第234話 彼女は王都に戻り、子爵家の蔵書を読み返す
第234話 彼女は王都に戻り、子爵家の蔵書を読み返す
教官に探索結果を簡単に説明し、一旦カトゥの騎士団駐屯地へ戻る事になった。教官は「助かったぞ」と短く、しかし本音で答えたのである。
『騎士団送り込んだら……下手すると全部ワイトだぜ』
「……それが私たちを送り込んだ理由ね。でも、なんとなく理解できたわ」
『魔剣』が「なんだそりゃ」と聞き返す。彼女の中で何が吸血鬼や竜を送り込んできているのかと考え続けていた。連合王国か帝国か……その協力者もしくは原神子教徒の商人同盟ギルド……どれも決定打に欠ける。
野営地を撤収し、各員はやや疲れた面持ちで馬に乗る。彼女は「馭者は任せなさい」とばかりに伯姪を荷台に乗せる。伯姪は魔力の消費で消耗したのだろう、うつらうつらし始めた。彼女は『魔剣』と対話を始める。
誰かが利を得たいのであるなら、もう少し謀略じみた内容で仕掛けてくるはずなのであるが、ひたすら強力な魔物をぶつけてくるところが気になっていた。一体何の為に……と。一つの回答に思い至る。
『王国に恨みを持つ者』『王家に恨みを持つ者』の中で、既にその根本が消え去っている存在が「修道騎士団」なのだと。
今ではすっかり、その威容は消え去り『古聖典』に記される反逆の塔のように長らく砂に埋まる存在を思い起こさせようと、王国の周辺から内部から様々な事件を引き起こさせている。
表面的には連合王国、教皇庁、帝国、ヌーベ公、ソレハ伯、原神子教徒が個別に活動しているように見えて、その背後には『修道騎士団』の系譜に連なる者たちが存在するのではないかという推測が成り立つ。
『まあ、相当恨まれているだろうし、既に存在しない集団なら、意趣返しだけでも十分溜飲が下がる。理由としては王国が困難になればで十分だ』
『魔剣』は『そういや、何代か前のお前の先祖も、王家の財政に関わる事だったから、資料とか書庫にあるかもな』と彼女に告げる。何か焚き付けられたようで癪ではあるが、彼女は実家の書庫を捜索してみようかと思うのである。
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カトゥで遺品を提出し、また、内部で確認した物に関して調書を作成していく。単純に、『ワイトを討伐した』では済まされない内容であったからだ。
「聖騎士か……確かに『修道騎士団』の装備なのだろうな」
「棺を改めれば、誰かまで確認できるかもしれません。持ち出す事は今回できませんでしたが、回収する必要はあるかと思います」
「……実際の現場検証はこちらで行わねばならないし、その際に、回収しどなたのものかを確認するとしよう」
聖騎士の装備をそのままに棺に納められた高位の存在で……棺が紛失している存在なら、それほど時間を掛けずに探し出すことが出来るだろう。
「他に気になったこと、思い出したことがあれば、追加で教えてくれ。助かった、ありがとう」
この小隊長も……本心から「助かった」と思ってるのだろう。自分が同じ立場であってもそう思う。
今回は冒険者ギルド持ちで、狭い宿舎ではなく風呂付の宿を手配してくれている。食事も宿の中であれば、飲み放題食べ放題であるというので、全員喜んだ。女性は風呂付の高級な部屋に、男性は……飲食付きにである。
カトゥでは貴族も宿泊するという宿に案内される。二人一部屋だが、悪くないベッドや入浴設備である。勿論、カトリナの別棟やリリアルと比べるべくもないのだが。貴族の屋敷よりは若干地味ではある。
食事を折角だから共にしようということで、六人はこれまた個室をあてがってもらい、思う存分飲み食いする事にした。少なくとも、女性四人は目立ってしまうからである。
「ではお疲れさまでした」
「かんぱーい!!」
「「「「乾杯」」」」
冒険者ギルドお勧めのロマンデ料理のアラカルトが次々と並べられていき、酒宴が始まる。先ずはエールからということで、程よい甘みのあるそれを口にする。
「ロマンデはシードルが有名だな」
「リンゴの蒸留酒もあるのよね。味を確認しておきたいわね」
「おお、リリアルではその辺りも手掛けるのか」
「ノーコメントよ。部外者は」
「むう、ギュイエのブランデーなども情報交換『是非しましょう。王妃様をお招きする時には、あなたにも参加していただきたいと思うわ』……話が通じて何よりだ。ポワトゥにも是非遊びに来てもらいたいものだな」
ボワトゥはギュイエ公爵領の北の領都・副都とでも言えばいいだろうか。百年戦争でも何度か激戦地となった場所であり、古くはサラセンとの戦いの場ともなった場所だという。それも千年近く前のはなしであるが。
「ワイト……超ビビったわ」
「滅多に現れない高位の死霊だというからな。いい経験になった。この飯美味いな……タダだとなお一層美味い」
ジェラルドは真摯に、ヴァイは軽やかに相槌を打つ。生きて帰れてこその美味い食事だから、思い切り堪能したい。
「オーガも今回の経験で問題ない気がしてきた」
ある程度、脅威のある魔物討伐を経験出来たことはカトリナにとって大いに意味があった。
「言葉が通じる分、感情的になりやすいから、安い挑発が良く効くわよ」
「そう思うな。恨みつらみを持って生きていると……人生狭くなるのだろうな」
「ワイトは死んでるし、オーガは人間辞めてるからどっちも『人生』ではないかも知れないけどね!」
すっかり次の討伐に関心が移っている公爵令嬢と男爵令嬢。二人の子爵令嬢はそれぞれ何か思うところがあるようで寡黙である。それはいつも通り。
食事を終え、部屋に引き合上げると彼女は『魔剣』に気になっていることを聴くことにした。それは……
『ああ、あの「斬撃」飛ばす技な。『飛燕』は魔力の消費が大きいが、魔力纏いのと結界の派生技だからお前なら十分使えるぞ』
ワイトの聖騎士が見せた斬撃を飛ばす技を彼女も使いたいと思ったのである。今のところ、後方から味方をフォローする打撃力に不足を感じていたからだ。
「どの程度の消費の増加かしら?」
『お前なら問題ないが、結界を複数同時展開できないレベルの魔力なら飛ばす事自体出来ないな。リリアルのメンバーならお前に似た娘二人とちびっ子とデカい男位だな』
黒目黒髪・赤毛娘・赤目蒼髪・青目蒼髪の四人。可能性的には癖毛もあるのだろう。伯姪や茶目栗毛は魔力が不足しているので無理なようだ。
『無理というか「飛燕」が維持できないから放てないというのが正しいな』
そう言いうと、『魔剣』は彼女に『飛燕』を教えた。
翌朝、10㎝ばかり髪が短くなった彼女を見て……
「おお、アリー やはり暑くなってきたから髪を切ったのか!!」
とカトリナが話しかけたことは言うまでもない。いや、そうじゃないでしょう。
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数日後、騎士学校に戻った彼女たちは三日間の休暇が出た。伯姪はリリアルに、彼女は子爵家で調べものがあるからと別行動をとる事にした。仕事を押し付けたわけではない。
『魔剣』曰く、「修道騎士団」を解散に導いた王の時代、子爵家は未だ男爵であり、王の法律顧問たちの配下として王都の都市計画・運営に関して仕事をしていたという。未だ尊厳王の城塞のみで、「修道騎士団」の王都本部の城塞は王都の敷地の外にあった時代だ。
彼女は家族に「二日ほど泊まって書庫で調べものがある」と伝え、食事以外の時間は書庫に籠ることを伝えた。書庫に入ると、『魔剣』に当時のことを問いただした。
『あいつもお前と同じ二番目の子だったんだよ』
当時の男爵家の次男が『魔剣』の言う『あいつ』であったのだという。本来、家を継ぐべきではなかった彼を、彼女同様魔剣は書庫で声を掛けた。
『兄貴の手助けをしたいって言って……朝から晩まで勉強してたんだぜ』
「……お兄さんが素晴らしかったのでしょうね……」
彼女と姉とは少々毛色の違う兄弟であったようだ。兄は男爵家の仕事も熟していたが、いまだ父親が男爵家当主として活動しており、兄は騎士として王家に仕えていたという。父親が引退すれば男爵家当主として弟の力を借りて家を継ぐつもりであったのだ。
「それで、お兄様はどうされたのかしら」
『戦死した。コルトの戦いで死んだ騎士の一人だ』
千を越える王国の騎士が戦死したランドル領での戦いに、騎士として参加した次期男爵は戦死し、当主はすっかり生きる気力を失ってしまった。
『あいつもお前と同じで、魔力は有るけど魔術師として教育を受けていなくてな。俺が声を掛けて、ちょっと手助けすることになったんだよ』
兄の戦死で次期男爵とならざるをえなくなった『彼』に『魔剣』は力を貸す事にしたのだという。とは言え、彼女より成長した時点で接触したので、魔術自体はそれほど大した能力を得る事はなく、『彼』を『魔剣』が守る為に身に着けられるようになり、同行するようになったのだという。
「つまり、あの騎士団が解体される時に、あなたは珍しく引籠りではなかったというわけね」
『ああ、バリバリの当事者の傍にずっといたぞ。直接・間接に見聞きしたこと、それと、書庫にあいつの残した日記やメモがあるはずだ。ま、持ち出さずにここで控えを取るか何かした方が良いな。原本は秘匿してくれ』
「勿論よ。そう、我が子爵家も当事者なのね」
『王命だからな。直接手を下したりは全然してねぇぞ。あくまで異端の調査であるし、結構時間かけて教皇庁や王家や大学に三部会も絡んで意見調整したんだぜ』
三部会は「聖職者」「王侯貴族」「市民(商工業者)」の三つの身分の代表者が意見を述べる会であり、重要な政治的決定に関して王家はこれを集めることをした。連合王国や帝国にも似た会議は存在する。
先ずは『修道騎士団の解散』に携わった時点で、彼は男爵家の当主となっている。激務過ぎて老いて落胆した父親では難しいと判断し、爵位を譲られていた。王命である。
『魔剣』は当時の修道騎士団がどのような存在であったのかを掻い摘んで彼女に説明した。
修道騎士団をはじめ、『聖征』の為多くの騎士団が設立された。一つは、カナンの地の『聖王国』を護り、巡礼者を守るためのもの。今一つは、それ以外の地域の異教徒から御神子教徒を護る為の騎士団である。
王国内において修道騎士団は数百の支部を持っていた。その支部一つ一つは本来の王国に仕える貴族と何ら変わらない、むしろ強固な城館を構えていた。
修道騎士団の王国内の支部はその支配下の農村の管理や都市においては寄進された不動産物件の賃貸などで利益を上げていた。
その原動力は、本来教会に納める十分の一税を免除され自身の収入にすることができる特権を与えられていたことにある。また、王国内においても王や貴族に命令を受けることなく、その上には教皇のみが存在する完全な治外法権を有していた。
聖王国を護る騎士を育成し、またその為の兵站を担う拠点として王国や帝国・法国の修道騎士団支部は運営され、新しく修道騎士となる者を育て東方へと送り、傷病で第一線で活躍できなくなった騎士を教導騎士として王国をはじめ支部の運営に携わらせるように人を配置することを繰り返した。
その話が大きく変わるのは……聖王国がカナンの地から消えたことに起因する。
『王都の修道騎士団本部もすごいが……地方の各支部も一つの城塞として機能している規模だったんだぜ』
『魔剣』曰く、周囲250mほどもある堅牢な胸壁で囲まれた城塞の中には、居館は勿論、穀物倉庫や商会の店舗、騎士自体は数人程度の配置であるが、従騎士や従者がその十倍、使用人も数十人は抱えているのが当然であった事を考えると、男爵家子爵家などよりもよほど戦力を有している存在であったと言えるだろう。
貴族の兵士はそもそも常雇いは少なく、精々騎士が数人程度でしかない。数十人の戦力が常時駐在しているのだから、『修道院』というよりは『騎士団』の駐屯地と変わりがない。
『今、騎士団が進めているのはそれに似ているな。まあ、王領だけだろうけど、あの頃は、街や村単位で寄進するから、丸々修道院兼修道騎士団の所領になってたわけだ。そんなもの、サラセンとの戦争が終わって国の中にボコボコあったら……どうなるんだよ……って話だ』
戦力を送るべき場所が無くなったわけであるから、その武力がどこに向かうかと心配しない者はいないだろう。
現在の騎士団、そして王立騎士団は王都圏以外の王領において、修道騎士団のような制度を整備し、統治する仕組みに組み込みたいというのが現在の王家の考え方である。一歩進め、常備軍の基幹組織とすることも付加されているようであるが。
「ある意味、リリアルも似ているかもしれないわね」
『似ているなんてもんじゃねぇな。そっくりだ』
そうかしら? と彼女は思う。寄進も受けていないし、支配している荘園や農村も特にあるわけではない。
『お前の優秀なところは、「孤児」という今までなら見向きもされなかった存在を人的資源の供給元として利用することに気が付いたことだな』
「人聞きの悪い事を言わないでちょうだい。王都の治安を改善し、経済力を高めるためには、今まで手を差し伸べられていない弱者を育てるしかないと思ったからよ」
その思いの元になったのは、自分が姉より劣った何も持たない存在であったと信じていた時に出会った性根の腐った『魔剣』に気が付かされたことである。
可能性に気が付かせられ、意志さえあれば世界を変えることができると思えるようになったことを、『孤児』達にも感じてもらいたかったということが一番に存在する。
「まあ、これでもあなたには感謝しているのよ。色々気が付かせてもらって、力にもなってもらえたのだし」
『そうか、もっと日ごろから口にしていいんだぞ!!』
いやいや、そこまでではありません。いや感謝しているのだが、性格の悪い中身がおっさんの『魔剣』に感謝を口にするのは少々面白くないのだ。




