65・蟹寮の生徒、事件の真相に迫るのこと《弐》
「そうね。うちの家はあの戦には参加してないけど、その辺はまあ……よく聞く名前だわ」
忠郷だけでなく、うちの実家も関ヶ原の戦には参加してないしそれは伊達家も同じだよ。だけど僕もさすがにその三人の名前は知っている。たぶん、総次郎も。
「お前の親父と仲が良かったってその大名はどれなんだよ?」
小西行長ーーと、忠次郎が言った。うんと小さな声でね。
その小声がなおも続いたよ。僕はそれを拾いこぼさないように脳内にしっかり書き留めておこうと思った。
ーーフランシスコに会いに来ていた人間……お前たちも言っていたその《べんとう》ってヤツはな……キリシタンなんだ。だからそんなおかしな名前を使ってる。
ーーベントー、というんです。《弁当》ではなく、ベントー。
忠次郎は僕が孫平太から受け取った包みを開いた。
中には幾つもの紙の束が入っていたよ。僕らも見慣れた文の束。綺麗に折り包まれて宛名が書いてある。
ーーベントーは小西行長の実の兄貴だ。間違いない。
「な、何……!?」
総次郎がこんな驚いた声を上げたことなんてあったっけ?
忠郷も目を丸くしていたよ。僕も必死で頭を巡らせる。
「関ヶ原の戦の後で処刑された小西行長の兄上が……フランシスコに文を持って、学寮に来ていたってこと? 何のために?」
「そりゃあ、千徳……あんた……だから、この文を渡す……ためでしょ?」
「そういうことじゃねえんだよ! てめえの頭はなすびか何かか!」
考え事をしていたらしい総次郎がキレて叫んだ。
「いいか? そのどうでもいい、何の役にもたたねえてめえのくだらねえ発言をいちいち全部口にするな! 思考が削がれるじゃねえか!」
「どうしてあたしがいちいちあんたの思考に配慮して物を言わなきゃいけないのよ。冗談じゃないわ」
ーーいや……その通り。この文が重要なんです。
「重要?」
ーー小西行長が処刑された後も、兄貴は行方が知れないんだ。生きている可能性は十分にある……親父に聞いたんだから間違いない話だ。
そうして、と前置きして忠次郎は続けた。
ーーベントーはフランシスコの兄上の嫁の父親なんです。離縁した嫁の父親。
ーーそうです。娘を離縁したフランシスコの兄上を恨んでるという噂だった。
「文が重要と言ったが、それもベントーからの文か。中身は読んだか?」
蟹寮の三人は首を横に振る。
ーーフランシスコが言ってた。これは、司祭さまからの文だよ。
「司祭? 宣教師のことか?」
ーー違うよ。澳門に追放になった司祭さま
まただーーこれも僕は話に聞いたぞ。
だんだん色々なものがまるで石垣のように組み上がっていくようで、僕は恐ろしくなってきたよ。
積み上げられ、築かれてゆこうとしているそれの高さは、僕らの想像を遥かに超えて巨大なような気がしたからだ。
ただ、僕にとって唯一安心材料だったのは、その恐ろしさを総次郎とも共有出来たということだよ。彼の顔も相当引き攣っている。
忠郷の方はといえば、まあ……
「だから! なんなのよさっきからあんたたちばかりいちいち《やばい!》みたいな顔をしちゃって! そういうことがそうそう何度も許されるとは思わないことね! 他でもない、この松平下野守を差し置いてわかったような顔なんてーー」
こんな調子で、拳を強く握りしめて文句を言っていたんだけどさ。




