67・かしましい姫君たち、学寮の心配をすること《弐》
しかしお振は二人の言葉には関心を失ったようで、心配そうに締め切られた雨戸を見つめる市に声を掛けた。
「市姫は?」
突然話を振られて、数秒市は反応が遅れた。振り返って三人を見る。
「あ、ああ……わたし?」
「そうでしたね! 市姫さまもこの間の交流会では若様とお話していたんでしょう?」
聞きました、とはしゃぐ皐姫が依姫に目をやった。
「そうよ。案外隅に置けないわね。嫁になんか行かないーーってのが口癖の市姫が!」
「よい殿方でしたか?」
「ああ……よい人ではあっただろうな。わたしのこういう特性のことを理解してくだされたから」
市は三人の傍へ静かに歩みよると、腰を下ろした。
そうして頭に被っていた頭巾を取る。髪の毛の間から頭に突き出した尖った猫の耳を見ても誰も皆驚かなかった。
「昼間も耳が出るようになったの?」
振姫に尋ねられて市は頷いた。
「……最近、ここいら辺に嫌な気配を感じるんだ。江戸のお城の周囲は妖気が強くなっている気がする。実家の屋敷にいても感じるし……ここへ来ると特に。それが原因でこうなったのかどうかはわからないが……」
「まあ……なんということ。一体どうしたのかしら。何か原因があるんでしょうか……父上にもお知らせした方が良いかしら……」
「皐姫のお父上にどうにか出来るわけ?」
「さあ……それは無理かもしれないですけれど……でも、江戸のお城で悪いものを感じるだなんてことがあったら、なんだかうちは責任を感じますわ。父が苦労して設計したお城ですもの」
「そうなのね……それなら……こういう妖気が強い時にやったほうが成功するのかしら?」
降霊術、と依姫は呟いた。
市がこの三人と仲良くなった理由は、自身のこの体質に依るところが大きい。
三人共、そういうものが好きであるーーつまり、化け物であるとか、幽霊であるとかそういう超常なものが。
ある時、市が一人で武道館で薙刀の稽古をしていたところ、三人がやってきた。
降霊術をやるが人数が足りないので入らないかーーと、声を掛けられたのがそもそも彼女たちと市とが仲良くなるきっかけだった。
ずいぶんと変わっているーー色々と話をするようになればなるほどそう思う。
「依姫はまだ降霊術にこだわるのか。死者の声を聞くなんて危ないぞ」
「当たり前よ! 絶対に黄泉の国からお父様の声を聞くわ。そうすれば兄だってきっと元気づけられるはずだもの」
「……そうね。わたしも、死んだ父上に会いたい」
「そうでしょ、お振! 女はそう簡単に諦めたら駄目だわ。必ず成功させましょ」
市は猫又の呪いを受けて以来化け物や邪霊の類も存在がわかるだけに、とても彼女たちのやることに賛成は出来ない。しかし、何度忠告しても暖簾に腕押しーー聞く耳を持たない二人である。
今では彼女たちが危ないことをしないように見張り役として傍にいるようになった。
「そうですよね。お父様の声を聞いたら忠郷さま、きっと元気になられますわ」
しかし、そう呟いた皐姫の顔は没んでいる。
「この間、交流会の時に……忠郷さまに会津の国元のご様子を伺ったんです。よくない噂も聞くから忠郷さま……ご苦労をされているんじゃないかと心配で。でも私、怒られてしまって……やはり、女がでしゃばることではなかったですね」
「ごめんね、皐姫。兄は矜持が高いから、女とか男とか関係なく人に弱いところを見せたくないのよ」
依姫はとても美人な姫君だった。
姿形は美しく、聡明で明るく、実家は六十万石の徳川の縁戚。許嫁も申し分のない若き藩主であり、既に彼女には虹色の人生が約束されたように市には思える。
しかしーーその表情に時折暗い影が差すことを最近知った。依姫がため息をついて言う。
「……忠広さまも、最近あまり文をくださらなくなったわ。この間の交流会の時も、時折押し黙って遠くをご覧になっていたりして……何か不安なことがあるのよ、きっと」
「振姫さまの方はいかがですか?」
「……特になにも。いつもどおり喋らなかったわ」
三名は各々肩を落として俯いた。
「そうか……うちの兄もさっぱり元気がない。学寮の中で何か起きているのだ、きっと……」
市は再び立ち上がり、外廊下を睨みつけた。
自分はこの怪しげな妖気には心当たりがあるーー実家の屋敷の座敷牢で見つけた、あの邪気を放つ石。
兄が学寮の中から送って寄越したもの。
清めておきますから、と言って上杉家の刀の付喪神が持って帰ったが、まだ兄が持っているかもしれない。
兄に直接聞いてみようと思い、面会の申請を出したが断られた。
これまでにはなかったことで、いよいよ市も悪い予感を感じている。
五日後の上覧試合は生徒らの保護者や実家から大勢の客が西の丸や紅葉山に出入りを許される。
少なくともその時、直接兄を問いただすより他ない。
鬼を生み出す禍々しい結晶の欠片などを、何故お前が持っていたのかということをーー




