159・直江山城守、策を練ること
およそ1年ぶりの更新!
続きを頑張って書いてゆきますので、ご声援いただけますと励みになります。
付喪神というのはみんな長生きなのだ。
少なくとも百年以上は器物として生きていないと(物に対して"生きてる”ってのはなんだかおかしな話だとも思うけどさ)付喪神にはなれないらしい。
例えば水神切りは室町の幕府が出来た頃に作られたのだと言う話だから、かれこれもう250年以上は生きていることになる。
それだけ長く生きていればきっと僕らよりも知恵があるだろうし、いい案が浮かぶこともあると思うんだよね。だから僕は困った時には彼らの知恵や力を借りることにしている。もっとも、まるで役に立たないこともあるし、逆効果の時だってあるけどさ。
庭先に現れた水神切り兼光が何やら楽しそうな表情になったのを見て、僕は気が付いたよ。きっと何かいい案がひらめいたに違いないって。
それを証明するかのように水神切りは庭からスッと姿を消すと、次の瞬間兼続の片耳に口を寄せて何やらゴニョゴニョと囁いていた。
「ふうん……なるほどなるほど。罠にかけるということか」
「罠!?」
僕ら三人に加え、勝丸の声も同時に合わさって部屋に響き渡った。
「罠って……一体どういうことよ!?」
「言葉の通りですよ下野守殿。事が呪詛の類であるならば必ずそれを成した術者がいる。そいつを誘き出すのです。呪詛というものは人が死ぬにせよ死なぬにせよ間接的に事が起こりますゆえ、直接犯行現場を取り押さえなければ主犯の罪を断じることは難しい。術者は必ず鍋島家の江戸屋敷にいます」
「何故そのようなことが言い切れる!」
元茂はそう叫ぶと畳を拳でドンと叩いた。強い怒りの気配だよ――理由は僕にもよくわかる。
そりゃあそうだ、誰だって自分ちの屋敷で働く人間を疑いたくなんてないもの。
「確かに……邪霊を集める儀式は定期的に屋敷で行っている。だが屋敷の者たちは父や祖父に命じられてそれを行っているだけだ。儀式自体も方法を教えてもらった当家の家人達が通例行事として行っているにすぎない。当家を呪うなどという気持ちのある人間などおらぬ。そうした目的の為に行っていることではない!」
「果たして本当にそうと言い切れますかな、元茂殿。某も政を預かる身……諸大名家の色々な話を耳に入れております。当然貴方のご実家の噂も」
「……なに?」
「ご本家には居らずとも分家の方ならば如何です?」
兼続は元茂の怒りなどどこ吹く風で言葉を続ける。
「某は貴方の周囲におられる鍋島家の方々を存じ上げません。ですがこれだけは言える」
兼続は手にしていた扇子で畳を叩いた。
「人を呪う人間というものは自らが術を掛けた相手の末路を知りたいと思うものだ。どれほど惨たらしい目にあったのか――必ず確認をしますし、させに行きますよ。例えばそれを上から命じられて行っているとすればなおのこと」
「一体どうしてよ?」
忠郷が尋ねた。一瞬僕の視界に入った勝丸の顔は「ちったあ自分で考えろや」と嘆いていたけどね。
「当然でありましょう。戦果を報告する義務があります。少なくとも、邪霊を集める術を行う真の意図を知るものが必ず貴方の周囲にいるはずです。そいつをおびき出して吐かせましょう」
すると総次郎がため息を付いた。兼続を睨み付けて口を開く。
「それにしたって、そいつが猫又の件にも絡んでるって保証はねえだろ?」
総次郎の意見はもっともだった。僕も頷いて兼続を見る。
けれども兼続の表情と気配は確信に満ちていたよ。彼は自分の考えにこの上なく自信があるようだった。水神切り兼光が主人に代わって口を開く。
「鍋島の家は当主ご一族が化け物に襲われたのです、若さま。その結果おひいさまが呪いを受け、ご子息の母君にはそれ自体が取り付いておられるんです。これに加え江戸屋敷には邪霊が群がり、蠱毒の術が行われておるという――これらが何の関係性もなく首謀者もおらずばらばらに行われておるのだとすれば、それこそ本当に大変だと思いますけどねえ。めちゃくちゃだもの」
水神切り兼光の言葉に兼続は扇を広げ、
「左様左様、その通り」
と頷いた。
「でもさ、兼続? 誘き出すなんて……どうやって?」
「ご心配召されますな若君。策があります」
「さく!? 何それ聞きたい聞きたい!」
僕が身を乗り出して尋ねると元茂がその先を静止した。
「お気遣いは有り難いが……これ以上他家の方々のお手を煩わせるわけには参りません。これ以上の詮索は無用に願います。方々は御殿へお戻りいただき、上覧試合に備えていただくのがよろしいかと」
元茂は僕ら三人へ目をやった。
「元茂殿は? 戻らないの?」
元茂は渋い顔をして僕に言った。
「自分には……やらねばならないことがあります」
「それってあれでしょう? ゆうべ、夢の中でうちの刀たちが言ってたこと! まさか確かめるつもりなの?」
元茂は何も言わなかった。ただ口を一文字に引き結んで俯いている。
「水を掛けると化け物が出てくるというやつね? だけどあんた、そんな……もしも化け物が本当にあんたの母親から出てきたとしたって……その後はどうするつもりなのよ? あんた一人で化け物をどうにか出来るわけ?」
「そのために自分は鍛錬を積んでいます。襲われた昔とは違う」
「お前の親父だってぶっ殺し損ねた化け物なんだろ?」
「私は父とは違う!!」
元茂の叫びはまるで刃のように鋭く僕の心に突き刺さった。彼の悲しみと怒りが糸の様に撚り合わさった気配だよ。元茂の表情を見つめていたら一層心の奥がじんじんしてきた。
彼から溢れ出す悲しみと怒りは不信や疑念によるものだと思った。
水を掛ければどうにか出来るかもしれない猫又――
鍋島家の人間は本当にそれを誰も知らないのか?
それとも、知っててそのままにしている?
それなら原因の一端はきっと僕にもある。
彼が猫又のことを知るに至ったきっかけは僕なんだもの。
「僕ら、元茂殿を追ってここまで来たんだ。手ぶらじゃあ御殿には戻れない。戻る時は一緒だよ」
ねえ、と僕が両脇の二人に言うと忠郷が
「まあね……あたし一人だけ御殿に戻ったってどうにもならないじゃない。上覧試合までは剣術の稽古しかやることがないんだし」
と呟いた。
「こいつがいればなんとかなるんじゃねえのか?」
総次郎が勝丸を指して言う。勝丸は深くため息を付いてから
「なんでもいいけどちゃっちゃとしてくれや。はえーところ御殿に戻らなきゃなんねえんだよ俺もこいつらも!」
と投げやり気味に叫んだ。
きっとこれは彼の心からの本心に違いない。勝丸の立場になればこれ以上自分の寮生には問題を起こされたくないだろうからね。
何しろもうじき僕らの保護者たちが一堂に会する、ちょー面倒な機会がやってくるのだ。
「ホントにこんなことしてる場合じゃねえーーーーーーんだよ俺は!! 色々と準備があんだから!」
「まあまあ、主務殿。手前もそなたの気持ちはようわかる。上様ご臨席の上覧試合を明後日に控え、今はそれどころではなかろうて。無論、それは若君らもご同様でござりましょう。丁度いい……上覧試合に合わせ下手人を誘き出すと致しましょう。早速準備に取り掛かります」
「準備とは言うが、一体何を……」
心配そうな元茂に兼続は笑って言った。
「お手前にはご協力頂く事があるでしょうから、追って詳細を伝達致します。便利な下僕がおりますので丁度いい」
水神切り兼光が冷や汗をかきながら「ええ? まさか僕ですか……」と呟いた。
けれども主人の方は胸を張って得意げだよ。もっとも、こいつはだいたいいつもこんな調子だけれども。
「ーーなあに、この直江山城守めに万事お任せを。手前は水神を名乗る化け物殺しの経験もござる。どうぞ、大船に乗ったつもりでいなされ。必ずや化け物を仕留めましょうぞ」