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救出、そして求愛される。

 エディルがアリスティアの身体と入れ替わってから、一か月が経とうとしていた。

 先日の昏倒事件以来、エディルが目まいを起こし倒れる回数が増えた。

 ほんの一時のことだが、いきなり意識を失う。

 その間、彼女の身体は氷で出来ているかのように冷たく、脈もほとんど感じられない。

 心臓が止まっているのではないか。

 そんな不安に襲われるが、しばらくすると彼女は息を吹き返したように意識を取り戻す。

 (おそらく、アリスティアの魂と、身体が同調しているのだ)

 エディルの身体にいるであろう、アリスティアの魂の灯が消えかけている。アリスティアの炎が消えようとするたびに、身体の方にも異変が襲ってきているのだろう。

 エディルも、そのことが解っているらしい。日々増えてくる目まいに、彼女の口数は減っていった。

 この目まいが訪れなくなった時。

 それは、元に戻れなくなった証となる。

 エディルの身体のなかでアリスティアが亡くなり、エディルとしてアリスティアが葬られてしまう。そうなれば、たとえ身体を発見できたとしても、エディルが元に戻ることは難しくなるだろう。

 いや、そうなった時、エディルはアリスティアとして生きていくしかなくなる。

 日に日に元気を失くし、笑顔を見せなくなっていくエディル。彼女のために、医師が屋敷に常駐するようになり、理由を知らないメイドや執事、従僕たちは、またアリスティアの具合いが悪くなるのではないかと気をもんだ。

 それほどに、現状は緊迫していた。

 しかし、手がかりになりそうなものは、何一つ見つからなかった。

 屋敷のどこを捜しても、彼女のドレスの裾すら見ることが出来ない。

 (いったい、どこに隠しているんだ⁉)

 まさか、すでに埋葬されている、なんてことはないだろう。一応、近くの村の教会も当たってみたが、それらしい者の葬儀は行われていない。

 (仮にも、アリスティアの魂が入っているんだ。そんな無下には扱わないはずだ)

 とんでもない魔術を使ってはいるが、ケイリーは、アリスティアの忠実な乳母だった。こうして魂を入れ替えるなどということを実行したのだって、アリスティアを愛しているからだろうし、昔からアリスティアを娘以上に大切に扱っていたことを、ライナルトも知っている。

 (ならば、そのアリスティアをどこに隠す!?)

 アリスティアがまだ死んでいないとするならば、その身体を遠くにやるとは思い難い。

 最期は、最期だけでも看取ってやりたい。そう考えるのではないか。

 そう考えて、ケイリーの行動を監視したこともあるが、それらしいものは見つからなかった。

  

 「今日は、どこへいらしていたの⁉ お兄さま」

 アリスティアの身体に入ったままのエディルが、力なく微笑んだ。

 最近の彼女は、身体が弱っていることを理由に、自室のベッドの上に寝かされていることが多い。もちろん、看護という名のもとに、ケイリーから監視もされている。

 「庭を散策してきたんだよ。ちょうどバラが満開だったからね」

 そう言って、捜索の成果のかわりにバラをさしだす。

 「ちょうどいい具合いに咲いていたから。園丁(ガーデナー)に頼んでいくつか切ってもらってきたよ」

 彼女にバラを差し出す。

 薄いピンクのバラは、その豊かな香りでエディルの鼻孔をくすぐる。

 「いい香りだわ」

 胸いっぱいに香気を吸い込んで、エディルが答えた。

 「もう、バラの季節なのね」

 アリスティアの身体に入ってから、エディルはほとんど外に出ていない。いつの間にか、そんな季節になっていたことを、持ち込まれたバラで知る。

 「君に見せてあげたいな。今、庭は花盛りになっているよ」

 ルピナス、デルフィニウム、リナリア、ジキタリス、オルレア。

 初夏の庭は、花々が咲き誇り、その美しさを競い合っている。

 「ステキね」

 ウットリ目を閉じたあとに、バラをケイリーに預けた。花瓶に生けてくれるのだろう。花束をもって、彼女が一旦退出する。

 「調子はどうだ!?」

 ケイリーがいなくなったのを確認してから問うた。

 「今は特に変化はありません。ですが、ケイリーの監視が厳しくなって…」

 「そうか」

 エディルがうなだれると、ライナルトもつられたように視線を落とした。

 「ライナルトさま」

 上掛けを握りしめて、呼びかける。

 「私は、覚悟を決めてます。ですから、無茶だけは、危険なことだけはしないでください」

 このままアリスティアとして生きていく。

 頑張ってエディルの身体を捜してくれているライナルトには申し訳ないが、その心構えは出来ている。そう伝えたかった。

 アリスティアを取り戻せないままなのは、心苦しいけれど。

 「私は、大丈夫ですから」

 「エディル…」

 ライナルトが眉根を寄せた。

 「案外、このままのほうがいいのかもしれません」

 なるべく平気なふりをして笑いかける。

 「お嬢さまが亡くならないから、伯爵さまたちだってお嘆きになることもないでしょうし。私だって、令嬢として不自由なく暮らせますしっ!! …ライナルトさまっ!?」

 言葉を遮るように、身体を抱きしめられ、エディルは戸惑った。

 「…そんなこと、言うな」

 絞りだすような、かすれたライナルトの声が耳朶に響く。

 「オレは、なんとしてもお前を助けたいんだ」

 「はい…」

 その熱さに、エディルはそれ以上言葉を紡げなかった。

 誰かに、こんなに気にかけてもらったのは、生まれて初めてだ。こんなふうに抱きしめられたのも。

 たとえ、この一時のことだとしても、この先、アリスティアとして生きてくことになっても、この腕の力強さと、優しさを忘れない。

 エディルは、そう心に誓った。

 

 「それにしても」

 身を離したライナルトが切り出した。いつケイリーが戻ってきてもいいように、その態度は、優しい兄そのものだった。

 「お前は、いい香りがするな」

 「香り!?」

 先ほどのバラの香りでも移ったのだろうか。

 自分の腕とか手の匂いを確認する。

 (………⁉)

 特に、何も感じられないのだけど。

 「匂いますか⁉」

 「ああ、安らぐような気持ちのいい香りだ」

 それは、もしかして…。

 「この香りですか⁉」

 エディルは、自分のベッドのリネンの一部を、彼の前に突き出した。

 「ああ、これに近いな。…これは、なんの香りだ⁉」

 少し鼻をあてたライナルトが首をかしげる。

 「ラベンダーです。よくベッドのリネンには、この香りが使われますから」

 毎年初夏に薄紫の花を咲かせるラベンダーは、スティック状に束ねられ、リネンなどの香りづけに使われる。

 「そろそろラベンダーも花盛りの季節ですし。新しいスティックでも使っているのかもしれません」

 そんなリネンに包まれて一日中過ごしているのだ。エディルの身体からその香りがしても、おかしくはない。

 「いや…」

 もう一度、ライナルトがエディルに近づき、その香りを確認する。ナイトドレスから露出した腕を肩を首筋を。エディルが真っ赤になるものお構いなしに、身体の匂いを嗅ぎ続ける。

 「お前の身体のなかから香っている。そんな気がする」

 「えっ……⁉ それは、いったい…」

 どういうことなのか⁉ エディルには理解できない。

 「なあ。ラベンダーとは、どういう花だ⁉」

 「えと…。濃い青紫の花穂がつく花で…」

 「葉は!? どんな形をしている!?」

 「銀緑色の、少し綿毛のような触感でしょうか。葉は細く、花穂が葉の中からスッと伸びています」

 「今の季節に咲くのか⁉」

 「ええ、そうですけど…、ライナルトさま!?」

 急に立ち上がったライナルトに、エディルは驚きの声を上げた。

 「なら、あそこだ」

 「えっ⁉」

 「ついてこいっ‼」

 言うなり、ライナルトがエディルをベッドから引きずり出した。

 腕をつかんだまま、ドアに向かって走り出す。訳がわからないエディルは、転びそうになりながらも必死についていくしかない。

 「待ってくださいっ!!」

 ずっとベッドのなかで過ごしていたせいか、エディルの体力は少ない。ライナルトにとって小走り程度の速さであっても、エディルには肩で息をしなくてはいけないほど苦しくなる。

 「なにが、あったんですかっ!!」

 「ラベンダーだ」

 「ラ、ラベンダーっ!?」

 「庭の奥に、今は使われていない温室(オランジェリー)があるんだ。お祖母さまが使っていたものでな。そこに、ラベンダーとかいう花が、咲き乱れていた」

 それが、どういう意味を表しているのか。

 「お前から香るその香りは、身体の隠された場所を示しているんじゃないのか⁉」

 「――あっ!!」

 ライナルトの言いたいことを理解したエディルは、空いた手で口元を押さえた。

 アリスティアとエディルは、どこか繋がりがある。

 エディルの身体に染み付いた香りが、アリスティアの身体にも、中にいるエディルの魂にも移ってきているのならば。

 「じゃあ、そこに行けば、私の身体が…」

 「可能性はある。急ぐぞ」

 ライナルトが足を速める。

 「きゃあっ…‼」

 足をもつれさせたエディルがつまずく。やはり、足元がおぼつかない。

 腕をライナルトに掴まれているおかげで転ぶことはなかったが、気がつけば、裸足のままである。服装もナイトドレスのままだ。このまま外に出るのはいくらなんでも難しい。

 (部屋に戻ってるヒマはないわ)

 このまま外に出るしかない。

 

 「どこへ行かれるのですか」

 

 背後から、背筋を震わせるような声がした。

 「ケイリー…」

 「ライナルトさま。お嬢さまをどこへ連れて行こうというのです⁉」

 手に花瓶を持ったまま、ケイリーが詰めよる。

 「お嬢さまは、まだ快復されておりませんのに。さあ、お部屋にお戻りになってくださいませ」

 ダメだ。このまま部屋に行ってしまえば、元に戻る機会を永遠に失ってしまう。

 エディルの背筋を、嫌な汗が流れ落ちる。

 「さあっ…‼」

 グイッとケイリーがもう片方の空いた腕を掴んだ。

 「嫌っ!!」


 ―――ドンッ!!

 

 鈍い音とともに、ケイリーが吹き飛ばされる。

 背中から壁に激突したケイリーと、その原因となったものを見比べる。

 「ライナルトさま…」

 「急げっ!! 今のうちだっ!!」

 言うなり、横抱きにかかえられた。

 玄関ホールに向かって、そのまま走り出す。

 「まっ、待てっ…‼」

 意識はあるのか、ケイリーがこちらに向かって震える手を伸ばしているのが、ライナルトの肩越しに見えた。

 こんなことになっても、まだケイリーは諦めていない。

 そのことに、戦慄が走る。

 途中すれ違った小姓(ボーイ)が、驚いたように、手にトレーを持ったままバンザイして道を開ける。何ごとかと、ビックリしたメイドが部屋から顔を出し、一瞬で引っ込んだ。

 エディルを抱えたライナルトは、振り向きもせずそのまま庭へと走りだす。

 ケイリーが追いかけてきているのか。

 怖くて、エディルには確認する勇気がない。ただひたすらに目をつむってライナルトの首にしがみつく。

 「あそこだっ!!」

 庭を大きく横切り、ラベンダーに囲まれた温室(オランジェリー)に近づく。

 大きなガラスで出来た古い

温室(オランジェリー)の周りには、濃い紫の花が咲き乱れ、花穂を風にそよがせていた。

 「くそっ‼」

 入り口に当たる部分は大きな錠前がかかっており、そう簡単には侵入を認めてくれそうにない。

 エディルを降ろし、ライナルトが乱暴にドアを蹴破ろうとする。

 だが。

 

 バシィィッ…‼


 「うわっ!!」

 「ライナルトさまっ!!」

 見えない壁に弾かれたライナルトの身体を、慌てて支える。

 「結界…⁉」

 エディルの身体を取り戻させないように、施されているのか。

 「くそっ、ここまで来てっ!!」

 悔しそうに、ライナルトが唇を噛んだ。

 「そんな…」

 もうあと少しなのに。

 エディルも力を失くし、地面に座り込む。

 (何か…。何か方法はないの⁉)

 

 シャラン…。

 

 エディルの胸元で、小さく音を立てて、銀色のものが揺らめいた。

 (護符(アミュレット)…)

 ハッと顔を上げる。

 「ライナルトさまっ、これならっ!!」

 慌てて、首から外しライナルトに渡す。

 ライナルトもそれに気づいたのだろう。自らの首にかけていたもう一対の護符(アミュレット)も取り出した。

 二つを手にして、入り口にかざす。


 「うわっ!!」

 「きゃああっ!!」

 

 一瞬にして世界が真っ白になったのではないかと思えるような、強烈な光がほとばしった。

 目の奥に残るような、激しい光。

 だが、次にまばたきするころには光は消え失せ、代わりにシャーンと何かが砕け散ったような音が耳に残った。

 「今のは…⁉」

 訳がわからず、二人で顔を見合わせる。

 「あ、結界はっ!?」

 また弾き飛ばされないか、おそるおそる指先で触れる。

 指は、何の抵抗も感じずに、温室ドア、木枠の部分をコンコンッと叩いてみせた。

 「…消えた!?」

 護符(アミュレット)のおかげなのだろうか。

 手のなかに残っている護符を見る。

 東洋の龍が掴むクリスタルは、その役目を終えたのか、二つとも大きくヒビが入っていた。

 「ありがとう…」

 軽く護符(アミュレット)に対して瞑目したあと、ライナルトは再びドアを蹴った。

 ガツガツと何度も蹴りつけ、丁番がはじけ飛ぶ。歪んだ扉に身体を打ちつけ、両開きの扉、片方のドアが音を立てて倒れた。

 「早くっ!!」

 急き立てられるように、その扉の隙間からなかに滑り込む。

 日暮れ間近の残照にあふれた温室のなかは、植物に囲まれ、オレンジの光に染まっている。表のラベンダーはここにも入り込んでいるのか、むせかえりそうなほどの香りであふれていた。

 「あっ…‼」

 その最奥に横たわるものを見つけ、エディルが声を上げた。

 「ライナルトさまっ、私の身体がっ!!」

 「ぐうっ…‼」

 「ライナルトさまっ!!」

 ライナルトが低く喉を鳴らした。ふり返ったエディルは蒼白になる。

 ライナルトの背後から、彼の首に腕を巻きつけ、ケイリーがその手にした短刀を彼に突きつけていた。

 老いた彼女のどこにそんな力があるのか。必死にもがくライナルトが暴れても、ケイリーはビクともしなかった。

 「さあ、戻っていらっしゃい、お嬢さま」

 ケイリーの目は、異様なほどの光にあふれていた。

 「これ以上、進んではなりませぬよ」

 短刀の先が、ライナルトの顔に近づく。

 彼を人質に、エディルを引き留めようとしているのだ。

 「オレに…、かまう、なっ…‼」

 呻くように、ライナルトが声を上げる。同時に、剣先が彼の頬に赤い筋を入れる。

 「やめてっ!!」

 エディルは叫んだ。

 「彼を傷つけないでっ!! …お願いっ」

 声が震える。悔しいけれど、これ以上ライナルトを傷つけられたくなかった。

 「さあ、いい子ですね。戻っていらっしゃい」

 ケイリーの言葉に逆らわず、足を踏み出す。

 「ぐっ…‼」

 ライナルトが、力任せに身体を反転させ、ケイリーに組みついた。その拍子に腕のシャツが裂け、袖口から血が滴り落ちたが、構わずに彼女を押さえ込む。

 「ライナルトさまっ!!」

 「早く行けっ!! 時間がないっ!!」

 ケイリーの身体を馬乗りになって押さえているが、ケイリーも渾身の力で反撃を試みている。手から短刀は離れず、必死にライナルトを傷つけようともがいている。

 「早くっ!! 時間がないっ!!」

 ライナルトが叫ぶ。

 「エディルッ!!」

 その声に弾かれたように踵を返した。

 身体まではさほど遠くはない。

 だが。

 (苦しい…)

 先ほどから、胸の奥、心臓が暴れるように痛む。目の前が明滅するかのように暗くなる。

 吐きそうなほどの猛烈な痛みを頭に感じている。手足が冷たい。感覚がほとんどない。

 (あと、もう少しなのに…)

 魔術が妨げているのか、それとも、アリスティアの魂の終焉が近づいているのか。

 どちらともとれない苦しみがエディルを襲っていた。

 「あっ…‼」

 足がもつれ、あと一歩のところで倒れる。

 祭壇のように設えられた台の上で眠る身体に手を伸ばす。

 (あと、ちょっと…っ!!)

 震える指先だけでも、触れることが出来たなら―――!!


 ――センセイ。


 不意に、誰かに背を押されたような感覚。

 指が、身体をかすめるように届く。


 ―――――ッ!!


 雷に撃たれたような衝撃がエディルを襲った。

 全身が震え、目を大きく見開くが何も見えない。声を出そうと口を開くが、声どころか息すら吐きだすことが出来なくなる。

 (ああ…っ!!)

 ビクビクと身体を痙攣させ、そしてエディルはその意識を手放した。

 「エディルッ!!」

 その様子に、力を失ったケイリーから離れ、ライナルトが駆け寄る。

 グッタリと動かなくなった妹の身体を抱き起し、大きく揺さぶる。

 「しっかりしろっ!! おいっ!!」

 腕のなか、揺さぶられるままになっていた身体に、微かな力がこもった。

 「エディ…」

 呼びかけかけて、ライナルトは言葉を切る。

 薄く開いた水色の瞳。

 その奥にいるのは…。

 「アリスティア…」

 声もなく、アリスティアがその頬を緩めた。兄の腕のなかから、笑いかけるような表情をしてみせる。

 口はわずかに動いたものの、言葉は紡がれることなく、瞼は再び閉じられた。

 全身から力も失われ、ズシリとした身体の重みだけがライナルトに伝わった。

 「アリスティアッ!!」

 取り戻した妹を、力任せに抱きしめる。

 アリスティア生命の灯が消えていく。身体がじょじょに冷えていくのをライナルトは受け止めた。

 その目からは、涙があふれ落ちる。

 魔術で入れ替わっていた二人を、元に戻せばどうなるか。わかっていたはずだった。

 正しいことをしたと思っている。

 だが、同時に妹を死なせたのだという慚愧の念にもかられていた。

 「すまないっ!! …アリスティアッ!!」

 赦されないかもしれない。けれど、謝らずにいられなかった。

 「あああああっ!! お嬢さまっ!!」

 ライナルトの背後で、ケイリーが絶叫した。

 「お嬢さまっ!! お嬢さまっ!!」

 地面に泣き伏し、狂ったように叫び続ける。

 「あああああっ…。お嬢さまっ、申し訳ございませんっ…‼」

 ケイリーは、アリスティアを死なせないように頑張っていた。例えその方法が間違ったものであっても、妹を愛していたことに変わりはない。

 ライナルトは、ケイリーの姿に哀れさを感じていた。

 「申し訳ありませんっ…‼ 奥さまっ!!」

 嗚咽混じりに、ケイリーが何度も謝る。

 力なく立ち上がった彼女は、こちらを見ることなく、フラフラと温室から出て行った。持っていたはずの短刀も、彼女の手からこぼれ落ちた。

 「お嬢さま…、申し訳ありません、奥さま」

 ブツブツとくり返し、幽霊のようなうつろな顔で、出て行く。

 「待てっ!!」

 ケイリーを呼び止めようとしたライナルトの視界の隅で、ピクリと動くものがあった。

 痙攣したような、細い指。

 「エディル…⁉」

 指の次は、腕、足、身体、瞼。

 少しづつピクピクと動く。

 「エディルッ!!」

 祭壇に横たわる彼女をのぞき込む。

 次第に頬が桃色に染まり、血が通い始めたのが見て取れた。

 「んっ…‼」

 微かなうめき声を上げて、その目を開く。

 「ライナルト…さま…」

 かすれた声。しかし、血の通った温かな声。ライナルトを呼ぶ、エディルの声。

 ゆっくりとエディルが身体を起こす。

 ライナルトがキャラメル色と評した髪が、サラリとエディルの身体を縁取るように流れ落ちた。

 「無事…か⁉」

 震える声で、ライナルトが問うた。

 「はい」

 短く、エディルが答える。

 「よかった。…なあ、エディル」

 ライナルトの目から、再び涙がこぼれ落ちた。

 「オレは、たった今、妹を、アリスティアを死なせたよ」

 腕のなかにいる、アリスティアは冷たい。

 魂はもうどこにもなく、天に召されてしまった。

 「それは違います、ライナルトさま…」

 ゆっくりとエディルは、祭壇から降りた。アリスティアの亡骸を抱きしめているライナルトを優しく包み込む。

 「ライナルトさまは、お嬢さまを、アリスティアさまをお救いしたんです」

 正しく天に導かれるように。

 「エディルッ…‼」

 温室の外はいつの間にか夕闇に染まり、世界は藍色に満ち始めていた。

 その世界の片隅で、声を詰まらせたライナルトを、エディルは一緒に泣きながらいつまでも抱きしめ続けた。

 

 翌日。

 急死したアリスティアのために、慌ただしく葬儀の支度が行われた。

 身体の弱いアリスティアのことだから、ある程度の覚悟は屋敷のなかにあったようだった。しかし、覚悟があったからといって、悲しくないなどということはなかった。

 葬儀の間、あちこちからすすり泣く声が聞かれ、嗚咽が屋敷全体に響き渡った。

 伯爵は悲嘆にくれ、夫人は抜け殻のようなうつろな状態で葬儀に参加した。

 エディルは、そんな葬儀に顔を出すことが出来ずに、遠くから眺め、そしてその場を立ち去った。


 嘆き悲しむ両親に代わって、葬儀からなにから、すべてを取り仕切ったのは、兄であるライナルトだった。

 両親同様、妹の死を悲しんでいるだろうに、気丈に振る舞う後継ぎを見て、参列者たちは、何度も涙を拭った。

 

 葬儀をすませると、ライナルトは母の居室に向かった。

 母、伯爵夫人は、娘とともに魂を持っていかれたのではないか。そう周囲から見られたように、虚脱の極みにいた。

 葬儀の前、ライナルトがアリスティアを連れ帰った時、激しく取り乱したが、その先は、涙すら流すのを忘れたようだった。

 「母上」

 ライナルトが声をかけても、ボンヤリと視線を向けるだけである。

 「お話しがあります」

 ライナルトの声は硬かった。

 「アリスティアの身体を入れ替えたのは、アナタですね」

 その言葉に、夫人がピクリと動いた。

 「どうして、それを…」

 うつろだった目に生気が宿る。

 「ケイリーが仕組んだことだ。最初、そう思っていました。彼女が単独でやったことだと」

 アリスティアを思うあまり、ケイリーが霊媒師でも呼んだのかと。

 しかし、一介の乳母に過ぎないケイリーが、霊媒師に会う機会などほぼ無いに等しい。ああいう輩に会うことが出来るのは、もっと上流、オカルトを楽しむ余裕のある人物だけだった。

 「ですが、アリスティアの亡くなった時、ケイリーが言ったんです。『申し訳ありません、奥さま』と」

 亡くなったアリスティアに対して申し訳なく思うのは不自然ではない。しかし、何度も「奥さま」とケイリーは連呼した。

 それは、この入れ替わりを示唆したのが、この母だったからではないだろうか。母の願い通りに入れ替わりを成功させ、アリスティアという存在を生き永らえさせることが出来なかったから。だからケイリーは、あれほど詫びたのではないだろうか。

 「ええ、そうよ。私がそそのかしたの」

 伯爵夫人がゆっくりと椅子から立ち上がった。

 「あの子に、なんとしても生きていてほしかったから」

 「でも、入れ替わって生かしても、それはエディルであって、アリスティアじゃないっ!!」

 「知ってるわっ!!」

 夫人が叫び返した。

 「私に必要だったのは、〈アリスティア〉だったのだものっ!!」

 ライナルトは、その勢いに、二の句が接げなかった。

 「あの人は、アリスティアを愛していた。あの子さえいてくれれば、あの人は浮気もせずにいてくれたっ!!」

 あの人とは、父、伯爵のことを指しているのだろうか。

 「それなのに、あの子は死んでしまった。もう繋ぎとめることは出来ないわ」

 夫人が、己の手のひらに視線を落とした。

 「こんなことになるから、サッサとエディルを殺しておけと、ケイリーに言ったのに。それなのに、『せめて、お亡くなりになるまでは』って言って嫌がるから…」

 ブツブツと唱えられた実情に、ライナルトは吐き気を覚えた。

 エディルの身体に入ったアリスティアを、この母は殺そうとしたのだ。入れ替わりを完璧にするため、二度とアリスティアが戻ってこれないように。

 それを阻止していたのが、ケイリーだった。乳母(ナニー)の彼女は、自分の娘のようにアリスティアを思っていた。もしかしたら、生命力にあふれたエディルの身体でなら、アリスティアも生きる力を取り戻すかもしれない。そんなことを考えていたのだろう。だから、母の指示に従わず、エディルの身体を隠すことにした。万が一、アリスティアが元気になれば、もう一度身体を入れ替えることの出来るように。

 「母上…」

 ライナルトは、深く瞑目した。さまざまな思いが心をよぎる。

 「お別れです。オレは、アナタに二度と会いません」

 己のことしか愛さない母に別れを告げた。


 「母さーん、ちょっとアニタの店に行ってくるねー」

 元気よく、家のなかに声をかける。

 「気をつけてねー」

 はーいと、軽く返事をしながら、エディルは道を歩き出した。いたずらな風が、結い上げからこぼれ落ちた髪を揺らす。

 「あっ、お姉ちゃん、どっかお出かけ!?」

 目ざとくエディルを見つけた妹、エファが、エプロンについた土を払いながら声を上げた。そのあとを歩き出したばかりの弟、エトがトテトテとついてくる。

 「うん、ちょっとアニタの店にね」

 「ずるーい、アタシも行きたいっ!!」

 エファが、そのリンゴのようなふっくらした頬を膨らませる。

 いつの間にか合流したエリアンも「僕もー」と参加した。

 「ちょっと待ってよ。お姉ちゃんは、遊びに行くわけじゃないのよ」

 だからついてきちゃダメっと、叱ってみせる。

 「えーっ。どーせ、雑誌か何かを買うだけでしょ⁉」

 エディルの用事など、弟妹にはお見通しだった。

 「だったら、一緒に行って、僕、飴が欲しいなぁ」

 「アタシ、リボンッ!!」

 「ちょっ、なんで私が買ってあげなきゃいけないのよっ!!」

 エトだけは、何もねだらなかったが、それでもついていく気満々なのか、あーうー言いながら、エディルのスカートに掴まりだした。

 「…もう。仕方ないわね」

 諦めのため息を吐いて、エトを抱き上げる。

 この弟妹たちは、エディルが押しに弱い姉であることを知っている。少しねだれば、無理のない範囲で、甘えさせてくれることも。

 エディルだって、自分が弱いことを自覚していた。

 (まっ、たまにはいいわ)

 それが、彼女の口癖であり、いつもの言い訳であった。

 あれから約一年。

 エディルは、自分の故郷に帰っていた。

 着の身着のままで帰ってきたエディルを、家族は温かく迎え入れてくれた。その時のエディルは、きっと追い詰められたような顔をしていたのだろう。何があったのか話さない娘に、家族の誰もが問いただすことはなかった。

 エディルは、その優しさに甘え、何も言わずに暮らしている。

 (まあ、言ったところで信じてもらえないでしょうし)

 エディルだって、たまに思うのだ。あの屋敷でのことは、すべて幻だったのではないかと。

 アリスティアのこと、ライナルトのこと。

 入れ替わりの魔術をかけられたこと。

 すべてが自分の妄想だったのではないか。

 こうして、平和な故郷の暮らしのなかに身を置き続けていると、そんな錯覚にとらわれる。

 エディルが、こうしてアニタの店に行くのは、妹たちの言うような雑誌を買うためではなかった。新聞を読み、そこに伯爵家のことが書いてないか、探すためだった。

 あの家になにかあれば、必ず記事になっているだろう。あのあとライナルトたちがどうしているのか。屋敷がどうなっているのか。少しでも知りたいと願い、エディルはアニタの店に通っていた。

 (逃げ出したくせにね)

 自分で、自分を笑う。

 あの後、アリスティアの葬儀など、大変だったに違いないライナルトを置いて、エディルは故郷に逃げ帰った。

 あんな恐ろしい目に遭ったのだから、逃げて当然だと思う。しかし、妹を失い悲しむ彼を、慰めもせずに置いてきてしまった。自分がいることで、彼の悲しみが弥増してしまうのではないか。そんな懸念もあった。それに、女家庭教師(ガヴァネス)でもなくなってしまった自分に、身の置き所など、あの屋敷のなかに存在していない。

 (これで、いいのよ。これで)

 アリスティアのことを思い出すと、胸が苦しくなる。

 ライナルトのことを思い浮かべると、心が切なくなる。

 だけど、もう自分にはどうしようもないのだから、ゆっくり時間をかけてでも忘れたらいい。

 いつか、こうして新聞で確かめようとすることもなくなり、懐かしい過去の話として、誰かに語れる日がくるかもしれない。

 それまでは、家族とともに、ゆったりとしたこの世界のなかに埋もれていればいい。

 エディルは、何度も自分に言い聞かせていた。


 「あっ!! お姉ちゃんっ!! 誰か来るよ!!」

 目ざとく見つけたエファが指さす。

 田舎の一本道。両脇に広がる麦畑のなかを、前方から人が歩いてくるのが見えた。

 エトを抱きながら、「失礼よ」と、エファの指をたしなめる。

 「珍しいね。紳士だよ、あれ」

 エリアンの言葉に、エディルも頷く。

 田舎では珍しい、濃い黒のシルクハット。それと同じようにあつらえた、黒く光沢のあるスーツ。白いシャツの上に黒くゆるやかにまかれた、幅広のタイはとても印象的だった。手にはステッキがあり、手袋もしなやかそうで上質。エリアンの示す通り、田舎には珍しい、完璧なまでの紳士だった。

 (あれはっ…‼)

 ドンドンと近づいてくる相手に、思わずエディルは、口を押えた。

 まさか、そんな。ありえない。

 いろんな感情が、エディルのなかに渦巻き始める。

 「やあ、久しぶりだね」

 目の前まで歩いてきた紳士が、軽く帽子を上げて挨拶をした。

 「ライナルトさま…」

 信じられなかった。

 伯爵家の嫡男である彼が、どうしてこの村に来ているのだろう。夢でも見ているような、不確かな感覚にとらわれる。

 「その子は、もしかして、君の子ども!?」

 茶目っ気たっぷりにライナルトが問いかけた。

 スカートの後ろに隠れてしまったエファと、物珍しそうに見上げるエリアン。指をしゃぶりながら抱き上げられてるエト。

 「いえ、弟たちです」

 「よかった。『はいそうです』なんて言われたらどうしようかと思った」

 そんなわけないでしょ、とか、そういう言葉は今のエディルのなかにわいてこなかった。ただひたすらに「どうして!?」という言葉だけが、身体のなかで渦巻いている。

 「少し話しをしたいんだが…」

 「お姉ちゃんっ、あたし、先に行ってるねっ!!」

 ちょっと困ったようなライナルトの声に、何かを察したのか、エファが、強引にエトを抱きとり、理解しきれていないエリアンの手を引っ張って走っていった。

 「いい妹だな」

 その少しおしゃま過ぎる背中に、ライナルトがクスリと笑う。エディルも、軽くため息をついて、その背中を見送った。

 道端で立ち話も悪いので、家に案内しようとすると、こっちでいいと、道の脇から続く小さな丘へと歩いて行った。

 少しだけ小高くなっているその場所からは、麦畑と小川、村の家、そして先ほどの道がよく見渡せた。

 「ここは、気持ちのいい風が吹くな」

 エディルの隣で、ライナルトが大きく息を吸い込んだ。

 陽射しのぬくもり、草の匂い。それらが辺りを満たしている。

 「こんなところでピクニックでもしたら、楽しいんだろうな」

 その言葉に、エディルはライナルトとの、あのボートで遊んだことを思い出した。あの、温かな陽射し、木漏れ日の眩しさ。ヒンヤリ涼やかな川面を渡る風。

 すべてが、まるで昨日のことのように思い出された。

 あの時は、兄と妹として、ボートに乗ったけれど。今は…。

 (ダメよ。何考えてるの)

 強く目をつむり、首をふる。

 「エディル」

 ライナルトが呼びかけた。

 「来月、オレはこの国を離れる。もう一度、東洋の国を回るつもりだ。帰ってくるのは、かなり先になると思う」

 「そう…ですか」

 ライナルトは、別れを告げに来てくれたのだろう。この先、会うこともないエディルに、最後の別れを。

 そう思うと、じわっと目が熱くなるのを感じた。

 同じ国にいたとしても、ライナルトと自分では身分も違う。二度と会うこともすれ違うことも出来ない存在だ。

 こうして会いに来てくれただけで、充分だ。アリスティアを亡くしたばかりのころと違って、幾分元気になったように見える。

 それだけでも、確認出来てよかった。

 「向こうの国に行かれても、お元気で。お身体にお気をつけて」

 ――お手紙でも書いてください。なんて社交辞令はやめておく。もし、本当に手紙をもらってしまったら、きっと何も忘れられなくなってしまう。

 笑って見送るんだ。何ごともなかったかのように。エディルは、心にそう念じた。

 「オレと、一緒に来てくれないか⁉」

 「……えっ⁉」

 無理矢理笑顔を作り出したエディルは、そのまま動けなくなった。

 「君に、一緒に来てほしいんだ」

 …それは、どういう…。

 とっさに言葉が出てこず、エディルは、こぼれんばかりに目を見開いた。

 「オレの旅に、ついて来てほしい。エディル」

 ライナルトが、軽く息を吸い込んだ。

 「オレは、君と一緒に世界を回りたい。君が東洋に行きたいと望むのであればそのように。ほかの国がよければそこにも行こう。ずっと一緒に、いたいんだ、エディル」

 「ライナルトさま…」

 「あれからずっと君のことを考えていた。魔術から救い出した君と話しがしたかった。ちゃんと会ってみたかった。君が、どんな女性なのか知りたかった」

 「あ…」

 あの時、逃げるように屋敷を離れたエディルは、ライナルトに、ちゃんとお礼すら言ってなかった。

 「考えるたび、君に会いたくてしかたなかった。大変な目に遭っているのに他人を思いやれる優しさ、何事にも興味を持って接する心の柔軟さ。そんな君に、オレは惹かれてたんだと思う」

 ライナルトが、エディルの両腕を掴んだ。

 「一度でいいから、君の声で名前を呼ばれたいと思った。その瞳にオレを映してほしいと願った。エディル。オレを見て、名を呼んでくれないか⁉」

 真剣なライナルトの青い目に、自分が映っているのを見て、エディルの心臓は大きく跳ねた。

 「ライナルト…さま」

 吸い込まれるような青い瞳から、目が離せない。

 (私、また魔術にでもかかっているのかしら。それとも夢を見ているの⁉)

 フワフワと身体が頼りなくかんじる。それなのに、全身を流れる血の音がやけに大きく聞こえた。ライナルトに掴まれた腕は、布越しなのに、彼の熱をエディルにハッキリと伝えている。腕が、燃えるような熱をはらむ。

 「オレは、ずっと君と一緒にいたいと思っている。エディル、君の気持ちを、聞かせてくれないか⁉」

 「ライナルトさま…」

 「そしてどうかオレと、一緒に来てほしい」

 「あ…、わっ、私もっ…、いっしょに…」

 エディルの目から涙がこぼれ落ちる。唇が震え、言葉がうまく紡げなくなる。わななく口で、必死に伝えようとするが、これが精一杯だった。

 しかし、それでもエディルの言いたいことをライナルトは感じてくれたらしい。

 「エディルッ…」

 細いエディルの身体を、力一杯ライナルトが抱きしめた。

 エディルも、その胸にすがりつくように、スーツを握りしめる。

 「君が、好きだ。エディル」

 エディルの耳朶に、ライナルトの熱い告白が触れた。

 彼の腕に包まれながら、少し顔を上げると、自分を見つめる青い眼差しがそこにあった。

 吸い寄せられるようにエディルが目を閉じると、しっとりと自分の唇に、ライナルトのそれが重なった。

 その衝撃が、喜びとなって、エディルの身体を満たす。

 あの、最後に自分の背を押してくれたのは、助けてくれたのは、アリスティアの魂だったのではないか。エディルはそう思っている。

 魔術によって入れ替えられたことを不本意に思っていたのは、エディルだけではなく、アリスティアも同じ気持ちだったのではないか。だから、たとえ元に戻れば、自分が死ぬ運命にあるのだとしても、エディルの背を押してくれた。

 そんなアリスティアの代わりに、亡くした妹の代わりになれるとは思っていない。けれど、自分がそばにいることで、少しでもライナルトの支えになれるのであれば。ライナルトが自分を必要としてくれているのであれば。

 自分は、地の果てだろうと彼について行く。


 「キャ―――ッ!!」

 

 抱き合う二人の近く。茂みの中から幼く甲高い叫び声がした。

 茂みがガサガサと大きく揺れ、なかから子どもたちが飛び出した。

 「あっ!! エリアンッ、エファッ!!」

 飛び跳ねるように、一目散に駆けていく弟妹たちにエディルは抗議の声を上げた。

 自分たちのことを、盗み見られてたのだと思うと、顔どころか、身体中から火をふきそうだ。

 恥ずかしさから彼らを追っかけて行こうとするエディルを、グッとライナルトが抱き寄せ直した。

 エディルも弟たちを怒るのをあきらめ、素直にライナルトの腕のなかに身をあずける。

 「S'il te plait épouse-moi (結婚してくれないか⁉)」

 囁くようにライナルトが告げる。それは、あまりにもサラッとした大胆な告白で、エディルの胸を熱くする。

 「Répondre moi!? (答えて)」

 そんなの、聞かなくてもわかっているだろうに。

 彼の少し速くなった鼓動に耳をすませながら、たった一つしかない答えを口にする。

 「Oui (はい)」

 温かな春の終わりを告げる風が丘を渡り、二人の足元の花を揺らす。それは、この先に広がる世界を予感させる、幸せの知らせに感じられた。


                           おしまい。

 第四話です。最終話です。

 ここを書くにあたり、さんざんイングリッシュガーデンだの、バラだの見てたら、自分の庭をいじりたくなりました。ルピナスとかジギタリスとか。バラに合う花はウチの庭にあるものから名前チョイス。もちろんラベンダーもあります。ラベンダースティックだって、自前で作るぜい。(某園芸サイトに別PNで投稿してるぐらいに、園芸好き)今、ちょうどバラの大苗の時期だし、また新しいの植えようかな。

 ということで、最終回です。

 ここまで読んでくださった方。本当にありがとうございます。

 現在、絶賛体力精神力低下中のいもあん。ですが、なんとかここまで投稿出来ました。(ストレスからくる体調不良、未だ治らず) 次回をどうするか、全く決めておりませんが、調子よければ、投稿は続けたい。そう思ってます。

 この先も、ボチボチ投稿を続けていくので、見かけたら覗いてやってください。

 それでは、またお会いできる日を楽しみにして。

             令和2年 2月 いもあん。

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