宴は終わる
その後他愛もない話が続き、長かった晩餐会にも気付けば、終わりが近づいていた。
いや、晩餐会といっても、特に何か催しがあったわけでもないのだが、とにかく、このささやかな宴はそろそろお開きとなる。デザートが出てきた。タルトの上に、クリームと沢山の果実が乗せられている贅沢な品だ。
目にも鮮やかなそのデザートに誰しもが垂涎し、その皿に乗せられた木のフォーク――品に合わせてカトラリーの素材を変えてくるところも、給仕の行き届いた配慮が光るにくい演出だ――を一斉に手にとって、
「いやあ、これまた格別にうまいな!」
「これは何という料理なのかしら?」
辺境伯がそのフォークを片手に舌鼓を打って、セニスさんがその品の名前を尋ねる。
給仕の女性がその品の名前やその由来なんかを説明しているのを聞きながら左隣に目をやれば、フィリアさんも同じく、フォークを左手に持ちながらそのデザートに頬を綻ばせている(かわいい)。次に左隣をみれば、奴隷の少年――ライルというらしい――は、大き目の葡萄に木のフォークがなかなか刺さらないようで苦戦していた。さっきのように素手で食べればとも思うのだが、先ほどまでは一緒に素手で食事をしていた辺境伯がこのデザートはそうしていないので、であれば自分もということなのかもしれない。子供らしく、可愛らしい発想だ。私は隣から、小さく声をかける。
「さっき使わなかったそっちのフォークなら刺さるんじゃないかな?」
少年が使わなかった銀食器はそのままになっていた。あれは、よく切れたしよく刺さった。定期的に刃こぼれのメンテナンスなどもされているようだ。
私の勧めに、ライルは「そっか。ありがとう!」と言ってフォークに手を伸ばして勢いよくそれを手に持った。するとその拍子に、隣にあったナイフをフォークの腹で掬ってしまったようで、ナイフが軽く宙を舞った。少年は「わわっ」と咄嗟に体を引いて、ナイフは彼とテーブルの間に吸い込まれていった。彼の身につける襤褸が、はたとひらめく。
それを見ていた給仕の女性が「大丈夫ですか! お怪我などはないですか?」と駆け寄ってくる。
ライルは彼女に「ごめんなさい。怪我はないけど、その……、ナイフがどっかいっちゃって……」と顔を青くして返す。
私も床を見たけれど、どこにもナイフは落ちていない。じっくりと見て気付いたが、なかなかに年季の入った床板にはところどころ小さな隙間が生じているところがある。
「床板の隙間に入ってしまったのかもしれませんね」
給仕の女子はそういうと、ローブの男に向き直って確認をとった。
「旦那様、どうやらナイフが床下に落ちてしまったようです。後ほど拾っておきますので、今はよろしいですか?」
「……かまわんよ」
その返事に、「かしこまりました」と腰を折って、「ではナイフは後ほど探しておきますので、どうぞお気になさらないで」とライルに微笑む。
ライルは「わかった、ごめんよ。ありがとう!」と胸をなでおろしている。
「ごめんね、私が急に声をかけたから」
「いや、オレが調子に乗っただけだよ。姉ちゃんは気にしないで」
まだ10歳程度だろうに、やはりこの子は既に人の話すことの意味を理解し、さらに心を慮ることもできる、頭のいい子なのだろう。だが、そんなことよりも。
(ね、ね、姉ちゃん――!)
「わ、私のこと、男だとは思わないの?」
今日はじめての女性扱いに逆に衝撃を受け、きかなくてもいいことをきいてしまう。しかしライルはこともなげに、
「え? 姉ちゃんはどう見たって女だろ?」
ああ、なんていい子……。
私はその小さな男の子の言葉に、自分の顔が紅潮するのを感じ、そのまっすぐな瞳から目を背けた。
これが、天然たらし……。
ライルは「なんだ?」と首をかしげてテーブルに向き直り、今度こそ葡萄にフォークを挿して口に運んだ。
* * *
全員が最後のデザートを平らげ、思い思いにその余韻を楽しんでいたところに、ローブの男が立ちあがって言った。
「さてそろそろ、晩餐会もお開きとしましょうか」
その言葉を待っていたかのように、グーダルク辺境伯が反応する。
「いや、実に見事な料理の数々だったし、幸せな時間だった。……だけど、我々は何もここに、のんびり休養にやってきたわけではないと思うのだけどね? それは貴殿もわかっているんだろう?」
呪術師、グラムル殿――?
呪術師……!
辺境伯が、ローブの男を呪術師だといった。ここまでの流れから彼が呪術師なのだろうと予想はしていたが、実際に彼が名乗ることはなかったので、まだそれは確定ではなかった。が、辺境伯は、この館を一度呪術師に売っている。どんな人物なのかを知っていても当然不思議ではない。要するに、ローブの男は呪術師で間違いないのだろう。
ローブの男はゆったりとした口調で、それに返す。
「もちろん、存じておりますとも。――皆様は私に用がある。そもそも、私が招待した方もいらっしゃいますからね」
そう言って、彼、呪術師グラムルは、目深に被ったフードの中から、恐らくはフィリアさんに目をやる。フィリアさんはその目に怯えたようすで、身を竦ませてしまう。そんなフィリアさんをなおも呪術師は口元に下卑た笑みを浮かべ、愉快そうに眺め続ける。
私は体勢を前に寄せて、二人の延長線上に割って入るようにして言った。
「それじゃあ、今から私たちの話しを聞いてもらえるんですよね?」
おや、と呪術師は私に目をやって、
「そうしたいのはやまやまですが、私は夜に弱い性質でして、そろそろ眠らなければいけません。お話しは明日の朝食のあと、一人ずつゆっくり聞かせて頂きますよ。……恐らく、その方がいい方もいらっしゃいますから」
呪術師は今度はセニスさんに視線を向ける。セニスさんはその視線に苦虫を噛み潰したような顔をして、キッと顔を上げて睨み返した。セニスさんは、今夜だといったい何がまずいというのだろうか……?
「そういうわけで、私はこれで失礼させていただきます。皆さんの部屋は既に席次に合わせて決めていますから、どうぞ彼女から部屋の鍵を受け取って、ご自由にお使いください」
その言葉に、調理室へと一度戻っていた給仕の女性が手に鍵束を持って再び部屋へと入ってくる。
それは小さな腕輪になっていて、私たちがそれぞれにカギを受け取っている間に、呪術師は私たちが入ってきた扉の前にまで歩いていた。
そしてそこで、「ああ、そういえば――」と勿体ぶって前置きして、
「イマジカ様は腰に差した短剣を。グーダルク様は、マントの下に佩いた銅の剣を。この部屋の隅にでも置いて出て行ってくださいね。基本的に宿の中では自由に過ごしていただいてかまいませんが、あまり物騒なものを持って歩かれては困りますから」
と言って出て行った。
名前は、確かに今日の晩餐会の途中で名乗った。だが――
「短剣のことは、話していませんよね」
「ああ。私も、この剣が銅の剣だとも言っていないね」
「そうですね。革につつまれていますから、それが銅の剣であるとまではわかりませんでした」
私と辺境伯は、呪術師がいなくなった食堂で顔を見合わせる。すると、給仕の女性がおずおずと教えてくれた。
「ご主人様は、この宿の外から持ち込まれたものならば全て、どこに何があるのかを把握できるらしいのです」
「そんなことが……まあ、可能なんでしょうね、かの呪術師様ならば」
私はあきれ半分に言って、腰から短剣を外し、テーブルに置いた。
辺境伯もまた、「まあ、言うことを聞かないで明日話をしてもらえないというのもばからしい話だ」と剣を外して、同じくテーブルに。
それを見たライルが、「かっこいいな! ちょっと見せてくれ!」と勢いよく立ち上がった時、彼の身に着けた襤褸の大きなポケットから、カラン、と何かが床に落ちた。
それは、先ほど床の下に落ちてしまったと思われていた銀のナイフだった。
「あ……こんなところにあったんだな。ごめん、気が付かなかった」
そう言って彼は給仕の女性に謝って、彼女は「いえ、みつかってよかったです」と微笑んでいた。
その一連のやりとりをみて、私と辺境伯は再び顔を見合わせた。
「辺境伯、これは……」
「そうだね」
にっと笑って、
「彼の呪術はなるほど確かに恐るべきものだが、だからといって、何もかもを見通せるわけではないらしい」
……こうして、呪術師の宿での宴は幕を閉じた。




