第十一話 全容
しんみりとした空気になってしまい、ディロウは申し訳なさそうに苦笑した。
獅狼族としてはディロウのような戦いの道にある方が、本来ならば正しいのだろう。
仲間を失ったというのは辛いが、獅狼族としての本能を持った彼らは、誇りをもって散っていったはずだ。
私のような小娘にそれが解るものかと怒られるかもしれないけれど。
「まあ、何だ。そういうわけで、俺は一人で旅をしている」
「自分とは違う自分の記憶、か……」
「あれ以来、深く思い出そうとはしていないんだが。
それとは別に、旅に役立つ知識は多かったな。
自分が知らないはずのことも何故か知っている、なんてこともある」
転生者であるという意識はないようだ。
ふと、母と兄が私の方を見ていることに気付く。
これは、似たようなものだと思われているな。
「何だ、嬢ちゃんも同じ口か?」
「私達の里では木で建物を作るなんてしたことがないのよ」
母が小屋を見回しながら呟いた。
「なるほど。嬢ちゃんは知っていて、これを建てたのか」
「建て方を知っていたわけではありませんけど……」
「だが、見た事がある。里から出たことはないのに、か?」
とりあえず頷いておく。
質問の答えとしては嘘は言っていない。
「二人に共通しているのは、変化すると狼以外になることよね。
その辺も関係あるのかしら」
「俺の周りには他にそういう奴はいなかったからな」
「私の方もなの。でも、ディロウに会って安心したわ」
母は安堵したような笑みを浮かべる。
「やっぱり、この子はおかしくなんかない。
ちょっと他と違った特別な子なだけなんだって」
「他の奴らが理解してくれるかは別だがな」
「理解しなくても、私が言うのはひとつだけ。
私のファミティアは可愛いでしょう?って。
狼じゃないから何? 可愛いのだからいいじゃない」
母のこういうところに救われていると思う。
その考え方はどうなのかとも思うけれど、これはこれで嬉しかった。
「そうですね。ファミティアは誰よりも何よりも可愛い。
それだけで十分ですとも」
「あなたのは少し違うから一緒にしないで、ユティ」
「酷いですよ、母上。
ファムの魅力を推すならいくらでも言葉が出てくるというのに」
「そういうところよ……」
兄は相変わらずのようだ。
これもこれで私は嬉しいから良いのよ。
「何にせよ、そういうことなら、嬢ちゃんは外の方が合うだろうな。
村を作るってのも、妄想で終わらずやり遂げそうだ」
「ディロウさん、妄想だなんて思ってたんですか」
私は目を細めてディロウを睨み付ける。
「妄想できるだけの知識があるのはいいことだろ?」
「ディロウさんはしばらく外で寝ると良いのです」
ツンと顔を背け、不快を露わにするも、ディロウは意に介さず笑っていた。
この話はここで終わりにした方が良さそうだ。
またそのうち、ディロウさんとだけ話す機会もあるだろうし。
私が里では知り得ないことを知っていても、これである程度は納得して疑問に思われないだろうし。
「それでは、やろうとしていた作業に取り掛かりましょう」
「道具を作るという話だったね」
「ディロウさんが加わったので、手分けして別作業もできそうです」
気を取り直して、村作りを再開することにした。
ここに立派な村を作って、平和に暮らすんだ。
まあ、平和っていうのはかなり難しいかもしれないけれど。
「嬢ちゃん、村の全貌はもうあるのか?」
「はい。大体は」
もう遠慮することはないなと、私は考えていた構想を全て話すことにした。
ディロウと出会い、この滝のことを聞いて少し変えたが、そもそも話していなかったので最初からその予定だったことにする。
まずは、宿屋をつくりたいということ。
この滝を目指して来る人が居るのなら、森の中で安心して休める場所がある方が良い。
そこで客に提供する食事も必要になるから、やはり畑を作らなければ。
今のところ代価を要求するつもりはないけれど、必要なら徴収することも考える。
どういう人達が、どれくらいやって来るのか、それによって作るものを増やしたい。
それから、ここに村が出来ることによる、周囲への影響について。
森の好戦派がここまで足を伸ばして来たら厄介だが、滝と川のおかげで恐らくは問題ないはず。
ただし、人間の領域については未知数だ。
これについてはディロウに情勢を聞いておく必要がある。
そういった話を一通りすると、母と兄は口を半開きにしたまま、呆然としていた。
ディロウは顎を摩りながら何やら考え事をしている。
調子に乗りすぎただろうか。
「村を作ると言うからには、ある程度の形はあると思ったけど。
本当に『村』を作るのね」
「せっかく、里を出たのですから。
外に居なければ出来ないことをしたいですもの。
それには、人間との交流は不可欠かと」
獅狼族にとっての人間は、好敵手以外どうでも良いと切り捨てられるものだ。
それは戦いを好むものの考えであって、私は違う。
せっかくこの世界に生まれたのなら、この世界のことをもっと知りたい。
そして、世界を知るには森の外にも目を向ける必要がある。
「……例え、私の行動が火種を呼ぶとしても。
森の奥でひっそりと暮らすだけの生活は嫌です」
「困った子ね」
「それがファムの望みなら、叶えるまでです。
火種も火の粉も、私が全て払います。
お前は安心して、やりたい事をやるんだ」
母は少し呆れながらも反対はしなかった。
兄も反対はせず、後押ししてくれた。
この兄が居るから、こうして無茶な事も言える。
頼りきりなのは申し訳ないけれど、やはり頼りにしてしまう。
「いきなり商売のことを考えないのは何故だ?」
しばらく黙っていたディロウが問い掛けてくる。
「この滝や川を、商売の道具とするつもりはありません。
なので、ここへ来る人目当てのことや、清水自体を売るなどは考えてません」
「確かに、こんなところに村が出来たら、勘繰るだろうな」
「誰かの邪魔をするのではなく、元のままで手助けが出来たらと」
私の目的はお金稼ぎではなく、知識だから。
正直なところ、この川がそんな名所だったとは思っていなかった。
偶然辿り着いた場所が、人間もよく利用する場所だったというだけ。
「ここに立ち寄った人の要望に沿って、必要なものを作るのも考えてます」
「なるほど。いいんじゃないか?
人間相手だと、上手くいくか五分五分だろうがな」
五分もあるのか、という突っ込みはしないことにした。
あまり、ネガティブなことは口にしない方が良さそうだ。
「ゴブゴブ?」
「ああ、半々ってことだ」
首を傾げる母に、ディロウが説明する。
そうか、五分は日本語の単位だから、聞いたことがないのも頷ける。
って、あれ、ということは、ディロウさんも前世は日本人だったのかな。
ネガティブ以前に突っ込まなくて良かったかもしれない。
ディロウにはバレバレな気がするけど。
「作る前から諦めたくはないですからね」
「その通りだとも。では、始めようか、ファム。
まずは何からすればいい?」
兄がとてもやる気になって尋ねてくる。
それに対する答えとしては少し残酷かもしれないが、私は兄に告げた。
「兄上はディロウさんと宿屋作りをお願いします。
建物の構造はディロウさんの方が詳しいと思うので」
「ディロウと……。解った。ファムが言うのならそうしよう」
一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに笑顔で兄は頷いた。
ごめんなさいね、お兄様。
あまりディロウと馴れ合いたくないかもしれないけど、これが最善だと思う。
「私と母上は家具やちょっとした道具作りです」
「ええ、解ったわ。何から作るの?」
「宿屋を作るなら寝具が必要なので、それからかな。
あと、できるなら糸や布を作る準備をしたいです」
布の服が欲しいというのは多分最後になると思うけど、裁縫関連の道具や材料は揃えたい。
「布といえば……。
俺みたいのがまだ来る可能性がある。
普段から人間の姿でいた方が良いぞ」
あ、忘れてた。
村が信頼できるものと認められるまでは、人間の姿でという話だったっけ。
私と兄と母は顔を見合わせると頷いた。
それぞれ人間の姿に変わる。
獣人の時と大きく変わらないが、体毛で覆われていた肌が露出するので少し恥ずかしい。
毛皮の下着のみという姿なので、体毛のない人間の姿になるとかなり際どい格好だ。
体毛があるからと毛皮の下着のみでも何とか慣れたけど、人間の姿になると駄目だ。
「……早急に服を用意した方がいいな」
ディロウも失念していたのか、頬を赤らめ、そっと目を逸らした。
母は平然としているが、肌を見せるという行為自体に羞恥を感じることなく生きてきた故だろうか。
「ファム?」
「あまり、見ないで下さい、兄上……」
恥ずかしさのあまり、母の背後に隠れてしまったのは許して欲しい。
獅狼族としてはここで恥ずかしがるのはおかしいだろうけど、ちょっと我慢できなかった。
多分、服を着たディロウがいるせいもあると思う。
あと、意外と兄の姿も直視できない感じだった。
「あまり恥ずかしがるなよ、嬢ちゃん。
余計に意識しちまって目のやりどころに困る」
「そういうことを言わないでください!」
これは、何よりもまず服の調達からかもしれない。
「ディロウさん、何か布とか持ってないんですか」
「ないなあ。荷物は多くならないよう最低限にしてる」
「じゃあ、鹿とか猪とか狩って来て、毛皮で作るしかないですね」
「流れて来て居着いた、ってことにするなら毛皮はやめておけ。
作業の合間とか頃合い見て、街で服を買ってきてやるよ」
「お願いします」
前途多難な村作りは中々進まなさそうである。
当初の予定から変わってきているとはいえ、つくづく自分の浅慮を情けなく思う。
何より、転生者であるが故に格好ひとつで動きが制限されることになろうとは。
羞恥なんかに負けていられない、とは思うものの、二十年以上の慣習は簡単には抜けきらないのです。
ディロウが憐みの視線を向けてきた気がするけど、気のせいだと思うことにした。
次回、何かが起こりそうな予感?
兄の反対、私は不満、こっそり抜け出し大問題!