156・鶴寮の面々、策を錬ること《壱》
元茂は地面に膝をつき、ぐったりとうなだれていた。俯いた顔からは表情が見えず、僕は思わず彼は具合が悪いんじゃないかと思ったよ。
勝丸が傍へ寄ってしゃがみ込み、彼の顔を覗き込んだ。
「おい……大丈夫か?」
元茂は何も答えなかったよ。そうしてピクリとも動かなかった。
「……てめえ、何かやらかしたんじゃねえだろうなあ?」
美人な女の人に姿を変えた狸丸を見上げて勝丸。狸丸は元茂の首根っこを捕まえたまま目を細め、「ほほほ」と笑った。
「おまえが言うたんじゃろ。足を折ってでも、こいつを城からは逃がすなと」
「はああああ? ちょっと! どういうことなのよ!」
忠郷が悲鳴のように叫んで勝丸に蹴りを入れた。
「馬鹿か! 足を折れなんてことは言わねえよ! 言うわけあるか! この化け物が勝手に意味を履き違えてんだ」
これだから化け物は信用ならねえ――とは勝丸の呟きだった。
僕には彼の苦労がよくわかる。火車も感覚が人とは違うからこういうことが時折起こるよ。だから、彼らと上手くやっていくコツは、あれはやるな、これはダメと――とにかく細かく指示を出すことだ。人を殺めたらいけない、足を折るなんていけないという当然の感覚も化け物にはないんだからさ。
元茂がゆらりと動いて、ゆっくりと顔を上げた。
「元茂殿……だ、大丈夫?」
彼は僕を見上げて、一言
「……何しに来た」
と言った。その暗い表情に忠郷は表情を強張らせている。
「何を、じゃねえよ。それはこっちの台詞じゃねえか。外出なんて許可がなきゃ無理だってあれほど言っただろ。だのにお前が部屋を飛び出して行っちまうもんだからみんな追っ掛けて来たんじゃねえか」
勝丸は僕ら三人を指した。
「……とは言え、このまますぐ城へ蜻蛉返りを命じたところでお前さんも納得は出来ねえわなあ。少し頭を冷やす時間が必要だろうぜ。同時に策を練る事も出来る……」
「さく?」
意図せずして疑問符が付いた自分の言葉の語尾に一番驚いたのは元茂自身だったのかもしれないよ。だって勝丸の顔をじっと凝視していたんだもの。
「猫又の化け物をなんとかするんだろ?」
そうだ! 僕も元茂を見つめて頷く。
「それはいいけど……だけど、策を練るって……こんなところで? 一度寮へ戻ったら?」
「はあ? それじゃあ一体何のためにここまで来たのかわかりゃしねえ。どうせなら一気に今日ケリを付けた方がいいんじゃねえのか」
忠郷の言葉に総次郎が気怠そうに言った。たぶん、彼はまだ眠いんだと思う。
「まあな……戦ってのも時を失すると勝てねえからなあ。勢いがあるうちにとっととやっちまわねえと」
「そ、そうだ! 第一、これで今城へ戻ってしまったら、もう外出許可なんて下りるものか。上覧試合後にせえと言いくるめられるにきまってる!」
それもそうだ――もっとも、今日も今日とて外出許可は無理やり貰ったようなものだけれども。
「それじゃあさ、こういうのはどう?」
僕はピンと閃いてみんなの顔を順に見た。お城へ帰るより、もっとずっと近くていい場所があるのを僕は知っている。