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153・鶴寮の若さまたち、鍋島元茂を追うこと《参》

「はああ……なるほど。猫又ねえ……またそいつは難儀なもんだな、あいつも」


 結局、僕らは外出許可もないのに無理やり実家へ帰ったという元茂を追い掛けることにしたよ。

 僕らの外出許可は勝丸が事後報告という形で出しておくということだった(元茂もこれ)。つまり、無許可外出の元茂を追い掛ける僕らにも現状外出許可なんてないわけで、僕らは人のことなんて言えないくらい無茶なことをしている。


 僕らはひと目を忍んで(朝が早いからさすがに生徒の姿はないけど、学寮で働く人間はもう起き出して色々と作業を始めていたりするんだ)紅葉山を抜けて城の門まで行くことにしたよ。

 その道すがら、勝丸に元茂のことを説明した。


「僕、元茂やお市殿の力になりたいんだよ。僕は人の気配がわかるから、二人がこれから先もあんなに心に不安を抱えたまましょんぼり生きていくのをただ黙って眺めているなんて辛いんだもん。元茂の母上に取り憑いているっていう化け物をなんとかしたいの。だって二人共それが原因でうんと悩んでるんだからさ」


「……とはいえ、こいつは鍋島の御家の問題かもわからんぜ、千徳。お前さん達がとやかく言えるこっちゃあねえかもわからん」


「なによ、一体どういう意味?」


 勝丸は躊躇しているのかしばらく何も言わなかったよ。

 でも僕が何度も彼の着物を何度も引っ張って抗議していると、ついに折れたように話し出した。


「元茂の奴があんな騒ぎを起こした後だ……学寮でもずいぶん噂になってる。何でも、鍋島家ってのは本家と分家とが対立状態にあるんじゃあねえかって……要は家来同士のいざこざだわな」


「いざこざ? 化け物騒ぎじゃなくてか」


「化け物騒ぎも影響しとるのかも知らんが……そもそも今の鍋島のご当主ってのは関ケ原の戦の時には当初西軍側についたんだと。だがご当主殿の弟が東軍側にお味方をして、それでご当主殿も途中で寝返ったんだ。当然、ご当主の弟を当主に据える分家は自分たちのおかげで今日の鍋島家があると思ってる。本家はそういう分家のことは面白くない。おまけに分家のご当主は将軍さまの覚えもめでたいと来たもんだ。焦ったご当主が迎えた後妻が大御所様の縁者だという話だぜ。お前の言う……そのおひいさまの母上だな」


「そっか、お市殿の母上だ!」


「元茂の奴が廃嫡になったのもつまりそういうわけだろうと言われてるな。分家にいつまでもいい顔をさせておくわけにゃあ行くまいよ。本家がしっかりと徳川との繋がりを持って佐賀藩主としての立場ってものを示したいんだろ」


「そのために……彼は棄てられたということなのね。それで思い余ってあんなことになったのかもしれないわ」


 棄てられた――その言葉は僕の耳の奥にずんと重く残る。 

 僕らは小走りで鍋島家の江戸屋敷へ急いでいる。忠郷がぜいぜいと苦しそうに息をしながらまた言った。


「本人があたしにそう言ったのよ。剣術の稽古をつけてくれた時にね。自分は棄てられた身だから藩主には成れない。剣術だけがこれから先の自分の支えになるって……」


「……仕方ねえことじゃねえか。徳川との間に生まれた息子がいりゃあ、誰だってそいつを跡目にしようと考えるに違いねえぜ。今は徳川が天下を治めてるんだからな。至極まともな考えだ」


 総次郎の言葉で余計に心が重くなる。それはそうなのだーー自分にだって分かる理屈。


 今日は空が少し曇っていて天気はあまり良くなさそうだ。気のせいか、僕の心持ちまですっかり暗くなっていたよ。


 こんなことではいけない――僕は思い切り首を振ってぱんぱんと二度ほっぺたを叩いた。

 人は一度弱気になると、そちらへどんどんと引きずり込まれるのだと――いつか父上もそう言っていたのを思い出したもん。


 僕は話題を変えることにした。こういう時は気持ちを切り替えなければ。


 それに、重要な問題についてまだ話をしていないことに気付いたからね!

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