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71・ひとりぼっちの君たちへ

「お言葉ですが中納言殿? 千徳が一人きりで寂しそうと思ったことは一度もないわ。兄弟がいないというのは聞いたけれど……だってあたしたち、上杉の家にいるっていう付喪神やそれ……そこにいる化け物にもお会いしましたのよ。こんな輩共が周囲にいるし、この屋敷へ戻れば小姓だっているのでしょ? 一人じゃないじゃない」


 総次郎は驚いた――直接物を尋ねるなんて。時折こいつは妙な胆力がある。


「……人の上に立つ人間は皆孤独だ、下野守殿」


 久しぶりに大人に藩主としての官位で呼ばれて、忠郷は身構えた。


「……お手前にはおわかりになるだろう。己と立場や境遇の違う家来達では何の支えにならぬこともある。化け物どもはわかったような顔をするが、連中に人の心の深淵は理解できない。周囲に賑やかしがどんなにいても、藩主として背負う貴方の苦しみや悲しみ……そうした孤独は、同じ境遇の者にしか理解出来ぬことだ」


 ああ、そうかーーと、忠郷が思うよりも早く視線は交わった。


「……某も十で父を亡くした。賢い兄は既に死に、某が父の跡を継ぐより他に道がなかった。下野守殿の境遇も同じはず。ただ、若くして六十万石もの領国を治めてゆくのは並大抵の苦労ではないだろう。某の孤独などとは比べるべくもない」


 忠郷は色々なものが胸に湧き上がったものの、喉がつかえたようでそれが少しも言葉としては出てこなかった。


「……だが、某には義父が集め置いてくだされた義兄弟どもがいた。皆他家からやってきた赤の他人で、義父上の顔を立てるという理由を除けば仲良くする義理などない。我らは当然のように喧嘩ばかりしていたが……しかし、今でも連中には心を助けられておる」


「心を……?」


 総次郎が呟いた。


「……身分の上下もなく、何の遠慮や憚りもなく同じ境遇として物を言い合えたのは、儂の生涯にはあの義兄弟どもを置いて他にない。皆誰に遠慮することもなく自分の好き勝手をやって、結局最後は散り散りになったが……それでよい。敵味方に分かれるとて、奴らには腹も立たぬ。そもそもそういう連中だ」


「うちは死んだ御方が後継者を《こいつ!》って名指しで指名していたわけじゃあないもんだからさ? 結局主上が跡目を継いでもいちゃもんつける奴らが相当いて、そういう輩どもが主上の義兄弟の三郎景虎を擁して内乱になったわけ。まあ……これがひどい内乱でね。どこの家でも跡目争いなんてのはえげつないもんだ」


 総次郎は彼の視線が自分に向けられて身体を固くした。

 まじまじ見れば顔の傷は相当に酷い。この世のもので傷つけられた傷ではないということがよく分かる。


「……心に何事か感じることがあるなら、惜しみなく迷わず伝えることだ。戦のない時代となっても人はいつ死ぬかわからぬし、争いのない時代にあっても、敵味方に分かれてそれっきりということもある。死んだ人間は戻らぬし、生きているとて二度と会えぬということはままあること」


 刹那、総次郎の脳裏を過ぎったのは、本人に届かず戻ってきた文の束だった。


 江戸にいるのか国元にいるのか、どこにいるのかも自分には知らされない腹違いの兄に出した文。


「……伝えられなかった言葉は呪いとなって、己の中に永遠に残る」


(ああ、そうだ。その通りだ。しかし、そんな簡単に上手くいくもんか……)


「……願わくば、息子にもそうした存在があればと思っていた。儂は義父のようなことは出来なんだ。兄弟もつくってやれなかった」


「そりゃあまあ……こいつらもお手前のご子息とはいつも喧嘩をしてますがね、いずれ思い出して心の支えに出来るような美しいことなんざ……こいつらの毎日にあるようにはとても思えんが……」


「なんですって!?」


 忠郷が不満の声を上げる。草間一文字が笑い、


「そういうもんさ。そういうものでいいんだよ。いや、そういうものが一番いいのさ」


 と勝丸に言った。



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