61・蟹寮の生徒、こっそり隠された事実を話すこと
僕が典薬寮で意気込みも新たに市への協力を心に誓っていると、不意に声が掛かった。
もちろん僕は返事をしたよ。火車切りの付喪神も何度も頷いて姿を消した。部屋の外から典薬寮の小坊主が僕の名を呼んでいる。
「同じ寮の生徒の方々がお見えになりましたよ。いかがされますか?」
方々、という言葉が少しひっかかったけれど僕はすぐに部屋へ入って貰うことにした。もう身体の具合はすっかり元気だったし、総次郎や忠郷のことも心配だったもん。
「うわあ……なんかいっぱいいるう!」
部屋の戸が開くとそこには僕の想像よりもずっと大勢の人がいた。
総次郎に忠郷……は僕も想像していたけれど、他にも三人ーー南の御殿の蟹寮の生徒の姿がある。
「ちょっと千徳……あんた、大丈夫なの!」
蟹寮の三人を押し退けて駆け寄った忠郷が僕を見て叫んだ。
「うん! ぐっすり寝たからもうちょー元気。なんだってやれそうだよ」
「やれそうって……あ、あたし御殿評定で他所のぬしたちから、あんたは化け物に襲われて危篤だとかって噂を聞いたわよ」
「はあ?」
「うちの御殿の熊千代まで知ってるくらいだから、もう学寮中に広まってるな……」
蟹寮の三人も何度も頷いているよ。
「ええええ~! やだあ、なにそれ!」
僕がぐっすり寝ている間に事態はとんでもないことになっている。
僕は布団から完全に抜け出して立ち上がった。
「僕、あの鬼には別に負けてないもん! そりゃあ、襲われたってのは……そうかもしんないけど……でも、僕が持ってた石を投げたらばーんて鬼が爆発して、それで鬼の身体がびっしゃああって弾け飛んで……僕はそれを被っただけだもん」
「……要するに、お前はその……被った鬼の肉片やらなんやらで目を回して気絶していたと……?」
「そうみたい」
僕は典薬寮の小坊主に目をやってから頷いた。
彼は茶碗に人数分のお水を持って来てくれていたよ。
そうしてそれを畳の上に起きながら「そうそう」と切り出した。
「もうお一人、お休みの間にずうっと隣の部屋に控えていらした生徒の方がおられましたよ。ついさっき鶴寮の主務の方もそこへお見えになって……」
「勝丸だ!」
「あんたが気絶させられたっていうあの鬼、あいつが倒したんだそうよ。それでじゃない?」
「ええ~!? そんなことないよ。だって僕が石を投げたら身体の上半分がばーんってなったもん」
「石? 石なんかであの化け物がどうにかなるとは思えないわよ」
「本当だもん! 僕だって半分は鬼をやっつけたのに、勝丸一人の手柄にされるなんて……」
僕が唇を尖らせて反論していると、
「――とにかく!」
と総次郎が声を荒げた。
指していたのは蟹寮の三人だよ。
「予定より遅くなったが、こいつらに話を聞いた方がいい。なんぞ知っていることを教えてくださるらしいからな」
「本当? ありがとうみんな!」
僕がそう言うと、寺沢忠次郎が申し訳なさそうに言った。
「……お前がなんで礼なんか言うんだ」
「え? なんでって……だって……」
まさかそんなことを尋ねられるとは思わなくてびっくりする。
「そりゃあこっちの台詞だろうよ。フランシスコを……助けてくれて……」
礼を言うーーそう震えた声で言うと、忠次郎は僕ら三人に頭を下げた。
隣にいた毛利勘八郎も、鍋島孫平太も後に続いた。
「フランシスコはあのロザリオを本当に大事にしていたんだ。母上や弟と一緒に司祭様から貰ったものだと言っていたから」
「そうなんだ! 珠がぜんぶ見つかってよかったよね。本人もこれで母上たちのところへ行けるって言ってたよ。きっと極楽へ成仏出来たよね」
「違うわよ、千徳。極楽浄土じゃなくて『ぱらいそ』。キリシタンたちはそう言うんだわ」
「そうそう――その、いそ!」
「お前が言うとなんだかしっくりこねえな……海辺じゃねえんだぞ」
そう僕に愚痴ってから総次郎は忠次郎に尋ねた。
彼は蟹寮の三人の中では一番身体が大きくて、歳が上なんだとわかる。
寮の編成というのはなんとなく平均年齢が揃うようになっているとか聞いたことがあるよ。
だから生徒たちがほぼ同じくらいの歳で統一されている寮もあれば、僕らの寮のように年齢にばらつきのある寮もある。蟹寮も僕らの寮のように年齢差がある寮のようだった。
「お前らこそ、どうしてそんなに改まってわざわざ礼なんて言うんだ? 死んだフランシスコとそんなに仲がいいとは話に聞かなかったぜ」
「そりゃあ……まあな。フランシスコはキリシタンだ。御殿の主の黒田忠長さまや加藤忠広殿にそりゃあ目を付けられてて……仲良くなんか出来る雰囲気じゃなかったよ……とても」
妹婿の名前が出た途端、忠郷の表情が曇った。
「忠長さまはまだいいんだ……あの人は単純だからむしろ扱い易い。要するに偉ぶりたいんだろ。御殿の主としての顔を立てて、おだてて素直に従っていりゃあ悪いようにはされない。問題は梅の寮の忠広殿だ」
「た、忠広殿は……こ、怖い人なの? そうは見えなかった。すごく優しそうだったし、僕らが客間で珠を探した時にも協力してくれたから……」
僕は少し遠慮して尋ねたよ。
だけど、蟹の寮の三人はそんな僕の心の内などお構いなしとばかりに、表情を険しくして言った。
「とんでもない! 忠広殿はもう肥後の国の藩主だもんだから、とにかく厳しくて容赦がなかった。とにかく融通なんて微塵もききやしない堅物で、耶蘇教は幕府に禁止されてるからキリシタンは罪人だと言ってフランシスコを責めるんだよ。彼を改宗させるとか言って、とにかく酷いことをしてた……」
「同寮の生徒らに命じて水をぶっかけたり、剣術の袋竹刀でみんなでよってたかってぶっ叩いたり……だから、僕らもあの人の前では……キリシタンのことは悪く言うしかなかった。だってそうしないと怒られるもの。怖いもん」
孫平太の言葉に忠郷は俯いて言った。
「ああ、もう……いいわ」
僕は忠郷の手の甲に自分のそれを重ねて聞いてみた。なんだか彼がとても辛そうだったからさ。
「忠郷、大丈夫?」
「まあ……仕方ねえだろうな。九州は今でも南蛮との交易の入り口なんだ。俺たちの領国とは比べ物にならねえ数の信徒がいて当然だろ。いちゃあ困る奴らなんだから、そいつらに厳しくなるのは無理もねえ。正しいと思うぜ」
正しいことーーだから、忠広殿は容赦がないんだ。みんな自分が正義と信じることの為にはどんなことだって出来る。
それが良いことだと信じているから。
なんだか出口のない深い森に迷い込んだみたいで、心が沈んでいくのがよくわかる。僕だって同じ状況ならーー一体どうするべきか。
僕らだって考えなければいけない。
「……そういうことだ。俺たち九州の大名なんてのはみんな幕府から目を付けられてる。山ほどキリシタンがいる領国の経営に行き詰まって即改易なんてことにならない為には、キリシタンに甘いなんて思われるわけにはいかねえんだよ。表立ってフランシスコと仲良くなんかやれるもんか……」
でも、と呟いたのは勘八郎だ。
「……フランシスコは、もしかしたらいつかそうなるはずだった自分の姿かもしれない。少なくとも、うちは……」
「はあ? どうしてよ?」
僕は思い出したことがあって、総次郎と顔を見合わせた。
「……お前の親父、キリシタンだったらしいな」
「そうなの?」
勘八郎は僅かに俯いて「そうです」と言った。
「棄教したと言ってはいますが……本当かどうかはわからない。父が今でも十字架を隠し持っていることを知っていますので」
忠次郎も続いた。
「うちの父も……昔は信徒だったんだ。でも、太閤殿下が信徒を大勢処刑したことがあったらしくて……それを見て棄教したらしい。今では本当に毛嫌いしてる。昔は自分も信徒だったのにな……そんなことってあるか? 俺にはよくわからねえよ」
僕も歴史の授業で聞いたことがあるよ。
太閤殿下はキリシタンや南蛮人が最終的には大嫌いになったらしく、結構な数の人数を処刑したりしている。
うちの父や育て親達は別の宗教を信奉しているので、今日からキリシタンになる――なんて心配は、天地がひっくり返ったってなさそうだけれどさ。




