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第九話 理由

 森の中だと落ち着かないので、私達は仮住まいの小屋に戻って来た。

 一応、同じ獅狼族と解ったので、遠慮なく小屋に招くことにしたのだが。

 兄は気に入らないらしく、男性を監視するかのように睨み付けている。

 変化を解き、獣人に戻ってはいるが、害ありと判断したらいつでも飛び掛かりそうだ。

 男性の方は不審な動きもなく、むしろ木造の豆腐ハウスを見ても平然としており、かなり落ち着いている印象だった。


「すみません、まだ家具とかもなくて」

「ああ、構わんでいいぞ。こっちは押し掛けた身だ」


 改めて、男性を見る。

 一度、獣人の姿を見せたものの、今はまた人間の姿に戻っていた。

 黒い革製の外套に、内側は白いシャツを着ている。

 ズボンは灰色で、靴は外套と同じ黒い革製のブーツを履いていた。

 革を加工するだけの技術が、この世界にはあるらしい。

 武器や防具を身に着けるというのは聞いていたので、金属加工や鍛治技術も進んでいるとは思っていた。

 本物の人間と話をする前に、前知識として人間側の文明や技術について多少は聞くことが出来そうだ。

 それが、楽しくて堪らない。


「まずはお互い自己紹介からだな。

 俺はディロウ。故あって家名は捨てた。

 今は一人気ままに旅をしてる。

 元は北の荒地に居た群れに属していた」


 男性はディロウと名乗った。聞いたことがない。

 里の中しか知らないのだから当然だが。


「北の荒地……。

 好戦派の中でも特に強く、戦いを愉しむ部族がいるとか」

「森の部族とは色々合わなくて、あまりここには来ないんだが」

「好戦派の方針で対立したんですっけ」


 母はよくそんな話を知っているな。

 里から出ていないはずだから、里に来る前からの知識だろうか。


「ああ。種の存続ってのは面倒な問題を生みやがる。

 穏健派の血が混ざるのを嫌う奴も居たが……。

 俺は、無理矢理ってのが気に入らなかった。

 拐ってきて合意もなくただ数を増やす為、なんてのは、な」


 やはり、無知は最大の敵だなと思う。

 好戦派だからと一括りに出来ないこともあるのだ。

 この森の獅狼族は、何処かで歪んでしまったのかもしれない。


「まあ、とにかく。俺も昔は群れに居たが、今ははぐれだ。

 そっちも訳ありだろうし、互いにどうこうってのはなしでいいだろ?」

「こちらに不利益となる事をしないのなら、争う意味もない」


 まだどこか不満そうに兄が言うと、ディロウは頭を掻いた。


「やれやれ。ひとまずはそれでいいさ。

 俺の方はそんなところだな」

「私はパティア、この子達は私の子で……。

 ユティウスとファミティアです」

「家族だったのか」


 少し意外そうにディロウは私達を見渡す。

 それから少し考える素振りを見せ、母へと問い掛けるような視線を向けた。


「そっちの坊ちゃんの強さもそうだが……。

 坊ちゃんも嬢ちゃんも、珍しい毛色だな。

 そういう血統なのか?」


 里の中ではもう見慣れた色だが、他にはない毛並みであることを忘れていた。

 私と兄は顔を見合わせる。


「故あって二人とも父親が違うから、共通した血統はないかしら。

 どちらも、私の大切な子に違いはないのだけど。

 ファムの方はグランルーフの血統というくらいね」


 不安にさせないよう、母は私達を両腕で抱き締めてくれた。

 特別、という言葉に、私達は過剰に反応することが多い。

 それが母から出た言葉であれば、余計に胸が締め付けられる。

 そんな私達の胸中を察しての行動だった。

 やはり、母親というものには敵わない。


「グランルーフ……⁉︎」


 その名に聞き覚えがあるらしく、ディロウは驚いている。

 外を知らない私からすれば、自分達の一族がどういう形で世間に広まっているのかも解らない。

 交流のないディロウが知っているのだから、何かで有名なのか、何かしらの噂があるのか。


「穏健派の中でも特に閉鎖的な部族の長の家系だろう?

 何でまたそんな長の一族がこんなところに……」


 里に居ても閉鎖的だと思っていたが、やはり外から見ても閉鎖的な一族だったようだ。

 母は私と兄を一瞥すると、これまでの経緯をディロウに話した。

 発端は母の拐かし、妊娠と兄の出産、父の冷遇と私の妊娠と出産、そして、兄の追放に至るまで。

 静かに聞いているものの、ディロウの表情は険しく、眉間には深い皺が刻まれている。


「それで、追放される兄に妹が付いて出てってしまって。

 私は子供達と離れるのが嫌だから追って来たというわけ」

「……父親は、何も言ってなかったのか?」


 ようやく絞り出したディロウの言葉に、母は肩を竦めた。


「里の庇護から出て生きてはいけない。

 だから、そのうち戻って来る。

 戻って来ないのなら、勝手にすれば良い、だそうよ。

 馬鹿にしてるわよね。それでも親なのって引っ掻いてやったわ」


 とても母らしいし、その光景が目に浮かぶ。

 やはり、父は私を追い駆けようとは思わなかったようだ。

 母が居たから、また別の子を生んで貰えばいいとでも考えたのだろうか。

 その母も父を捨てて来てしまったのだが、それを想定していたとは思わない。

 今頃、どうするか困り果てているだろう。

 いい気味だと、冷たい感情だけが胸にある。

 父は、私や兄を家族と思ったことがあったのだろうか。

 私には優しくしてくれて、笑い掛けてくれたこともあったが、私が父よりも兄に懐いていると解ると、冷めたように蔑みの眼差しを向けて来た。

 きっと、父は自分だけの家族であってほしかったのだろう。

 好戦派の血が混ざらない、穏健派のみの一族で、その長たる自分が誇りであったのだろう。

 頑固で融通の効かない、愚かな父。

 純粋な獅狼族とは言い難い私には、父の気持ちを解ってあげる事は出来ない。


「なるほど……。そりゃ、大変だったな」

「私は自由になれて清々しました!」

「ファムったら……」


 母と兄が優しい笑顔で頭を撫でてくれる。

 その様子を見たディロウは、微笑ましいと笑った。


「事情は解ったが、結局こんなところで何をしているんだ?」

「ここに村を作ろうと思ってます」

「村を? ここに?」

「はい!」


 里を追放されて行き場がないというのは理解できても、そこから新しく村を作るという発想にはならないらしい。

 ディロウは目を丸くしている。


「水を汲みに来る人が居るのなら、休んでいけるような村が良いですね」

「……いや、獅狼族の村なんて、近付きたくないと思われるぞ?」

「ここは特別だと解っていただければ──」

「悪い事は言わない。やめておけ」


 どこか悲しげにディロウは言った。

 私は取りつく島もなく切り捨てられたことよりも、ディロウの悲しげな顔の方が気になった。

 その理由は教えてもらえそうにないけれど、私も引くわけにはいかない。


「……いいえ、やります」


 場所を移すには十分な理由があったが、私は敢えてこの場所に居付くことに拘った。

 それは、ここが気に入ったというのもあるが、場所を移したところで、根本的な問題は解決しないからだ。

 獅狼族の村が危険と思われるなら、安全だと周知された村が後から獅狼族の村だと発覚すればいい。

 来る人を騙す様で良心は咎めるものの、受け入れてもらえる可能性は高くなる、はずだ。


「何も知らずに移り住んで来た人間の村として始めましょう」

「辛い思いをするのは嬢ちゃんだぞ」

「自分がやりたいこと、求めるものの為なら、甘んじて受けます」


 頑なな私の言葉にディロウは溜息を吐いた。

 母と兄は戸惑いを隠さないでいる。


「ファム、どうしてそこまで村を作る事に拘るの?」

「確かに……まだ聞いていなかったな」


 そういえば、作る作るとは言ったが、その意図について話した事はなかった。

 良い機会なので、話してしまおう。


「閉鎖的なのに、差別の大きいあの里が嫌いでした」


 いきなりの里批判に母は苦笑する。

 それには同意だと言いたげだ。


「誰から蔑まれる事もなく、皆が笑って居られる。

 そんな居場所が欲しかったんです。

 それは、家族だけの住まいではなくて。

 家族以外にも認められるものであって欲しくて。

 だから、新しい場所で新しいものと作っていきたい。

 獅狼族だとか人間だとかも気にせず楽しく暮らしたい。

 他にそういう場所はないと思ったから。

 それなら、自分で作りたいなって」


 結局は思想や考え方、性格の違いで衝突はするだろう。

 穏やかなだけの村にはならないだろう。

 私の理想は、理想であって現実にはならない。

 解っていても、多少なりとも近付きたい。

 少しでも理解や賛同が得られれば、やる価値はあると思っている。


「……茨の道だぞ?」

「生きるということは、多かれ少なかれ障害のあるものです」

「なるほど。若いのに、随分と達観した考えを持ってるんだな」


 もう若いと言えないくらいの時間を見て来たからなあ。

 それに、理不尽な死に直面したというのも、大きな要因だった。


「よし、決めた。俺もこの村の一員にしてくれ」


 深く考えた様子もなく、ディロウは唐突にそんなことを言い出した。

 母と兄は言葉を失っており、私も驚きのあまり反応に困ってしまう。


「同じ獅狼族だし、外を知ってる分、役に立つぞ」

「外の知識はありがたいのですが……」


 今まで旅を続けて来たと思われるのに、ここに来て腰を落ち着けるだけの理由が出来たのか。

 とにかく、私は賛成だが、母と兄はどうだろうか。


「ファムがいいと言うのならいいんじゃないかしら」

「ああ、ファムがそう言うのであれば」


 二人とももっと自己主張してくれていいのに。

 それが顔に出ていたのか、二人は揃って苦笑した。


「ファムが信じる相手は、信頼できるということだもの」

「私も母も、ファムの他を見る目を信じているよ」


 それはそれで責任が重いから困る。


「妙な動きをすれば、私が片付けるから、心配要らない」

「サラッと言わないで下さい、兄上」


 心強いが、少し怖くも思う。

 ひとまず、反対する者もなく、ディロウは私達の村の一員となった。

 まだ村の形にもなっていない上に、仮住まいがこの小屋だけなのに、もう家族以外の居住者が出来てしまったが。


「では、改めてよろしくお願いします。ディロウさん」

「おう。よろしく頼むぜ、嬢ちゃん。

 これから一緒にやってくんだ。腹を割って話そうか」


 互いの事情を話しただけだった私達は、もう少し踏み込んだ話をする事にした。

 私の変化した姿も見せる必要があるだろうし。

 ディロウの変化した姿も見てみたい気がする。

 まあ、それよりも外の話をたくさん聞きたいのだが、それはこれから幾らでも時間があるだろう。


 村作り二日目はこんな予想外の来訪者から始まったのだった。

次回、みんなで変化大会?

兄の勇姿、私の愛姿、新たな仲間は驚きの姿!

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