第二十五話 兄妹
それからどうなったかというと。
「……何、コレ?」
私は寝過ぎて幻覚でも見ているのかと、思わず目を擦ってしまった。
しかし、何度見ても、その光景は変わらない。
「ファム! ああ、良かった!」
「ファム、身体は大丈夫か? 無理はしないようにな」
外に出たところを、母と兄に見つかった。
二人は駆け寄って来て、心配を口にする。
申し訳ないとは思うがちょっと大袈裟だとも思ってしまう。
まあ、普段全く泣かない私が大泣きして、その後しばらく寝込んでいたら心配もするだろうけど。
それよりも、「この状況」について説明をして欲しい。
「私は大丈夫です。でも、あの、これは一体……?」
私はもう一度だけ村を見渡して、二人に尋ねた。
私が戻って来た時から比べて、明らかに発展している。
主に、建物が増えているのと、人が増えているのだけれど。
「まあ、そう思うわよねえ」
「ファムの了承を得ずに進めてしまったのはすまない。
急を要していたと言うか……」
二人とも困った様子で話し始める。
「ファムが倒れてすぐ、ランドルフさんが来たのよ」
「え……」
こんなところまで来たのかというのと、好戦派の襲撃なのではというので、私は困惑した。
どちらにせよ、嫌な予感しかしないし、いい加減にして欲しいとも思う。
「ああ、あいつのことはディロウに任せているよ。
ファムには近付かないよう、管理しているから」
家畜じゃあるまいし、管理とか言うのはちょっと気が引けるが、突撃して来ないのならそれも良いかも知れない。
「それで、好戦派の里に連れて来られた雌や奴隷の人間を連れて来たのよ」
「あらまあ」
反応がおばさん臭いとか言わないでね。
つい声に出てしまっただけだから。
「家がないとは伝えたんだけど、心配ないって。
ただ、この村に住む許可と家を建てる許可が欲しいって」
「なるほど。これは人間達が建てたのですね」
それならば納得だ。
ただ、この村の変わり様を他所様の人が見たらどう思うかなと頭は抱えたけれど。
まあ、反対する理由はないし、彼らの活き活きとした姿を見て、駄目とは言えまい。
村としての形になるまで、あまり時間が掛からなくなったと思えば、儲け物だろう。
というか、もう既にその戸数を見れば立派な村だ。
何故か示し合わせた様に丁寧な区画整理までされて、このままだとむしろ町になるのではないか。
別の問題を考える程には、人間達の仕事は早く、正確で、何より綺麗だった。
こういうところが魔族と人間の差なのかとしみじみ思いながら、もう一度辺りを見渡す。
「あ!」
「聖獣様だ!」
「お目覚めになられたんだ!」
何やら聞きたくない言葉が飛んできた気がして、恐る恐る顔を向けた。
ランドルフに悪影響を受けた獅狼族だと思っていたのだが、予想を外してなんと人間達だった。
え、やだ、人間側からもそういう扱い受けるとか、本当に勘弁してほしい。
呆れたように半眼で見ていると、囲まれてしまった。
「お身体は大丈夫ですか?」
「我々もここに住まわせていただけて嬉しいです!」
「受け入れて頂き、ありがとうございます!」
目覚めたばかりなので、上辺だけでも行儀よく相手をしたいところだが難しい。
疲れ切っていて愛想笑いすら浮かんで来ない。
どうしようかと考える前に、兄が私を人間達から引き離した。
「ファムはようやく目覚めたばかりなのだ。
その身を気遣うのなら、近寄るな」
兄の鋭い視線に、人間達は委縮してしまう。
いつもなら兄を宥めて気にするなと声を掛けるところだが、私を「聖獣」呼びする人達には優しく出来そうもない。
私はそんな考えをそっと疲れのせいにしておいた。
「ファム、まだ休んでいた方が良いのでは?」
「疲れているのは確かなのですが、眠くはないのです」
「それは……困ったな」
「兄上も作業があるのですよね?」
「あ、ああ。だが、ファムより優先すべきものではない」
仕事してください、兄上。
それでも嬉しいので言葉には出なかったが。
「では、兄上の傍に変化した状態で寝ながら見守ります」
「解った。私のすぐ傍に居るのですよ?」
「はい!」
などと勢いで言ったものの、今の兄上の作業が何か解らない。
既に村の様相が変わり過ぎていて、自分が目指していたものとか、これから何をどうやって作って行こうとか、そういったものもすっかり消えてしまった。
眠っている間に、自分がやりたかったことがなくなってしまったようで、私はどうしていいか解らなかった。
だからこそ、少しゆっくり考えたいとも思っていた。
そういう意味では、兄の傍で大人しくしているというのは丁度良かったかもしれない。
私は兄に付いて行った。
行き着いたのは村の端で、以前よりも開墾されているように見える。
それはそうだろう。いきなり村の人口が増えて建物が必要になったのだから。
新たに開墾して建物を建てる場所と資材を確保する為だといえばそれまでだ。
そういえば、自分の家と宿屋以外に何を作ろうと思っていたんだっけ。
あれだけ色々作りたくて想像を膨らませていたのに、今は全く思い出せない。
どこかに書き出しておけば良かった。
まあ、今となっては例えリストに残しておいても意味をなさないかもしれないけれど。
とりあえず、建物はたくさん建ったけど、住まい以外の施設などがなさそうなので、宿の改修や道具屋というか万屋かな、その辺りに手を付けても良さそう。
今日は何もしないで兄にべったりの予定ですが。
「……ファム」
木々の伐採を淡々とこなしていた兄が、唐突に話しかけて来た。
どうしたのかと、伏せて地面に付けていた頭を持ち上げる。
『兄上?』
「私は、ファムと出会えたことを運命だと思っている。
だがそれは、他の何かに縛られているということではない。
ファムを愛おしいと感じて、守りたいという、私の意思だ。
他のものがどう思おうと、それが私の──私達の真実だ。
……違うかい?」
私は何度か瞬きしてから、ふるふると首を振った。
「ファムが聖獣で良かったと言ったのは、妹が尊い存在だと誰もが認めてくれると思ったからだ。
他と違う見た目は卑下の対象などではなく、当たり前の姿なのだと」
『兄上……』
兄はいつだって私の味方で居てくれた。
この姿を見ても、私らしいと、愛らしいと、喜んでくれた。
父のように弱きものと嘲笑う奴等を蔑み、決して弱くなどないと一蹴する。
どれほどその言動に救われて来たか解らない。
『兄上はいつもそうですね。
裏表なく、ただ私の為に、私の側に居て下さる。
それが当然のようにすら思えるほどに、ずっと……』
多分、転生者だからというのもあると思うけれど、私は獅狼族としての生を、どこか俯瞰して見ていたところがある。
自分だけど自分ではないような感覚というのか。
そして、チートとまではいかないが、何かしらの恩恵があっても不思議ではない、記憶が残っているのもそういった特殊な事情があるからだと、勝手に自分をヒロインか何かだと勘違いしていた。
だからこそ、敢えて周りは猫可愛がりするだけでなくて、悪役として試練を課していて、私は見事それに打ち克って、ここで幸せに暮らすことになる。
でも、聖獣だと言われた時、それが「自分の妄想」に収まりきらない、大きな流れの一つのように思えて、全てに対して、疑いを持ってしまった。
確かに、聖獣なんて奇跡的な存在、物語の主人公としては充分な要素だし、特別な存在であることを確たるものとしてくれる。
でも、祈りなんて、あんな大きな力、そして何より、盲信的な獅狼族達の目、どちらも怖かった。
自分が自分で無くなるんじゃないかと。
自分を俯瞰して見ていると思うと、余計に怖くなった。
自分は本当はここには居なくて、ファミティアという存在を見守る何かというだけで、存在すらしないかもしれない。
自分が信じられなくて、解らなくなってからは、兄のことすら解らなくなってしまった。
兄のことを信じようとすればするほど、逆に疑いを持つ自分に気付いた。
兄は「私」ではなく「ファミティア」が好きで大切にしているのではと。
『兄上、もし、私が「ファミティア」でないとしたら……。
それでも、側に居てくださいますか?』
それは、ずっと側に居てくれると兄が言ってくれた時から、何度も聞きたくて、聞けなかったことだった。
耳も尻尾も垂れ下がり、目も潤んでいる。
また大泣きしてしまいそうな、そんな表情で、遂に私はその質問を口にした。してしまった。
兄は目を見開いて驚いている。
「ファム、ファミティア、何を言うんだ。
あいつらが聖獣だと囃し立てたからか!?
やはりあんな奴等は全て消してしまわねば!」
別のスイッチが入ってしまったようだ。
いつもなら笑って諫めるところだが、残念ながら今は超シリアス展開の真っ最中なので、私は静かに首を振った。
『真剣な話なのです。
兄上の思う通りに答えて頂けませんか?』
「ファミティア……」
兄は獅狼族の中ではとても賢いので、私が言いたいことも、何となく解ってくれると思う。
これまでの事も合わされば、この質問の意図も何となく見えて来るはずだから。
少し考えてから、兄は口を開いた。
「私が守りたいと、側に居たいと思ったのはお前だけだ。
誰よりも側でお前を見て来た。
だからこそ言える。お前はお前だと。
もし、ファミティア以外の何者かだったとしても。
それは、生まれた時からそうだった、ということだ。
私が側に居ると誓った時には、お前だった。
ならば、答えは最初から決まっている」
兄はいつの間にか木を切る手を止め、私の前に居た。
岩の上に乗っていた私と視線を合わせるように、片膝を着いて、ニッコリと微笑んだ。
「私のファミティアはお前だけだ。
お前が、私を見て、私を必要としてくれた。
何者であろうとも構わない。
私が傍に居たいと思うのはお前だけなのだから」
兄は本当にたくさんの物を私にくれた。
前とは違う世界に転生して、人間ですらないものとなってしまって困惑していた私に、生きる意志と目標を。
些細な悩みも真剣に悩んだ時も、家族として──兄としてとびきりの愛情を。
私は兄に、少しでも返せているのだろうか。
些細な事で自分を見失い、誰よりも信頼しているはずの兄すら疑うような私なのに。
目が涙を溜めて熱を持つ。
今回の涙は、以前の不安や悲しみや怒りがごちゃ混ぜになったものではなく、純粋な喜びから溢れ出るものだった。
私が無言でぽろぽろと涙を零すので、兄はギョッと驚いた表情を浮かべ、その後、おろおろと辺りを見回した。
『兄上、あにうえぇ……』
「ファム、ファミティア、泣かないで……!」
どうしてよいか解らなかったのか、両手を行き場なくわたわた動かしたかと思うと、兄は意を決した様子で私を抱き上げる。
ギュッと少し苦しいほどに抱き締められ、兄の腕の温かさに目を閉じた。
『兄上、大好きです。
ずっと、傍に居てくれてありがとうございます』
「ああ、私もお前が大好きだよ。
お前が嫌だと言っても、私は離れないからね」
そよそよと微かに風が吹く中、しばらくそうしていたが、ようやく私も落ち着いてきたので、もういいかなと思う。
どうやって離してもらおうか考えていると、兄は徐に立ち上がり、私が乗っていた岩に腰かけた。
「今日はもう十分に働いたので、残り時間はファムとのんびり過ごそう」
『村はまだまだ足りないものだらけなので、日が高いうちは仕事してください、兄上』
先程までのシリアスな空気を吹き飛ばし、私は半眼で兄に意見する。
いつもの調子が戻って来た私に、兄は嬉しそうに笑った。
「ファムが寝ている間に、これでもかというほど働いたので。
今、少しくらい休んでも文句は言われないよ」
誰にも邪魔されず、のんびりと二人で過ごすのが久し振りだったので、私は思わず流されてしまった。
まぁ、ちょっとくらいならいいかと。
私は兄の膝の上で丸くなり、兄は穏やかな表情で私の頭や背を撫でる。
傍から見れば、すごく絵になる光景なのだろうなと、外野から見られないことを惜しみながらも、兄の手の心地よさにこれはこれで良いかと、幸せを噛み締めるのだった。
次回、私達の村の行方や如何に。
兄の笑顔も、私の笑顔も、全てはここにある!




