155・保科勝丸の推理《弐》
勝丸は化け物退治で銭を稼いでいたというのだから、その話には信憑性がある。僕は勝丸の言葉を聞き逃さないように彼に近寄った。
「猫又の奴が命の危機をやり過ごすために一時避難的な意味合いで人の中へ収まったのだとすれば、機を見てすぐに逃げようとするに決まってる。
剣術に長けた鍋島のご当主が自分を仕留め損ねた千載一遇の好機――だが、猫又の奴はその好機に逃げもせず逆にその場に留まった。鍋島家の人間がそれを許さなかったのだとすればそれはつまり鍋島家の人間が襲われたあの日、宴席の場に既にそういうことが出来る人間がいたってことだぜ。猫又を人の中に収めて、封じ込めておける術を体得した人間だ。宴席にたまさか猫又が現れて皆を襲い、あの日その場にたまさかそういうことが出来る人間がいる……ずいぶんツイてる話だとは思わねえか?」
総次郎が僕に声を掛けた。動揺が声からも伝わってくる。
「お、おい……確か……あの母親、お守りを付けているとかって話じゃなかったか? 元茂の父親がお守りをくれて……」
「そうだよ。そのお守りが猫又の力を弱めてくれているんだって言ってた。でも、逆にそのお守りのせいで猫又は力を弱められて、身体の外へ出て行けないんじゃないかってうちの刀たちも言ってたけど……」
「じゃあ……何? 鍋島家の人間は、猫又に襲われた時にはもうそのお守りを準備していたってことなの?」
忠郷の言葉に勝丸が頷いた。
「そうでなきゃ、猫又の奴は敢えて逃げもせず大人しく身体の中へ収まったということになる。猫ってのは自由気ままに生きたい性分だから猫又もそういうのは……まあ、聞かねえ話だわな。ついでに言うと、主人の命令で――ってのもねえよ、猫又は。猫は主従なんてものを理解しねえから、猫又も使い魔みてえなことには向いてねえんだ」
おかしな話だぜ、こいつは――と勝丸は面白そうに呟いた。
僕はようやく元茂が血相を変えて実家に戻った理由を理解したよ。
ああ、彼は勝丸の推測にまで到達していたんだろう。彼はあの日宴席にいて猫又に襲われたうちの一人だよ。
ひょっとするともっと隠された事実に近いところにまで到達しているのかもしれない。
「ねえ、勝丸? さっき……わざと閉じ込めるって言っていたでしょう? そんなことをする理由なんかあると思う? わざと猫又を人の中へ封じ込めておく理由なんかさあ……」
勝丸は考えることもせずすぐに僕に言った。
「さあな。俺には理由なんかわからんぜ。たぶん元茂の奴にもわからねえんじゃねえか? だから……」
――大慌てで帰ったのか、江戸屋敷へ。理由を知るために?
「元茂の奴にはあのクソ狸を見張りに付けておいた。無茶をするようならふんじばって動けなくするくらいのことはするだろうよ」
そう言って勝丸が指した先にも勝丸がいて、僕ら三人は我が目を疑ったよ。
江戸城小田原門の前で元茂の首根っこを掴んだ勝丸が退屈そうに鼻をほじくりながらこちらを見つめている。
「くおら、馬鹿タヌキ!! 城ン中で俺の姿に化けるんじゃねえと、どれだけ言えばわかるんだこの肉達磨!!」
狸丸は背を反らせてがははと大口を開けて笑っていたよ。その顔は目が左右で天地ばらばらを向いていて、とてもまともそうな人間には見えなかった。