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66・かしましい姫君たち、学寮の心配をすること《壱》

 諸藩の大名家子息らが学寮で共同生活をしている一方、大名家に生まれた息女たちーーつまり、お姫さまたちも勉強をしていた。


 彼女たちもまた通学というスタイルで学寮で色々なことを学んでいる。


 主には、いずれ嫁ぐための花嫁修業なんかを。


 江戸城内の紅葉山の麓には剣術の授業などを行う武道場や茶室と一緒に、彼女たちが専用で授業に使う建物があった。元は鷹狩などの休息所として使われる場所だったらしい。


 姫様たちが通いでやってくるこの学校のことは《紅葉館くれはやかた》と呼ばれている。

 紅葉山の麓にあるのでいつしかここへ通う姫様たち自身がそう呼ぶようになった。


 ここは男子禁制の女の勉学所であり、通常学寮の生徒たちは決して入ることがない。学寮では使われないので、彼女達が授業で利用する以外はいつも閉鎖されている。


 けれども、そこに今日は数名の大名家息女たちが集まっていた。


「一体何があったのだ……」

 昼だというのに、畳敷きの大広間は薄暗い。外廊下の雨戸を閉め切っているせいである。

 つい先刻、ここで待機を命じられた姫さまたちの元へここで働く御末たちが何人もやってきて慌てて閉めていった。


 学寮で半ば強制的に共同生活を強いられている若様たちとは違い、姫様たちが紅葉館へ通うことは自由意思に任されている。そのため、中にはここへ全く通わない大名家の息女もいるし、逆に毎日のように通う者もいる。


 この日、紅葉館に顔を合わせた面子メンバーは後者だった。

 江戸屋敷で暇を持て余すことを良しとしない、退屈嫌いの四人の姫君たち。


「突然雨戸を締め切ったり、待機を命じられたかと思えば師範殿らもどこかへ行ってしまう有様……一体何事だ?」


 市は胸騒ぎを覚えて仕方がなかった。

 最近は昼間でも霊感が冴えて仕方がない。悪い予兆でないとよいのだがーーしかし、雨戸で閉ざされたその外側の世界が無性に気になって仕方がない。


「なんだか……今日は大人しく屋敷にいたほうが良かったかもしれないですね。表は一体どうしたのかしら」

 

 心配そうにそう言ったのは、津藩主・藤堂高虎の長女ーー皐姫こうひめだった。


「あーあ! 今日は天気があんまり良くないから来るのやめようかと思ったの。だって、雨が降ったら帰れなくなるでしょ?」

 着物が汚れるわ、と皐姫に言ったのは依姫だ。

 皐姫の許嫁ーー蒲生忠郷の妹で、肥後の藩主・加藤忠広に嫁ぐことが既に決まっている。


「表が騒がしいのはきっとあれよ! 学寮の生徒たちが武道場で剣術の稽古をしているんだわ。ほら、もうじき上覧試合があるっていうじゃない?」


「じょうらんじあい?」


 暗い声で尋ねたのは、姫路藩主の妹の振姫である。

 依姫とは従兄弟同士でお互いに徳川家康の孫。嫁ぎ先はほぼ確定してはいるが、本人がひどく乗り気でないらしい。


「そうよ、お振! あんた、何を他人事みたいな顔してんの。学寮の一大行事よ?」

「そうですわ、振姫さま。北の御殿の鶴寮、将軍さまたちがご観覧される御前試合に選ばれたんですよ。総次郎殿も試合にお出になりますわ」


 皐姫を睨みつけるようにじっと見つめて振姫。


「……だから?」

「応援して差し上げないと!」


 きらきらした瞳で自分を見つめる皐姫に、振姫は一言

「ばっかみたい。死ねばいいのに」

 と言い放った。


 皐姫も「ああ……」と呟いて肩を落とす。


「……そうしたら縁談なんてなくなるもの」


「あんた……まだそんなこと言ってんの、お振。嫁入りなんて所詮自分の好きなようになんて出来ないんだから、もう諦めなさいよ。私のように当たりくじを引けなかったからと言って、そんないじけることないじゃない」


「そうですよ、振姫さま。伊達家は仙台を治める六十万石の藩主――嫁ぎ先としては申し分なく、立派ですわ」


「嫌よ。嫌ったら嫌」

 目の前の文机をバンと強く叩いて振姫が言った。


「一体……何がそんなにお嫌なんです? わたくし、先日の交流会の時に伊達家のご嫡男……ようく観察したりしたんですけれど……振姫さまがそこまで嫌われるような……そんなに悪いお方のようには見えませんでしたのに……」


「そうよね。確かに兄からは色々と話も聞くけど、男から見た男と女から見た男って違うものじゃない? 私からすれば……家柄はともかく六十万石の藩主だし、顔も悪くはないわ。一体何が嫌なの? 口でもくさいの? 体臭がきついとか? 常に上から目線? 男なんてもれなく全てがそうよ」


 いつものように振姫は頑なだ。依姫と皐姫が顔を見合わせて首を振る。


 仕方がないーーこんな場所でなければ言えないわがままだ。皆それをわかっている。


 女が自由に色々選べるのは着物の帯飾りくらいなものだ。

 人生の伴侶なんて生まれてくる家と同じくらい自分の好きなようにはならない。

 その帯飾りだって《あなたにはこちらが似合う》と選び抜いたひとつを取り上げられるのが自分たちの常だから。

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