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144・何故化け猫は生かされたか《四》

 忠郷も目を丸くして言った。


「はあ? 猫又って……猫の化け物って、そんな簡単にどうにか出来るものなの?」


「そうなんだよ、蒲生の若殿さま。猫なんてものはそもそもが自由気ままに生きているから、猫又も我が身が危なくなればすぐに遁走するのが習性というもの。どういう理由で人の中に収まっているかにもよるだろうが、水でも掛けられたらビビってすぐに人の身体なんて捨てていくだろうな。けだもの上がりの化け物ってのは水が嫌いな奴らが多いんだ」


「強い意思で以て留まろうとしても、滝行でも何日かすればどうにかなりますね。この間、おひいさまにも申し上げたことですが」


 水神切りの言葉に元茂は驚いて市を見た。


「この間?」


 市は少しだけ俯いていたよ。


 そうだ、彼女は既にこの間ここへ呼ばれた時にも僕と一緒にこの辺の話を聞いたのだった。

 しかし元茂の様子からすると、彼女はそれを誰かに教えたりしたわけでもないらしい。


「いやあ、鍋島のおひいさまは一度うちの若さまと親しくなった交流会の後にもここへお出ましいただいたことがあるんです。その時にも確かそんな話をしたっけな」


「ええ、そう。しかしここでの出来事は所詮夢の中の出来事ですからね。起きたらきれいさっぱり忘れているということもままあることですから」


 草間と水神切りが互いに頷き合う。市の不安そうな表情が少しだけ和らいだ。


「ーーとにかく、猫又は水が嫌いなんですね。だから、とりあえず試す価値はあるかと思いますよ。出ていかない可能性がないわけではありませんが、普通の猫又であれば何かしら反応があると思いますから」


「そんな……そんなことは初めて聞いた……」


 元茂の言葉に市は再び表情を暗くする。


「やはりそうでしたか。あなたなら知っててやらないはずがないだろうと思っていましたよ」


「ねえ? おかしな話でしょう。そんなすごいお守りをくださるお方がまさか知らぬことではないんですよ、これは。ちょいと化け物に詳しい人間なら誰でもそうせよと言うと思いますね」


 水神切りがお岩の方の首を指して言う。お岩の方は元茂に目をやって


「殿をお責めになってはなりませんよ」


 と言った。


「……鍋島の家の現状を主家に取って代わった報いと言う者もいる。されど、領主の勤めはつつがなく領国を治めることです。領内は上手くいっておるのだから、当家に起きたる災いなど些末なこと。この身に降り掛かる災いはわたくしが冥土へ持って逝きます。これ以上の災いが鍋島の家に降りかからぬように」


「そんな……何故母上が人柱のような役目を担わねばならぬのです! 水をかければ化け物が外へ出ていくというのなら、すぐにでもそれを試すべきだ。そのお守りは父上がくだされたのだと母上は言っておられましたね……父上はそれをご存知なのですか?」


 お岩の方は俯いた。俯いて、暗い声で呟くように言った。


「……知っていても、解っていても……どうすることも出来ぬことはある」


「知っていて……解っていて……それでも父上は何もせずにおるということですか! 母上がこんなに……こんなにも苦しんでおられるというのに!」


 信じられないーーそう呟いたのは市だった。 


「……そんなことは信じられない。信じられない信じられない信じられない! どうしてそんなことをしなければならないというんだ……父上の腕前なら、化け物などおそるるに足らぬだろうに……」


 その言葉を聞いて僕は、


(ああ……お市殿もその恐ろしい考えには行き着いていたんだ)


 と思った。

 この間ここへ招かれて草間や景光らから猫又は水に弱いのだということを知った彼女は一人その可能性について考えていたのかもしれないよ。

 そう思ったら、彼女は今日までどんなにか不安で辛かったに違いないと思った。


「ーーそうです。だからです」


 お岩の方が市を見て言った。


「……鍋島の家を襲い、わたくしに取り憑くこの化け物は龍造寺家の怨念そのもの。それ故、ただ化け物が死ねばそれでよいということはない。鍋島の当主である殿が葬り去ることにこそ意味があります」


「ははあ……なるほどねえ。話が見えてきたぞ」


「な、何よ。何がどう見えてきたというのよ?」


 これは僕も忠郷に同意見だった。草間一文字に声を掛ける。


「草間は何かわかったの?」

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