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142・何故化け猫は生かされたか《弐》

「わたくし一人の犠牲で姫さまや鍋島の、殿のためになるなら、この身の生命など惜しくはないが……」


「何を申されるのです、母上。ご心配なさいますな、化け物など必ず某がこの手で一刀両断にしてみせます。ただ、身体の外に出ぬことには……」


 すると、お岩の方は息子の両肩を掴んで言った。


「お前の剣術の腕前は大したものと聞いておる。ですが、あの化け物は鍋島の家を襲った御家の仇……お前が出過ぎた真似を考えてはいけません」


「で、出過ぎた真似? 一体誰がそのようなことを言うのです。子が母を救いたいと思うことの……一体どこが出過ぎた真似だと言うのですか!」


 元茂はお岩の方の手を払い除けて叫んだ。


「父上も、家臣たちも……誰も母上を助けてはくれない。誰も彼もが指をくわえて母上を眺めているだけ。誰も何もしてくれぬなら……私がどうにかするより他に方法がないではないですか!」


 元茂の表情に、僕は鬼気迫るものを感じたよ。


 ああ、彼は本当に母上を助けたいんだと思った。それであの闇の龍脈の石にも心が動かされたに違いない。


(母上を助けることが出来る力を探して……)


 すると、親子の様子を眺めていた水神切り兼光が不意に口を開いた。


「地下の座敷牢に闇の龍脈の石が置かれていましたね。あなたのお母上さまの世話をしておられる方が牢の中に置いたのだそうです。あなたが江戸のお城中から石を送り、そのようにしてくれとお命じになったということだった」


「……そうだ。学寮であれを譲ってくれた者が言っていた……人の願いを聞いてくれる石だと。それで……母上に差し上げようと思った」


「譲ってくれた人って……それは……フランシスコのこと?」


 元茂は頷いた。


「自分には必要ないからと……そう言って、あの石を自分に譲ってくだされたのです。自分の願いは……誰かに言えるものではないから聞いてはもらえないとも言っていた」


「あの石で猫又に取り憑かれたお母上をなんとか出来るのではとお考えになったわけですね?」


 水神切り兼光の言葉に、市がどこかホッとしたような表情で呟いた。


「そうだったのですか。それで兄上があの石を……」 


「ああ。お前にもすまないことをした。あれは……その、とても危ないものだったのだ。母上やお前に何事もなくよかった。私ももうあの石は持ってない」


 嬉しそうに兄に笑った市の顔を見て僕は安心したよ。


 だけど少しだけ落胆もした。

 結局、彼女を笑顔にしたのは兄の元茂で、僕なんかでは彼女の力になんてなれないんじゃないか?


 誰かに言えるものではないというフランシスコの願いというのは一体なんだろうーー僕はこれまでに聞いた色んな情報を思い出して考えてみた。


 フランシスコは懺悔をしたいと言っていた。

 兄に代わって自分が司祭さまに懺悔をするーーそれが彼の望み?


「そこのお方」


 上段から再び声がして、大広間の刀たちが居住まいを正したよ。僕らも腰を下ろして上段を見つめる。


 草間が呼びかけたのは元茂の母上だった。姫鶴一文字も元の自席に戻っている。


「我らは上杉家名物の付喪神です。あなたのご子息があなたのためにと手に入れた石でうちの若君があわやという目に遭ったので難儀している。当家の若君は我らの持ち主ただ一人の和子様ということもあって、皆過保護でね。どいつもこいつも、やられた分はやり返すべきだと言って聞かぬのですよ」


 草間一文字が掌を元茂の方へ差し出した。

 さっきまでなら「そうだそうだ」とあちらこちらから声が上がったのに、今は大広間がしんと静まり返っている。

 それが逆に恐ろしい。誰も彼もが元茂と彼の母親に冷たい視線を向けていた。


「ああ……それはもう……誠に申し訳ありません」


 お岩の方が手をついて頭を下げた。


「手前は持ち主よりこのどうしようもない連中の管理を命じられていましてね……それゆえこいつらの訴えを無碍にすることも出来んのです。乱暴なことは好まんが、しかし大事な若さまが鬼に食われそうになったとあっちゃあ、こいつらの訴えはわからんでもない。そこで、だ」


 次の瞬間、お岩の方も元茂も我が目を疑ったーーに違いないよ。上段には誰もいなかった。

 元から上段中央の一番の上座は空だったけれど、その脇にいた声の主の姿まで消えていたんだもの。


「ーー俺は考えたんだ。お手前のご子息は大層剣の腕前が立つという話だ。それなら我らの中の一振りと競い戦わせ、勝った方が負けた方から望むものをいただこうじゃないかとね」


「望むもの?」


 草間一文字の姿はお岩の方の背後にあったよ。彼ら付喪神の人の姿は実体ではないから、姿を消したり現れたりすることなんてお手の物だ。


「そう。やられた恨み辛みでやり返すだなんてことはくだらんぜ。そんなダサいことはうちの主上も御方もお許しにならんだろうが、正当な戦や勝負なら問題ない。我等に勝てたら勿論此度のことは水に流します。あるいは、自らの命よりもなお叶えたい望みがあるというなら聞いてやってもいい。しかし我等が勝ったら我等があなたがたから褒美を頂く……我らが望む物は情報です。なぜ我らの若さまが鬼に襲われるなんて羽目になったのかを知りたい。願わくば貴方方鍋島の家に纏わる良からぬ噂話についてもね」


「そうです。そうしてうちの長船長光があなたとの勝負に勝ちました」


 水神切り兼光がそう言って高木長光に掌を翻すと、さすがに長船派閥の刀がドッと湧いた。

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