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あの2人の馴れ初め⑥(サイドストーリー・最終話)

 産婦人科のエコーでチカチカと動く胎児の心臓を見て、ミオリは一気に子供が愛おしくなった。

「順調ですよ。次は、2週間後に。」

医師に言われて、ミオリはほっと胸を撫で下ろす。

妊娠の事を、誰にも相談できない。サトルにはもちろん、両親にも、ユキにも、職場にも。

全て、自分自身が招いた事態だ。…1人でツケを払わないといけない。

 お腹に手を当てながら、ばかなお母さんでごめんね、とミオリはまた心の中で呟いた。




 マンションに帰宅して、自分の部屋に入ろうとした時に、ミオリは急に強く腕を掴まれた。

「……っ!!」

振り返ると、サトルだった。目が血走っている。

「ど、うして、ここに…」

どうやって、オートロックの中に入ったのか?

「ミオリ…何で、電話に出てくれない?メッセージも、ずっと未読だし。……俺がどれだけ心配したか、分かってる?」

じり、とサトルが距離をつめてくる。

「か、…帰って……お願い」

腕を振り払おうとするが、当然力では敵わない。

「嫌だ。急に距離を置こうなんて、絶対におかしい。何があったんだ?俺に言えないような事なのか?」

「ちが……離して…っ」

「ねぇミオリ、今さら急に、梯子外したりしないよね?それとも俺、何かミオリに嫌われるような事した?」

サトルが縋るような目で問い詰めるが、ミオリは首を振る。

「そうじゃない……でも、もう無理なんです、」

「だから、何で無理なんだよ!!!」

サトルがミオリに声を上げるのは、初めてだった。ミオリがビクッと肩を震わせると、サトルははっと我に返った。

「…ごめん。怒鳴ったりして。

お願いだから、少し話をさせて…頼むから…」

憔悴した様子で懇願するサトルを見て、ミオリは罪悪感で胸を締め付けられた。

「……っ、ごめん、なさい……離してっ…!」

振り切るように、掴まれた腕を引っ張る。その拍子に肩にかけていたバッグが床に落ちて、中身が床に散乱した。

その中には、母子手帳と胎児エコーの写真があった。

「………!!!」

ミオリは慌てて拾おうとするが、先にサトルが拾い上げてしまう。


「……ミオリ。これは、どういう事?」



 部屋に入り、ローテーブルを挟んで向かい合って座る。沈黙を先に破ったのは、サトルだった。

「ミオリ。お腹に、子供がいるの?」

もう逃げる事が許されない、有無を言わさない雰囲気。

ミオリは、とうとう観念した。犯した罪を、包み隠さず正直に告白するしかない。

「……はい。」

「それは、…俺の子供?」

ミオリは、こくんと頷く。


はぁー、とサトルが大きくため息をついたのを見て、ミオリは心が凍りついていくように感じた。

 ああ、やっぱり、迷惑なんだ……


「…何で、黙ってたの。」

「………」

「ミオリ。黙ってたら分からない。」

サトルの声に、苛立ちが混じっている。

「……こわかったの……」

ミオリは、声を絞り出した。

「ごめんなさい。私は、あなたを騙した。

赤ちゃんができたら、あなたに結婚を迫ろうと思っていたの。…最低でしょう。」

ミオリの目から、涙が溢れる。泣いたって、許してもらえる訳ないのに。

「だけど、本当に赤ちゃんができて…こわくなったの。サトルさんに、堕ろせって言われたら、どうしようって。だから、堕ろせない週数になるまで、黙ってるつもりだった…」

卑怯だよね、とミオリが呟く。

サトルは、じっとミオリを見つめた。


「…ミオリが嘘ついてる事なんて、俺分かってたよ。」


ミオリがパッと顔を上げる。

「ピルなんて、飲んでないだろうなって。」

「え……じゃあ、どうして…」

サトルは肩をすくめた。

「俺も、ミオリと赤ちゃん作りたかったから。」

ミオリは、言葉を失う。

「俺が、堕ろせなんて言うと思った?…全然信用されてないんだな、俺って。」

サトルが自嘲するように言った。ミオリは首を振る。

「…ちが、うの…」

「え?」

「私、ユキのため、だったの。ユキがアザイ家に引っ越したら、会えなくなっちゃう、から…。

子供ができて、サトルさんと結婚できたら、私もあの敷地内に住んで、いつでもユキに会いに行ける、って」

「…なるほど。そーゆー事か。」

サトルが腕組みして言った。

「俺はさ、どーいう理由か知らないけど、ミオリが俺の事騙してまで子供欲しがってるの、嬉しかったんだ。……子供ができれば、ミオリの事、縛り付けられるから。」

「…え?」

「だからさ、おあいこ。ミオリはユキちゃんのために俺を利用して、俺は俺のために、ミオリに騙されたフリをしてただけ。ね、ミオリが悪く思う必要なんて、何もないんだよ。」

サトルはミオリの隣に座り直して、ミオリを抱きしめる。

「結婚しよう。…絶対に、幸せにするから。ミオリも、その子も。」

ミオリは、驚いてサトルを見る。

「…怒って、ないの?」

「何で怒るの?嬉しいよ。…俺の子、産むって言ってくれて、ありがとう。」

愛してる、とサトルは耳元で囁いた。

ミオリは、信じられない気持ちのまま、呆然としていた。




 ミオリの両親に妊娠を告げると、父親のワタリはあからさまに顔を顰め、母親のカオルは目を見開いた。

「え……?ミオリあんた、いつの間に…」

「お母さん、ごめんなさい……私、」

「全て、僕の責任です。」

ミオリの言葉を遮るように、サトルが潔く言った。

「突然のご報告になってしまい、本当に申し訳ありません。…ですが、僕はミオリさんを、心から愛しています。必ず幸せにしますから、どうか結婚を許してください。」

サトルが深く頭を下げる。


(違うのに。全部、私が悪いのに…)

サトルはミオリを庇って、責任を取ってくれている。


はぁ、とワタリが大きなため息をつく。

「あなた、アカデミーではミオリを指導する立場だったんでしょう。…それなのに、こんなに軽率な事をして。」

ぐ、とミオリが唇を噛む。

違う、サトルは、悪くない。

「お父さんごめんなさい、でも違うの、」

「ミオリは黙ってて。」

ワタリは、ぴしゃりとミオリを一蹴した。

「ミオリはね…抜けてるところも多くて隙だらけですけど、私達にとっては大切な一人娘なんです。これまで、慈しんで大事に育ててきた。

あなたはそれを、本当に分かっているんですか?」

「……申し訳、ありません。でも僕も、ミオリさんの事を大切に思っています。」

「大切に思っているなら、なぜこんな順番を踏み躙るような真似をするんだ?…ミオリが若くて経験が少ないところにつけ入って食い物にしたと思われても、文句は言えない状況なんだぞ。」

「お父さん!!…っ、」


テーブルの下で、サトルがそっとミオリの手を握る。

<大丈夫だから。任せて。>

サトルの心の声が、聞こえてくるようだった。


「本当に、申し訳ありません。」

サトルは頭を下げたまま、再び謝罪した。

 しばらく沈黙が続き、今度はカオルが口を開いた。

「…ミオリは、どう思っているの?今のこの状況を。」

ミオリが顔を上げて、カオルを見る。

「わたし、は…」

サトルの手を、ぎゅっと握りしめる。

「私も、もう24歳だから。もう、小さな子供じゃない。…サトルさんとの事も、赤ちゃんの事も、ちゃんと考えて2人で話し合って、決めたの。」

ミオリは、向かいに座る両親をまっすぐ見つめた。

「私は、サトルさんを愛している。だから、サトルさんの子供を産みたい。そして、お父さんとお母さんみたいに、サトルさんと一緒に大事にこの子を育てたい。」

少しの間の後、ふっ、と、カオルの表情が和らいだ。

「…分かったわ。お母さんは、ミオリを信じる。」

「…母さん!」

「あなた、ミオリの言う通りよ。…ミオリも、もう立派な1人大人なの。そりゃ、思う事はあるけども…妊娠自体は、とてもおめでたい事よ。」

カオルは、ミオリの方に向き直った。

「ミオリ、おめでとう。…あんたはもう、母親なんだからね。覚悟を決めて、体に気をつけて。体調は大丈夫なの?」

「お母さん……ありがとう……」

ミオリはまた、涙を流した。最近、泣いてばかりだ。

「はぁー、それにしてもまさか、ミオリがアザイ家に嫁ぐなんてねぇ。孫もきっと、優秀な血を引いてるわね。楽しみねぇ、お父さん。」

カオルがにっこりと笑うと、ワタリも諦めたように肩をすくめた。

「……サトル君。これからの君を、しっかり見せてもらうからね。万が一、ミオリを泣かせるような事があったら、…」

「はい。絶対に、ミオリさんを幸せにします。…約束します。」

サトルは、きっぱりと宣言した。



「サトルさん、ごめんなさい…」

実家からの帰り道の車の中で、ミオリは呟いた。

「え?何が?」

「だって、お父さん、妊娠の事全部サトルさんが悪いって、勘違いして…」

あー、そのこと、とサトル。

「前も言ったけどさ。ミオリだけが悪い訳じゃないから。俺も同罪。それなら、わざわざミオリがお義父さんに怒られなくてもいいだろ。」

「……でも、」

「大丈夫だって。結局あの後、お義父さんと意気投合して仲良くなったし。」

ふっ、とサトルが笑う。

「…俺さ、父親なんてたまに会うだけで、いないようなもんだったから。ミオリのお父さんは、ちゃんとお父さんって感じで、なんて言うか…安心する。」

ミオリは黙り込んだ。しばらく沈黙が続く。

「…ミオリ、まだ気にしてるの?それとも、体調悪い?」

「あ…ううん、大丈夫。ごめんなさい…」

はぁ、とサトルがため息をつく。

「あのさ…結婚するって決めてから、ミオリ暗い顔で、謝ってばっかり。」

え、とミオリがサトルを見る。

「ほんとは、俺と結婚するの、いや?」

「…っ、ち、ちがう!!そんなことないっ、」

ミオリは慌てて言った。

「でもさ、ミオリは、ユキちゃんのために結婚しようって思ったんでしょ?俺はミオリと結婚したくて結婚するんだけど。」

ミオリは言葉に詰まる。

「……ま、ぶっちゃけそれでもいいんだけどね。きっかけがどうであれ、…結婚したら、一生逃さないから。」

サトルは運転席で前を見ながら、目を細める。

「……私も、サトルさんと結婚したい。」

へぇ?とサトルが軽く返す。

「信じてもらえないかも、しれないけど…。ユキの事だけじゃなくて、本当にサトルさんの赤ちゃん、欲しいと思ったの。」

「そう。信じるよ。

…でもさ、ミオリって、意外と肝が据わってるよな。こんな大胆な作戦、実行して。」

「…幻滅、した?」

ミオリが俯く。サトルが笑う。

「逆。やるじゃん、って感心してる。

まぁでも、本気で俺を出し抜くのは、100年早いけどな。」

「………なんか、悔しいなぁ。」

ミオリが呟くと、2人は目を見合わせて、笑った。

「やっと、笑ってくれた。」

サトルが微笑んだ。

「さぁ、今度は、あいつらにも報告に行かないと、だな。」

「そう、だね。…結局、付き合ってる事伝えられないまま、いきなり結婚と妊娠の報告になっちゃったな…」

「いやほんと、タケルの顔が、今から楽しみだわ。」

2人はまた目を見合わせて、笑った。


この後

第24話 受け継ぐ想い 

に続きます。

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