146・龍造寺家の祟り
「あなたのお父上は藩主だ。守るものがさぞお有りになるだろう……躊躇われているのはそうしたもののためではありませんか? それに、化け物と対峙する恐怖はそれを知らぬ人間には想像も及ばぬもの。一度植え付けられた恐怖は呪いのような枷となり、それを知らぬ頃と同じようには戦えなくなる……」
「某も邪霊やあやかしの類は切ったことがある。そのような脅しは通じない」
「なるほど……さすが噂通りの腕前。これは失礼致しました」
草間はそう言うと笑って軽く頭を下げた。しかしすぐに頭を上げて尋ねたよ。
「そうそうそう、忘れぬうちに聞いておかなくっちゃあなーーこれだけは聞いておこうと思ってた。あなたのお母上さまに取り憑いているその猫又、本当に死んだ龍造寺家のお血筋の方が差し向けたものですか?」
「えっ?」
草間は元茂を見つめていたよ。
市も何か考えているように見えたけど、答えが出なかったのか元茂に視線を投げた。
「あなた方は一族の年賀の宴席で猫又に襲われた……宴席の参加者や家人に死傷者が多数出たと話に聞きました。どこの誰の差し金でそのようなことが起きたのかは当然お調べになっているはずだ。その化け物、本当に無残な最期を遂げられた龍造寺家のご当主によるものですか?」
「……俺はそう聞いてる。家中の誰もが皆そう話をしている。鍋島の家は自害して果てた龍造寺高房に呪詛でも掛けられたに違いないと」
「噂話じゃあお話になりませんよ? 憶測や推測もね。あなたの家はたまさか主家を差し置いて自分たちが大名となり、追いやられた昔の主家の人間が哀れな死に方をしたものだから、皆そちらに同情してそんな話が出るのでしょう。化け猫の騒ぎは龍造寺家の無念による祟りに違いないーーとね。
勘違いしている人間は多いが、呪詛というものは貴方方が言うような《祟り》だの《呪い》だのとは違うんです。
呪詛はまじないの類であって、知識や訓練が必要な高等な学問だ。当然のことながら、死んだ人間に出来ることじゃあない。
ですが、人は死ぬと魂の残滓が現世に残ることがある。強い感情を抱いて死んだ人間の魂は現世に残り易いんですよーー辛い、悲しい、苦しい、憎い、恨めしい……そういう負の感情というものは特にね。
そうした魂の残滓は怨霊や地縛霊……つまり、邪霊となって留まり、現世の様々なものに影響を及ぼすことがある。そうしたものも人間たちは大枠で《呪い》だの《祟り》だのと呼ぶんです」
ややこしい話ですよねーー草間はそう言うと、笑って言葉を続けた。
「あなたの家に起きている不幸な出来事と龍造寺のご当主の非業の死……どちらの《呪い》にしても、たまさか結び付けられた両者が事実そのような関係かどうかは、一度はっきりお調べになった方がいい。いや、既に調べていなければおかしいですよ。一度お父上に尋ねてみることです。人にはわからぬことと言うなら、それこそそのお守りを造らせた坊主にでも調べさせることだ」
草間一文字がお岩殿を顎で指した。
「ですからね、そのへんのところを知る上でもぜひ猫又の化け物は水責めにすべきと自分は思いますよ。我ら付喪神も主人を持つ身ですからようくわかりますが、使役される化け物というものは、自らが窮地になれば必ず主人の元へ帰ります。もし何者かが命じて猫又に斯様なことをさせておるなら、水責めにすればそれが明らかになるやもしれません。手前はこれが一番手っ取り早いと思いますがねえ……」
水神切り兼光が楽しそうに言った。ぜひ自分に水責めをさせてくれと言わんばかりに。