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83・鍋島元茂、月の鏡を借りること《壱》

 勝丸に呼ばれて鶴寮の部屋を出た鍋島元茂が案内されたのは、鶴寮の向かいにある鶴寮のお部屋番と主務の待機部屋だった。


「――結論から言うと、お前さんはしばらく北の御殿にいな。鶴の寮はちいっとばかし四人じゃあ狭いだろうが、隣の笹の寮の部屋で寝りゃあいい」


「ど、どうしてそのような……」


 勝丸はため息を付いて言った。


「上役連中は皆事なかれ主義で面倒臭がりだ。時を稼ごうとしてんのさ。鬼が出たなんて噂がずいぶん広まっちまってるからなあ……幸い、化け物本体を実際に目にした人間はうちの生徒三人とお前さんだけだ。化け物騒ぎの張本人であるお前さんを生徒たちから遠ざけて、この一件を有耶無耶にしたいんだろ」


「そ、そうですか……確かに、私も自分の寮に戻らずに済むならその方が……」


「上覧試合まであと五日。授業もろくになく生徒連中は皆剣術の自主稽古ときた。お前さんは剣術の稽古なんてこれ以上やらなくたって大丈夫だろう? ここでしばし大人しくしてな。もっとも? うちの寮の連中はそうもいかねえだろうがねえ……」


 勝丸がそう言うと、鈴彦が何度も頷いた。その表情が元茂にはなんだかひどく嬉しそうに見えるから不思議である。


「千徳のお父上はな……お前さんのことをひどく心配していたよ」 


 そう言うと、勝丸は自分のすぐ脇に置いていた木箱を手にとった。小さな枡形に蓋の付いたそれを元茂に差し出す。


 箱を結わえていた紐を緩めると澄んだ霊気が漏れ溢れる気配がして、元茂は勝丸へ目をやった。


「千徳のお父上が、お前さんに貸してやると言って寄越したんだ」


 木箱の蓋を開いて中身を見つめる――それは割れた鏡の破片のように見えた。


「俺は千徳の実家へ行っとったんだ。ちょうど今千徳の親父さんが江戸へ来ているから忠郷と総次郎を連れて謝りにな。まあ、あいつらはおまけみてえなもんだが……」 


「これは……」


「月の水鏡の破片だとさ」


「月の……水鏡?」


「そう。お前さんが知っているかどうかは知らねえがな、道具にまじないや仕掛けを施して龍脈の力を集めたり、力を行使したりするのに使ったりすることがあるんだよ。まあ、だいたいそういう《名物》ってのは神社や寺に宝物として収められとるもんだがね。こいつは昔、御所にあった鏡なんだとさ」


「御所に……」


「そう。むかしはこいつで月の光を集めてたんだ」


 勝丸がそっと破片を、包まれている布毎箱から取り出して言った。


「むかし?」


「そう。おとぎ話みてえなもんだわな……」


 勝丸は語り出す。


 それは、むかしむかし

 今よりずっと夜が暗く、月の光に満ちていた時代のことーー


「ある時、月の龍脈のぬしが都に現れたんだ。月の光を司る、どえらい土地神さまだよ」


 ぬしは美しい女の姿をしていて、御所で帝に取り入ると好き放題やって日の本の政を狂わせた。

 帝は美しい月の龍脈の主にすっかり心を奪われて、彼女の意のままに操られちまったというわけだ。


 だけど、そうそういつまでも悪いことってのは続かない。


 御所で好き放題やっていた月の龍脈のぬしだが、陰陽師らの謀に負けて打ち倒されちまったんだよ。


 ぬしは月の光を集めるために作られた大きな丸い鏡に封じ込められた。


 


「そ、それが……この……」


「そう。邪悪な月の龍脈の仙女――玉藻前を封じた鏡だとさ」


 元茂は耳を疑って尋ねた。


「た、玉藻の前というのは確か……尾が何本もあるという、狐の化け物か何かでは?」


「ああ、俺もそう聞いていたぜ。打ち倒されて、確か那須で石にされたとかなんとかって話だわな。要するに、そういう化け物を操ることも出来たのさ月の龍脈のぬしさまとやらは。闇の龍脈ってのは月の光の力には弱いんだから、月の龍脈のぬしさまなら鬼や邪も意のままに出来るわな」




 そうして、ぬしを封じた大鏡は御所への昇殿が許された貴族たちが持ち回りで管理をすることになったらしい。


 そうして時が流れーー大変なことになった。


 都に危機が迫ったのだ。

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