第五夜
前に語ったのは、いつだったか。だいぶ間が空きました。
貴方の生活は一向に改まらず、昨日ついに遠く離れた実家から、心配したお母さんが訪ねて来ましたね。しわだらけの顔をくしゃくしゃにして長い間泣きじゃくり、貴方よりもさらに精神的にボロボロになっていて、瞳孔から届く姿が、とても痛々しかった。 ……でもこれで決心がつきました。
分解することにしました。貴方を。
意外とできるものなんです。貴方は言葉の束のようなものなんです。言葉だけで構成されている存在なんですよ。もちろん束は固く複雑に絡み合っていますから、それを解きほぐすのは大変ですけれど、今の貴方を立ち直らせる方が面倒です。
貴方は、生まれてから言語能力の習得と共に、少しずつ形成されていきました。胎児の頃や幼少期のある時まで何も覚えてないのは、そんな理由なのです。貴方は言葉が連なるところから始まった。イメージと言葉を結び付けている間は、まだ貴方ではない。単語が文章になって複雑に共鳴し合い、次々と流れるようになってから意識が生まれ貴方になったのです。
だから、貴方から言葉を一つ一つ剥ぎ取り、記憶の貯蔵庫の奥深く貴方の届かないところまで、しまい込んでしまえば、徐々に貴方は考えることができなくなり、やがて消えてしまうことでしょう。もちろん少しずつゆっくりと、この作業は進めていきます。生命の危険を避けながら。きっと身体の外側からは、だんだんと精神を病んでゆく人に見えると思います。終局的に言葉を失ってしまって、ただ呆けている人ということになります。
そうなったら、新しい貴方に作り直します。記憶の貯蔵庫から言葉を取り出します。今度は人が変わったかのような、ポジティブで行動的な貴方になるように言葉を組みます。かといって極端に変えるわけにもいかないので、大筋は残すようにして。新しい貴方を形造る基本的な核の言葉は、特に慎重に選ばなければ。今までの性格は残しつつ、夢の材料に事欠かない波乱万丈な人生を送る貴方を、きっと作ってみせますよ。何だかワクワクしてきました。
今まで御苦労様でした。貴方に振り回された日々も、これで終わりです。これから見る夢は、貴方の人生の総集編にしますか。では、さようなら。
(了)




