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探偵は王女と踊る  作者: 角増エル
[第1章] 呪術師殺人事件 問題編
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現場の検証(2)

 部屋の中はほとんど見た。残るは、呪術師の死体のみ。

 彼は革製の椅子に深く腰掛けた体制で息絶えている。やはり、即死だったのだろう。

 死因は、フードを貫いて深々と刺さったナイフ。その他に外傷はないようだった。

 ナイフの持ち手には、血でべったりと、手の痕がついていた。


「このナイフは、この宿のもので間違いないですか?」


 私の問いに、横合いから返事がある。アイラさんだ。


「そうですね。このナイフは特注したもので、持ち手の部分に施された装飾からして同じもので間違いないかと」


 彼女には、この宿のことを現状最も知る人物として共に現場検証を手伝ってもらい、助言を仰いでいる。


「わかりました。ありがとうございます」


 礼を述べて更に見分を進めていると、アイラさんが小さくつぶやく。


「……この血痕は、犯人のものなのでしょうか」

「今の時点ではなんともいえませんが、それはこれから明らかにします」

「どうやって……ですか?」

「もちろん、魔法で、です」

「――魔法、ですか」

「ええ」


 私は一つ頷いて、脳内で(・・・)詠唱を開始した。

 ――魔法の使用条件は、本来、その魔法を習得していること。それだけだ。

 しかしその効果には、使用者によって大きく差が生まれる。

 魔法の効果の差には、イメージの力がもっとも大きく関係していると言われている。

 イメージ力が確たるものであればあるだけ、魔法の効果は増大する。

 そしてそのイメージ力を高めるために存在するのが、所謂「詠唱」だ。

 最も有効なのは発声しての詠唱だといわれているが、逆に言えばそれは必須ではない。

 詠唱なしでの使用も可能だし、脳内で文言を諳んじるだけでも一定の効果は望める。

 特に、あまり外部に漏らすことのできない魔法や、戦いの途中、相手に魔法の内容を看破されないようにするためには、声に出さない詠唱が推奨される。そして今用いるこの魔法は、前者に当たる。


(――不当に流れた紅き雫、時に隠された穢れの印。腐った葡萄は罪の証。その姿を再び我が前に現せ――、『葡萄酒の記憶』)


 私がナイフに手をかざし、その詠唱を終えると同時。

 アイラさんが「えっ」と驚きに声を漏らした。

 ナイフの血の模様が、少しずつ動き出していた。

 血痕が、どんどん小さくなっていく。

 血痕は消えてなくなり、それ以上何も現れることはない。

 しばらくして、もとの血痕が現れる。

 ――この魔法は、対象に付着した赤い液体の元の姿を幻視する魔法だ。

 これはもともと、腐った葡萄を用いた粗悪な葡萄酒を乱造する者が後を絶たなかった時代に作り出された、葡萄酒の粗悪品を炙り出すための魔法だったとされている。

 かつては、葡萄酒をグラスに注いでこの魔法をかけ、グラスの中に幻視される葡萄が腐っているかどうかでその葡萄酒が粗悪品かどうかを見定めていたらしい。

 だが、ある魔法使い――私の母だが――はこの魔法が葡萄酒だけでなく血液にも有効であることを発見した。

 それだけでなく、魔法をかける対象を「葡萄酒」ではなく「グラス」にした場合、一定期間においてそのグラスに注がれた葡萄酒が時間を遡って幻視されることも発見した。

 探偵はそれを活用して、凶器にその魔法「葡萄酒の記憶」をかけることで、一定期間内に凶器に付着した血液を幻視するのだ。

 私はナイフに、ここ一晩のうちにナイフに付着した血液の記憶を遡って幻視させた。

 しかし、結果は、今ある血痕が遡って一度消え、魔法の効果が切れて再度もとに戻っただけ。要するに――


「犯人のこの血痕の前に、別の血痕が拭われていたということはないようです。これほどまでに深く貫いていますから、返り血は避けられなかったでしょう。つまり犯人は右手でこのナイフを握り、グラムル氏を突き刺した。そして、流れ出た血で手の痕が残り――、よほど急いでたのかもしれません。それを拭い去ることはせずにこの場を去った、ということになりますね」


 やや不可解ではあるが、こういうことになる。


「では、この手の痕に照らし合わせれば、誰の手の痕なのか分かるのでは……!」


 アイラさんが私にぱっと視線を向ける。が、残念ながらそれは叶わない。

「いいえ、それはできません。拭き取られてはいませんが、この手跡は突き刺した際の衝撃でぶれて、滲んでしまっています。大体の大きさくらいは判断できるかもしれませんが、誰のものかまでは判断できないでしょう」

「そう、ですか……」


 そこに、辺境伯が後ろから声をかけてくる。


「大体の大きさが分かるなら、例えばその手形よりも明らかに小さな手の持ち主であれば、犯人からは除外できるのかな?」


 どこか試すような物言いだが、返答しないわけにもいかない。


「この手形よりも明らかに大きな手の持ち主がいたなら一考の余地もありますが、少なくとも小さいという理由だけでは判断材料として弱いと言わざるを得ないでしょうね。例えば大人用の靴の足跡が現場に残されていたからと言って、子供の犯行ではなかったとは言い切れない。子供が大人の靴を履いて足跡を付けるのは、大人が子供用の靴を履くのに比べれば比較的容易なことですから。一見逆に思われがちですが、実は小さなものほど偽装は難しく、大きなものほど容易いのです。そしてこの手形は、決して大きいとは言えないものの極端に小さいわけでもない。少なくともこの手形の大きさによって、この場の誰かを容疑者から除外することはできません」

「わかった、ありがとう」


 私の説明に、満足そうにうなずく辺境伯。

 なんとなくこの答えを引き出されたようで釈然としないが、必要な説明ではあったため留飲を下げておく。

 そこに、アイラさんが訪ねてくる。


「わたしからも一つ疑問があるのですが、そもそもこのナイフには、人を刺殺できるような切れ味を持たせてはいなかったはずなんです。主人からはそのように注文を受けていて、少なくとも私はその注文通りに、食事には困らない程度に、しかし決して誰かを害することができるような鋭さは与えない、ギリギリの調整をしていたつもりです。ですから、相当な力がなければ、このナイフでの殺人はできなかったと思うんです。だから主人も、あのナイフを警戒することが無かったのだと思いますし」


 それは、あのナイフがライルの服から出てきたときに感じていたことだ。

 だが、それも同じことだ。


「もちろん、相当な力が必要だったことは確かでしょう。ですがそれは、先ほどの例と同じことです。少なくともナイフを確りと握ることさえできたなら、あとはいくらでもやりようはあります。それこそ、身体能力を強化する魔法だってありますから」

「……そう、ですね。横やりを入れてしまってすみません」


 小さく頭を下げるアイラさん。しかしこれも、指摘がなくとも説明が必要なことだった。


「とんでもない。ありがたい指摘です」


 そんなやり取りの末、私は一通りの現場検証を終えた。

 あとは、フィリアさんを除く4人に利害の力が宿っていないか――、そしてそれはどんな力なのか、それを明らかにするだけ。


「順番はお任せしますので、一人ずつ、私の部屋へ来てください」


 そう言い残して、私は別室へと移った。

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