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第二十六話 大団円

 気付いたら祭壇が出来ていた。

 私が目覚めてから三日が過ぎたあたりで、突如として現れた。

 何か意見する間もなく、作られていた。

 聖獣という特別扱いはするなとあれほど言っていたのにも関わらず、だ。

 よし、解った。そちらがその気なら、こちらにも考えがある。


「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます」


 村に住む者達の住まいとして、家屋がようやく充足したところで、私は皆を集めた。

 聖獣の声掛けに喚起しているものや、不安の色を見せるもの、様々だ。

 場所は当然、勝手に作られていた祭壇の前。

 ここは今や村の中心に位置している。

 位置取りからして性質が悪い。


「ようやく落ち着いてきたところだと思うので、こういった機会を作らせていただきました」


 私はもう我慢しないと決めたのだ。

 穏健派の里を飛び出した時に。

 だから、遠慮なく言わせてもらう。

 勿論、反論だって甘んじて受けるつもりだ。


「私は聖獣だと持ち上げられたり崇拝されたりするのは嫌です。

 何度もそう申し上げていたはずです。

 ですが、こうして私の知らない間に、何やら祭壇が作られました。

 ご丁寧に、聖獣と彫られているのですから、そういう祭壇ですよね?」


 表面上は笑いながら、怒り心頭の私に、一部の者が肩を竦めた。

 いやだなぁ、作ってしまったものは仕方がないから、責めたりはしないよ?

 ちょっと嫌味は言うかもしれないけど。

 それで責められてると思うなら、そう感じるようなことをしたということだ。

 後で何を言われても、作りたかったのなら堂々としている方が潔いというのに。


「この村では厳しい規則などは設けないつもりでしたが。

 こういうことが起こってしまうと、さすがに何もしないわけには参りません。

 とはいっても、村を追放する、暴力で解決する、というのは考えていないのでご安心を」


 家族だけであれば規則などなくても問題ないが、多種多様の人達が住む村という規模になった以上、一定のルールは設けておかなければならない。

 それでも、厳しい罰はないので、やりたい放題できてしまうのだが。


「聖獣を尊いものだと崇拝しないこと。

 私を聖獣であると言う分には構いませんが、拝まれるのは御免です。

 信仰が悪いものであるとは言いませんけれど、度が過ぎると脅威になります。

 それに、この村では平等公平を掲げたいのです。

 私を崇めたり上位のものとして見てほしくないし、むしろ対等に意見を言ってほしい。

 この村はもう皆で作って行くものだから、嫌なものは嫌と言ってほしい。

 当然、私も言わせてもらいます」


 もう既に声高に言ってしまっているしね。

 聖獣教──もう「教」でいいと思う──の面々は絶望の顔色でこちらを見ているが気にしない。


「聖獣崇拝に関しては、私が嫌だということ以外にも理由があります。

 それは、村の外から来る者達のことです。

 私達家族だけで居た時ですら、客人が来たのです。

 それに、この滝は『聖獣の憩い』と呼ばれ、そこそこ人間達が訪れるそうです。

 そんな場所で、聖獣だと崇める存在が居るなどと噂が立ったら、どうなると思います?」


 良きも悪きも引き寄せてしまう。

 ただでさえ目立つのだから、それ以上の悪目立ちは避けた方が良い。


「聖獣が居た頃の話を知っているのであれば、なおのこと。

 そういった崇拝は、自然と壁を作り、差を生み出し、争いの種になる。

 そういうのは、もう要らないのです」


 悔しげに聞いていたランドルフが、ふと顔を上げた。


「ならば……ならばどうすれば良いというのですか!」

「可愛がるのは許します」

「は?」


 全員の声が重なった気がする。


「自分で言うのも何ですが、変化した私の姿はとても愛らしいでしょう?

 なので、それを可愛がるのは問題ありません」


 そう言うと、私は変化して祭壇の上にちょこんと座った。


『べたべた触られるのは本来ならば忌避するところですが。

 崇拝されるくらいなら、揉みくちゃにされた方がマシです』


 さあどうぞ、と胸を張る私に、皆はどうして良いか解らず周りと顔を見合わせる。


「ほ、本当にいいの?」


 その時、一人の女性がフラフラと前に出て来た。


『勿論です。あ、尻尾はあまり強く掴まれると痛いので優しくで』


 ふわりと長い尻尾を揺らして見せると、その女性は恐る恐る手を伸ばす。

 触れたら壊れるとでも思っているようなその手に、敢えてこちらから顔を摺り寄せた。

 ビクッと手が止まったのも束の間、そっと頭から背中にかけて手を滑らせる。


「っ──やだぁ、すっごい柔らかい!

 ずっと触ってみたかったの!

 ああ、気持ちいいわ!」


 ふふふ、やはり人間の女性の方が受けも良さそうだ。


「ちょ、ちょっと! ずるいわ! 私も!」

「いえ、私が先よ!」


 別の争いが起きそうなのは気にしないでおこう。

 いつでもモフモフしていいからと言えば、そのうち我先にというのはなくなるだろうし。


『私も仕事があるので、四六時中というのは無理ですが。

 この祭壇に変化している時はご自由にどうぞ。

 村の愛玩動物だと認識してもらえれば、変な噂は立たないでしょう』


 激しい争奪戦の中心にいるが、穏やかな声でそう言えば、周りにはきちんと届いたらしい。

 ランドルフは揉みくちゃにされている私を見て「ひぃ!」とか「ああ!」とか叫び声にも似た声を上げている。

 獅狼族の反応は、一様に戸惑いの色が濃い。

 同じ獅狼族というよりも、そういうモノであると思ってくれた方が受け入れてもらえると思うんだが。

 その辺は個人の考え方もあるし、無理強いはするつもりない。

 人間の女性達が少し落ち着いたのを見計らい、ランドルフの足元へと向かった。

 私が近付くと、ランドルフは一歩下がる。

 それを利用して、祭壇の周りに置かれたベンチへと誘導していった。

 真後ろにベンチが来たところで、勢いよくランドルフの腹目掛けて突撃する。


「うっ……!」


 急な攻撃を受け、ランドルフはベンチにドサッと腰を下ろす形になった。

 すかさずその膝の上に乗り、ランドルフを見上げる。


『ランドルフさん、観念するのです』


 ニッコリ笑った私にたじろぐランドルフを尻目に、私は彼の膝の上で丸くなった。

 いつものように、尻尾で自分の体を包むようにして伏せる。


「私は……」

「嬢ちゃんがそうしてる時、頭と背中を撫でてやると気持ちいいんだと」

「っディロウ!」


 そういうことはいいから助けてくれとばかりにランドルフはディロウを睨む。


「いいから、撫でてやれって」

「う、し……失礼します」


 押し切られる形でランドルフがやっと私の頭から背中にかけてそっと撫でてくれた。

 ぎこちない手付きがこそばゆい。


「すげぇ小さくて、柔らかいだろ?」

「あ、ああ」

「尻尾も長くてふわふわしてるしな」

「む、うむ」

「でも、その尻尾、すげぇ痛いんだよ」

「は?」


 ランドルフが怪訝そうにディロウを見上げた瞬間、私の尻尾がディロウの腹を直撃した。


「いってぇ!」

『変な嫉妬を拗らせて人の幸せを奪わないで下さい』

「ほらな、いい武器になるだろ」

『もう一発欲しいのです?』


 ゆらりと尻尾を揺らすと、ディロウは射程範囲外に下がる。


「まぁ、何だ。

 つまりは、ちっさくて弱いだけの生き物じゃねぇよってことだ。

 好き嫌いも善悪もはっきりしてるから、利用しようと近付こうもんなら返り討ちだな。

 凶悪な番犬も傍にいるし、どんな目に遭うか想像する方が怖い」


 せっかく膝の上でいい雰囲気になるはずだったのに、ぶち壊されてしまった。

 私は仕方がなく、ランドルフの肩に飛び乗る。


『ランドルフさん、私は村のご神体になるつもりはありません。

 村人達の仲間になりたいのですよ。

 獅狼族も人も関係なく、同じ村に住む仲間。

 聖獣として最後の一体よりも、仲間がいる方が遥かに良いです』


 私がそう言うと、ランドルフさんはハッと何かに気付き、視線を落とした。


「確かに、聖獣が居ると宣伝するような真似はするべきではありませんね。

 ここに聖獣が居る事は、私達だけが知っていれば良い。

 ですが、ひとつだけ……よろしいですかな」

『何ですか?』

「私が個人的にあなたを尊ぶことは、させていただきたいのです」

『解りました。仕方がないですね。

 表に出し過ぎなければ良いです』


 崇拝を諦めさせることは無理なようなので、こちらもそれくらいは折れよう。

 ひとまず、これで村の中で聖獣騒ぎが起こることはないだろう。

 安心して村作りを進められる。

 ランドルフは最後に「ありがたき幸せ」と呟いてから、そっと尻尾を引き寄せて唇を当てた。

 あ、獅狼族でもそういうのあるの?

 でも、普通は尻尾にはしないよね?

 尻尾は長いから都合が良かっただけのようにも思えるけど。

 そんなことを考えていたら、後ろから来た兄に抱き上げられた。


「もういいでしょう?」


 何だか怒っているように見えるけれど、もしかしてさっきの尻尾に口付けたことを怒ってる?

 勝手に妹に触るな変態が、って?

 ああ、そうね。兄なら様にもなるし、大歓迎かもしれない。


「さぁ、ファム、これから何を作っていけばいいか話し合いましょう」


 私は賛同の意味を込めて、兄の胸にすり寄る。


『色んな道具を作って、必要なものを売る店も作りたいです』

「我が愛しの妹の仰せのままに」

『ふふ、良きにはからえ、なのです』


 私は兄に抱かれたまま、村の中を見て回ることにした。

 村は滝までの道を中央に敷き、祭壇のある広場の正面に私達の家がある。

 広場は道が交差しており、それぞれの道沿いに皆の家々が建ち並んでいた。

 村へ入る道は二箇所にしており、一つは私達の家から真っ直ぐ続いた道。

 もう一つが滝へと真っ直ぐ繋がる道。

 私達の家を北とするなら、南と東に出入り口がある状態だ。

 今はまだ境目を作っていないけれど、ある程度の広さを確保したら、柵か石垣を作るのも良いと思う。

 そして、南側の入り口近くに宿が一つある。

 あとは、私達の家のちょっと東側には畑を作ってあって、母と作物を育てている。

 東に伸びる道沿いに建つ皆の家の裏手にあたる場所でもあるが。

 東に東にと開墾したので、畑もそちらへ広げられそうだ。

 人口も増えたし、自給自足の為の畑を広げるのも問題なさそう。

 すっかり元の調子を取り戻した私は、兄に作りたいものを片っ端から語り聞かせてしまったのだった。



 あれからさらにひと月ほど過ぎた。



 私達が住み着いた滝の傍には、立派な村が出来上がった。

 宿屋はいつの間にか二階建てに改築されていて、その向かいに道具屋が作られた。

 道具屋で売るのは、滝の水を汲んで持ち帰る為の水筒や、旅道具を主な商品としている。

 ただし、村を訪れた人の要望に沿った物を用意する万屋としても運営していて、これがなかなか重宝された。

 そう、このひと月の間に村への訪問者は倍増したのだ。

 初めは突然出来た村に戸惑う人も多かったが、住人が滝を開放していて、宿も提供しているので、割とすぐに受け入れてもらえた。

 元々定期的に滝へと来ていた人や旅人、彼らの噂を聞き付けて興味本位で訪れる人、様々だったが、今のところ悪意を持った人は来ていない。

 訪問者があると、私はこっそり変化して愛嬌を振り撒く。

 村のマスコット的存在として根付き始めていた。


「ファムちゃんは今日も可愛いねぇ」


 そう言って老婆は優しく私の頭を撫でる。


「ああん、私も撫でたいのにぃ」


 悔しがるのはいつぞやの女性二人組だ。


「ファムはいつでも人気者ですね」


 兄は誇らしげに笑みを浮かべる。


「お、俺も! 触り、たい……」


 カッティスが手を挙げるも、誰かが取り上げる様子はない。

 好戦派の里が落ち着いたので、ちょくちょく顔を出すようになったらしい。

 あの長は一族をいたずらに苦しめたとして、長の座から下ろされ、今ではカッティスが族長らしい。

 その後、長の方はどうなったかというと──


「カト、もっと声を張り上げんか。

 そんな事では雌──いや、女子一人釣れぬぞ」


 カッティスと一緒に村に来てます。

 この長の名前はカトラルフというらしい。

 息子であるカッティスに連れられて「ごめんなさい」をしに来た時は、申し訳ないけど大爆笑してしまった。

 母は嫌がるかと思ったが、謝罪に来たことの思いがけなさにあらゆる感情が吹き飛んだとのことだ。

 好戦派の里のやり方や在り方は受け入れられなかったが、カトラルフ自身への嫌悪はなかったのだという。

 まあ、兄をあれだけ愛しているのだから、そこまで嫌ってるわけではないとは思ったが。

 そんなこんなで、今やこの村は人間と獅狼族が入り混じって交流する不思議な村となっていた。

 外から来る人間には獅狼族の事は話してないから、薄々気付かれた、くらいになったら打ち明けてみようと思う。

 これだけ私が可愛がられているのだから、拒絶はしないはずだ。


「さあ、今日はここまでです。

 ファムも疲れたでしょう?」


 兄に抱き上げられ、優しく撫でられるとついうっとりとしてしまう。

 その様子を見て周りも和やかな雰囲気になる。

 私は獅狼族の中でも特異な個体で、他の仲間に比べたら弱く、戦士などには向かないだろう。

 でも、代わりに余りある可愛さには恵まれたのだ。

 獅狼族が最強の魔族だと言うのなら、私はさしずめ「最嬌」とでも言おうか。


 さあ、どこからでも掛かって来なさい。

 そして、存分に可愛がるのです!

ここで一区切りとさせていただきます。

小話程度に数話増やすかもしれませんが、ひとつの締めとしたいと思います。

また筆が勢い付いたら、続きを書かせていただくかもしれませんので、その際はまたお付き合い頂ければと思います。


ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました!

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