#01プロローグ
初めまして、大葉と申します。
和風×現代×少し切ない人外ファンタジーを目指して執筆中です。
プロローグでは、主人公・凪と斎の出会い、
そしてこの物語の“はじまりの別れ”を描いています。
少しでも気に入っていただけたら嬉しいです!
書き溜め済/更新予定あり
月曜の夜だというのに、街は明るかった。
居酒屋の赤い提灯が揺れ、制服姿の学生や酔客が雑多に行き交う繁華街。笑い声が途切れなく続いている。
その歩道脇に、黒塗りの高級車が音もなく停車した。
まるで騒がしさの只中に浮かぶ、異質な沈黙。
「凪様、到着しました」
スーツの男が無駄のない所作で後部座席のドアを開ける。
現れたのは、白の狩衣を纏った細身の少年だった。
直衣風の装束に、春の残り香を含んだ風が通り抜ける。胸元では赤い飾り紐がかすかに揺れた。
その姿は、まるで時代錯誤の幻のようだったが、通行人の誰一人として目を向ける者はいない。いや、正確には――見えない。
須皇 凪。
この世界において、「器」として生まれた少年。
生後間もない霊査の結果、その適合率は理論上存在しない“完全”を示した。
封印され、隠され、管理されてきた力。だが、時は満ちた。
凪は胸元から一枚の符を抜き取り、黙って裏路地へと歩き出す。
その手のひらには、かすかに封印の痕が残っていた。
符が空気を裂くように展開し、淡く光る結界が街の喧騒を切り離す。
裏路地の奥、白い靄がじっと立ち尽くしていた。
それは女のようでありながら、輪郭は曖昧だった。
現世に未練と怨嗟を残し、死してなお還れずにいる魂――怨霊。
かつて人であった者が、終わることを許されず、ただここにいる。
凪は結界の中央に静かに立つと、指先で印を組んだ。
「……還れ」
静かに、短く。
霊符がふわりと舞い上がり、花びらのように怨霊を包んでいく。
やがて靄は薄れ、夜の空気に溶けて消えていった。
魂は封じられ、符のひとつに吸い込まれる。
凪は踵を返し、結界を閉じようとする。
だが、そのとき――
ぶつり、と空気が歪んだ。
凪の結界の内側に、別の気配が生まれる。
先ほどとは異なる、濁った霊力。
靄が渦巻き、禍々しい瘴気となって広がっていく。
「……っ、まだいたのか」
凪は再び霊符を構える。
だが、式は完成する前に弾け飛んだ。
力の噴出に、紙が焦げ、術式が途切れる。
(まずい……)
暴風のような霊災の気配が、かまいたちのように凪の頬を裂く。
紅がひとしずく、白の狩衣を染めた。
路地の外で待機していたスーツ姿の男たちは、ただ沈黙のまま見守っている。
彼らの任務は“護衛”ではない――
「器としての力を、見届けること」。
凪が指を組み直そうとした、その瞬間。
黒の狩衣が、宙からふわりと舞い降りた。
凪と同じ形式、だがその装束は漆黒。
長い黒髪、額には冥府の呪印が淡く浮かぶ。
冥府の者――。
その霊力の質は、凪のそれとはまったく異なっていた。
“生”ではなく、“境界”に属する気配。
怨霊が、一瞬動きを止める。
その隙を逃さず、凪は最後の符を放った。
霊符が舞い、穏やかに、だが確実に災厄の魂を浄化していく。
静寂が戻った路地。
凪は頬の血を拭い、漆黒の装束の男を睨みつけた。
「……誰だ、お前」
一拍の沈黙の後、男が頭を下げる。
「斎と申します。冥府より、あなたの“守役”として派遣されました」
「守役……?」
「あなたは器となるべく生まれた方。私は、その役目を果たされるよう傍に立つ者です」
「ふうん……」
凪はかすかに笑った。
その笑みは、痛みにも、疲れにも、そして諦めにも似ていた。
「冥府でも“器”って呼ぶんだな」
斎は黙したまま頷く。
「……なら、安心しろ。お前たちの思い通りに振る舞ってやるよ」
凪は背を向け、結界を閉じる。
やがて、何もなかったかのように黒塗りの車に戻っていった。
斎は、ただ静かにその背を見送っていた。
喧騒の音が遠く、まるで別の世界の出来事のように響いていた。
プロローグ、お付き合いいただきありがとうございます!
初回は世界観の導入回として、少し重めになっているかもしれません。
ここから、少しずつキャラたちの素顔や関係性も描いていけたらと思っています。
更新がんばりますので、また遊びに来ていただけたら嬉しいです!