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141・何故化け猫は生かされたか《壱》

「そうよ、景光。ほら、あんたたちーー再会の喜びは本当に化け物を退治した時にでもしてちょうだい」


 そう言うと姫鶴一文字はいつも大広間に招集を受ける時には必ず座る上秘蔵・第二席の定位置からふわりと姿を消し、次の瞬間既に元茂親子の傍らにいた。


「お前の母親に間違いないでしょ? わざわざここへ招いてやったのよ、あたしが」


「あ、ありがとうございます……」


 元茂が姫鶴一文字に頭を下げる。


「こんな……まともに会話の出来る母を本当に久しぶりに見ました。何年ぶりか……」


「ええ!? そんなに?」


「はい。母が猫又に襲われて……最初の頃はまだ正気を保っていたのですが、次第に具合が悪くなり、半年も経たぬうちにすっかり人らしさを失ってしまった」


 元茂がそう言うと、彼の母親ーーお岩の方は寂しそうに呟いた。


「ああ……そう、これは夢なのね。けれど、つかの間でもお前の無事が知れてよかった」


 お岩の方は市に向き直ると、彼女の手を取って言った。


「姫さま、申し訳ありません……姫さまの身にこのような呪いが及んで……」


「どうしてお岩殿が謝るんだ。お岩殿は悪くなんてないじゃないか。お岩殿が一番の被害者だ。今もずっと猫又の奴めに苦しめられているのに……」


 市は声を荒げて言葉を続けた。


「私はまだ幼いが、あの晩の出来事ははっきりと覚えている。芸者が化け物の正体を現した時、化け物は父と、それに私を狙っていたーーお岩殿が私と兄を身を挺してかばってくれたんじゃないか」


「そうです、母上。母上が謝ることなどないはず」


「ふうん……そうなの。それなら確かにただの被害者よねえ……」


 忠郷が呟いたので、僕は驚いて彼を見た。僕が尋ねるよりも先に彼が口を開いたよ。


「鍋島の家って、猫の化け物に祟られているんでしょ?」


「ど、どうしてそれを……」


「ここへくる道中、あたしたちを案内した付喪神が言っていたわ」


 市と元茂の表情が強ばるのを見て、僕はとっさに割って入った。こんなことはおおっぴらにされたくない実家の秘密であるに違いないんだもの。


「ご、ごめんよ二人とも。よその家の付喪神も同じかはわからないけど……うちの付喪神たち、噂話が大好きなんだ。たぶん江戸じゃあ鍋島の家はうちのご近所だから、どこかで噂を耳にしたのかも……」


「当然よ。あたしもこの数年の間に江戸へお供をしたことがあるけど、すぐに何やら怪しげなことが起きているのだって思ったわ。だってお前達の江戸の屋敷は妖気が漏れ出しているもの」


 姫鶴一文字が鍋島家の三人を指して言った。


「邪霊が巣食っているような土地というものも在るところにはあって、そういう場所からは邪気やら妖気やらを感じるものなんですけれど……でも、人が普通に暮らしておる場所からそういうものを感じるというのは珍しいですよ。あなたのご実家の江戸屋敷がまさにそう。だから当然僕らのような者達の間では噂になります。そういう場所にはそうなるだけの理由というものが必ずありますからね」


 水神切り兼光はお岩の方を見つめて言葉を続けた。


「妖気の元凶はあなただ。猫又に取り憑かれたあなたを屋敷の地下の座敷牢に囲っているせいですね」


「取り憑かれているって……それはどうにかすることが出来ないものなの? うちにも化け物切りの名刀があるけれど、それは人に取り憑いた化け物ごとまっぷたつにしたという長船長光の名刀なのよ」


 すると、長船長光からわあっと歓声が上がる。しかし、すぐさま総次郎の怒声が響いた。


「そんなことが出来りゃあ苦労なんざねえだろうよ、この馬鹿! それが出来ねえから問題なんじゃあねえのか」


「……そうです。現状、猫又をどうにかするためには母も殺さねばなりません。化け猫は母に取り憑いていますから……」


「ああ、そうか。そういうことなのね」


 総次郎と僕が冷たい視線で忠郷を見つめる。彼は物事の理解がだいたい僕らより一歩遅い。


「じゃあその化け物を外へ出したら? 取り憑いている化け物を追い出したらいいじゃない」


「……お前は本当に……何の考えもなしにぽんぽんと言葉を出すんじゃねえよ」


 呆れとそれに伴う怒りとで総次郎の声はなんだか震えている。


「そんなことが出来るならとっくにやってるだろ。馬鹿かお前は」


「それがねえ……そうでもないから問題なのですよ、伊達のご嫡男さま」


 水神切り兼光の言葉に、忠郷は「そら、見なさいよ」と総次郎にドヤ顔をする。

 こういうのが大体僕らの喧嘩の始まりなんだけれども、忠郷はそれを理解しているのかいないのか……


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