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157・鶴寮の面々、策を錬ること《弐》

 上杉家の人間はみんな早起きだよ。それはたぶん当主が早起きだからだと思うんだよねえ。


 謙信公は高野山で修行もしたお坊さんでもあるので、朝はお勤めもするし早く起きるのが日課だったらしい。そういう育て親の姿を見ているせいかうちの父上も早起きだし、周りの人間も当主が早起きならそれに習って早起きだ。だからつまり僕も早起きが習慣というわけ。


 そういうわけで、こんな早朝にも関わらずうちの江戸屋敷はすっかり人の気配に満ちていたよ。家人が屋敷の外を掃除していたので、僕は駆け寄って声を掛けた。


 すぐにうちの江戸屋敷は上へ下へと大騒ぎになったよ。


そりゃあそうだ――なんの知らせもなく僕が不意に実家へ戻って来たんだからね。



・・・・・・・・・・・・・・・



「……鍋島家の江戸屋敷って、あんたんちの近所なのね」


「そうだよ。だからうちの付喪神たち、妖気がするとか言っていたじゃない?」


 僕がうちへみんなを案内すると、僕を含めみんな揃って屋敷の客間へ通された。客間は庭に面していて、庭先ではうちの家人が掃除をしていたよ。


「猫又の妖気か……」


「ううん……どうかなあ」


 そう言って僕の肩の上で首を傾げたのは火車だった。


「まあねえ、ここいらに邪霊みたいなのがうろついてる屋敷はあるけど……あれがおまえんち?」


「またそんなものが出るのか、うちの屋敷は……俺が城へ行って以来始末しておらぬとみえる」


「始末?」


 勝丸が眉をひそめた。


「はい。時折邪霊を集めて浄化していました。邪霊を一処へおびき寄せて……」


「誘き寄せるって、具体的にはどうやるんだ」


「屋敷の裏庭に穴がありまして、そこへ死体を入れて――」


「し、死体? さらりとものすげえことを言ってるぞ、お前」


 総次郎がこんなに顔を青くするのは珍しかった。


「正確に言えば仮死状態にした亡骸だ。そいつを穴の中へ入れて置くと邪霊が群がって集まってくる。すると邪霊が次々に亡骸に憑依するので、それを狙って葬るのです。火を掛けて焼きます」


「お前……そんなことを本当にやってんのか」


 勝丸が元茂に尋ねると、彼の背後に座っていた狸丸……が、化けた女の人が大笑いを始めたよ。


「な、何なのよ急に! 驚くじゃないの!」


 狸丸は首を大きく左に曲げて笑っていたよ。とても普通の女の人には思えないから、人に化ける意味なんかないんじゃないだろうか。


「お前、焼くと言うが骨はどうしてる? 焼け残った骨や燃えかすは?」


「骨? 骨なんて……そんなものは穴の中で……」


 勝丸は元茂の言葉を聞くや一瞬大きく項垂れた。畳をドンと叩き、すぐに顔を上げて元茂を見る。


「……その様子じゃあ回収もせずそのままか。なるほどな……読めて来たぜ……邪霊に食わせる半殺しにしたその死体……猫だな?」


 総次郎と忠郷が僅かに声を上げて顔を見合わせる。


「おおこわいこわい。むちなにんげんはこういうこわいことをへいきでしなさる。おぞましいことだわいな」


 がはは、と狸丸が大笑いをするので、勝丸は振り返って化け物をひっぱたいた。


「一体何だと言うんだ。これが何かまずいことなのか? ちなみに言うと、邪霊に食わせる死体は《依代》としか呼ばれないし、俺も何の死体であるかはわからない。小動物と聞いていた。浄化の儀式をすると言うと、家人が用意してくれる。袋に入っているし、傍目にはそれが何かは……」


 すると、その時音もなく部屋の戸が開いたのがわかって、僕は振り返った。僕につられて他のみんなも振り返る。


 直江山城守だった。


 僕は頭を下げた。勝丸も。


「今朝は一体どうされましたか、若さま。まさかこれほど早くお戻りになるとは思っておりませなんだ」


「ちょっと用事があってこの辺まで来たから、少し一休みさせてもらおうと思ったの。父上は? 怒ってる?」


 みんなの気配が一瞬揺らめくように動いたのがわかったよ。みんな父上に怒られたくないんだろう。


「まさか。びっくりしておいででしたよ。それはもちろん私も同じですが」


「ええ~? 兼続はそんなこと言うけどさあ、父上が驚いたところなんて僕一度も見たことないもん」


「私にはわかりますよ。ずっとお傍にいますからね」 


 そう言って僕に笑った直江山城守だけれど、急に時折彼が見せる怖い表情になって今度は元茂を見つめた。


「……あなたは蠱毒というものをご存知ですか?」


「こどく?」


 直江山城守は頷いて言葉を続けた。


「不躾ながら隣の部屋であなたの先程の言葉を聞いてしまった。あなたが鍋島家のご子息ですね。あなたのご実家の屋敷で行われていた行為は、そういうものを作る儀式ですよ」

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