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第二十四話 帰還

 仔犬な私の脚では兄の全速力には到底並ぶことなど出来ないので、私はいつものように兄の背に乗る形で移動していた。

 やっと煩わしいことから解放されて、こうして兄の背に乗れているのがとても嬉しい。


『兄上、来てくださってありがとうございます』

『当然のことをしたまでだ。

 私は連れ去られるファムを助けられなかったのだから』


 少し気落ちした声で兄はそう言った。

 私を助けるのが、助けられるのが当たり前。

 昨日まではそれがすごく嬉しく思ったのに。

 何故だろう。

 私が聖獣で、兄は聖獣を守る為に生まれた銀狼で。

 それを知らされてしまうと、どこか空虚な関係のようにさえ見えてしまう。


『兄上が負けるはずありませんが、怪我がなくて良かったです』

『ファムは、その……大丈夫なのか?』

『私はこの通り平気なのです!』

『あ、いや……』


 胸の内を知られないよう、努めて笑顔を見せる私に、兄は歯切れ悪く返した。

 兄が言い澱むなど珍しいなと思いつつ、首を傾げる。


『……問題なければ、良かった』


 何か他に言いたいことがあったと思うのだが、兄はそれを口にせず会話を終了させてしまった。

 せっかく兄が助けに来てくれて、私達の家に戻るというのに、どことなく気まずい雰囲気だ。

 色々と考えなくてはいけないと解っていても、考えることを先送りしてしまう。

 聖獣なんて、私には関係ないと言っておきながら、私自身が一番気にしているのではなかろうか。

 転生者が聖獣だなんて、あり得るのかも解らないけれど。

 そんな風に悶々と考えていたら、いつの間にやら村の近くまで来ていたようだ。

 滝の水音が耳に入ってくる。


『帰って、来たのですね』

『ああ。帰って来たよ、ファム』


 村の側の川を大きく跳躍して飛び越え、兄は私を背に乗せたまま、村へと降り立った。

 そこには、匂いで帰って来たことに気付いた母とディロウが立っている。


『只今戻りました、母上』

「ファム! ユティ!」


 半泣き状態で母は私と兄を両の腕で抱える。

 母は震えていた。

 子供を二人も同時に失ったらと、怖かったのだろう。

 兄は何者にも負けないが、やはり親としては何が起こるか解らない恐怖が勝るのか。


『ディロウさん、母を守って下さりありがとうございます』

「仲間なんだ。当たり前だろう。

 それより、そっちに行ってやれなくて悪かったな」


 ここに母を一人残していくわけにはいかない。

 ディロウが残ってくれたことは最善の選択だったと思う。

 私はふるふると頭を振った。


『兄上が来てくれましたから!

 兄上が居れば、ディロウの出る幕はないのですよ』


 皮肉たっぷりにそう言った私に、ディロウは眉を顰めた。

 あれ、ここは笑うところだと思うんだけど。

 苦笑いでもないと、何だか冗談に聞こえないような空気になっちゃう。


「嬢ちゃん、何かあったのか?」

『え……』

「無理して笑ってるだろ。どうしたんだ?」


 そんなつもりはなかったのに。

 いつもと同じようにしてるはずなのに。

 どうやら、あまりにも体が正直な態度を見せたらしい。

 兄が心配そうにこちらを見ている。

 母も何かされたのではと不安そうにしている。


 ああ、みんなを安心させてあげないと。

 何でもないと笑わないと。

 あれ、笑うって、どうすればいいんだっけ。

 そうだ、まずは変化を解いて人間の姿にならないと。


「ファミティア」


 母がゆっくり私に近付いて来た。

 安心させるように優しく笑っている。

 それから、そっと私を抱き上げた。


「大丈夫よ。何があっても、あなたはあなた。

 私の大切な子に変わりはないわ」

『ははうえ……』


 涙が溢れた。

 この姿で泣くのは初めてだった。

 母の腕の中が温かくて、母の言葉が胸に広がって。

 感情的な涙なんて、獣人姿でも何年も流してなかったから、自分でも驚いたけど。


 母は兄とディロウに目配せした。

 何があったか知らないディロウは小さく頷き、母に任せるようだ。

 兄は変化を解いて怪訝そうにしている。


「ちょっと見回りに出て来る。坊ちゃんも行くぞ」

「勝手に決めるな。私は──」

「いいから、行くぞ」


 私を心配してかすぐに動かない兄を引き摺ろうと、ディロウは兄の腕を掴んだ。


「おい、待て! 引っ張るな!

 ファム! ファミティア!

 俺は何があろうとお前の側に居る。

 使命や義務などではない!

 だから、その……また、笑ってくれ」


 敢えて悲しげな素振りは見せず、兄は微笑みながらそう言った。

 泣いていたわたしは、そんな状態でもしっかりと兄の言葉を聞き、兄を真っ直ぐ見ていた。

 心が温かくなり、胸の中のぐちゃぐちゃな感情は幾分か落ち着いたものの、涙は止まらない。

 ディロウが兄を連れてその場を去り、私と母の周りは痛い程に静かになる。


「辛いなら何も聞かないわ。

 泣きたいなら、いっぱい泣けばいい。

 誰も、あなたを責めたりしないから」


 変化したまま泣いたのは、理性の最後の抵抗だったのかもしれない。

 この姿ならどんなに泣いても、喚くことはないから。


 私は、何も聞かずに体を撫でてくれる母の膝の上で、しばらくの間泣き続けた。

 泣き続けて、いつの間にか意識を手放していた。


 私が目を覚ましたのは二日後で、さすがに母も心配したらしい。

 だから、ここからの話は私が目覚めてから母に聞いたものになる。


====================


 ファミティアが意識を失うように眠ってしまってからしばらくして、ユティウスとディロウが戻って来た。

 パティアはファミティアが泣き疲れて眠ってしまったことを伝えると、ユティウスに知っている事情を聴いた。


「私が解るのは、ファムを見付けた後のことだけですが」


 ファミティアが好戦派の雄に襲われそうになっていたこと。

 それを助けたのがカッティスだったこと。

 好戦派の族長を敵に回し、ファミティアを守ると言い共闘したこと。

 そして、ランドルフという老いた雄がファミティアを「聖獣」だと話し始めたこと。


「ランドルフ?」

「はい。そう名乗っていたかと」

「あのドルフ爺さん、まだ生きてたのか。

 しぶとさは相変わらずだな……」


 ディロウはランドルフを知っており、彼が好戦派の里にいた頃の知り合いだと話した。


「獅狼族の在り方とか、誇りについての考え方は嫌いじゃないんだがな」

「聖獣については昔からああだったのですか?」

「そうだな。子供達に聖獣についても聴かせていた。

 だが、お伽話だと誰も信じてはいなかった」


 幼いうちに聖獣についての正しい知識を与えようとしていたようだが、実際に目にしたことのないものを真実と受け入れることは難しい。

 真剣に話しても、誰も信じてくれない。

 それはランドルフの精神を蝕んでいったのかもしれない。


「とにかく、聖獣だと決め付ける彼にファムは嫌がりました」

「確かに、嬢ちゃんは聖獣の条件を満たしてはいるが……」

「やってみろと言われた癒しの祈りまで出来てしまったので」

「……あの嬢ちゃん、そんなことも出来るのか」

「出来てましたね。さすがファムです」


 いつもは誇らしげに言うところだが、今回はその表情にも陰りが見える。

 ファミティア自身が、聖獣であることを受け入れていないからだろうが。


「ファムはとにかく嫌がってました。

 好戦派のことには関与しないと。

 後事をカッティスに委ねて帰って来たというわけです」

「嫌がっているくらいじゃ、あそこまでならないはずよ」


 ファミティアを追い詰めている理由はそれだけではないというパティアに、ユティウスは他に何かあったか思い出そうとする。


「そもそも、嬢ちゃんが聖獣を嫌がってるのは何でだ?

 あの姿の説明もつくし、獅狼族を否定されたわけじゃねぇ。

 なのに、何で嬢ちゃんはそこまで拒絶する?」

「そういえば……」


 ユティウスはもう一度、ランドルフとのやり取りを思い出した。


「聖獣の話が出た時に、ファムが何故そう思うのか聞きました。

 最初に私を指し兄かと尋ね、銀狼は聖獣の守り手であると。

 それから、祈りの話になって、ファムが祈りの力を見せて」

「なるほどな」


 話の途中だが、ディロウは納得した様子でそう呟いた。

 呆れた表情で肩を竦めているので、ユティウスは首を傾げる。


「嬢ちゃんは、あんたが側にいる理由を上書きされたくなかったんだ」

「え?」

「ああ、なるほど」

「母上?」


 パティアは嬉しそうにクスクスと笑った。


「生まれた時から側にいてくれて、あの子を守って来た。

 その理由を、聖獣だからだと言われた気になったのね」

「は?」


 最大の不快感を露わにするユティウスにディロウも苦笑いである。


「ユティの感情も考えも、聖獣を守る為にそうなったに過ぎない。

 そうなるのが運命付けられてた。

 そんな風に考えちゃったのね、あの子ってば」

「難儀な嬢ちゃんだ」


 ファミティアにとっては一大事だったのだろうが、周りから見ればただの杞憂に過ぎない。


「ファムが聖獣であろうとなかろうと、関係ありません。

 私はファムだから側にいるのですよ?」

「ああ、解ってるって」


 皆まで言うなとディロウは笑った。


「あの子も解ってるはずだけど……。

 そう言われたのと変わらないって思ったのかしら」

「やはり、あの好戦派の里は滅ぼすべきでした」


 ファミティアに危害を加えるだけでなく、その考えまで冒そうとするのは看過できない。

 ユティウスはそう言うと強く拳を握り締めた。

 そこへ、どういうわけか件のランドルフが数人の共を連れて現れた為、その場は一触即発の危機に陥る。


「何をしに来た!」

「ここに居るのは、あの里を出たいと言った者達です」


 勝手なことをと詰め寄ろうとしたユティウスを抑え、ディロウが前に出ると、ランドルフは驚いたように目を見開いた。


「随分と思い切ったことをしたな、ドルフ爺さん」

「知った匂いが居ると思ったら……お前か、ディロウ」

「ちゃんと説明してくれるよな?

 俺もここに住まわせてもらってる以上、他人事じゃねぇんだ」


 顔馴染みの相手だろうとも譲れない。

 ディロウの睨みに、ランドルフは目を閉じた。


「あ、あの、私達は他から拐われてきた雌で……」

「あの子……私達でも、受け入れてくれるって」

「子を産む為だけに生きるのも、見捨てられるのも。

 もう嫌なの。ここにはそういうの、ないんでしょう?」


 ランドルフが連れて来た獅狼族は殆どが雌で、好戦派のやり方に反発してある者達のようだった。


「俺達は元々族長のやり方に反対だったんだ。

 それでも、強く在る為に我慢していたが……」

「あんたらはあの族長より強い。

 なら、あの里で我慢する必要もないだろう?」


 雌に混じり、数少ない雄も今の好戦派に付いていけないと不満そうに漏らす。

 当然、困るのはユティウスとパティアの方だった。

 未だに村は作りかけで、急に住人が増えても住む場所を用意できない。

 音頭をとるファミティアが休まねばならない状態なので、すぐに村を広げることも難しい。

 二人はそう思っていた。

 だが、ファミティアとユティウスを頼ってここまで来た同じ獅狼族を見捨てる事もできない。


「ここに住むことに反対する理由はないわ。

 でも、見た通り……まだ住める場所がないの」

「それに関しては心配には及びませぬ」


 ランドルフがフッと笑みを浮かべ、背後を窺うように振り向く。

 パティアは怪訝そうにランドルフの視線を追った。

 そこには、獅狼族ではない、好戦派の里で奴隷として働かされていた人間達が立っている。

 ディロウとユティウスは顔を見合わせ、その様子にランドルフは笑みを浮かべたのだった。

次回、様変わりした村に驚愕!

兄の心配、私は複雑、これから一体どうなるの?

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