01
ある空の晴れた昼下がりのこと。
天井一杯に背を伸ばした円形の棚が、まるで雑木林のように立ち並ぶ空間で、俺は大きな欠伸を浮かべていた。
場所は店のカウンター。座るのは年季の入った、今にも足が折れそうな古い椅子。
今にも眠ってしまいそうな顔で店内を眺めていると、後ろの扉が開いて奥から大きなカエルの頭がこちらを覗いた。
「居眠りしたらお給料削りますからねー」
「分かってますって。それにしても、中々お客さん来ませんね」
「まあ、場所が場所ですから」
現在、俺はカエル頭のエミリーさんが経営する、『ウェルガッハ冒険屋』でアルバイトとして雇って貰っている。
日給六ゼインズと決して高給ではないが、それほど苦労もなく、何より知り合いが雇い主というのは気楽でいい。
「でも、最近は新人の冒険者さんが増えてきているらしいですからね。メイリさんも新しく来た人達にはここを薦めて下さるそうですし」
「今は暇で暇で仕方がないけれど、その内忙しくなるかもしれないって事ですか」
「ええ。品物の調達にも、これまで以上に精力を出す必要がありそうです」
「成程」
この町の冒険者ギルドには今、護衛や討伐だけではなく、ジャンルを問わず様々な依頼が溢れかえっている。
二か月前の砦攻略戦で八割以上の、それも殆どベテランの冒険者が命を落とした。
騎士団や神聖教会においても同様だ。これで人手不足にならない筈がない。
さて、話は変わって自身の近況報告に入る。
砦から帰った一週間後に、俺は町を訪ねて来たエルフの集団から、多額の報奨金を渡された。
その額、なんと五千ゼインズ。白い金貨が四十枚と、金貨五十枚にも昇る。
そんな代物が入った鞄を受け取った日には、それはもう目が点になったものだ。
彼らが帰って行った後、俺は丸一日かけてその大金の使い道について考えた。
結果、とりあえず家を買おうと思って、住宅斡旋所へ向かった。
あまり大きくても持て余してしまうので、一人暮らしに適した広さの安い物件がいい。そう窓口のお姉さんに要望すると、丁度良い場所があると言われ、どこか見覚えのある道を進み、確実に見た事のある建物へと連れていかれた。
とある雑貨店の二階に、手ごろな広さの空き部屋がある。
そしてその雑貨店の看板には、『ウェルガッハ冒険屋』と記してあった。
という訳で俺は現在、この店の二階に住んでいる。
暫く町の外に出る予定もなかったので、日中は殆ど散歩か昼寝か。
こうして働いているのも、暇なので手伝っているという程度のものだ。
賃金は必要ないと言ったのだが、エミリーさん曰く、商人として無償の取引はしたくないらしい。
「それにしても、リアさんが店番をしてくれるようになって本当に助かりました。いつでも好きな時に物の調達に出かけられますから」
「出来ればそっちも手伝えたらよかったんですけどね」
「まあ、仕方ないでしょう。今はしっかり療養してください」
ハチャメチャな力を手に入れたのに冒険者として何故働いていないのかと問われると、それは純粋に戦闘を禁止されているからである。
瞳の色に関して不安に思ったのか、メイリさんに腕利きの医者がいるという診療所を紹介され、足を運んでみると穏やかそうなお爺さんが出迎えてくれた。
そして、その穏やかな顔は一気にご機嫌斜めな色に染まり、魔法禁止・戦闘禁止の札が顔に貼り付けられた。
魔力中毒だかなんだかと、とにかく一度に大量の魔力を摂取、または消費し過ぎたらしい。
という訳で、ここひと月はこうして寝惚けながら店番を務めており、町の外へは一歩も出ていない。
さながら、アルバイトも部活もそもそも存在しない、夏休みの小学生気分である。いや、小学生には習い事が付き物か。
ここから日常へ切り替えるのは至難の業になりそうだな、と現実は見るだけで済ませておく。
「御夕飯、何にします?」
不意にエミリーさんが尋ねてくる。
俺は魚を煮込みたい気分だと返した。
「魚ですか……」
少し前に、エミリーさんは空中の虫を舌で捕まえたりできるのかと訊いてみたことがある。
勿論、すぐに「出来る訳ないでしょ!!」と緑を真っ赤に染めながら怒られた。
食生活は人間と変わらないようだ。
「じゃあ俺はちょっと買い出しに。ついでに散歩でもしてきます」
「はい、行ってらっしゃいです」
「とうおー!」
声は突然、往来のど真ん中に響き渡った。
突然足元が陰になったかと思うと、頭上を人影が通過し、目の前にすたと着地する。
両腕には鋭い爪のついたガントレットを装着しており、鉄製の兜が頭をすっぽり覆っている。背中の方では長い銀髪がさらさらと風に靡いていた。
「あなたがあの砦攻略戦の英雄でありますかっ!」
籠ったその声は明らかに俺に向けられたものだった。
「えいゆう?」
「いーえ答えるまでもありません! 私は既にあなたがあの美少女冒険者リアであることを知っていますので!」
ハチャメチャなテンションで盛り上がる少女に、道行く人々は冷ややかな視線を向けながら通り過ぎていく。
「そうでありますか」
「私はバウエラ。本日ここに参上したのは他でもありません! 是非あなたに、我が神聖教会魔導師団育成機関オルアエラ校の特別講師をお願いしたいのであります!」
「とくべつこうし?」
そう首を傾げると、バウエラと名乗るガントレットの少女は大きく頷く。
「はい。かの魔獣を討ったという実力者に、我が校の見習いたちを鍛えて頂きたいのであります」
「ええ……」
何を言っているのだ、彼女は。
俺は呆れ半分溜息混じりに眉をひそめる。
「無理であります。そもそも、多分俺は魔法を使えないであります」
「口調を真似するのはやめて頂きたいであります!」
「スマンであります」
両手をあげて怒りのポーズを見せるバウエラさん。
先の口ぶりからすると、もしかして彼女はその育成学校とやらの教員なのだろうか。
とても信じられない。見た目は少なくとも俺より二つか三つか下のように思える。
いや、今の俺と同じくらいだろうか。顔が見えないのでこれ以上は何とも言えない。
「しかし、私はしっかりあなたの御友人から話を聞いているのであります。彼女も、あれは魔法であるに違いないと仰っていました」
「君はこの町の人間じゃないよな。そんな育成学校、この町には無いし。一体誰から俺の話を?」
「ノルン殿であります」
ああ、と声を漏らしながら腕を組む。
「リア殿とノルン殿は、口にするのも憚られるような密な関係だと」
「ただの友人だ。誤解しないでくれ」
となると、その学校とやらはノルンが住んでいる町にあるという事か。
砦攻略戦以降、彼女とは文程度ではあるものの、ギルドを通して交流がある。
この町、イリミリテスに移住したいという言葉が毎度毎度連なっており、しかし家族を置いてはいけないという文で毎回締め括られる。
今は冒険者が不足しており、多忙な時期であるため顔を合わせに足を運ぶこともできないのだという。
ならば四六時中暇を過ごしている俺から出向けば良いのでは、という案も浮かんだが、そんな忙しい中で時間を取らせるのも、なんだか申し訳ない。
「とりあえず、これはあなたの戦果を見て教会が下した決定であります。私にはどうすることもできませんので」
「拒否権が無いってことですか」
「そうであります。詳しい説明は移動中に行うであります」
「へ?」
「カモン、ディアリー!」
バウエラさんが天に向かってそう叫び、指笛を大きく鳴らすと、どこからか大きな羽ばたき音が聞こえて来た。
直後、俺の足元が影になった。すぐさま太陽のある方角へ視線を向ける。
それを見た時、俺はエルフのガルドが呼んだ、あの大鷲を思い出した。
しかし、翼の形や尻尾の長さ、何より胴の大きさが明らかに鳥のそれとは異なっている。
「わ、ワイバーンだー!」
そんな声が周囲からあがった。
往来がざわつき、道行く人々が蜘蛛の子を散らすように通りに空間を作った。
赤銅色の身体に、翼と一体化した両腕。太い二本の脚とその腕で大地を掴み、着地する。
側面を向く二つの眼が俺を捉え、サイのように鼻先に角を生やした頭がゆっくり近づいてきた。
「はへ?」
その亜竜は右腕で俺の身体を掴むと、ポイっと上へ向けて放り投げた。
固いその背中に尻もちをつき、腰を摩りながら身体を起こすと、いつの間にか首元の方にバウエラさんの姿がある。
「それでは、出発であります、ディアリー!」
「え?」
彼女がそう号令をかけると、ディアリーと呼ばれたワイバーンは大きく咆哮をあげ、翼を翻し空高く舞い上がった。
「えー……」
どんどん離れていくイリミリテスの町を眺めながら、俺はそんな風に呆れながら声を漏らすことしかできなかった。




