現場の検証(1)
「犯人が言葉を発している以上、フィリアさんが犯人であることはありえません」
私の宣言に、全員の視線がフィリアさんの方を向く。
部屋の四隅に備え付けられた燭台の上で、蝋燭の炎が小さく揺らめいている。
そして、セニスさんとアイラさんがそれぞれ小さく呟く。
「失声の呪い、ね。……確かに、その呪いがあったんじゃあ少なくとも、この発言の主はフィリアちゃんじゃないってことになりそうね」
「……声が出せない……。それは、さぞ辛いことでしょうね……」
内容だけ見ればどちらも私の宣言を受け入れているようにも受け取れるが、セニスさんは「この発言の主は」にアクセントをつけていた。
――彼女は、こう言いたいのだろう。
確かにこの発言の主はフィリアさんではないかもしれない。だが、この発言の主が本当に犯人なのかどうかは、まだ確定していないのでは、と。
それはきわめて冷静な分析ではある。しかし、正しくはない。
今ここで、その疑問は解消しておいた方がいいだろう。
「先に申し上げておくと、この発言の主は、間違いなくグラムル氏を殺害した犯人です」
予想通り、セニスさんの反駁がある。
「どうしてそんなことが言えるの? そこにあるやり取りの間に彼が殺されたなんて」
私は、賢者の手記を広げて見せる。
「ここをよく見てください。最後の『さようなら』の部分に、何かが滲んでいませんか?」
セニスさんがそれを覗き込む。
「これは……そうね。筆の色とは違う。これは……血ね」
そう、その文字には、筆で書かれた文字に重なるように、血が伸びていた。
「そうです。それは、血です」
「そう。でも、だからなんだっていうの?」
「先ほども申し上げた通り、この賢者の手記には、賢者の羽ペンが自動で文字を記入するとき以外は決して何かを入力することはできない」
「あっ……」
「ふむ。なるほど」
セニスさんが見落としに気づいた拍子に声を上げ。辺境伯が小さく唸る。
「つまりこの血は、この会話中にこのノートに飛散し、その上を魔法の羽ペンが動いたことによって残った血の痕ということになります。グラムル氏が刺されたのは、この会話中であったということになります」
少しの沈黙。しかしすぐに、セニスさんが口を開いた。
「ふうん、なるほどね。……これで、フィリアちゃんの無実は証明されたってわけね」
私の視線に頷いて見せてから覚悟はしていただろうが、突然自身が関心の的となったフィリアさんは所在無げに肩を窄めてしまっている。
そんなフィリアさんの様子を見かねてというわけではないだろうが、辺境伯が口を開いた。
「さて――、一人の無実が証明されたのは素晴らしいことだが……残りはどうする? 恐らく今ある情報だけでは、絞り切ることは難しいのではないかな?」
手厳しい指摘だ。
だが私には同時に、彼はこうして自然と、次に行うべきことの話しを切り出しやすくしてくれている。そんな風にも思えた。
「私はこのあと、更に現場検証を行います。その間、皆さんにはこの部屋で待機して頂きます。その後別室にて、フィリアさんを除く皆さんから、私の『真実の眼』によって能力の『明文化』を行い、その時点で犯人がわからない場合は、状況を可能な範囲でお伝えした上で、その後の対応をあらためて考えさせて頂きたいと考えています」
「うん、わかった。――みんな、聞いての通りだ。私が、この捜査を許可した。いち宿泊客としての扱いを求めた昨日の言から転じてしまってすまないが、君たちには彼女の捜査に協力してもらう」
私の提案を、辺境伯がやんわりとではあるが異議は認められないと念を押してくれる。
「……まあ、領主様がそう仰るなら、従わないわけには、ね」
私の言葉に嫌悪感を露にしていたセニスさんも、辺境伯の念押しによって不承不承とだが受け入れてくれたようだ。
辺境伯という力強い後ろ盾を得られたことには感謝すべきだが、だからといって彼を捜査対象から外すことはできない。
つまり私は、辺境伯の能力についても、他ならぬ私自身の眼で知ることになる。
彼はそのことを既に了承しているような状況ではあるが、彼がどのような存在であるのか、私は現時点で、ある程度推測できている。
あとはそれを第三者にも証明できるように明文化するだけなのだが――、つまりそれは、彼の「理外の力」を公式に明らかにするということだ。
それは果たして彼にとって、本当に度し得ることなのだろうか……。
探偵はいつも誰かの秘密を明らかにするが、犯罪捜査のためとはいえ、道徳にもとる行為であっては意味がない。
行き過ぎた不道徳は、場合によっては犯罪と同義だ。
――だから私は、この能力を用いるにあたって、ひとつの条件を自身に課している。
「確かにこの捜査は必要なことです。ただし、それによって私は、皆さんの理外の力を公のもとに晒すことにもなります。ですから、それが了承できないという方がもしいれば、別室で二人になった際に仰って下さい。その場合はまず、私はこの眼の力に頼ることなく皆さんの実に宿る理外の力を予想します。その推測が正しかった場合は、申し訳ありませんがそれは個々人の責任ということになる。そのことを二人だけの間の秘密にし、外部に漏らさないことを約束した上で、その他に今回の犯罪に関わる能力が無いことを確認する目的のためだけに、理外の力の明文化を行わせていただきます」
――そもそもこの能力は本来、相手の了承などなくとも、私の視界に移る全ての存在から、一方的に使用が可能なのだ。
だから本来、今この瞬間にもこの場の全員の理外の力を明文化することだってできる。
だが、それはときに不要な争いを招き、そして場合によっては、私自身の不道徳につながる可能性だってある。誠実さを欠くことは、王女に仕える者としてあってはならない振る舞いだし、そもそも私自身、他人の秘密を暴くことに何の感情も抱かないわけではない。
だから私は、この能力を使うにあたって、まずその了承を得る。
そして了承が得られない場合、私はこの能力に頼ることなく、対象の理外の力を推測する。
結果として推測が当たっていたなら、それは能力による不当な情報の覗き見ではなく、その人の行動の結果、私がそれを見破ったというだけに過ぎない。そうなれば少なくとも、私が能力を用いて明文化を行い、対象と私との間でその情報を共有するだけであれば、その人にとっては同じことといえる。
――この能力を、決して一方的な理外の力の覗き見には使わない――。
私は自身の探偵としての誇りを守るため、そんな制限を課している。
辺境伯は、私の言葉の意図するところを汲んでくれたのだろう。
「力持つ者にも、その使い方には相応の責任が伴うということだね。正当性を尊ぶ王女らしい考え方だ」
嫌悪感を露にしていたセニスさんも、「まあ、そういうことなら」と小さくつぶやいて部屋の端にある小屋に腰掛けた。
その他の誰も、異議を唱えることはなかった。
私は全員の前で一つ頷いて、了承の意を受け取った。
「ありがとうございます。では、まずは現場検証の続きを行わせていただきます。部屋のものにはなるべく触らないよう、暫くお待ちください」




