158・それはのろいのまじない
直江山城守は本の虫で色々な書物を読んでいるから当然色々なことを知っているよ。
おまけに記憶力がむちゃくちゃいいらしく、一度読んだ本は全部暗記していて忘れないらしい。頭の中が知識でパンパンになって今に破裂しちゃうんじゃないだろうか。
すると、勝丸が誰の耳にも届くほどに大きくため息を付いて山城守の言葉を継いだ。
「俺もまずそいつを想像したぜ。蟲毒ってのはな、毒虫やら蛇やらを大きな壺やら瓶に入れて蓋をして、互いに共食いをさせるんだ。そうしてただ一匹だけ生き残ったものを取り出して道具に使う……呪いのまじないの一種だよ」
「呪い? わ、私達は邪霊を集めて葬るために仕方なく……」
「邪霊を払うなら他に方法だってあるだろうに。一体誰が斯様なおぞましいことをやろうと言い出したのだ。そんなことでは逆に呪いを集めるだけではないか」
「だ、誰って……誰が言い出したって……それは……」
元茂はしばらく視線を彷徨わせていたけれど、不意に俯いてぽつりぽつりと話しだした。
鍋島家の江戸屋敷に邪霊が集まるようになったのは、龍造寺家の人間が自死を遂げてからのことだった。
鍋島家の主家・龍造寺家の当主――龍造寺高房。
一度目に奥方を道連れにして自害を図るも自分だけ死ぬに死にきれず、肥前の国に戻って療養中に再び自害して今度こそ命を落としてしまったらしい。
「故郷の佐賀や肥前の領内に高房殿の祟りがあると噂が立って、それで祖父が気をおかしくしてしまったのです。そうして江戸の屋敷にも邪霊が集まるようになった」
「ようになった……ってことは、元茂殿はそういうのがわかるんだ。見えるってことだよね?」
「え、ええ……ですが、具体的にいつ頃からそういうことが始まるようになったのかは正直あまりよく覚えていない。物心付いた時には既にそういうものは屋敷で見ていたように思う。だから、当然浄化の儀式も当時からしていたし……」
「なるほど……」
直江山城守が膝を打って言った。
こいつは本当に油断がならないよ――口を開くととにかくいつまでも喋り続けて話が終わらないんだからさ。
「言い難いことだが、お手前の朧気な記憶では邪霊が集まるようになったからその蠱毒のまじないを始めたのか、それとも蠱毒のまじないを始めたことによって邪霊が集まるようになったのかハッキリとしません。屋敷に集まるようになったという邪霊が死んだ龍造寺家のご当主の祟りであるかどうかの真偽もまた然り。一つ言えることがあるとすれば、おそらく蠱毒の儀式をしようと言い出した人間はあなたのご一族、或いは貴方のご家来の中にいるということです」
「えっ」
言い難い、なんて前置きをするくせに山城守は恐ろしくハッキリと物を言う。
「でなければ儀式が二度三度と続けられるはずがない。聞けば鍋島の家中には不幸が続いておるというのに、その儀式を止めようという声も疑いの声もなく最近に至るまで続けられているということは、誰ぞ家中において力のある者がそれを仕切っているからだろう。あなた以外に邪霊の浄化をしようと声を上げる者はおりませんか?」
「それは……」
山城守の問いに、元茂は俯いたまま黙ってしまったよ。僕は隣に座っていたので、顔を覗き込んだ。
「元茂殿、大丈夫?」
すると、ぴちゃぱちゃと庭先から音が聞こえてきて僕らはそちらへ視線を向けた。
音の正体は庭の池の水だった。水面があちらこちら盛り上がっては弾けてを繰り返している。
一際大きく盛り上がり弾けた水の塊から現れたのは水神切り兼光だった。
「嫌だなあ、旦那さま。そう怖い顔をして尋問なんてなさらないでくださいよ。またあなたの悪い評判が立ってしまうじゃあないですか。鍋島家の若さまですよ?」
「無論わかっておるとも。だからこうして知恵を貸しておるのではないか」
水神切り兼光は庭先から僕を見て声を掛けた。
「若さま? こういうのはねえ、現場を抑えないことにはどうにもしようがないですよ。所詮過去のことなんて人間には知る術がないんですから」