれてる)」
翻弄されるのも久しぶりだと、ヘリヤはクスリと笑う。
ならば、次は此方から仕掛けようか、と。
「(サスガヨ。全然崩れるしないし揺れるもしないヨ)」
花花は改めてヘリヤの身体的、精神的強度の異常さを噛み締める。ヘリヤも経験したことがないであろう初見の技で変則的な組み合わせをしてすら対応された。幾ら潜在能力を引き出し超集中状態へ入ったところで、身体の構造を逆手に取って左半身が反応に遅延するよう、意識を向けさせた上でだ。
花花の思惑は大きく外れた。ヘリヤは右半身を動きに使い、自然と左半身の態勢を整えさせたのだ。延いては、左腕一本で最後の刺突を防ぐまでして見せた。
「(あそこまで身体練るフツウは出来ないヨ)」
あれは思考や本能すら介在していない。勝手に最適な動きが取れるよう造り込まれた身体だ。その域に至るまで、どれ程の鍛錬を積まねばならぬか花花は良く知っている。だからこそ、ヘリヤが脅威なのだ。独りでそこへ辿り着いたのだから。
お互いの間合いは四歩と少々離れている。花花の退避能力が如何に存外であるか物語っていた。だが、それも問題ない。
「(さてと。あたしもこの距離を埋められるってこと知って貰うか)」
皆が認識していたこと。ヘリヤの射程外ならば安全圏であると。
その前提が覆された。
中世式歩法を股関節の旋回と上半身へ連動させ、地を滑る高速な運足で瞬く間に互いの射程圏へ蹈み込むヘリヤ。差し詰め、ヘリヤ式瞬歩と呼べる域に達していた。
慌てたのは花花だ。仕掛けようとしたところ、逆にヘリヤが仕掛けて来たのだ。
ヘリヤならば、距離を詰めて来るケースも想定していた花花であるが、まさか瞬歩と同等の接近法を持っているとは予想だにしなかった。
故に、内心で驚きを零す。
「(骨使て西欧歩法の加速してくるは思わなかたヨ!)」
そもそも、ヘリヤに距離の有利性なぞ意味はなかったのだ。ただ、今までそれを見せる機会がなかっただけだ。
キャヒン、と剣と刀が打ち付け合い、シュリリと金属が擦り合う音へ変わる。
ヘリヤが右からのはたき切りを花花は右脚を蹈み込み、刀の峰に手を添えて押し出すように斜めで受ける。第八式推刀式の連撃最後に押し斬る攻防を兼ねた型で対応した。ヘリヤの剣が最大威力となる前に刀を押し当て、下方へ滑らせたのだ。
「(ギャー! 冷汗ものヨ! 前出て受けるしなかたら刀折られてたヨ!)」
花花は声なき悲鳴を上げつつも、滑らせた剣に巻きを仕掛ける。受けで立膝くらいまで下がった低い姿勢から、蹈み込んだ際に練った纏絲を大判振舞いした。その力は、自身の頭上で剣を搗ち上げ跨がせ、反対側の右外側――ヘリヤからは左へ剣を振り切った状態――へ流しきらせた。それはヘリヤの予想しない方向であったため体勢が整わず、刀の威力に成すがままとされた。
「(さすがにそんな巻き上げは対応出来なかったって、おい)」
花花の受け流し方法に驚かされたヘリヤは、更に驚かされることとなった。
苗刀の基本功である抽刀。詰まり刺突を真っすぐに討ち込んで来た。
基本的に低い姿勢から繰り出される苗刀の刺突は、胸が着弾地点となる。
それは正確に心臓部位へ切先が伸びていた。
――キン、と短い音と共に花花が一気に退る。
続けて、ポーンと被弾通知を知らせる音が響く。
「(危機一髪ってとこか。剣先を斬り飛ばせなかったら一本獲られてたぞ、今のは)」
二度に渡って刺突で冷汗をかかされたヘリヤは安堵の息を一つ吐く。そして、斬り降ろした剣をSchlüsselの型に構え直した。
「(あの位置から刀斬り飛ばすするは予想外ネ。斬り返す速すぎて逃げ切れなかたヨ)」
内心は渋い顔の花花。
ヘリヤの剣は確かに振り切った状態へ流した。幾らヘリヤでも、その位置から刀を受けるのは難しく、逸らせたとしても確実に胴の何処かで被弾する。
然し、ヘリヤは別の方法で対処した。花花の刀自体に攻撃したのだ。
斬り下ろした状態の剣を刀へ高速に斬り上げ、先端から一五糎辺りを斬り飛ばした。当たる筈の刺突は切先が無くなり届かなくなっていた。
すぐさま緊急退避に移った花花へ、ヘリヤは斬り上げた剣を斬り下ろしに仕掛ける。エイルの超高速斬り下ろしよりも速いそれは、花花が逃げ切る間際に右手を斬り抜いた。
「(やれやれヨ。長くなりそうネ……)」
切先が斬り飛ばされた刀を視界の隅に捉え、花花は溜息を一つ吐いた。
一瞬で距離を埋める攻防が繰り返される。
大抵、瞬間的な強襲は一手、多くても二手程しか繰り出せない。身体操作のリソースが追い付かないからだ。
ところがこの二人は、二手三手と、刹那の時間で数多くの剣戟をして見せた。
稀に見ぬ攻防劇は観客も惹き込む。息をつかせぬ戦いは、観客の目を釘付けにした。
だが、それも終わりを告げる。
審判が警笛を鳴らし、二人の攻防を止めた。
『――時間一杯。試合終了。双方開始線へ』
そして、試合終了の言葉が紡がれた。
結局、ヘリヤが花花の刀を斬り飛ばして一ポイント取得以降、何方もポイントを奪うことが出来ず、第三試合が終わるまで全ての時間を使い切った。
『東側 ヘリヤ・ロズブローク選手 一本と一ポイント』
ヘリヤは久々に二本奪取とならなかった。
『西側 陳・透花選手 二ポイント』
そのポイントは刀を斬り飛ばされていなければ、花花が上回った可能性を秘めていた。
『よって勝者は、ヘリヤ・ロズブローク選手』
審判の手がヘリヤへ向けて高く掲げられる。勝者が誰であるかの宣告だ。
場内が揺れる程、喝采が上がる。観客達もヘリヤの試合は、何時ものようにストレート勝ちすると思っていた。然し、その内容は全くの予想外だった。
花花がヘリヤの攻撃を押さえ、二本勝ちさせなかったのだ。それどころか、ヘリヤが危うくなる場面も多々見られたとなれば。解説者のアナウンスが観客を更に盛り上げる。
観戦していた騎士達も、この試合を見て拾えた価値に目も険しくなっている。
――要警戒人物の脅威度が、蓋を開ければヘリヤと同等であったことに。
花花は片眉を上げ、ふうっと溜息を一つ。観客の健闘を称える言葉に、半分辟易している様子だ。
「全くヨ。敢闘賞はイラナイネ。もっと技決めたかたヨ」
花花が漏らした言葉は、自身の技が観客にどう映って、どう残せたかにしか興味を示していない本心が形となって紡がれたのだ。
「あははは。随分とご機嫌斜めだな。あたしは楽しかったよ、すごく。これだけヒヤヒヤさせられたのは久しぶりだよ」
花花の心情を知ってか知らずか、ヘリヤが陽気に語り掛けた。
「楽しかたけど取て置きまで受けきられたヨ。上手くいったは最初だけネ。ともかく、おめでとうヨ」
「ありがとう。こっちこそ感謝しているよ。あんな素晴らしい技を魅せて貰えたんだからさ」
花花が欲しいものは、対戦者であるヘリヤが一番理解してくれていた。
「……そうカ。ならヨカタヨ。次はもっと技磨いてくるヨ」
ヘリヤは一瞬、キョトンとした顔から破顔一笑となる。
「ああ、待ってるよ」
紡がれたのは約束。
ヘリヤは卒業間近の最上級生であり、今回が最後の学内大会なのだ。
詰まり、花花の言葉はその先を示す。
何れ世界選手権大会で戦おう、と。
花花の言葉は、約束であり、決意であった。




