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探偵は王女と踊る  作者: 角増エル
[第1章] 呪術師殺人事件 問題編
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二人の過去

 北西区へと続く、川に沿った真っすぐな道をフィリアさんと歩いている。

 彼女は声を出すことができないので、私たちの間に会話はない。川のせせらぎと二人の靴音だけが、静かに耳に届く。でも、彼女の醸す柔らかな雰囲気のせいだろうか、その沈黙は決して気まずいものではなかった。

 ……もちろん、このまま呪術師の館に到着するまで幸せな沈黙に浸り続けるのも悪くはないけれど、彼女にはいくつか訊きたいことがある。呪術師の館についてしまえば二人きりの時間などないかもしれないし、この機会を逃すわけにはいかない。馬車の往来に四辻で揃って足を止めたタイミングで、私は声をかけた。


「――あの、その背中に背負っているものって、ハーディ・ガーディですか?」


 ちょっと唐突過ぎただろうかと思ったが、そんな私の問いに、彼女はにこりと笑って首肯した。

 ――声を出すことができない以上、彼女が複雑な意思を伝えるには、恐らく文字を書くしかない。だから、ある程度イエスかノーかで答えられるように質問を意識する必要がある。気がする。

 ハーディ・ガーディは、ハンドルを回して弦を動かし、それぞれ位置をずらして配置された鍵盤を押し込んで弦に弓を当て、音を奏でる。この大きさともなると、その両方を一人でこなすことは難しいはずだ。


「それを、一人で弾くんですか」


 しかし彼女は、それにも首肯した。つまり彼女は、本来二人で扱う楽器を、一人で弾くということらしい。

 へええ、と関心しつつ相槌を打っていると、彼女はウッドボードに『以前は弟と二人で弾いていたんですが』と書いて見せてくれた。そして、彼女は背中からその楽器を背中からおろして、少しだけ、実際に弾いて見せてくれた。なんと彼女はハンドルを回さず、鍵盤になっている部分を取り外して弦をむき出しにして、その弦を、棒状の骨だろうか? ――を平たくしたものではじいて音を奏でた。一見風変りな奏法だが、それは今までに聴いたどんな音色よりも、悲しい音色だった。

 ――以前は、ということは、今は違うのだろう。

 私がその理由を尋ねようとすると、彼女は再度木板に石灰石を走らせる。


『私、これでも声を失うまではそこそこ有名な吟遊詩人だったんですよ』

「え、そうなんですか」


 誇らしそうに、えへんと少し胸を反らすフィリアさん。天使かな。

 彼女はそれから、木板を使ってゆっくりと、自身のことを話してくれた。


 彼女は声を失うまで、双子の弟さんと二人で吟遊詩人をやっていたらしい。だが、彼女は半年ほど前、突然声を失った。王都でのことだったらしい。弟と二人途方に暮れていると、そこに一人の男から手紙が届いた。

 その手紙書かれていたのは、これだけ。


『解呪金、1000万ガルをお持ちください。 呪術師・グラムル』


 つまりそれは、彼女に呪いをかけたのは呪術師グラムルであり、その呪いを解いてもらうには、グラムルのもとに1000万ガルを持っていかなければならないということを意味していた。1000万ガルなんて、普通の人間であればゆうに5年は働かずしても暮らしていける額だ。

 私はその手紙をみて、最初に訪れた宿で聞いた話を思い出していた。


『あの呪術師は、金を持っていそうな人間に呪いをかけて、解呪金を請求するらしい――』


 その噂は、本当だったのだ。

 弟さんはその手紙をみて、資金を集めにどこかへ行ってしまったらしい。しかし彼女は今、一人でこの街にいる。なんでも、王都でグラムルの居場所を教えてくれた人物がいたらしい。その人物の顔に見覚えはなかったが、フィリアさんはその情報を頼りに、この街にやってきた。

 彼女がこの街についたのは昨日で、呪術師の居場所をウッドボードに書いて聞いてまわったが、声を出さない彼女は不気味がられ、それを知ることはできなかったそうだ。あまり呪術師の話題をおおっぴらに口に出すことは出来ないと宿屋で聞いたので、そのせいもあったのだろう。

 持ち金も多くはないのでひとまず昨日は安宿をとったらしいが、それが多分、彼女があの「食い逃げ犯」に顔を真似られる原因となった。

 恐らくあの食い逃げ犯はフィリアさんの聞き込みの様子を見て、この街の外から来た人間であることを知った。そしてフィリアさんが安宿をとったのを見て、値段の代わりに忍び込むのも容易い彼女の部屋に忍び込み、彼女の髪を入手し、食い逃げに及んだ。そしてフィリアさんは今日も聞き込みを行うためあの宿兼酒場へと立ち寄り、食い逃げ犯と間違えられ――、そこからは、私も知るとおりだ。

 フィリアさんは最後に、『私はこの街に、呪いを解きに来ました』と言って(正確には、書いて)自身の話しを終えた。――私には何となくその言い回しが不自然なもののように感じられたけれど、その理由にまでは思い至らなかった。



 そして話題は、私のことに移った。


『イマジカさんは、どうしてグラムルさんのところに?』


 小首をかしげるフィリアさんの可愛さに悩殺されそうになりながら、私は彼女の問いに答える。とはいえ本当のことを話すわけにはいかないので、ほとんど嘘をつくことになってしまうのが心苦しいのだけれど……。


「私は、知人が呪いにかけられてしまって……、その解呪方法を、探ってみようと思っています」


 彼女は大きく目を見開いて、木板に何かを書きはじめ……、結局、それを消してしまった。


「どうかされましたか?」


 彼女は私の眼を見て何かを伝えようと口を開くが、声は出ない。そして彼女は諦めたように、首を横に振って見せた。そして話題を逸らすようにして、訊ねてくる。


『そういえば、イマジカさんはさっき、男の人の力でもびくともしませんでしたし、不意打ちみたいなナイフも、軽々と避けて見せました。どうしてあんなことができるんですか?』


 決して大きくないウッドボードにぎっしり文字を詰め込んだ質問。どう考えても何か他のことを伝えようとしてくれていたのだけれど、それをやめたということは、私にはまだ、それを聞く権利はないのだろう。私だって彼女に嘘をついているのだから、それをこれ以上追及する権利などない。私に今できるのは、彼女にこれ以上気を使わせないことだけだ。

 私はあえて自慢げに、私が持つ血縁の加護の力と、その習得方法までを熱弁した。


「それはですね、私が『血縁の加護』の魔法を習得しているからで、その習得方法は、血を分けた双子の亡骸を摂取……つまりしたたむことなんです!」


 彼女は私の説明にひどく驚いている。それはそうだろう。双子の亡骸をしたたんだのだと宣言されて、「へえそうなんですかー」となる方がどうかしている。

 どうしてこんな話をしたのか、自分でもよくわからない。……多分、私も彼女の過去に土足で踏み入ってしまったのだから、その贖罪……にはならないかもしれないけれど、フィリアさんには、私も私の秘密を明かしておきたいと思ったのだと思う。

 ちょっと昔話をしていいですか、と尋ねると、彼女は深く頷き、それを了承してくれた。


「これは、妹との約束だったんです。昔……私がまだ10歳の頃です。私の母は、昼間に領主家の屋敷で起きた殺人の罪で処刑されました」


 彼女の目が、驚きに見開かれる。わたしは、ゆっくりと説明を始める。


「それは、明らかな冤罪でした。母はその事件があった時、私たち姉妹と一緒にいたんです。……でも、状況証拠から見れば、最も怪しいのはどういうわけか母でした。……誰かに、嵌められたんです。私たちは必至に母の無実を訴えました。でも、母の無実を証明できる証人は私たち姉妹しかおらず、まだ小さな子供でしかなく、更には身内でもあったことから、聞き入れてはもらえませんでした。だから私は私の目の力を使って、母の特異体質を明文化しました。母が『吸血鬼』である以上、昼間に外を出歩くことは不可能だと証言したんです。吸血鬼は、不老不死のかわりに銀に触れることができず、また日光に当たると著しくその体の力が弱り、とても人を殺すことなんてできないのです。……ですがそれでも、母の罪は覆りませんでした。なんの後ろ盾もない私の言葉と能力を信じるものなど、だれもいなかったのです。……しかし私の母は、陽の光で弱らせられ、心臓を銀の短剣で一突きにされて殺されました。それが吸血鬼を殺す唯一の手段だと、領主家は知っていたんです。私は、それを教えなかったのに!」


 その村のある方角を仰いで、私は続けた。


「母は処刑の間際、私たちに言いました。『絶対に、復讐に取りつかれてはだめよ』と。でも私たちは、抗うことはやめられなかった。私の生まれは東の小さな村だったのですが、母はもともと王都で魔法を学んだ、高名な魔法使いでした。そんな母の書き残した魔法に関する書物が、領主に差し押さえられてしまったんです。……多分、それが目的だったのでしょう。そもそも領主家主導のもと行われた捜査はあまりにおざなりなものでしたし、最初から、母を犯人に仕立て上げるために書かれた台本のようでした。私たち姉妹は、母の残した書物を持っていく兵士たちをなんとか止めようとしました。ですが、最後には領主が出てきて……」


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