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143・何故化け猫は生かされたか《参》

「しかし……猫又の事件については鬼の一件とは何の関係も……」


「ないとは言わせませんよ、元茂殿。そもそもあなたが鬼の石のような物騒な物に興味をお示しになったのは、化け物憑きになった御母上さまをなんとかしようと思ってのことだ。違いますか?」


 元茂は異議を唱えなかった。軽く俯いて押し黙る。


「それなら我らも知りたいね。そもそも何故鍋島の家は猫又に襲われたのか、何故あなたがそれに取り憑かれたのか……そしてーー」


 言葉を継いだのは水神切り兼光だよ。


「……何故そういう状態を、そのまま放置なさっているのか……」


「放置?」


 言葉を繰り返したのは市だったよ。するとお岩の方が勢いよく顔を上げた。がららんと音がする。


 なんだろうと音のした方を見ると、お岩の方がいる。彼女が首に付けた鈴の飾り物が音を立てたのだ。


「あなたのそのお守りはどなたがくだすったものですか? とても強い、強力なものですね」


「ええ……息子の父である鍋島信濃守がくだされたものです。わたくしが斯様な有様になってから、佐賀の領国にいるという高名なお方に頼み込んで作っていただいたと聞きました」


 なるほど、と呟いて草間一文字は再び尋ねたよ。


「今の鍋島のご当主さまというのも、ずいぶんな剣術家なのだそうですね。あなたのお父上さま……鍋島信濃守勝茂殿。やはりあなたと同じ柳生の門弟だとか? 人の能力というものは半分以上が生まれながらに血統で決まります。残念ながら後天的な環境や努力でどうにかなる部分というのは少ないんですよ。いやあ、良いお父上をお持ちになりました」


 水神切り兼光が元茂に掌を向けて言った。

 元茂はひどく不満そうにしているよ。その表情は水神切りの言葉がよっぽど嫌だと物語っていた。


「一体お前は何が言いたい?」


「人より優れた剣術の腕がおありなら……一体どうしてあなたのお父上さまは、あなたのお母上様をそのような状態のまま放っておくのでしょう? 考えたことはおありですか?」


「……は? いや、だから……放っておくもなにも、化け物が母上の中にいるのだから……」


「追い出そうとはされましたか? 猫又を御母上さまの外へ追い出すということを。方法を調べたりは?」


「い、いや……それはとても難しいと父から聞いた。化け物が既に母上と同化してしまっていて、およそ人の手段ではどうすることも出来ないと。化け物の力を奪い、暴れぬようにするのが精一杯だと……」


「……だからその鈴を付けているのですよね。その鈴の効果で以て化け物の力を奪い、暴れぬようにしている……わかりますよ。あなたが首に付けてらっしゃるそれは多少知識がなければ作れぬ代物です。だからこそ我ら皆々不思議なんですよ。そんなものを作れる御仁なら、猫又を人の身体から追い出すことが出来ないとは思えない」


「……なに?」


 市が真っ青な顔をしていたよ。僕は何事か声を掛けたいと思ったけど、すぐに水神切り兼光が草間の言葉を継いだのでそれは憚られてしまった。


「確かにね、猫又と一口に申し上げてもピンキリですよ。同じ長船の刀にもなまくらはあるし、僕のようなものもある。およそ人には手に負えないほどの強力な化け猫ならちょっとやそっと水をぶっかけただけでは効果は薄いかもしれません。ですが、それでも方法だけは教えてくれると思いますよ。一体どんな人間がそのお守りを拵えたのか知りませんが、ただお守りを作るだけでその方法さえ鍋島の家へ伝えないなんてことは常識的に考えてあり得ない。お守りを高く売り付けようとする悪人を除けばね。それなら、術者からは話に聞いたけれどあなたがたには隠していると考えるのが普通です」


 水神切り兼光を見つめる元茂の声は震えていたよ。

 そこへ、大広間に集う刀の名物たちの会話が追い打ちをかける。


「そうよねえー。猫又なんてものはさあ、水でもぶっかけりゃあすぐに逃げていくじゃない? 一体何がそんなに難しいのかしらあ? そんなにものすんごい猫又なの?」


「その女さあ、庭にでも出しておいたらどうだい? そのうち雨でも降ったら人の身体なんて捨ててすぐどっか行っちゃうんじゃないの?」


「いっそ重しでも持たせて池に沈めたらどう? 一発よ」


「おいおいおい、雲生! 池だの湖だのに沈むとか沈めるなんて言葉はうちじゃ禁句だろお? 主上に知れたらえれえことだ!」


 元茂はあちらこちらから聞こえてくる言葉の一つ一つに顔を歪めていたよ。


 信じられない、といった彼の気持ちが表情に現れている。

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