145・何故化け猫は生かされたか《伍》
「先程の言葉から察するに……もしかすると、鍋島のご当主も猫又に呪われておいでなのかな? あるいは怪我でもしているとか」
「父上が? 怪我?」
「何にしても、おそらく鍋島のご当主はご自分では猫又の化け物を退治することが出来ないんだろう。それゆえ化け物を外に出さず封じている……そう捉えてよいですか?」
お岩殿が頷くと、元茂は呻き声のような悲鳴を漏らした。
「そんな、まさか……」
「父上にまで呪いとは……そんな話は聞いたことがない! 第一、父上には何の異常も見られないし」
「呪いの全てがあなたのように見た目に異常が現れるものとは限りませんよ、おひいさま。化け物や我らのように永く年月を生きている連中はね、執念深い性格をしているものです。自らを傷付けられた恨みは絶対に忘れない。必ず仕返しをしようと思うはずです。よもや、あなたのお父上さまは最初に猫又の化け物が鍋島家の屋敷を襲撃した時に、猫又の化け物に手傷を負わせたのではないですか? しかし仕留めるまでには至らなかった」
市に代わってお岩の方が頷いた。
「そうです。それゆえ、傷を負った化け物がわたくしの中へ逃げ込みました。わたくし一人ならばいざ知らず、わたくしの背後には姫さまや息子もおり、殿は猫又を攻撃することを躊躇われた……当然です。我が子に害が及ぶかもしれませんもの。確かに殿ご自身もあの時手傷を負いました。そのせいで腕に不安を覚えておるのやも知れません。今一度仕留め損ねれば、今度こそ姫さまやご自身が危ない」
すると、「なるほどねー」という声がして僕らはそちらへ目をやった。
声の主は景光の短刀だよ。いつものように助宗の膝の上に寝そべっている。
「必ず自分が仕留めるからとそう言って、お前たちに無理をさせているのかあ。そいつはまた不憫な話だねえ。その間にもおひいさまは猫又の呪いのせいでどんどん歳を取っているっていうのに」
「だからあんなお守りを持たせているんですよ、景光さま。せめてもの罪滅ぼしのつもりなのでしょう。それに、化け物が無理やり外に出てくるようなことが遭っては困ります。だって自分じゃなんとか出来ないんだから」
水神切り兼光がそう言うと、今度は助宗が口を開いた。
「されど、これは家名にも関わることだ。当主が毅然とした態度を示さぬことには主家の怨念に祟られたなどという醜聞が世間の知るところとなってしまう。ご当主はなんとしてもご自身の手で化け物を葬りたいのだろう。ようわかります」
「ま、剣術の腕前に自信があるならなおのことだよね」
僕は激しい怒りの気配を感じていたよ。
そっと目をそちらへやると、気配のぬしがふらりと立ち上がるところだった。
「……ふざけるなよ……何が家名だ。主家を押し退けて自分たちが大名に取って代わったくせに、今更そんなものを気にして一体何になる……」
「お、おい?」
総次郎がこんな不安な声を出すことなんて珍しいよ。僕も忠郷もただ事ではないと思った。
元茂殿の激しい怒り――傍で市も震えている。
「……そんなくだらぬもののために、母上はずっと苦しめられていたのか。化け物憑きなどと後ろ指をさされ、まるで罪人のように座敷牢へ押し込められて。市もずっと呪いのせいで苦労して苦しんでいるというのに……今の自分では化け物を倒せないという、そんなくだらぬ父上の矜持を守るために……」
「果たして本当にそうかな」
草間の言葉に、元茂は思い切り彼を睨み付けた。彼の怒りの矛先が草間に向いたのがわかって僕はもうどうしたらいいのかわからなくなったよ。
だって、元茂は怒りで誰の言葉にも耳を傾けそうにないんだもの。