148・鍋島元茂、なんとか付喪神たちに許されるのこと
鍋島家の三人の重く沈んだ心の気配を背後に感じながら、僕は同寮の二人と帰路につこうとしていたよ。
どれくらいの間大広間にいたかは定かではないけれど、元茂やお岩殿からずいぶん色々なことを尋ね聞いて草間はすっかり満足したらしかった。
化け物切りの名刀なんて箔がつくーーなんて面白可笑しく言う奴までいたから、また僕は一喝しておいた。
付喪神たちは鍋島家のみんなの気持ちなんておかまいなしなんだから、こういう時はその都度厳しく言わないと彼等には伝わらない。
大広間に残った上秘蔵の刀の付喪神たちはどうせこの後はいつものように宴会でも始めるんだろう。
まったく暇な奴らだよ。
帰り際、高木長光には
「剣術の試合絶対勝てよ、玉丸! 負けたら御方の名に傷が付いちまうんだ。わかってんだろうなあ?」
ーーなんて言われてしまった。
これはきっと、試合に負けたら幽世へ呼ばれて死ぬほどしごかれるに違いない。まあ……試合直前の今ここでしごかれなかっただけ良かったけど。
(はああ……今から気が重いよ。みんな、剣術なんか戦じゃ別に役に立たないなんて言ってたくせにさ)
来た時には廊下にずらりと並んでいた具足姿の武者達はいつの間にかすっかり姿を消していた。おそらく草間が陣触れのお下知を解いたんだろう。
「それにしたって、あの程度で済んで良かったんじゃない?」
不意に長い廊下を歩きながら忠郷が背後を振り返った。視線の先には元茂がいる。暗い、怒りに満ちた表情のままの元茂が。
「……どういうことです?」
「あたしたちをここへ案内した付喪神が言っていたわ。若さまに鬼をけしかけた罪人を御成敗になるから支度をしている、だなんてね。一体何が起こるのやらとヒヤヒヤしたけど……その程度で済んで良かったじゃない」
「ごめんね、元茂殿。うちのみんなは刀の付喪神だからさあ……戦がないと暇なんだと思うよ。退屈だからあばれたいんだ」
「はあ? なんだよそれ」
「元茂殿は剣術の腕前がすごいからさ、どれくらいの腕前か知りたかったんじゃないかなあ。僕の仇討ちだ敵討ちだなんだってのはただの口実だよ、きっと」
先を歩く水神切り兼光の隣りには火車切り兼光の付喪神もいる。彼女はくすくすと笑うと僕を振り返った。
「それはそうやけど……せやかて、みんなほんまにぬしさまのことは心配してはったわあ。みんなぬしさまのことがかわええんや。みんな主さまの親代わりやと思うてはるの」
「親代わり?」
「そうや。だってうちら、ぬしさまのご母堂さまにぬしさまのこと頼まれましたんや。うちの坊やのことよろしゅう頼みますって、って」
忠郷は僕を見つめて
「あんたの母親も相当変わってるわね」と呟いた。
「母親もってどういう意味さ」
「ああら、そういう意味よ。上杉なんて揃いも揃っておかしな奴らばかりじゃない」
すると水神切りが不意に立ち止まった。
「それじゃあ、鍋島家のお三方はこちらの部屋へ」
「ええ!」
僕は思わず声をあげてしまっていたよ。
だって、せっかくまた市と会えたというのに、今晩はあまり大したことを話せていない。
ちっとも彼女との仲は進展してないじゃないか。