事情の聴取(3)
「あなたは、あの時の『狼男』ですね」
私の指摘に、彼は無表情で答える。
「へえ。男だってことだけじゃなく、そこまで分かってるとは――」
そういうと彼は、額を隠していた赤いケープのフードをとって見せる。
果たしてそこには、あの時私がつけた、横一閃の裂傷があった。
――昨晩、セニスが食堂から出て行く際、そのフードに染みができていた。
食事中、そんなところが汚れるなんてことはあまり考えづらい。それにその時彼は、『今夜自分の部屋を訪れた者の命はない』というようなことを言っていた。
昨夜は満月で、彼は半人半狼の姿になっていた。誰にもその姿を見られるわけにはいかなかったから、そう言って念を押したのだ。
それに、そもそも地下牢で呪術師は、『この宿に二人を泊めることはできなかった』と言っていた。
つまりそれは、この宿に泊まっている誰かが、狼男であるということを意味していた。
――しかし狼男は、男性にのみ発現する特異体質だ。
対して、あの時はまだこの宿に泊まっている男性はライルとグーダルク辺境伯のみだと思っていたから、その正体を見出すことはできなかった。
あの時点で私は辺境伯が吸血鬼だと概ね気付いていたし、ライルには束縛の腕輪がなされていて、狼男の腕には、その腕輪はなかったからだ。
しかし今、この宿に泊まっていた男性は、もう一人いたことが分かった。
辺境伯とライルのどちらも狼男ではない以上、消去法的に、残ったそのもう一人――、つまりセニスが、狼男だということになる。
「それで、どうする? ここで俺を捕らえるか?」
「そうですね。そうさせて頂きます――ッ!」
私はそう言い終わらないうちに、彼の元へと疾駆した。
血縁の加護は勿論、脳内で詠唱して使用済み。
通常ではありえない速度での、完全なる不意打ち。
このまま彼の脚を払いつつ腕を取って背中に回り、そのまま床にうつ伏せになるように叩きつけて身動きを封じる――!
そう思い描いていた私の動きはしかし、
「おっと」
「なっ――!?」
紙一重で、最初の脚払いをかわされる。
(完全に不意をついたはずだったのに、私の動きについてきた――!?)
苦し紛れに、返すの手――いや反すの脚で放った回し蹴りも、頭を後ろに反らすことで難なくかわされる。
「良い動きだけど――、甘いッ」
完全に空を切った私の脚が回りきる前に、彼はもう一方の私の足をはらいに来る。
その動きを視認できていたのは奇跡に近い。
私は振りぬく脚にあわせて無理やり身をよじってなんとかそれをかわす。が、私のそれは単なる偶然だ。もう一度同じことをやれと言われても、できる気はしない。
私は一度大きく距離をとって、真っ向から視線をぶつけ合う。
赤々と燃える尽きかけの蝋燭の炎が、彼の背後で妖しくゆらめいている。
「へえ――。偶然だとしても、なかなかだ。さすがに、甘く見ていたとはいえ半人半狼状態の俺に傷を負わせただけのことはある」
既に呼吸を荒くする私に対して、彼は息ひとつ乱していない。
首と指をを鳴らして、余裕そうな表情でこちらを睥睨している。
「そういえば、昨日の問いの答えをまだ聞いてなかったな。――アンタは本当に、王族に正義があると信じてるのか?」
昨夜、彼が地下室を去る間際になされた問いかけ。
彼はその答えを待たずに去っていったから答えを聞かせることはできていなかった。
「もちろん、王族の行うことが全て正しいと思っているわけではありません。でも、少なくとも今宰相が行おうとしていることは――、奴隷制度の復活は、間違っている」
彼はそこで初めて、表情を険しいものにする。
「王族だって、同じようなことをしているのに?」
私はようやく、彼の行動原理の一端に触れた気がした。
彼は昨夜、王族殺しの動機を、単に金払いのよかった方についただけだと言っていた。
――だが、多分それだけではなかったのだ。
その理由と言うのはきっと……
「亜人、ですか」
「……この国の王族は、自らの血統をこの土地に光臨した女神アリューレによって祝福を受けた選ばれた存在だと謳って君臨し、そして神話崇拝を推奨している。……その結果、亜人が不当に貶められることになったとしても、だ」
――確かに、彼の言っていることは概ね間違ってはいない。
この国には王族による封建的政治体制を築いており、彼ら王族は自らの血筋を、千年戦争の末期にこの地に光臨したとされる女神アリューレに祝福を受けた「選ばれし血統」として神格化し、君臨している。
そしてそのイメージを守り続けるため、女神アリューレに纏わる神話の崇拝を推奨・推進している。
だから、亜人に対する扱いが不条理なものであることを知りつつも、それをほとんど黙認している状態にあるのは、紛れもない事実だ。
「――ですが、王女はそれも含めて、改善に乗り出すはずです」
「本当にそうか? あの女が、本当にそんなことをするとでも? ――あいつら王女派の王族は寧ろ、お前たち探偵を使って、自分たちの都合のいい結末を用意するだけのクズの集まりだろ?」
「――っ」
反駁したいが、しかし、その指摘も、全てが間違いであるとは言えない。
……私はいつも、それに気付かないふりをしているけれど。
だけど――
「……どうやら、あなたとはやはり分かり合うことはできないようだ。このまま互いの主張をぶつけ合っても、そのレベルでの認識に溝があったのでは、平行線でしょう」
それでも私は、王女についていくと決めている。
彼女は確かに、ただ清廉潔白な人物とは言えないかもしれない。
必要であれば邪魔な相手を間接的に排除することも、勿論有り得る。
だが、この国に蔓延する様々な不条理を正すためには、生ぬるい方法を採るだけでは効果がないこともまた事実なのだ。誰についていったとしても、その誰かがこの国のあり方に大鉈を振るおうとすればきっと、同じような不信感には悩まされることになる。
……であれば私は、どんな時でも正しい手順を踏むことを厭わず、決して嘘だけはつかない、彼女の言葉を信じてともに進みたい。
――あの日、あの暗い地下室から私を救ってくれた、彼女の言葉を。
あの日約束してくれた『あなたの目的も、きっと達成できるはず』という、あの力強い言葉を信じて。
「私はこれからも、王女に従い続けます」
「――ま、そうだろうな。もとより分かり合おうなんて思っちゃいないさ」
「では……、そろそろ決着を」
「いいけど、俺に本気で勝てると思ってるのか? さっきので分かっただろ。油断さえしてなけりゃ、俺はたとえ半人半狼の状態じゃなくても、お前より強い」
「それは、やってみないと――分かりませんッ!」
私は先ほどの動きを追随するように、彼の元に再度疾駆する。
「おいおい、そういう割にはワンパターンかよっ!」
彼は既に、確実に私の動きを見切って迎撃するという構えだ。
今回は、不意をつく事すらできていない。
だが、そんなことはこっちだって承知のうち。
私は彼のもとに駆けながら、腰に提げていた紙包みを投げつける。
「おいおい、それで牽制のつもりか!?」
彼はそれを、顔を少し横にずらすだけで難なく避けてみせる。
私が彼のもとに到達したのと、その包みが彼の背後の尽きかけの蝋燭の火元に落ちて燃え始めたのは、ほとんど同時だった、
勢いよく燃え始めたその包みの炎が一瞬、強く辺りを照らす。
はらいに行った彼の脚が一瞬宙に浮き、私の脚を避ける。返すの脚で放った回し蹴りは、先ほどとは違って避けられるのではなくいなされ、体勢を崩される。私のみぞおちに彼の左の拳が迫り、私はそれを両手で受け止める。が、華奢な体のどこにそんな力があるのかと思うほどの衝撃――。
私の体は半分中に浮いて、両腕の防御は解かれてしまう。
私は息を吸う暇もなくそのまま腕を捕まれて、両腕を後ろ手に羽交い絞めにされながら、床に叩きつけられる。
「ったく、ちょっとは楽しめるかと思ったけど、馬鹿みたいにアッサリだな?」
「……」
「おい、なんとか言ったらどうだ? まさかこんなのでトんじまってるわけじゃないだろ?」
「……」
「なんだよ、つまらないな。じゃあ、お望みどおりさっさと楽に……」
彼はそこで言葉を切って、
「なんだこの、甘い臭いは?」
そう呟く。
「……」
「ああ、さっきの包みが燃えてるのか。……こんなもん、当たってたってなんの意味もなかっただろ。……ただの牽制にしても、お粗末すぎ……る……」
「……やっと、効いてきましたか」
私は、決して息を吸うこの無いように、短くそう呟く。
「……なん……だ……どういう……ことだ……」
彼は徐々にろれつが回らなくなり、そして、
「……意識が……」
どさりとその場に倒れて、――意識を失った。
私はすぐに部屋を出て扉を閉め、必死に絶えていた床に叩きつけられた際の痛みに呻きながら、限界まで呼吸を止めていた事による意識の混濁を、大きく息を吸って整える。
そして、閉めた扉に背中を預けながら、その場にへたり込む。
「……まったく。……結局、油断してたじゃないですか……」
――扉を閉める前、倒れるセニスの後ろで燃えていたのは、包みの中から現れた、氷のヘリオトロープだった。




