第十話 記憶
「んじゃ、全員で変化といこうか」
にこやかにディロウが言うと、兄は険しい表情を浮かべる。
私のことを危惧しているのだろうけれど、私は何となく大丈夫かなと楽観視していた。
兄の様子にディロウは苦笑する。
「獅狼族で銀の毛並みを持つものは特別だ。
だが、白は聞いたことがない。
北の荒地にいた頃も、白いやつは見たことがない。
だから、ちょいと興味はあるが、変な目で見たりはしねぇよ」
白はやはり珍しいということらしい。希少種なのか。
どうも、私の魂の姿が仔犬であることと関係がありそうな気もしてくる。
兄の銀の毛並みも特別というのも詳しく聞きたい。
知らないことがたくさんありすぎて、その答えを知りたい欲求が膨れていく。
「信じられんな」
「……参ったな。そこまで目を血走らせるなよ。
変化してみせるのが、お互い偽りないことの証明だろう?」
「ならば、まずそちらから見せるべきだろう」
それまで不服ながらも静かに話を聞いていた兄の目の色が変わった。
ディロウの飾らない言葉は小気味良いが、兄の神経を逆撫でしそうでハラハラする。
「もしかして、珍しいのは毛並みだけじゃないのか?」
「……何が言いたい」
「珍しいやつってのは、意外と幾つも珍しい事が重なるもんだ」
ディロウも獅狼族ならば、変化が魂の姿であると知っている。
そして、暗にそのことを言っているのだと私には聞こえた。
この人は、何か知っているのかもしれない。
「兄上」
食って掛かろうとしていた兄を制し、一歩だけ前に出る。
「ファム、何を……」
「みんなで変化する、ってことで良いではないですか」
「だが!」
「私は大丈夫です。母上も兄上も側に居るのですから」
仔犬の姿を誰かに蔑まれるのが怖かったのは確かだ。
何より、慕う兄に拒絶されるのではないかと、震える日もあった。
けれど、兄も、母さえも、私を受け入れてくれた。
だから、もう怖いものはない。
仔犬姿を晒して、何か言われても気にしない。
その意思を瞳に宿して、兄を見詰める。
その思いが伝わったのか、兄はまだ心配そうにしながらも頭を撫でてくれた。
私はディロウを見詰めると、彼の前で変化する。
淡い光に目を細めたディロウだが、次の瞬間には驚きのあまり大きく見開かれた。
尾の長い、真っ白な仔犬が現れたのだ。驚きもするだろう。
「おいおい、何の冗談だ?」
「ファムの覚悟を冗談扱いするつもりか」
「ああ、いや、そうだな。悪い。ちょっと動揺した」
私も逆の立場だったら、冗談だと言いたくなるかもしれない。
冗談でこんな姿に変化出来るような芸当を身に付けた者がかつて居たならば、だが。
『昔から、この姿にしかなれないのです』
ディロウは言葉を失い、ただただ私を見下ろしている。
私の後ろから、母がひょいと私を持ち上げた。
嬉しそうに私を腕に抱き、毛並みに沿って優しく撫でてくれる。
「……さすがに、予想外だな、これは」
「可愛いでしょう?」
母は私に頬擦りしてきた。
きっとふわふわの毛が気持ちいいのだろうな。
私もむしろそっちに回りたい。
「何か、特殊な事が出来たりするのか?」
『特殊というか……』
私は自在に動く尻尾を持ち上げ、少し勢いをつけてディロウにペタンと打ち付ける。
「おお……。尻尾はなかなか痛いな」
『大人一人くらいなら弾き飛ばせます』
「そりゃ怖い」
それからディロウはまじまじと私の姿を観察した。
何だか、母や兄以外の人にジッと見られるのは恥ずかしい。
「狼以外ってのは見たことあるが、これは珍しいってもんじゃないな」
『他にも狼以外になる方が……?』
「割といるぜ?」
世間は広い。獅狼族も知ってる数よりかはずっと多い。
そういうことだろう。
「狼より犬に近いやつも居たが、小さくなるのは見た事がない」
「お前はどうなんだ」
兄が不機嫌そうに口を挟む。
私をずっと見ているディロウが気に入らないようだ。
そういえば、ディロウは兄と戦っていた時も変化していなかった。
「ああ、俺のも見せるさ。そう焦らさんな」
言うが早いか、ディロウは変化に入る。
淡い光が収束すると、そこには大きな狼──ではなく、獅子がいた。
え、ライオン?
『ええ⁉︎』
『ま、俺も狼じゃない奴の仲間なんだがな』
まさかのネコ科に言葉が続かない。
まだ犬と狼なら多少の違いはあれど納得できるものもあったのだが。
いや、もともと獅狼族というのも、獅子と狼の掛け合わせだし、その獅子の部分だけ取ったというのであれば解らなくもない。
『獅子の姿も、何世代かに一頭くらいはいるらしい』
『意外と居るんだ……』
『ああ。狼以外の奴ってのは隔世で生まれてくるもんみたいでな』
私は母の腕からスルリと抜け出し、ディロウの足元に降りた。
仔犬姿だと見上げる程に大きい。
すると、ディロウが唐突に口を開け、私を咥えた。
「ファム!」
慌てた兄が私をディロウから引き離す。
『ははは! 食わねぇよ』
『その姿だと冗談に聞こえないですね』
牙は突き立てられなかったが、さすがに少し怖かった。
軽く震えながら、兄の腕に保護されていようと思う。
見た目に反して茶目っ気のあるディロウだが、灰色の鬣をもつ獅子の姿は、荘厳な印象を受けた。
『坊ちゃんは銀狼だったな。
じゃあ、残るはパティア殿か』
「そうね。でも、私は面白くないわよ?」
母はパッと狼の姿へ変化する。
淀みない変化は年の功だろうか。
『随分と脚が強化されてるんだな』
『あら、解るの?』
『俺は魔力が見える質なんでね』
魔力は目に見えないものだと思っていたけど、人によっては見えるらしい。
どんな風に見えるか気になるので、これも今度ディロウに尋ねるものの一つに加えておこう。
「なかなかに面白かったな」
楽しむ目的でやっているわけではないがと笑いながらディロウは言った。
母もディロウも変化を解いたが、私は兄の腕の中なので仔犬姿のままである。
だって心地良いんだもの。
「触ってもいいかい? 嬢ちゃん」
兄の腕に抱かれている私の高さに合わせ、ディロウは前屈みの姿勢で尋ねて来た。
ちょっと触るくらいなら拒む理由もない。
『えと、はい、大丈夫です』
飼っているペットへのお触りを許諾するのと違い、自分に触れてもいいかということに回答するのは変な気分だ。
許可を得たディロウは、大きな手を私の頭に乗せた。
「おお、こりゃ凄いな」
触れただけで意外そうな表情をする。
母や兄もそうだったが、私の体毛はかなり柔らかく、手触りも良い為、触れると驚くのが通例のようだ。
「見た目に反さず柔らかい。何で出来てるんだ」
『何でしょうね……』
一度、尻尾をそのまま残した状態の獣人になり、自分で触れてみたが、確かに柔らかく手触りの良い毛並みだった。
こんなの、絶対腕に抱くだけで気持ちいい。
そう思ったものだ。
ディロウは頭に乗せた手をワシワシと軽く動かし、頭を撫で回した。
軽くのつもりだろうが、こちらとしてはかなり力が入っているように感じる。
それから手を離し、少しだけ悲しげな表情を浮かべた。
どうしたのだろうとディロウを見詰める。
「お子さんが、居たのかしら?」
「いや……ああ、遠い昔に、な……」
一度否定したが、偽りは通用しないと思ったのだろう、すぐに肯定した。
何だか引っ掛かる言い方だけれど、踏み込んで良いものか悩んでしまう。
「一人で旅をしているのと関係が?」
付かず離れずの質問をする母に、ディロウは苦笑した。
際どいところを攻める母には脱帽する。
「まあ、多少は関係あるか」
「これから一緒にやっていくなら、聞いておいた方が良いと思って」
「そうだな。後から問題視されても厄介だ」
問題になりそうな事情なら確かに聞いておいた方が良さそうだ。
もっとも、群れや里単位で行動する獅狼族の一人旅だなんて、何かあったと言っているのと同じである。
ディロウは遠い昔を思い出し、フッと悲しげな笑みを漏らした。
「北の荒地の仲間はな、俺が殺したも同然なんだ」
いきなり物騒なことを言い始めた。
だが、その言い回しは直接手に掛けたわけではなさそうだ。
何より、ディロウがそんな恐ろしいことをして来たとは思えない。
「荒地で生活していたのは部族単位よりも少ない群れだった。
狩をしながら移動し、ひとつ所に落ち着かないのが特徴でな。
つまりは、そこまで数が居たわけじゃなかったんだ」
元々、森に居る好戦派から分裂した形になるのだろうから、当然といえば当然だろう。
ディロウはそのまま続けた。
「毎日が戦いの連続だったよ。
好戦派らしい生活、と言えばそれまでだが。
俺も暴れるのは嫌いじゃなかったから、その生活に不満はなかった」
穏健派の皆に言わせると「野蛮」の一言なんだろうな。
獅狼族の本分なところがえるのだからおかなかかかなぬなぬしくはないと思うのだけれど。
「で、その日も狩に出掛けて、たまたま人間を見付けた。
男が数人、夜営の準備をしていたんだ。
武器を持っていたから、俺達は人間の戦士だと判断した」
獅狼族は戦士以外の人間に対して無闇に攻撃を仕掛けることはしない。
こちらも歴とした戦士であることを誇りとしているから。
私はそもそもそういった闘争本能がよく解らないが、誰彼構わずに襲うわけではないのだ。
「戦って解ったことだが、その人間達は戦士を生業とはしていなかった。
剣は護身用に過ぎなくて、まともに戦える奴は居なかった。
それでも、武器を取れば戦士だ。
俺達はその人間達を仕留めていった」
好戦派だからこういった話もあるとは思ったけど、あまりいい気持ちはしない。
深くは考えないようにしようと思う。
考えたら、ダメになる気がするから。
「あと一人になった時、叫び声がした。
女と、子供の。一人残った男の妻子だった。
その人間達は家族で遠くの街まで行く途中だったらしい。
戦士以外でも手に掛ける事が許される掟がひとつだけある。
戦いの場に居合わせたものは逃してはならない。
こちらの情報が流出するのを避けるためのものだ。
身を守るための掟でもあるんだがな」
戦うのは好きだが、手の内を知られるのは嫌う。
何とも我儘に聞こえるのは気のせいかしら。
戦術と言われればそれまでだろうが、それを看破する強者との戦いを望む種族ではないのかと。
「その時の俺には妻子は居なかった。居なかったんだ。
だが、妻子の処理を任されて近付いた俺は、動けなくなった。
『父さん』と何度も呼ぶ子と、それを必死に守ろうとする母親。
どこかで同じ光景を見た事があると感じた。
獅狼族としての俺とは、別の俺の記憶が、そこにあった。
その俺には妻子がいて、同じように殺された。
自分が解らなくなり、強烈な頭痛に襲われたよ」
まだ話半ばだが、もしかしてディロウも転生者なのだろうか。
そんな淡い期待が胸に広がる。
「その後はあっという間だった。
俺が隙を見せている間に妻子は逃げ、近くの駐屯所へ駆け込んだ。
そこから救援が駆け付け、訓練された兵が俺達を圧倒した。
相手は数も多くこちらが不利、立て直しも出来ず俺達は瓦解した。
どこをどう切り抜けたかは覚えていない。
だが、気付いたら俺一人だけになっていた。
共に闘い、過ごして来た仲間は全滅。
救援に来た兵達も全滅していた。
その戦いで生き残ったのは俺一人だけだった」
獅狼族らしい話ではあるが、私としてはこういう話を聞くことがなかったので、少し辛い。
どう声を掛けていいかも解らない。
多少長い時間を過ごしたからといって、人生経験が豊富というわけでもなく。
私は自分が何も出来ない小娘なのだと思い知った。
「それからはずっと一人だ。
獅狼族でありながら、ただ一人生き残ったはぐれ者。
それが俺なんだ」
「……どうして、人間の姿で旅を?」
「生きる為、だな。人に溶け込むのが一番簡単だった。
それだけさ。深い意味はない」
本当に、と聞き返そうと思ったが、言葉にならなかった。
自分がそこまで踏み込んで良いものか、躊躇してしまったのだ。
部族内のいざこざでここに居る私達とは全く違った問題を抱えてここにいる。
それぞれの生き方があるとはいえ、明確な差に戸惑いがあるのも確かだった。
ただひとつだけ、今の自分とは別の記憶を持つものが、他にいるのだという事実は、私の心を少しだけ軽くした。
次回、気を取り直して村作り、どんな村にしようか?
兄は張り合い、私は高揚、みんなで作るよ理想の村!




